表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

第六話 接触 4

□  □  □


 社殿の裏にある広くはない庭の端、公春と母親の目前で少々奇妙な光景が繰り広げられていた。

 地面に敷かれたブルーシートには六人分の甲冑が。脇にある洗い場では男が二人並んで蛇口から流れる水に頭を突っ込んで顔を洗っていたり、手足を洗っている。床のコンクリートから排水溝ヘ流れていく水はどす黒く、彼等の汚れ具合が知れた。後ろでは他の男達が革製の鎧下よろいしたを濡れ布巾で懸命に拭っている。一人が脱いだチュニック(鎧下)を派手に払って乾いた泥を振りまき、横から頭をはたかれた。どっと上がる笑い声。

 長閑のどかだった。

 さっきまでの緊張感はどうしたと尋ねたい。

 微妙な顔の公春の隣では母親が腕を組んでいる。男達をむっつりと眺めてる視線は真剣だ。



「待ちなさい公春。そんなきったない格好で、その人達をウチの中に入れるワケにいかないからね」

 二人が男達に挟まれて家に着き、勝手口から男達を中へ通そうとした公春に対し、母親は強く主張した。土足禁止をどうにか理解してもらったのだし、下手な事を言って彼等を刺激したくないと宥める公春に、母親は頑として意見を曲げなかった。

「後で掃除するの誰だと思ってんの? あんたがやるの公春、それともこの人達? 違うよね、全部母さんがやるんだよね。ねえ?」

 突如始まった静かな言い争いに困惑する男達を他所に、公春と母親は揉めた。

 揉めている声を聞きつけて顔を出した父親は母親に睨まれて固まり、甲冑姿の不審者におののき、最終的に彼女の「いいから、とりあえず中に入ってて!」との言葉に声も無く下がっていく。分かり易く眉を寄せ疑問と不信を示していたが、母親の強い視線にびくりと身体を竦めただけだ。

<あのご婦人、結構な権力者のようですね、隊長>

 ノルテがアレシーフの耳元へ囁く。

<そのようだな……>

<婦人の心証を損ねるのは愚策と……>

<女性の重要性は、異界でも同じって事か>

 他の男達も同意する。

<とりあえず、怒らせないようにしよう>

<ですね>

<頼んだよ、デュシス>

 ノルテが向い側の男の肩を叩いた。肩を叩かれた男の、貴公子然とした面差しと白金しろがね色の髪は六人の中でも目立っている。

<なんで俺に振るんだよ>

<この中では君が一番顔が良いし、婦女子からの印象も悪くないだろ>

 他の四人が一斉に頷いた。

<それならお前でも構わないだろ? 外面ソトヅラはいいんだし>

<いや、こいつ言葉が丁寧なだけで色々ひでぇだろ>

ハル・クイント(クイント公)、躾の悪い舌は失くした方が良い>

<おいノルテ……。一先ず、婦人はデュシスに頼みたい>

 ノルテの肩を軽く叩いて宥め、アレシーフはデュシスに向かって頷いた。

<――分りました、隊長>

 肩を竦めたデュシスが苦笑した。

<すまんな>

 言い合いに決着がつくまでの短い間、男達は顔を寄せ合って言葉を交わしていた。

 そうして公春の母親の指揮の下、彼等六人は裏庭端の洗い場に連れて行かれ、身振り手振りで洗えと言われたのである。



 可能な限り汚れを落とし終わった者から、順にタオルで水をぬぐっては改めて武器を含めた装備を着けていく。勿論、身につける備品類も硬く絞った濡れ布巾で出来る限り拭いた。これなら少々動いた程度では汚れが零れ落ちる事も無いはずだ。

 甲冑も同様にして再度装着するつもりであったが、婦人は目を細めて渋い顔で首を横に振る。偵察では、武装している者は見かけない、自分達の身形はとても目立つ、と結論が出ていた事もありあきらめた。重装備から一気に軽装へ変えるのは酷く心許ない。けれどある程度汚れを落として身軽になったアレシーフ達は、少しだけ肩の力が抜けたようだった。身にまとう緊張感に余裕のある柔らかさが混じる。

 全員一通り身なりを整え公春と母親の前に集まった。厳しい視線で男達を確認すると、彼女は重々しく頷く。ようやく家に上がることを許され、皆一様に胸をなで下ろした。積まれた甲冑のもとに一人を残し、五人はドアを潜った。

 家を含む建物の案内と確認には、立場が一番上とみられる公春の母親を連れていく。流石に一人で男達に囲まれると彼女は体を強張らせた。眉を寄せて不安げな母親に白金の髪が印象的な男が声をかけた。彼が目を見つめて励ますように優しく微笑めば、彼女は頬を染めて狼狽え視線を彷徨わせる。イイ歳をして乙女気分の母親に対し公春と父親は無表情になった。

 建物を確認する間、公春と父親は居間に纏められクイントが見張る。多少なり見知った人間が良いだろうとの判断だ。ノルテの方が公春は慣れているのだが、彼は道師のため道術関連の視点から建物や土地の調査に必要で外せない。

 アレシーフ達四人と母親を見送ると、クイントはベランダに続く掃き出し窓の脇に移動した。位置的に表玄関に続くドアにも近い。壁を背にすると目の前の座卓を見やり、僅かに眉を下げて頭を掻く。

「どう見ても食事中だよなあ……。こっちの都合とは言え、悪ぃことしたな」

 座卓のあるベランダ側と二間続きになっている居間を半ばまで仕切っている腰壁。そこに沿って置かれているソファーに腰かけていた父親は、忙しなく視線を動かし一向に落ち着かない。クイントと目が合う度に身を固くして震え、緊張で顔が強張っていた。一方の公春は男達に大分慣れたようで、大人しくソファーに座っているが緊張感はかなり薄い。

<き、公春。この人達は何なんだ……。テロリストか何かか……>

<あーそれについては……。なんていうか。まあ、どういう人達か予想はしてるけど、説明はしずらいっていうか……。そのー、説明したら自分の正気を疑われるっていうか……>

<……そ、そんなに、オカシイ連中なのか……>

<いや、おかしい訳じゃないよ。まあ、ある意味ではおかしいんだろうけど……>

 小声とは言えない小声で言葉を交わす二人を見てクイントが苦笑した。

「ああ、普通に話してくれよ。どうせ言葉なんてお互い分らんし、遠慮せず声を出してくれ。食事も普通にしてくれていーよ」

 一度二人と目を合わせてから座卓の上を示し、食べる仕草をして再び二人を見た。

<食べても良いみたいだよ。良かった、さっき少しだけ食べたけど、物足りなくて>

 公春は座卓に着くと手を合わせ、いただきますと小さく頭を下げて食事に箸をつける。時間が経ってしまったのだろう、かなり冷めていた。

<き、公春……>

<父さんも、残り食べちゃいなよ。>

 ご飯を頬張り味噌汁を啜りながら、身体を固くする父親にも食事を勧めた。普段通りに食事をする公春を見て、父親もようやく座布団に戻る。

 ごく自然に左手を背に回し硬い感触を緩く確かめながら、クイントは気安い口調でのたまった。

「まあ、少しでも怪しい行動を取ったら、それなりの対応をするんだけどな」

 言葉が終わるとほぼ同時、ふと食事の手を止めた二人が揃って男を見た。

 クイントは笑顔のまま軽く肩を竦める。

<……>

 どうにも微妙な表情を浮かべた二人は顔を見合わせたが、すぐに食事を再開した。言葉が分らないなりに違和感を察知するらしいのが興味深い。クイントは背中に回した手をやはり何気なく戻す。

 本来の見張りはもうちょっと厳しいのであるが、公春達が騒いだりしなければよく、特に拘束等する気は無かった。むしろ大人数で突然押しかけ、怖がらせて申し訳ない限りだ。

 窓から外を見ると、家の端の物置と鎧の山の近くに見張りが立っているのが見えた。やはり緊張はしているが、昨夜までの殺伐とした気配は鳴りを潜めている。

 改めて室内に目を転じた。婦人も含め三人はおそらく家族なのだろう。似通った面差しと、あけすけで遠慮の全くない物慣れた空気感は家族ならではだ。

(どんな世界でも、家族ってのは変わらないのかね……)

 目の前の親子はどんな話をしているのだろうか。言葉が分ればいいのにとクイントは目を細める。食事をしながら妙に盛り上がっている二人に、遥か彼方の故国を思った。



「公春……。お前その話、母さんにしたのか?」

「いや、まだしてないけど」

 食事をしながら、公春は父親に森の中で起きた事を一通り話して聞かせた。最後に自分の予想を付け足すと、案の定、父親は呆れを通り越して冷めた目で公春を見つめる。

「絶対話すなよ。男達が異世界から来たかもしれないなんて……。父さんはお前が心配だよ。学校で仲間はずれなのか? ゲームのやり過ぎで頭のネジ外れたか?」

「ぼっちでもないし、ネジも外れてないよ! そうじゃなくって、あんな目立つ格好してたら、普通ならとっくにニュースになって騒ぎになってるじゃん。言葉もそうだし、見た目もちょっと変わってる人いるしさ」

「そんなもの、移動した先で着替えれば騒ぎにもならんし、言葉なんて適当にそれっぽくできるだろう。見た目だって化粧や特殊メイクでどうとでもできる。テロリストか変質者か、騒ぎを起こして面白がる馬鹿な一団なんだろう」

 父親は大きめに切った冷奴を口に放り込み、公春の話を鼻で笑った。

「かも知れないけど、違うかもしれないんだよ」

「ありえないな。最近はほら、ナントか言うあの……、動画を撮影して投稿するアレ。アレじゃないのか?」

 妙に真面目な顔で話す言葉を父親は全く信じていなかった。信じられる要素が一片たりと無いのだから仕方ない。公春自身、話ながら頭がどうかしてると思う。けれど――。

「それだけは絶対違うよ。父さん」

 公春は箸を止め、語調を強めた。

「何だってそう言い切れるんだ。お前」

「とにかく、あの人達に逆らったり警察に通報とか、絶対にしないでね。お願いだよ父さん」

「ああ、はいはい。そうするよ。それでな公春、異世界から来たっていう説、母さんには話すなよ。泣かれたあげくに病院に連れて行かれるぞ」

 嘘を言っているようにも見えないので、父親は取敢えず息子に合わせることにしたが釘もさしておく。

「分ったよ。母さんには俺の説を言わないし、もうこの際、変な連中でいいから……」

(俺だってこんな話したくないさ。ただ、それ以外に説明がつかない。この人達が異世界から来たって考えるのが一番しっくりくる。少なくとも、父さんが思ってるような妙な連中じゃないのは、確かだと思うんだよな)

 次々おかずを口に放り込み黙々と咀嚼しながら公春は心の中で呟いた。

 酷い怪我を負って横たわっていた男達の姿が脳裏に焼き付いている。目を覆いたくなる程の傷口と耳に残る苦し気な呻き声。クイントの持つ剣の現実離れした異様な切れ味や表情を失くした親子達、集団に漂っていた恐ろしく殺伐とした空気、汗や泥とは明らかに違う不気味な臭気――。あれらはどれも冗談や芝居で片づけられないものがあった。

(信じたくない。でも……)

 彼らが何人で何処から来たのか、気になるところではあるが一旦脇に置き、公春は目の前の料理を腹におさめる行為に集中した。


□  □  □


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ