フェンリル族の里⑨
悲劇と過ちだと・・・
「ミドリ、それはどんな話なんだ?」
「それではお話しますね。」
「始祖様と言われる方がフェンリル族の種族の祖ではありません。もっと昔からフェンリル族は存在していました。神獣と言われているくらいですから、当時でもかなりの強さを持っており、神界でも指折りの強さなのは今でも変わりませんね。」
「そして、その強さを更に引き出したのが始祖様と呼ばれた冷牙という方でした。〇イ〇人が〇ーパーサ〇〇人になるようなものですね。普通のフェンリル族の若者が目覚めた影響で髪は金色になり、潜在能力の全てを使えるようになって里で最強の者になりました。武器化するのは見た目から注目されがちですが、本当に凄いところは戦闘力が異常なほど高い事です。実際に凍牙様や美冬様、そして吹雪様もフェンリル族の基準では収まらない戦闘力ですからね。」
ミドリ、お前がなぜ〇イ〇人や〇ーパーサ〇〇人の言葉を知っている?
「なぜ目覚めたのか、その経緯を説明します。」
「彼にはミヤビと呼ぶ恋人がいました。彼女はスキュラ族です。当時は今みたいに交流が無い事はありませんでした。むしろ、お互いの種族は仲は良かったのです。ただし、スキュラ族は自分の種族しか産めませんので、フェンリル族の恋人は彼女達と結婚した場合、里同士の決まりで、スキュラ族の里で一生を過ごす事になっていました。」
「そして、ある日、1人の女性がフェンリル族の里の近くに来ました。彼女はエメラルド・ドラゴンが人化した姿で、名前はクリアと呼びました。彼女はその希少性から多数の凄腕のハンターに追われ逃げ回っていたのです。今では厳しく取り締まりされていますので、希少種が襲われる事はまずありませんが、当時は平気で狩られていましたからね。いくら強力なエメラルド・ドラゴンでもずっと大量のハンター達に追われていましたので、逃げ回るしかありませんでした。」
森の中を2人の男女が歩いている。
「ミヤビ、本当に俺で良かったのか?俺はお前みたいに強くないのに・・・」
「良いのです!私はあなたと一生過ごすと決めましたからね。あなたとでないとダメなんです。」
「でも、冷牙・・・、あなたこそ本当に良かったのですか?私と結婚するという事は、あなたは里と決別する事になるのですよ。私の里でずっと・・・」
「構わないさ。俺はお前さえいれば幸せだからな。親もいないし知り合いも少ない。フェンリル族とスキュラ族との慣わしで、スキュラ族と結婚する事はお前の里で一生過ごす事になるけど気にしてない。」
嬉しそうなミヤビの表情だったが、急に鋭い目つきになり森の奥を睨んだ。
「冷牙、誰かいる。それも、殺気を出して・・・」
2人の間に緊張が走り、奥から1人の男が姿を現した。
「よう、冷牙じゃないか。どうした?女と2人っきりで?」
現われた男はフェンリル族の男だった。
「すみません。俺は彼女の里に向かっているのですよ。」
ミヤビが冷牙に尋ねた。
「誰?あのフェンリル族は?只者じゃないみたいけど・・・」
「彼は俺達の里出身の凄腕ハンターだよ。昔は身寄りの無い俺を可愛がってくれたんだ。」
男は笑いながら冷牙に話しかける。
「冷牙、とうとうお前も身を固める事になったか。彼女はスキュラ族だろ?お前が里からいなくなるるんだな・・・、淋しくなるよ。」
またもやミヤビの目つきが鋭くなる。そして男の目も同じように鋭くなった。
「あなた、ハンターだよね・・・、一体、何を追っかけていたの?こんな大物の気配は初めてよ・・・」
男の頬に汗が流れる。
「マズイ・・・、あれだけの奴だったとは俺も思わなかった。仲間の気配も全て消えた。あれだけの男達が全員殺されてしまっている。逃げるぞ!」
その瞬間、男の前に1人の女性が立っていた。男を睨みながら腕を男に振り下ろした。
「ぎゃぁああああああ!」
男が袈裟切りのように女に切られた。重傷だがまだ生きている。
「れ、冷牙!逃げるんだ!コイツは女の姿だがエメラルド・ドラゴンだ!お前達では勝てない!」
「エ、エメラルド・ドラゴン!逃げるんだ!ミヤビ!」
冷牙がミヤビの手を引き走り出そうとしたが、すぐ目の前に女が現われる。
「い、いつの間に・・・」
冷牙の頬に汗が伝い恐怖の顔になった。女は冷たい視線で冷牙を睨む。そして右腕をゆっくり上げた。
右腕の爪が長く伸びていた。刃物のように鋭く、それで男を切ったのだろう。
「何で、私を襲うの?私は何もしていないし、静かに過ごしたかっただけなのに・・・」
「どうしてぇえええええ!」
女が涙を流しながら絶叫して冷牙に爪を振り下ろした。
ガキィイイイイイイン!
「冷牙!大丈夫!」
ミヤビが咄嗟に間に入り女の爪を剣で防いでいた。
「あぁ・・・、な、何とか・・・」
「何なの、あの女は!いきなり襲って来て私の冷牙を殺そうとするなんて・・・、それにあの爪はどうなっているの?里の宝剣なのに欠けてしまっているわ。こんなのは相手にしてられない!」
「逃げるわよ!」
冷牙とミヤビが手を繋いで逃げ出したが、女は絶叫し姿が変化した。
「私を襲う奴は許さない。絶対に逃がさない!」
巨大なドラゴンの姿になり、2人の前に立ちふさがった。
2人は驚愕の顔でドラゴンを見ている。
「本当にドラゴンだと・・・、ミヤビ!俺が時間を稼ぐ!その間に逃げてくれ!」
「ダメよ!あなたじゃ時間稼ぎにもならない!私が稼ぐわ!だから、あなたが逃げて!」
「ゴチャゴチャうるさい!」
ドラゴンが尻尾を振り回し、2人は弾き飛ばされてしまう。
「ぐぁあああああ!」「きゃぁあああああ!」
ミヤビは咄嗟に剣を構えガードしたが、あっさりと剣が折れてしまった。
2人は地面に叩き付けられてしまう。
「な、なんて強さなの・・・、この私が子供扱いじゃないの・・・」
ドラゴンがミヤビを睨み近づいてくる。そして、ミヤビの頭上でゆっくり足を上げ、ミヤビを踏みつけた。
「きゃぁあああああ!」
「えっ!私、何ともない・・・」
ミヤビが不思議そうに前を見ると・・・
冷牙がミヤビの前に立って、ドラゴンの足を受け止めていた。
「れ、冷牙!あなた、何て事を!無理よ!いくら何でも受け止めるなんて!」
「ミヤビ!お前は俺が守る!命をかけても絶対にな!俺の全てをミヤビを守る為に!俺はどうなってもいい!」
「おぉおおおおおおおおお!」
冷牙がドラゴンの足を受け止めただけでなく、押し返してドラゴンが倒れてしまった。
倒れたドラゴンは起き上がろうとしてたが、冷牙が一瞬にしてドラゴンの目の前に移動し、胴体に強烈なストレートを容赦無く叩き込む。
殴られたドラゴンは鱗を割られ悶絶していた。
「はっ!冷牙!一体その力は・・・、動きも今までと全く違うし、何よりも素手でドラゴンの鱗を割るなんて・・・、フェンリル族でもここまでの力はあり得ない・・・」
「それにどうしたの、その髪?急に金色になっている・・・」
冷牙も不思議そうに自分の髪を撫でていた。
「俺も分からない。ミヤビを守ろうと心から願ったら、体の奥からとんでもない力が湧き上がってきたのを感じたんだ。そして、ミヤビ・・・、俺を信じてくれるか?」
「信じるも信じないも、私はあなたの妻になるのよ。信じなくてどうするの?」
「ミヤビ、ありがとう・・・」
そう言って、冷牙がミヤビにキスをする。しばらくしてから冷牙が離れた。
「れ、冷牙!こんな時に何て事するの!って、嘘・・・」
冷牙の体が金色に輝き次第に姿が薄くなり消えた。
「冷牙!何処に行ったの?」
ミヤビがキョロキョロと周りを見渡したが冷牙の姿が見当たらない。しかし、自分の右手に違和感を覚え、右手に視線を移した。
「な、何!コレ!こんな見事な剣を私がいつの間にか握っていたなんて・・・、しかも、刀身が金色・・・」
ミヤビはしばらく剣を見つめていた。
「これは!冷牙の気配を感じる!まさか・・・、冷牙が剣に・・・、わ、分かる!冷牙の心が私の中に・・・、分かったわ、あのドラゴンを助けないとね。ちょっと痛い目に遭わすけど正気に戻さないと・・・」
ミヤビが剣を正眼に構えドラゴンと対峙した。
「あなたも私を殺そうとするの?もう許さない!」
ドラゴンが息を吸い込み、炎のブレスをミヤビに向かって吐いた。
「こんなブレスなんて!」
ミヤビが剣を上段に構え思いっきり振り下ろすと、ブレスがミヤビを避けるように真っ二つに割れた。
「な、何なのこの力・・・、これが冷牙の本当の力なの・・・、こんな強力な剣、在り得ないわ。まるで私の為に作られたようにピッタリと馴染むし、力も湧き上がってくる。」
ブレスを割った剣の衝撃波がドラゴンの鱗を深々と裂き、ドラゴンが悲鳴を上げた。
「い、痛い!もう止めてぇえええええ!何で私がこんな目に遭わなければならないの!もう止めて・・・、お願い・・・」
「ゴメン!ドラゴンさん。ここまで怪我させるつもりは無かったの。許して・・・、ヒール!」
ドラゴンの傷がみるみる治っていく。
ミヤビに握られていた剣が輝き、元の冷牙の姿に戻りいきなり土下座をした。
「す、すまない!こんなつもりは無かった。もう少しでお前を殺してしまうところだった・・・」
ドラゴンが輝き女の姿になった。
「いいの。悪いのは私だったから・・・、あなた達は悪い人ではないみたいだし、私が勘違いして襲ってしまったみたいね。私の方こそ、ごめんなさい・・・」
「私は追われている身だから、あなた達に迷惑はかけらない。ここでお別れね。」
「ま、待ってくれ!どこにも行くところがないなら、俺達と一緒にいないか?ハンターに追われているなら、俺達が向かっているスキュラ族の里なら安全だ。スキュラ族はフェンリル族と同じくらい強いし、何よりも女性を大事にする。そして、俺と彼女でお前を守ってあげるよ。どうかな?」
ミヤビも頷いた。
女の目から涙が流れる。
「し、信じていいの?私と一緒にいると迷惑がかかるよ・・・」
「大丈夫だ。俺のこの力は守る為にあるのだと思う。心からミヤビを守りたいと思った時に湧き出てきたからな。だったら、お前も守りたいと思えば力が出ると思うよ。だから安心しな。」
「俺は冷牙、彼女はミヤビって言うんだ。これから3人で一緒に暮らさないか?」
「クリア。私の名前はクリアって言うの。あなたを信じる。」
クリアがとても嬉しそうに笑った。
「待ってくれ!」
重症のハンターが呼び止める。
「あら・・・、あなた、まだ生きていたの?首を刎ねて止めを刺してあげる・・・」
クリアが冷たい目で男を睨み爪を伸ばして振りかぶる。
「クリア!止めてくれ!この人は悪い人でない!ハンターの仕事でクリアを追っていただけだから、もうクリアを追わないと約束させる。それに、昔は俺の面倒を見てくれた人だからな・・・、だから頼む!」
「仕方ない・・・、冷牙の頼みだからね。でも、次は無いよ・・・」
「冷牙、私が回復させるわ。このままだと本当に死んじゃうからね。ヒール!」
ミヤビが回復魔法をかけ男を回復させた。
「ありがとうな。フェンリル族は受けた恩は絶対に忘れない。冷牙、お前の約束は絶対に守るさ。それに、依頼も失敗して信用ガタ落ちは間違いないだろうし、仲間も全員死んでしまったからな。もうハンターは廃業だよ。」
「それに冷牙、お前、一体どうなったんだ?金髪のフェンリル族なんて今まで存在したことはなかった。それに、ドラゴン相手に単独で戦える強さは異常だ!フェンリル族は神界でも強い部類に入るが、ここまでの強さではないぞ。お前の強さはそれを一気に飛び越えてしまっている・・・」
「それとだ!お前のあの力!どうなっている?ハンターとして神界を回っていた俺だが、武器に変化出来る奴なんて見た事も聞いた事もない!しかも、その武器の力は神竜とも呼ばれているエメラルド・ドラゴンさえ圧倒する。異常な戦闘力の上昇と武器に変化出来る能力・・・、お前だけの力なのか、それとも我々フェンリル族の種族としての希望なのか、俺はそれを確かめたい。」
そして、男は土下座をした。
「お前は里から出てはいけない男だ!里の希望なんだ!だから頼む!俺と一緒に里に戻ってくれ!」
「勿論、彼女達も一緒だ。俺から長老達には良く言っておく!」
「頼む!」
「う~ん・・・」
冷牙は困惑しているが、ミヤビが嬉しそうに手を繋ぎ歩き出した。
「冷牙、行くわよ、あなたの里へ。あなたを必要としているなら応えなくちゃね。クリア、あなたも勿論一緒だからね。折角だから、あなたも冷牙のお嫁さんになりなさいよ。」
クリアの顔が真っ赤になった。
「えっ!で、でも・・・」
「え~、嫌なの?私、淋しいな・・・」
ミヤビが悪戯っぽく笑う。
「い、いえ!そんな訳じゃなくて・・・、わ、私がお嫁さんになってもいいんですか?」
冷牙が頷いた。
クリアの目から涙が流れ、嬉しそうにミヤビが繋いでいる反対の手を握る。
3人が仲良く手を繋ぎフェンリルの里に向かって歩き出した。
「お~い・・・、俺を忘れているぞ・・・」
男がポツンと1人取り残され立っていた。
第一部 始祖覚醒編 完
製作・著作 ミドリ
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