その62・舫い綱と突堤
▼その62・舫い綱と突堤
「どういうことですか?」
「その前にあちらの世界とあなたの知っている前世との乖離部分から」
「なんでまた?」
「彼等を引き離すためには、何故彼等がここにいるのか、どうやっているのかを他の人たちに説明しなければならないでしょ?」
「あ、そうか……ナビさんは他の人に見えませんものね」
「そうです」
「で、どう違うんですか?」
「まず、あなたがいた世界より五年ほど先を行ってます。分岐はあなたが死んだ時期から二年後。この時にはっきりと枝分かれします。微妙な差異ではなく」
「はあ」
「平たく言うと日本経済が本格的に破綻して、大企業が全部国内から夜逃げしました。自動車産業からゲーム会社にいたるまで」
「げ」
「IMFの介入に頼らざるを得なかった日本に対して、国外に逃亡したいくつかのIT企業と広告代理店、重工業関係者が出資し合って作ったのが例のヒノモト22株式会社。で、彼等はIMFの支持を取り付けて、第二次世界大戦後、絶えて久しかった国策企業となりました」
「国策企業?」
「半官半民、第三セクター方式とは違う、完全に国家と企業が一体化したような組織です。彼等の行うことは全て国家の意思の元、ってことになって一切の法的制約も受けないことになっています」
「…………なんか僕の世界にもそういう会社……」
「まあ、少なくともそれは法律で保護されているわけではなかったでしょ?」
「なるほど…………そりゃたちが悪い」
「で、彼等は量子加速器を転用した異世界テレポートマシン、とでも言うべきモノを作り上げたわけです。不特定の平行世界で日本に該当する地域に、一定期間無理矢理関東一円を『接続』して略奪行為をくり返す……あの世界の日本ではそうして得た地下資源、人的資源……まあ早い話が奴隷ですね……とかを世界に流通させることで経済復興を成し遂げようとしてる、というわけです」
「首都ごと移動ですか?」
「いえ、政治機能としての首都は、三年前から今鎌倉と大阪に分散移動してます。偉くてやんごとなき人たちは全員そこです。国会議事堂とかは歴史モニュメントとして遺されてるだけですね」
「そういえばヘクトパスカルが、僕らを探してるときに、江戸城からミサイルが飛んできた、っていったけど錯覚じゃなかったのか」
「でしょうねえ。あちこちの東京の官公庁ビルには武装が施されたりしてるようですね」
「都民の人たちはどうなってるんですか?」
「まあ、最初は反対してたみたいですけれど、最初の襲撃でGNPが10%もあがって翌年の平均給与が20%上がったらむしろイケイケドンドンになりました」
「……国連とかアメリカは?」
「『異世界の鉱物資源を持って来ることは果たして略奪なのか』とか『エルフやドワーフは人間なのか』ということでキリスト教イスラム教含めて大論争…………ということで不介入です。まあ地政学的な都合とか色々あるんでしょ」
「世界は非情なんですね……」
「まあ、とにかく、あの世界の日本を停める他の国々というのは多分当分の間は出てきません。しかも異世界に移動するためのシステムは日本の土壌でしか作用しない謎仕様でして」
「なんですかそれ?」
「エイコウニウム22という名前の新物質がありまして、これが日本の関東ローム層にしか含まれてない謎の物質なんですよ」
「…………なんですかそのご都合主義」
「仕方ないです、平行世界は可能性と確率の話でしかありませんから。そういう平行世界もある、と納得してください」
「でも、なんでもっと安全な所を移動させなかったんです? どっかの孤島とか?」
「そこが例のエイコウニウム22の面倒くさいところで、地中に採取装置と電極を突っ込んでその場でエネルギー化しないと動かないんだそうです」
「東京都民は逃がしたほうがいいのに」
「まあ、これまで東京にまで攻め込んできた敵はいませんから。人間自分所の目の前に出てこない限り、危機感ってものは育ちにくいですよ。それに東京に産業経済の七割はまだ残っているんで。動かせない所も大きいんですよ」
「んなもんですかねー」
「ともあれ、関東は強奪都市としてあちこちの異世界に出張しては略奪強奪をくり返す最前線都市になってしまったわけです」
「……略奪国家の強奪首都ですかー」
「悲しいですが、人間経済的に追い詰められたら何でもしてしまうもんですから」
「(※A、溜息をつきながら)みんなビンボがワルイんだ、というにはちと情けない話ですけれどもね」
「衣食足りて礼節を知る、という言葉がありますが、逆を言うとそれらが失われると人は容易く礼節を棄てちゃうってことですからね」
「切ない……」
「みんなビンボが悪いんです。赤貧洗うがごとし、で清貧とか真っ赤な嘘ですからね」
「あー、前世の記憶が……(※A、頭を抱える)」
「で、これまであの東京が見つからなかった理由ですが」
「はいはい」
「ものスゴくざっくばらんにいうと、波に揺れてるようなもんだからです」
「は?」
「あの東京は量子的な揺らぎの中に隠れてて、都合のいいときだけその揺らぎから出てきて、その一部を接続するんですよ」
「えーとどういう風に考えれば?」
「そーですねえ。長い舫い綱で突堤と結ばれた船みたいなもんです。時おり綱を巻き取って近づいて、荷物の積み卸しをして、また突堤から離れる、って感じです」
「じゃあ、舫い綱を繋いでる先を壊すか、綱を切れば?」
「それです。その舫い綱……仮に量子アンカーとしておきますが……の繋がれた先を見つけて、そこのアンカーを破壊するか、結びつきを解いてしまえば、船は突堤を離れて二度と戻らなくなります」
「二度と?」
「平行世界は無限にあります、一度離れたら同じ場所に戻ることは今の彼等の技術ではあと二〇〇年は不可能ですね」
「滅ぼすわけにはいかないしなあ……」
「まあ、一部が阿呆なだけで、他の国民には罪はない……ということですね」
「はい」
「では、次は舫い綱が結ばれたその場所を探す必要があります……さて、ここからが大変です」
「エイコウニウムの反応を探してこの大陸中を走りまわる必要があると言うことですね……とにかくE王女にお話しないと」




