その77・戦記は語る(後)
▼その77・戦記は語る(後)
だが、幸いなことに魔法よりも爆弾のほうが先に尽きた。
騎士団長の号令一下、魔法が解除され、魔法のかかった弓矢が放たれる。
魔王軍の飛行装置はこの時半数を失った……と「ある兵士の日記」は記しているが、その後の展開を考えると、「殆どが地上に降りていて、こちらの攻撃は間に合わなかった」とする「宮廷魔導士の備忘録」のほうが正しいだろう。
ともあれ、ここからが地上部隊との戦闘となった。
魔王軍には優秀な鎧があり、連射できる銃器類がある上に、今は常識となった装甲車両を持っていたし、攻撃魔法の装備も充実している。
討伐軍にあるのは連射の効かないボルトアクション型の槍銃と騎士たちが使う剣銃、さらに魔法弓、魔法そのものと、200人勝る、その人数だ。
ここで、イレギュラーが乱入する。
空の上から。
古龍……ヘクトパスカルの参戦がほぼこのタイミングだったのは「宮廷魔導士の備忘録」「ある兵士の日記」の2冊のみならず、「001盗賊都市市史」にも記述がある……恐らく、盗賊都市からの援軍か、あるいは監視者がいたのではないか。
ドラゴンの咆哮は一種の強烈な指向性をもった念話であり、その軸線上に晒されて平然としていられる者は「勇者」であるとされる。
殆どの者が、少なくとも最初の一回から数回は、気を失う衝撃を精神に受ける。
この時魔王軍は、しかし怯まなかった。
何らかの防御策があったとも、「心のない兵士だった」とも「機械仕掛けの兵隊だった」ともされるが、実情は不明である。
これまでの数百年間、ヘクトパスカルがその時なんと言ったのかについて歴史家たちの間では論争があった。
「ある兵士の日記」「宮廷魔導士の備忘録」「001盗賊都市市史」「魔王軍討伐記録(全六巻)」ともに記述が異なる。
だが千年以上姿を見なかった古龍の怒号がどれだけの恐怖心を人間にわき起こらせたかは想像に難くない。
それを曖昧にするほど、つぎにヘクトパスカルが起こした行動は強烈だった。
彼は己の魔力全開で雷撃魔法を駆使したのである。
「空が白く染まった」とは「001盗賊都市市史」に市民の証言として残されている。
「ある兵士の日記」でその作者は「恐ろしくて目を開けられないほどの光」と残し、「宮廷魔導士の備忘録」においては「全員の鼓膜が破れないように防音障壁を二重にかけたがそれでも耳がおかしくなるほどの轟雷の音」と記されている。
とにかくこれで地面がガラス化するほどの高熱が発生したことは、現在も残る古戦場の「魔王の湖」の底を見れば明らかだ。
だが、これは魔王軍にその魔法が直撃して出来たものではない。
彼等の魔導士が障壁を張ってこれを逸らし、一箇所に集めたために出来たものである。
永遠の命を持つ古龍の魔法を逸らした、というだけでも魔王軍の恐ろしさが判るが、彼等もそれが最初で最後の防御だった。
これを行った為、魔王軍の側の魔道士たちが次々と灰となって散った。
また、彼等の持つ「デンシ・キキ」と呼ばれる形の魔導具はその全てが使用不能に陥った。
魔王軍にの陸上からの増援が到着したのはこの時である。
大砲を備えた重々しい「セン・シャー」とそれよりは軽快な「ソコー・シャー」が到着して戦場は再び魔法障壁と攻撃の衝突となった。
ヘクトパスカルに「セン・シャー」からの攻撃が集中し、古龍は数百門(※一説には数十門だったとも言われるが定かではない)の大砲……その一撃は城塞攻撃魔法の最高位に匹敵する……を受けながら自ら盾となって討伐軍を守った。
古龍が人と共闘するのは、実に1200年ぶりのことである。
広がった翼の端にいたるまで、古龍ヘクトパスカルは魔法陣を展開し、討伐軍を守りつつ、雷で「セン・シャー」を次々に破壊していった。
またこの時、討伐軍の陣はゆっくりと左右に広がり、魔王軍の包囲を開始しているが、魔王軍は立ちはだかる巨大な龍の姿に気を取られたようだった。
さらにこの時、討伐軍は後の魔法改良に先駆けたことを行っている。
魔法障壁の重なりをランダムにし、さらに隙間をあけてそこから魔法矢、初歩的な攻撃魔法、魔剣による遠距離攻撃などをしかけたのだ。
一回攻撃ごとに再び、魔法障壁は重なり、無作為に解除箇所と攻撃箇所は開く。
この時、魔王軍の将軍である「Yザ・キカチョウ」が何かを感じ取ったらしいことは、彼が部隊の陣形を変え、一部を突出して討伐軍の背後に向かわせようとしたことで明らかである。
銃弾と爆薬、そして大砲の嵐が押し寄せる中、討伐軍は驚く程良く持った……まるでE王女が生きてるかのように。
やがて、攻勢に転じ始めた。
夕方から始まった戦いは、深夜に及ぼうとしていた。
魔王軍が敗走を始めたのはその頃である。
彼等は撤退する時を間違えなかったと言って良い。
真っ直ぐ、そして迅速に後ろに向かって逃げた。
追撃により、さらに魔王軍には被害が出たが、彼等が真に「負ける」のはこの後のことである。




