フェンリル族の里⑧
な、何だ!何の音だ!
音はあの石化した娘の方から聞こえたたぞ!
嫌な予感がする・・・
恐る恐る娘の方を見ると・・・
石化状態が解けてブルブルしている!顔が下を向いているので表情が分からない。
だが、状態は分かる。あれはキレたな・・・
恐ろしい程の殺気が漏れているし、背後には立ち上る龍が見える。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
怖い!怖いよ!完全に般若の面の顔になっている。髪の毛も逆立って、まさに鬼だ!
美冬は!
気絶した吹雪と一緒に拗ねているミドリのところまで避難している!
クローディアは!
いない!あいつめ!さっさと1人で神器の空間に逃げ込んだな!
族長は!
いた!でも、ガタガタしながら廊下から部屋を覗いている!耳が恐怖で垂れているぞ!
俺も逃げたいが・・・、このままだと凍牙が間違いなく血祭りにされるし、俺が逃げると止める者がいなくなる。
どうする?
アイリスがいつもの表情で俺の隣に来た。
「パパ、本当の修羅場になったね。面白いからちょっと見ていようよ。それにしてもあのお姉ちゃん、ああなるまで凍牙お兄ちゃんの事が好きだったみたいだね。」
「アイリス・・・、お前、余裕があるな。怖くないのか?」
「大丈夫だよ。だって、私、パパの事はあのお姉ちゃんが凍牙お兄ちゃんの事が好きな気持ちよりもずっと好きだから、あれ以上の修羅場になる自信があるからね。だから、パパ、浮気は許さないよ。」
「わ、分かっているよ。アイリス、俺が浮気すると思っているのか?」
アイリスがニコッと笑う。
「私の大好きなパパだよ。そんな事しないって分かっているからね。だから、私はあんな風にならないよ。」
「そうか、それだけ信用してくれて嬉しいよ。アイリスを怒らせるような事はしないからな。」
この空気の中で、アイリスが平常運転なのには驚きだが、あれ以上になる可能性もあるのか・・・
ミドリもキレたら大変な事になるが、アイリスはそれ以上か・・・
絶対に怒らせる事態にならないようにしないとな。
「と、凍牙・・・、私があれだけアプローチしていたのに気付かなかったの?まるで私がバカだったみたいじゃないの・・・、ふふふ、おかしいね。私が1人で好きで好きでたまらなくて悶々としていた時に、あの2人はいつの間にかあなたの許嫁に・・・、私がどれだけあなたを好きだったか・・・、それを全く分かってくれなかったのね?」
「あなたは誰にも渡したくない・・・、でも、あなたは2人と婚約している・・・」
「泥棒猫が2匹も・・・」
「あなたが好き、好き、好き、好き、好き・・・」
「そして、あなたも私の事が好きなはず・・・」
雪は冷華の殺気に当てられて、凍牙の腕をしっかり組んだまま気絶している。
サクラはかろうじて意識はあるが、冷華の殺気にビビッて凍牙の腕にしがみついたままガタガタしている。
凍牙は両腕が使えず、座ったまま動けない。
「れ、冷華!ちょっと落ち着け!言っている事も変だしな!まずは落ち着いてくれ!」
冷華が袖の中に手を入れる。すると薙刀がスルスルと出てきた。
「おい!あの袖はどうなっているんだ?物理的に在りえんぞ・・・」
「パパ、乙女の服には秘密が詰まっているの。余計な詮索はしたらダメだよ。」
「そ、そうか・・・」
秘密っていう言葉だけでは納得出来んのだが・・・
冷華が薙刀を上段に構える。
「この!浮気者がぁああああああああああああ!」
叫びながら薙刀を凍牙に振り下ろした。
「違ぁあああああああああうぅうううう!」
咄嗟に凍牙は自由な両足で薙刀を真剣白刃取りで受け止めた。
凍牙!見事な技だ!
だが、正気でない冷華が凍牙を真っ二つにしようと、薙刀を持つ手に更に力を込めている。
「パパ、そろそろ止めるね。」「あぁ・・・、頼む・・・」
「サンダー・レイン!」
何本もの稲妻が天井を突き破り凍牙達に落ちた。
「「「「うぎゃぁあああああああああ!」」」」
4人は放心状態になってへたり込んでいた。
冷華が我に返り凍牙の胸に飛び込み泣きだした。
「凍牙ぁああ~~~、会いたかった、会いたかったよぉおおおおお~~~~~」
「絶対にアンタは死んでないと思っていたんだ。もう離さない・・・」
雪が冷華を優しい目で見ていた。
サクラも我に返りアイリスに詰め寄った。
「アイリス!私達を殺す気!もう少しで黒焦げになるところだったわよ!」
「サクラ、あなたちょっと意地悪し過ぎたからお仕置きだよ。あれじゃ、誰でもキレちゃうからね。いくら凍牙お兄ちゃんが好きでもやり過ぎはダメだよ。」
「は~い・・・」
「分かればよろしい。それじゃ、屋根を直そうね。」
アイリスとサクラが手を繋ぐ。
「「再生!」」
壊れた屋根と天井が光り元に戻った。
族長が俺達に深々と土下座をしていた。
「蒼太、済まない。娘が迷惑をかけた・・・」
そして、チラッと冷華を見る。
冷華は正座をしており、膝の上に凍牙を座らせ嬉しそうに抱いている。ああやって見ると親子みたいだな。
凍牙はすごく恥ずかしそうだが諦めろ。
「まさか娘の想い人が凍牙だったとは知らなかった。アイツはそんな事は一言も言わなかったからな・・・」
「そしてお願いだが、娘を凍牙と結婚させてもらえないか?ワシも親だ。娘には幸せになってもらいたい。凍牙と一緒になる事が娘にとって1番幸せな事だと思う。どうか頼む!」
族長が再度深々と頭を下げた。
「凍牙、そういう事だ。お前の気持ちはどうなんだ?」
「蒼太、聞くまでもないだろう。俺の気持ちは決まっているさ。」
凍牙はそう言って背中の冷華に視線を向ける。
「冷華・・・、本当に俺で良いのか?そして、里を出る覚悟はあるのか?里を出たら族長の娘の肩書きは通用しないぞ。」
冷華は真っ赤な顔で大きく頷いた。
「もちろんよ、凍牙。私は一生あなたに付いていく。あなたと一緒なら何処でもいいわ。雪と同じただの1人のフェンリル族の妻として、サクラちゃん達と仲良くするわ。」
「そこまで覚悟しているなら、俺も男だ。一緒になろう。ただし、サクラが成人するまでは雪と同じ婚約だからな。」
「構わないわ。こうして凍牙の温もりを再び感じるだけでも、今は幸せだからね。」
冷華は涙を流しながら凍牙を強く抱きしめた。
しかしなぁ・・・、この光景はとてもプロポーズをしているようには見えない。若い母親が子供を膝に抱えて背中から抱きしめているようにしか見えない。
凍牙、早く大きくなれよ・・・
騒ぎですっかり忘れていたけど、ミドリは?
まだか・・・、美冬と目を覚ました吹雪が慰めているが効果が無さそうだ・・・
「ミドリ~、元気出せよ。今夜はアイリスと一緒に3人で寝てあげるからな。それがお前には1番の元気の素だろうし・・・」
ミドリがガバッと顔を上げた。とても嬉しそうな顔だ。
「ご、ご主人様・・・、本当ですか?」
冗談で言ったのに、ミドリが本気にしてしまったよ・・・
引っ込みがつかない・・・
「あぁ、本当だよ。だから元気出せよ。」
ミドリの姿がその場から消えた・・・、一体、何処に・・・
その瞬間、左腕に誰かに抱かれる感触があった。
ミドリがニコニコした顔で俺の腕を抱いている。いつの間に・・・
「ご主人様、約束ですよ。アイリス様と3人で仲良く川の字で寝ましょうね。もちろん、真ん中はご主人様ですし、密着させてもらいますから。婚約しているとはいっても、アイリス様と一緒ですから間違いはしませんので安心して下さい。アイリス様はいつもご主人様と一緒に寝られていますが、私も一緒に寝られるなんて・・・、ご主人様の肌の温もり、最高のご褒美ですよ。あぁ・・・、今夜が楽しみ・・・」
ミドリ、恥ずかしいからここまで細かく言わんでくれ!アイリスも恥ずかしがって真っ赤になっているよ。族長も見ているしな。
族長が驚いた顔で俺を見ている。
「ミドリ様がここまでお前に心酔しているとは・・・、確かにさっきまでの雰囲気で仲が良いとは思っていたが、婚約までしているのか。やはり・・・、お前、やっぱり族長をやらんか?そうすれば、ミドリ様もずっとお前と一緒に里にいてくれるだろうしな。」
「却下!」
凍牙が冷華に話を始める。
「里に入ってすぐにドタバタしてしまって、俺達が来た目的は言ってなかったな。」
「今の里の騒動はスキュラ族とのゴタゴタだろう?」
冷華がゆっくり頷く。
「冷華、氷河はどうした?アイツが次の族長だろ?今まで全く話にも出てこないしな。蒼太に次の族長の話をしているから不思議に思っていたんだ。事情はレオから蒼太が聞いてきたのを教えてもらったが、誰かは知らないと言われた。スキュラ族と恋仲になったのは、多分、氷河の事だろう?」
「確かに、スキュラ族との恋は里の禁忌になっているとはいえ、そこまでアイツを無視する事はないんじゃないか?次の族長が決まっている氷河の追放は難しいだろうし、里に閉じ込めたのは分かる。そして、スキュラ族の種族特性からしても、氷河にここまで拘ってヤツらが攻めてくるまで拗れてしまうなんてあり得ないぞ。」
「何か隠しているな。」
冷華は黙っているが、額から汗が滲み出ている。
さすが凍牙だ。見た目は子供でも中身は大人だから、目的を忘れずしっかり仕事をしようとしている。
「その話はワシがしよう。」
族長が立ち上がり俺達の前に来た。
「事の始まりは、ワシの息子氷河がスキュラ族の娘と恋に落ちてからだ。里の決まりで、スキュラ族とは交わってはいけないとの昔からの禁忌を息子が破ってしまった。スキュラ族と分かっていても一夜を共にしてしまった。」
話を聞いて疑問が出てきた。
「族長、何故スキュラ族と交わる事が禁忌となっているのだ?」
「スキュラ族は女だけの社会で、子孫を残す時は変化の魔法を使い、他種族に変化して他の里や町に行き男と交わり、里に戻って子供を産む。この事は分かっておるな。生まれてくる子は例外なく全てスキュラ族の女だ。それで彼女達は子孫を残してきたのだ。そうなると、我らフェンリル族とスキュラ族が交わると、血が残せないと祖先様は思ったのではないのか?ワシもそうだったが、我々に流れる始祖様の血筋を残す事が1番だったと思っていたからな。」
「その女はまだ見た目はそう分からないが氷河の子供を身篭もっている。冷華はさっきまでは結婚する気は無かったし、氷河は駆け落ちしてまでもスキュラ族の女と一緒になると言い張ってしまってな、このままではワシの血筋が途絶えてしまうと考えてしまったのだよ。お前達のおかげで愚かな考えだったと分かったけどな・・・」
「氷河を失いたくなかったワシは、氷河を地下の牢に監禁し、女は追放してスキュラ族の里に戻そうとしたが、女は氷河と離ればなれになるくらいなら自殺するまで言い出してしまってな、今は氷河とは別々に分けて牢にいる。その事をスキュラ族が嗅ぎ付けて里を襲ってきているのだ。」
「そして、スキュラ族には今はクイーンが誕生してな。その強力な力で森の界隈の魔獣を傘下に収め、魔獣によってこの里を襲撃している。」
族長が一息つき、天井を見てから俺達を再度見た。
「これが、今回の騒動の経緯だ。全てはワシの狭い心が招いた事態なのだよ・・・」
「だから蒼太、ワシが族長を交代しないかと言った言葉は本心なのだ。ワシらの凝り固まった考えはもう時代遅れなのだろうな。これからは、どう他種族と付き合っていくのかを考えなければならないと思っている。だから、お前みたいな者が上に立って欲しいのだ。」
「ジジイ、ちょっと良いか?」
凍牙が話に入ってきた。
「それなら、尚更、氷河が適任だと思うな。駆け落ちしてまで好きな女と一緒になりたいんだ。並大抵の覚悟じゃそこまで出来ないからな。そのスキュラ族の女も一緒に住まわせたらどうだ?お互いの種族が歩み寄りするには時間がかかると思うが、氷河達が里に新しい風を起こすと俺は思う。ジジイは古株連中を黙らせるようにしてくれれば良いんじゃないか?」
「凄いですね、凍牙様。始祖様が目指していた道をご自分で考えてしまっていたとは・・・」
ミドリが嬉しそうに話す。
「ミドリ、今の言葉はもしかして、さっきの欠片が訴えていた事と関係があるのか?」
「はい、ではお話します。欠片が教えてくれた始祖様の悲劇とこの里の過ちを・・・」
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