その30・カッコウの雛(後)
その30・カッコウの雛(後)
(※時間経過)
「じゃあ、また明日の朝ね! 迎えに来るから」
「うん!」
(※B、父母と一緒に退去、テーブルの上さっぱり、台所には洗い立ての食器と鍋類)
「あー、美味しかったぁ……」
「そうか、パパは嬉しいよ。急いでつけ込んだから鶏肉への味のしみこみがイマイチだったけどねえ。もう十分揉み込んだほうがよかったかなあ」
「そんなことないよ、パパ。とっても美味しかった。あんなにふわふわで柔らかい鶏肉は初めてたべました! あとパンも柔らかくて香ばしくって、ひと噛みごとに甘味と塩加減が……」
「そうかそうか、美味しかったか!」
「いつものと違って、わざわざ焼いてくれたんだね」
「ああ、息子の門出に黒パンは侘しいからねえ。美味しいものをいっぱい食べさせて、送り出してやりたいのは親心だよ」
「それ、ママの口癖だった……よね?」
「ああ。そうだとも」
「山盛りの野菜の酢漬けも美味しかったー! あとニンジンのケーキ! 砂糖や胡椒って高いんでしょう? こんな贅沢させてもらっていいのかな、って」
「いいのさ。お前が大きく成長したのがわかったよ。そのお祝いだ」
「え……?」
「むかし、お前が生まれたばかりの頃、ママが言ってた……『この子は神様が私たちに下さった宝物、いずれどこかに旅立つかも知れないけれど、その時は笑って見送ってあげましょう』ってな。『この子は、私たちの子だけど、私たちだけの子供じゃない、だからいつか翼が生えたように何処か遠くへ、大きなことの為に旅立つ、そんな気がするの』とも良く言ってた」
「!」
「……母さんには未来が見えていたのかも知れんなあ」
「…………」
「……母さんが死ぬ前にいったこと、憶えているか」
「……えーっと、確か『風が吹いてきたら、それを逃さず、鷹のように何処までも何処までも飛んで行きなさい』……だったよね?」
「そうだ」
「(……母親が我が子の未来を悟るなんてこと……そうか、ここは魔法も、霊体もある異世界だものなあ)」
「だから何処までも飛んでおいき、Aよ。戻ってきたくなったら、いつでも戻っておいで。パパはママの墓と一緒に、ここでお前を待っている。失敗しても成功しても、お前は俺の息子だ」
「……はい」
「明日の準備をおし……これだけはパパも手伝えないからな。盗賊は……」
「『いつも最後はひとり』だよね? 判ってる」
「そうだ、おやすみA」
(※革のリュックに色々詰めこむA、さらに火薬を秤で量って空薬莢に詰めこみ、ゆっくりと鉛の弾頭を押し込む)
「セマーリンの弾丸は…………えーと、これで予備弾倉の分以外に70発か……レマットは……部品は鋳造したてだからバリ取りや仕上げとかは出先で調整して……何事もなければ一週間ぐらいで組み立てられるかな? 出来上がったらBか王女様にあげよう……あとは……」
(※窓から風が吹き込む……A父の小さな声が流れてきて、A、窓際に)
「ママ……俺達の息子が、とうとう風を掴んだよ……君が生きていたら、なんていうんだろうなあ……この家も寂しくなるよ。君の言うとおり、イヌかネコでも飼うべきだったかも知れないなぁ……ははは」
「……」
(※窓辺においたAの指先がぎゅっと丸まって拳になる)
「……」
(※A、耐えられなくなって屋根の上、月を見上げる)
「あの……ナビさん」
「はいはい、なんでしょ?」
「お休みの所度々ごめんなさい……あの、カッコウって鳥、いますよね」
「ええ」
「確か、たくらんって行為をするんですよね?」
「ええ、託卵ですね。卵を託すと書きます」
「カッコウの子は、巣立つとき、それまで育ててくれた親をどう思うのか、なんとなく判る気がします」
「……断っておきますが、Aさん、あなたが転生しなければ、この家には子供は産まれませんでした。これは一種の帰納法に基づく推論ですが、Aさんのお母さんはあなたを生まなければ、今よりも早く、子を成せない悩みをかかえ、不注意で事故を起こして死亡、お父さんは酒浸りの日々で、今頃は二人揃って町外れの墓の下です。そしてBさんのお父さんは失敗をあなたのお父さんがフォロー出来なかったために捕まって縛り首になります…Bさんはかなり悲惨な人生をその後送ることになってました。でも今は違う」
「……」
「我々は、扱う世界の全ての人間をハッピーエンドには出来ませんが、あなたを送りこむ先には、それなりの幸せをちゃんと与えるようにしてます。あなたは世界の希望として送りこまれるわけですし」
「……ありがとうございます、少しだけ、気持ちが軽くなりました」
「ただ、全てをコントロールは出来ない。私たちはホンの些細なきっかけを与えるだけなんです、あとはこの世界に生きている人たち、あなたが変えていくしかない。そのためのナビゲーターです、私は」
「……はい」
「明日、早いんでしょう?」
「そうですね、そろそろ寝ます」
「ああ、それからひとつだけ……カッコウは恐らく、ナニも考えませんし、感じませんよ。それが習性ですからね」
「…………」
「あなたがこういうことに心を痛めるような人だからこそ、我々はあなたを選んだんです」
「……ホントですか?」
「さあ? どう思います?」
「……(苦笑)わかりません」
「でしょー? 人生には二つ三つ、謎があったほうが楽しいですからね。それでは……おやすみなさい」




