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第四話 接触 2


「ん?」

 道路から柵をまたいで森に戻った時、公春が木々の間に何かを見た気がして足を止めたのは一瞬の事だった。

(カラスかな……)

 今日は朝からさえずる野鳥の声が少ないような気がしていたので、彼は視界の端に動いた何かが少しだけ気になった。囀りが少ないのは珍しい事ではないが、天気のいい日にあまり鳴かないのは珍しいと不思議に思ったのだ。地面や木々の合間をちょこまかと跳ね回るスズメ達もあまり見かけない。

 速足で草を踏み分けながら歩いていく。子供の頃から慣れ親しんだ場所で足取りに迷いはない。小道を使う事も無く目的地に向かって一直線に歩を進めた。

 彼の両手にはよく冷えたペットボトルが二本とアイスバーが一本ぶら下がっている。つい今しがた、道路をまたいだ斜め向かいにある小さな個人商店で買ったのだ。実に都合のいい場所にある商店に心の中で感謝の祈りを捧げながら、公春は四阿あずまやを目指した。



□  □  □



「どうする……?」

「様子を見るしかないだろ……」

「さっきからそればっかりだな」

「他に何を言えって……」

 生い茂る低木と雑草の中に身を隠し、殆ど声を出さずに口の動きで話し合うノルテとクイントは真剣な表情を崩さないまま、視線を前方に向けた。

 直ぐ近くにある小さな四阿で、一人の若者が木製の長椅子に腰かけていた。一心不乱に手元で何かをしている。

<あ~~~っ! 惜しい、もうちょっとだったのに!>

 若者は小さく叫んで体を揺らした。言葉は分らないが、時々唸ったり喚いたりしながら、結構な時間夢中になっている。

 彼は二人に対して身体が横を向いているため、下手をしたら茂みの中を見られてしまいそうだ。出来ればもう少し距離を置きたいのに、僅かも身じろぎできない状況で、二人はそっと肩を落とす。

 偵察を始めて暫く、建物の奥から現れた若者が森に近づいてくる事をいち早く察した二人は、タイミングを見計らって少しずつ後退を始めた。

 若者は森に入って間もなく突如小走りになると、森を横切って柵を跨ぎ越し道の向こうに行ってしまった。この隙にと移動し始めたのもつかの間、彼はあっという間に戻ってくる。

 人間は普段と違う気配に対して案外敏感な生き物だ。下草が繁茂する地面。甲冑に身を包んだ状態ではばれない様に動くのも限界がある。隠形術も使えない。

 迷いなく確実に近づく足音。

 已む無く、二人は手近にあった低木と雑草の塊りに身体を沈めたのである。

 はじめのうち、若者は飲み食いをしながらのんびりと休んでいるようだった。暫く茫洋と休息を愉しんだ後、彼は腰に手を伸ばし小さい板状の物を取り出して――。

 そこからが長かった。

 若者はすぐ小さな板に夢中になった。しきりと表面を指で撫でまわし、時には軽快に叩いてみたり。笑ったり嘆いたり、疲れないのかと思うぐらい長い事そうやって何かをし続けている。たまにボトルに口をつけるが、それでも視線は手元から動かなかった。

 茂みの中で息を潜め、二人はどうしたものかと頭を抱えた。仕事柄、忍耐を必要とする場面は多いのでこういう状況もままあるのだが、なにぶん右も左も分らない異界での事である。二人共、神経はかなりすり減っていた。

「どうするよ……」

「様子を見るしかないだろ」

「そればっかだな……」

「他に何ができるんだよ」

 再び似た様なやり取りが繰り返された。

 クイントはかなり焦れているのか、若者を観察する目つきが険しさを増している。もうそろそろ一旦戻る刻限だ。ノルテは相方の様子を窺うと、区切りをつけるように小さく息を吐く。

「じゃあさらおうか。相手は子供だし簡単だと思う。情報も必要だ」

 さらりと物騒なこと言い出した。

「おい……。流石に仕掛けるのは……」

「ちょっと近くまで来てもらうだけだよ。そうだな……」

 ノルテは足元に目を走らせ、注意を引くための丁度良い物は無いかと物色し始める。微妙な気分になりながらもクイントは若者の様子を注視した。



 公春は一心不乱に小さな液晶画面に指を走らせる。ポップな音楽と共に画面上を縦横無人に流れるマークにタイミングを合わせて次々タップしていく。彼が熱中しているのはとあるリズムゲームだ。現在プレイ中のステージはネットでも難易度の高いステージと言われ、掲示板では攻略法が熱く語られていた。

 短いようで長かった緊張の四分五十秒が終了し、スコアが表示される。

「ぃいよっっしゃああっ!!」

 思わず拳を握りしめた。

 ポイントはギリギリであったが初めてのクリアだった。感動もひとしおである。これから先は未体験のステージ。否が応にも高まる期待と緊張、しかし一度緩和させる必要がある。

 公春は額の汗をぬぐった。喉が渇いている。

 脇に置いたペットボトルに手を伸ばし喉を鳴らしてジュースを飲んだ。抑えきれない昂りがボトルを手荒く戻す。勢いの付いたボトルがバランスを崩し、振り子のように一揺れして落下した。

「んおっ……?!」

 地面に物が落ちる鈍い音に、手元に集中していた公春は顔を上げる。転がるペットボトルを見つけ、腰を浮かして手を伸ばすが一足遅く、近くにある茂みの中にもぐってしまう。

「はぁ……」

 気が削がれてしまった。

 スマホを長椅子に置くと、立ち上がった公春は大儀そうに茂みの根元に向けて腕を突っ込んだ。指先に酷く硬い感触がして思わず固まる。ペットボトルの近くに何かがあった。

「な――」

 視界がぶれると同時に浮遊感と衝撃。

 一瞬だった。

 身体に反響する衝撃の余韻と混乱の中、反射的に閉じた瞼を恐る恐る開ける。おかしな格好の不審者が二人、茂みから身体を乗り出して公春を覗き込んでいた。



「初めまして、君。手荒な事をしてごめんね。これには事情があるんだ。でも、君をどうこうする気はないから安心して。俺の言っていること……、分るかな?」

 ノルテは仰向けになった若者の胸元を掌で押えながら、可能な限り穏やかな表情と声音で話しかけた。空いている手で優しく肩を撫で、落ち着かせようと試みる。

 ――椅子に置いたボトルが転がり落ちる。

 ノルテが若者の気を引くために小石を軽く放ろうとした時だ。

 ボトルを拾うために茂みに入れた手が甲冑に触り固まってしまった若者を、咄嗟に襟首を引っ掴んで上体を浮かせ仰向けに転がし、起き上がれないよう逆の手で胸元を押さえたのだ。

<な、何なんだ、アンタら。どうして……。何だこれ、なんか、撮影? 何なの? ホント。なに?!>

 公春は混したまま必死に顔を動かし、自分の周りを見回した。不審者が何か話しているが言葉は全く分からない。胸元を押さえている手をどけようとするが上手くいかなかった。公春の混乱をよそに、二人の不審者は平然と話し続ける。

「……やっぱり、何言ってるのかさっぱり分かんねえな」

 茂みから出てきたクイントは若者が取ろうとしていたボトルを拾いあげると、薄くて柔い感触にちょっと不思議そうな顔をして長椅子に置いた。若者の視界に映る位置で立ち止まる。相手を怯えさせないよう、動作はややゆっくりだ。

<あ、あ。ち、ちょっと! アンタの腰のそれ……。本物? 何? マジなの? 俺ヤバい?!>

 茂みから出てきた不審な男の格好を見て公春は唖然とした。

 バイクヘルメットのようなフルフェイスの兜を被っているが顔は出している。それ以外全身を隙無く鎧で包んでいるようだった。鎧は紺色だ。足首近くまであるマントは渋いグリーンで、背には紋章が大きく施されている。腰にはベルトで吊られた剣と、よく見れば革製のポーチがあるようだ。

 自分を押さえている人物を見上げる。幾分軽装だが鎧姿だ。兜は野球のバッターが被るものと似ている。左腕には小型の盾があり、マントを身につけ、下半身は茂みで解りずらいが柄が見えたので、やはり帯剣しているのだろう。配色は同じだ。

「そうだな。俺が知ってる言語にも近い物は無い……」

 二人は酷く汚れ不快な匂いをさせていた。何かが飛び散った汚れが複数あり、気になって仕方ない。濃い色は意外と汚れが目立つんだと、公春は場違いな事を考えた。

<嘘っ? マジ? アンタら、マジヤバイ人っ?!>

 興奮気味のつぶやきが次第に大きくなり、ノルテは落ち着かせようと肩を撫でていた手で若者の口を覆う。驚いた彼は手から逃れようと首を振り益々呻き出した。

「あー……。悪いけど、もう少し静かにしてくれないかな……。ごめんね……」

 突然拘束された挙句、言葉も通じない相手でさぞ恐ろしいだろう。少しでも伝われと思いながら詫びる。

 混乱する若者の様子を見ていたクイントが不意に移動した。少し離れて戻ってくると、左手に比較的大きな枯れ枝が握られている。腰に下げた剣を右手でぬるりと引き抜いた。

 拾った枝に剣の刃をあてて無造作に滑らせる。

<!!>

 公春が目を見開いて凍り付いた。

 息をする事も忘れ、男の手にする剣と枯れ枝の断面を穴が開くほど見つめる。紙を切る様にするりと刃が通り、あっけなく地面に落たもう半分。男が手にしている枝の断面はささくれ一つ無く滑らかだ。

 枝を捨てて剣を鞘に収めると、不審者は口元に人差し指をゆっくり持っていく。「しーっ」と解り易く口から息を出した。

 真っ青になった公春は、壊れたように何度も首を縦に振った。

「お、流石に大人しくなったな」

「通じたようだね」

 あっさり静かになった若者を見て、二人はほっと息を吐き出した。

()()()は案外、どこでも通じるもんなんだな」

「状況によるけどね……」

 しみじみと呟くクイントにノルテが苦笑する。

 若者の胸元を押さえていた手を放すと笑いかけた。軽く首を傾げると、通じたのかは不明だが若者が応じるように頷く。ゆっくりと口を覆ていた手も放した。

「押えつけてごめんね、君。立っていいよ。但し、ゆっくりとね」

 促すように若者の肩に手をかけ、起き上がるのに手を貸した。



□  □  □


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