その59・駄目人間増殖
▼その59・駄目人間増殖
(※Aの側に遠慮がちにナビ登場)
「大丈夫ですか、Aさん?」
「ええ、すみません……前世に未練なんかない、って思ってたし、ここはパラレルワールドのアキハバラのラジオ会館で、僕のいた世界のものではない、って判っていてもその……」
「それでも楽しい思い出がある場所、というのは懐かしいものです」
「ええ。誰にも認められず、罵倒されるばっかりで辛かった前世ですけれど、ここだけは僕の楽しみでした。お金がなくて、ただ見て回るだけでも嬉しかった」
(※涙を拭うA)
「とにかく、ここには情報の宝庫です。まず新聞から」
「おいおい、一人でこの宝の山を歩くつもりか? 私にも味合わせてくれ」
(※振り返るA、痩身長躯のイギリス人っぽいサングラスの青年、スーツ姿で両手を広げている)
「……なんでデヴィッド・テナントがここに?」
「私だよ、ヘクトパスカルだ」
「え?」
「魔法で質量変換と形状変更を行ったんだ。72時間限定だが、人の姿をとれる。モデルは汝の言うとおり、イギリスのSFドラマ、ドクター・フーの『ドクター』をモデルにした。まあ、正確にはドクター時代のデヴィッド・テナントの体型と顔に『グッド・オーメンズ』の髪型とファッションだが」
「でもスニーカー」
「そこは履き心地を最優先にしたのだ」
「なるほど。でもよかった。どうやったら君にこの膨大な資料というか本というかDVDと言うかを見せられるのかって思ってた」
「まあ、このサイズなら普通に見て回っても問題はあるまい……では案内を頼めるか、我が友よ」
「もちろん!」
(※嬉々としてA、ヘクトパスカル人間体を連れてエスカレーターを上がっていく)
「まず最上階に上がって、それから降りてきましょう!」
「よしよし! 楽しみだ!」
「お二人ともウキウキですな」
「そりゃまあ、その二度と来られないと思ってた場所ですから!」
「私も、来られるとは思わなかった場所だからな!」
「まー、いいことです……おや?」
「どうしたの、ナビさん?」
「いえ、右斜め後方4時の方角、一、二の、三で振り返って下さい」
「はい?」
「一、二の、三、はい」
「あ、B!」
「う……」
「どうしてここに? 危険だって言ったじゃないか」
「嘘つき。あたしもあそこで変な機械の夢の中で色々教えられたんだからね」
「う……あ……そうか(汗)」
「まあ、良いではないか、沼に填まるなら人数が多いほうが良い」
「じゃあもう一人いてもいいですかね、今度は左斜め前方です。ちとマナー違反ですが三階まで来たら、一、二の、三でフロアの右手を走って下さい」
「一、二の、三、はい」
(※言われるままにエスカレーターの上を走るA、ヘクトパスカルとB)
(※何かが慌てて足を引っかけて倒れる)
「あ! 暗殺者のC!」
(※マント姿のC、本を抱え込んで倒れている)
「ウ……!」
「なんでまた?」
「そうか、この人も確かあっちの知識を植え込まれたかりそめの人生を送ってたんだっけ……」
「コ……殺セ! カヨウナ姿ヲ他人ニ見ラレテハ生キテイケヌ!(半泣き)」
「まあ、待ちなさいよ、C」
「……B」
「あたし、あんたの気持ちよく判る。知っちゃったんでしょ? 楽しいこと?」
「(※黙って頷く)」
「マンガ、アニメ、映画に小説……ネット」
「(※首も千切れんばかりに頷く)」
「あたしたちもここに来たよね? あの夢の中の人生で」
「来タ……ココノ近クノ虎の穴ニモ」
「触れたかったんだよね? あの娯楽に、ここで、本当の世界で」
「……ソウダ、ダガソレハ、暗殺者トシテハ、失格ダ」
「辞めればいいじゃない、暗殺者!」
「エ……?」
「少なくともここにいる間は、あたしたち、仲間ってことでどう?」
「……」
「ここを出たら別。ここだけは仲間」
「…………」
(※C、冷や汗を流しながら悩む)
「…………どう思う? ヘクトパスカル(小声)」
「まあ、落ちるであろう(小声)」
「娯楽は最大の毒にして武器ですからねえ(小声)」
(※C、長く悩んだ末に大きく頷く)
「ワカッタ、コノ建物ノ中ニイル間ハ、我ラハ仲間」
(※B、手を差し出す。C握りしめる)
「じゃあ、よろしく、C!」
「ダガ、仕事ガアル。ココカラ出レバ、我ラハ敵同士」
「判ってる。じゃあとりあえず、ここのジャンルを片っ端から!」
「了解」
「A、アンタたちはどうせ上から降りてくるんでしょ? あたしらここら辺中心でいいから!」
「デハ、サラバダ」
「…………行っちゃった……」
「まあ、あちらはあちら、こちらはこちらで楽しもうぞ」
「そうだね! ヘクトパスカル!」
「うーん、なんか駄目人間が増えた気がしますが……」
「聞ーこえーなーい♪」
「我も何も聞こえぬぞー♪」




