フェンリル族の里⑪
目が覚めた。
空が明るくなり始めている。もうそろそろ夜明けだな。
フェンリル族の家は靴を脱いで入るし、ベッドではなく床に布団を敷いて寝るのが普通で、家の外観もあって、まるで日本の田舎と一緒だよな。何か懐かしい気持ちで寝てしまった。
アイリスは隣で気持ち良さそうに眠っている。最近は露骨な愛情表現が多くなっているが、この寝顔を見ると歳相応の寝顔だ。ニコニコしながら眠っているので、楽しい夢でも見ているのかな?
反対側はミドリが幸せそうな顔で眠っている。今回、俺との添い寝は初めてだったし、かなり興奮して初めは眠れなかったみたいだったが、しばらく話をしていたら落ち着いたのかすぐに眠ってくれた。ちゃんと話をするまではミステリアスな感じだったが。あの模擬戦以来ちゃんと話せるようになってからは、色々と話題を出して話を飽きさせないようにしてくれる。俺に対する想いが重過ぎる事を除けば、本当に可愛いし良い子だよ。
隣の布団にはクローディアがスヤスヤと眠っている。神器って寝るのか?
寝言なのか「マスターのエッチ・・・」と呟いていたが、アイツの夢の中で俺は何をしているんだ?夢まで見るなんて・・・、神器は謎だ・・・
3人を起こさないようにソッと部屋の外に出る。
廊下に出ると凍牙が壁にもたれ掛かりながら立っているのが見えた。俺を見かけるとニヤッと笑う。
「蒼太、俺を置いていくのか?水臭いヤツだな。」
「いや、別に置いていくつもりは無かったさ。お前ならもう気付いて動き出すと思っていたよ。お互い鈍ってはいないようだな。」
凍牙と並んで廊下を歩いていると2人の人影が見えた。
「ソータ、私と吹雪もいるのよ。私達はいつも一緒、離ればなれは許さないからね。」
「美冬・・・、大げさだな。でも嬉しいよ。さすが俺のパートナーだ。」
凍牙が嬉しそうな顔で俺に尋ねた。
「で、どのくらい相手はいるんだ?少しは歯ごたえのあるヤツがいれば良いんだがな。」
吹雪もフェンリル族らしく嬉しそうだ。
「父ちゃん、今回は楽しくなりそうだね。」
マップの魔法を発動し確認する。
「そうだな・・・、大体、40万くらいかな?数が多すぎて種類まで判別は無理みたいだけどな。魔獣といえ早朝からご苦労様だ。早朝出勤手当がもらえないと可哀想だな。でも、昔、俺と凍牙2人で100万の敵と挑んだ時よりは楽勝だろう。まぁ、ここは森だしヤツらのホームグラウンドだ。油断は出来ん。」
美冬も嬉しそうだ。
「4対40万か、私達が負ける要素は無いね。折角、族長の家族が良い方向になっているのだから、水を差すわけにはいかないよ。クイーンには少し痛い目に遭ってもらわないとね。」
「そういう事だ。行くか。」
3人が頷き、族長の家の外に出た。
目の前に数十人のフェンリル族の男達が緊張した顔で立っていた。先頭に族長、氷河、冷華がいる。そして氷河の隣にはキョウカが寄り添っていた。
「みんな・・・」
族長が前に出てくる。
「水臭いぞ、蒼太!我々が気付かないと思ったのか?ヤツらに我らフェンリル族の真の強さを見せてやるわ。森の魔獣共め、誰に手を出したのか思い知らせてやる。」
「族長、悪いが、この喧嘩は俺が買うことにしたよ。フェンリル族とスキュラ族の全面戦争というのは冷牙もミヤビも望んでいないだろう。俺達がこの喧嘩を収める。もちろん、俺達の完全勝利でな。」
「なぁ、みんな!」
後ろに振り返ると、アイリスを始め全員が立っていた。
しかし、アイリスだけが腕を組んで不機嫌そうだ・・・
「パパ・・・、上手くまとめたみたいだけど、本当は私達を置いて4人で行くつもりだったのでしょう?誤魔化されないよ。」
アイリスのプレッシャーが怖い。俺の背筋に冷や汗が流れる。
「ア、アイリス・・・、それはだな・・・、お前達を心配してな・・・」
「言い訳無用!パパ、私はパパとずっと一緒!どんな時もね。」
アイリスが笑顔になった。
「だから、パパも私達を信用して。足手まといにはならないからね。」
「わ、分かった・・・」
凍牙がニヤニヤしながら俺を見ている。
「蒼太、もうアイリスの尻に敷かれているな。結婚した時はどうなる事やら・・・」
サクラが凍牙を睨む。
「凍牙お兄ちゃん!お兄ちゃんも一緒よ!私を置いていくなんて・・・、後でお仕置きです!」
「凍牙・・・」
「言うな!俺も蒼太と一緒だよ・・・、サクラには敵わない・・・」
緊張した顔つきのフェンリル族の男達が笑い出した。氷河も嬉しそうな顔で凍牙に近づいた。
「凍牙、お前は本当にいつもと変わらないな。あれだけの数を前にしても平気だとは・・・、任せたよ。お前の本当の強さというものを俺達に見せてくれ。」
「あぁ、期待してくれ。」
あれから1時間が経過した。誰もこの場から離れようとしない。
「凍牙、あと1時間くらいでヤツらが到着しそうだな。ボチボチこちらから打って出るか。討ち漏らしが出て里に入られると面倒だからな。」
【旦那様、その必要はありません。】
フローリアか!
その瞬間、俺達の前に魔方陣が浮かび上がり、数人の人影が現われた。
「フローリア!それにみんな!」
フローリアを始め、春菜、夏子、千秋、マリー、ガーベラがいた。
フェンリル族の男達がざわめく。
「あ、あれはフローリア様ではないか?」
「な、何て美しい・・・、噂通り神界一の美貌に間違いない。この目で見れただけでも幸せだ。」
「それに、フローリア様以外の女の人もとんでもない美女ばかりだ・・・」
「あの小さい女の子も何て可愛さなんだ。昔の美冬みたいだぞ。俺の息子の嫁にしたいな。」
「蒼太殿と仲が良さそうだが、どんな関係なんだ?」
フローリアが微笑みながら俺の前に来る。
「旦那様、事情は分かってますよ。私達もお手伝いに来たのです。」
フローリアの俺に対する『旦那様』の言葉に、半分以上のフェンリル族の男達がガックリしている。
「フ、フローリア様が結婚されていたなんて・・・」
「我らファンクラブはどうしたら・・・」
そんなモノまであるのか?知らなかった・・・
「そうか、ありがとうな。ところで、お前達の本当の目的は?」
その瞬間、マリーとガーベラ以外の彼女達があたふたし始めた。やっぱり別の目的か・・・
夏子がかなり動揺している。
「だ、だ、旦那様・・・、け、決して出番が欲しいからといった目的では・・・」
千秋は汗ダラダラだし・・・
「2章になってからほとんど出る事が無くなったから、忘れられないよう、たまには出ないと・・・」
春菜は明後日の方向を見ている。
「最近、サクラが目立って、親の私が目立たなくなって・・・」
お前ら、本音がダダ漏れだぞ・・・
マリーは普通だな。
「私は別にそこまで出番に拘ってないからね。ガーベラが凍牙に会えなくて淋しがっていたし、新しく凍牙の婚約者になった彼女達に挨拶と思ってね。フローリア様からあんた達の状況は逐一報告があるから、全部分かっているよ。」
ガーベラは凍牙と見つけると満面の笑顔になって凍牙のところに走って行き抱きついた。
「凍牙お兄ちゃん!会いたかった!会えなくて淋しかったんだよ。それにお母さんから聞いたよ。新しいお嫁さんが出来たとか・・・」
凍牙が「そ、それはな・・・」と言いながら冷や汗をかいている。
雪がガーベラの前に来てニッコリ微笑む。。
「あなたがサクラちゃんが言っていたガーベラちゃんね。可愛いね。私、雪って言うのよ。よろしくね。」
ガーベラも同じようにニッコリ微笑む。
「こちらこそよろしくお願いします、雪お姉ちゃん。お姉ちゃんの方がもっと可愛いと思う。2人で凍牙お兄ちゃんをメロメロにしようね。」
雪が「メチャメチャ可愛い子に可愛いって言われた。何て良い子なの・・・」と感動している。
そして、冷華の方に走っていき、冷華の前に来た。
「初めまして。冷華お姉さんですか?キレイなお姉さんと聞いていますので間違いないと思いますが・・・、私、ガーベラと申します。凍牙お兄ちゃんの2番目の婚約者ですが、一緒に頑張りましょうね。」
冷華が凄く喜んでいる。
「こ、この子、すごい可愛い・・・、そして、こんな礼儀正しい良い子が私の妹に・・・」
「ガーベラちゃんだっけ?ちょっと抱いても良い?」
冷華が嬉しそうにガーベラを抱き上げていた。ガーベラもニコニコしていた。婚約者同士、仲が良いのは歓迎だよ。
それにしても、少しガサツなマリーからよくこんな出来た子が生まれたものだ。自慢の娘だな。
マリーとチラっと目が合うと、「あんた、今、失礼な事考えてたでしょう?」と言ってきた。す、鋭い・・・
ガーベラが今度は俺の前に来た。両手を前に組んで潤んだ目で俺を見つめてくる。
「ねえねえ、お父さん。私もアイリスお姉ちゃんやサクラと一緒に戦いたいなぁ・・・、お願い・・・」
うっ!ガーベラのおねだり攻撃が来た!この仕草には敵わない・・・
ガーベラはわずか6歳で神器に認められる程の強さだけど、凍牙や吹雪と同じ接近戦特化型だからなぁ・・・、あの2人と比べてまだ戦闘経験が圧倒的に少ないから、今回は乱戦が予想されるので危険だ。だからといって参加させないと確実に拗ねるだろうし・・・
それで今回は連れてこなかったのだが、さて、どうしよう・・・
【ピー!サテライトシステムのアップデートが完了しました。これ以降、収束モードが使用可能です。】
頭の中にアナウンスが流れた。
良いタイミングだ。これでサテライト・キャノンが使える。
そうだ!
ガーベラの頭の上に手を置く。ガーベラが嬉しそうに微笑んだ。頭を撫でられるのが好きなんだよな。ずっと撫でていたいが、今は我慢だ!
ガーベラの体が一瞬光った。
「よし!ガーベラ。お前にもサテライトシステムを使えるようにしたぞ。これなら遠距離からでも攻撃出来るからな。サポートは頼んだぞ。」
ガーベラはすごく嬉しそうだ。マップリンクを起動してみる。これは!今までマーカー表示だったが、今回のアップデートで衛星写真のような画像モードも使えるようになっている。これなら見やすいし、相手の判別もしやすい。それにマーカーを合わせる事も可能だ。
「ガーベラ、ちょっとリンクを起動してみろ。お前ならすぐに覚えられそうだな。」
「お父さん、すごい!遠くのものまで見えるよ。」
ガーベラはすごく感動しているが、突然、ニヤッと笑った。
「お父さん、これでお母さん達のお風呂を覗き見したらダメだよ。」
「お、お前なぁ・・・、お父さんがそんな事する訳ないだろう。」
しかし、後ろにいるフェンリル族の男達が俺を羨ましそうに見ている。絶対に俺はしないからな!お前達はあいつらの怖さを知らないからだと思うが、そんな事をしてバレてみろ、確実に魂の塵まで残さず消滅させられるぞ。それだけ怖い嫁軍団なんだからな!
「あ!ゴブリン・キング発見!これは強そうだね、お父さん。」
「お!使いこなすようになったか。さすがガーベラ、飲み込みが早いな。今はまだ攻撃・・・」
「いっけぇええええええ!次元衛星砲!発射ぁああああああ!」
「えっ!」
ガーベラが森のずっと先にいるまだ見えない魔獣達の群れに向かって腕を振り下ろした。
奴等がいるだろう辺りの上空が一瞬虹色に光った。その直後、森に巨大なきのこ雲が発生した。しばらくしてから爆音が聞こえてくる。
【結果を報告します。直撃で消滅したモンスター約1万、爆発の衝撃で死亡したモンスター約2万8千となります。次元衛星砲は冷却及びチャージモードに移行します。しばらく使用不能となりますので、通常のサテライト・キャノンを使用して下さい。】
脳内に空しくアナウンスが流れた・・・
「ガーベラァ~・・・」
このバカタレがぁあああ!攻撃タイミングが早過ぎ!
これで相手もこちらが気付いている事が分かってしまったから、奇襲が出来なくなってしまったぞ。
「えへへ、うっかりやっちゃいました。お父さん、ごめんね。」
ガーベラが舌をペロッと出して俺に謝っているが、表情や仕草が可愛過ぎて怒るに怒れん・・・
親バカと言われるかもしれないけど、可愛さのオーラは子供達の中ではNo.1だ。地球でアイドルデビューすれば頂上が取れるだろう。
まぁ、一撃で1割近くの敵を倒したのだから、良しとするか・・・
フェンリル族の男どもは「おぉおおお!アレが神の裁きの雷!蒼太殿の子供だけある・・・」と、感激している。
夏子達は「よし!これで次回も出れるぞ!」と言って喜んでいた。
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