フェンリル族の里⑦
勘弁してくれ!何で俺が里の族長にならなきゃならん!
族長がニヤニヤ笑ってる。
「何じゃ!ワシの後釜が不満なのか?それなら、ワシの娘も付けてやろう。どうじゃ!」
「ワシの娘もなかなか嫁に行かんでな。どうも想い人がいるみたいなのだが、誰なのか一切言わないのだよ。しまいには『私は一生独身でいます!』なんて言うからな。だが、お前みたいな強者なら心を許すだろう。美冬が惚れたお前だ。必ずワシの娘も惚れるに違いない!」
俺の背に冷や汗が流れる。族長、マジか!もう嫁はこれ以上は本当にいらない。
「か、勘弁して下さい・・・」
俺達の騒ぎを聞きつけ、周りに人がどんどんと集まってきた。
「蒼太よ、ここでは人が多すぎるな。続きはワシの家でゆっくりと話そうぞ。拒否は認めんぞ!」
「ぜ、善処します。」
ミドリが俺の隣に来る。
「ご主人様、少しお時間を下さい。」
「ミドリ、どうした?」
「はい、この槍の欠片ですが、私に何かを訴えている気がして・・・」
ミドリが欠片を手に取り、祈るようなポーズをした。すると、欠片が微かに緑色に光る。
しばらくそのままの姿勢だったが、ミドリの目から涙が流れた。
「そうですか・・・、分かりました。私があなたの代わりに何とかしましょう。」
ミドリが何かを決意した目になっている。
「ミドリ、何があった?」
「詳しくは、族長様の家でお話します。その前に・・・」
ミドリが爪を伸ばし、自分の指の先を少し切った。傷口から血が流れ出ている。
「ミ、ミドリ!一体、何をしている!」
「ご主人様、安心して下さい。この槍は始祖様と一緒に歩んだドラゴンの骨で出来た槍です。ですが、長い年月で既に限界を超えていました。ですが、彼女が愛した始祖様の里を守りたいと思う一心で、今まで存在していたのです。」
「私には彼女の気持ちがよく分かります。愛した男と一緒にいたい。でも、種族ごとに違う寿命の壁だけはどうしても越えられなかった。先に亡くなった始祖様をずっと愛し、その始祖様が愛した里をずっと守りたい。その気持ちの表われがこの槍でした。」
「この槍は既に寿命を終えていますが、私が今から新しい命を吹き込みます。」
ミドリの血が欠片に落ちる。すると、欠片が強く輝き始めた。
目を開けられないほど眩しい。まるで、あの時の凍牙が甦った時のようだ。
光りが収まり、目を開けると・・・
金色の柄に緑色の東洋の竜が巻き付いた意匠の真新しい槍を持ったミドリの姿があった。槍の穂先はミドリの角のように薄い緑色の透明な刃になっている。
この場にいた里の者全員がミドリに向かって一斉に跪いた。
ミドリ・・・、とうとうこの里の神になったな・・・
アイリスといい、お前達2人は一体どこまで行くんだ?既に俺では手に負えん存在になっている気がする・・・
ミドリが族長に槍を手渡し微笑んだ。
「ミ、ミドリ様・・・、何故、私にこの槍を・・・」
「この槍の意思ですよ。あなたの里を愛し守ろうとする真摯な気持ち。槍があなたを選んだのです。ですから、ご主人様に族長を譲ろうと2度と思わないで下さいね。先ほどご主人様が仰った言葉『守りたいと思う気持ち』、この気持ちがある限りこの槍は力を貸してくれます。頑張って下さいね。」
族長が槍を構えた。
「な、何だ!この力は!力が湧いてくる!これが力を貸してくれるという事か・・・」
「分かりました、ミドリ様。この槍の意志に従い、この里を守ると誓います。」
この日、里に新たな伝説が生まれた。
蘇った槍は『神槍ゲイボルク』と表向きはそう呼ばれていたが、その後の代々の族長達の間では『神槍ミドリ』と密かに呼ばれていたという。
よし!これで族長交代の話は無くなった!かなりヤバかったけど、これで一安心だ。
後は、ミドリがあの欠片から何を聞いていたのかだな。
そして、今、俺達は族長に連れられて族長の家の応接間にいる。
さすが族長の家だ。里の中では一番大きいし家だし、中もかなり広い。応接間も俺達が全員いても、まだ余裕があるな。
フェンリル族の家は、昔の日本家屋みたいな感じで、中にいると落ち着く。
「ミドリ、それでさっきの話だが、欠片から何が伝わったのだ?」
「では、お話します。」
ドドドドドドドドドド!
な、何だ!家の奥から足音がするぞ。走ってこちらの方に向かっている感じだ。音がどんどん近づいている。
バァアアアアアアン!!!
襖みたいな扉が思いっきり開けられた。あまりの勢いで外れてしまったぞ。そこまで何を焦っているのだ?
「父上ぇええええええええ!」
1人の女性が勢いよく飛び込んできた。腰まで長い銀髪のストレートの髪で、切れ長の目をした千秋に似た感じの美人で肌が白い女性だ。薄い青色の振袖みたいな服を着ている。
見た目は雪よりも少し年上の感じだな。静かに佇んでいれば清楚な感じの美人なんだろうが、動作がかなりお転婆な感じだ。
そして、族長のところにズカズカ歩いていった。
「父上ぇえええええ!たった今、父上の護衛の者から話を聞きました!アイツが生きてこの里に帰ってきたんですってぇえええええ!アイツは死んだはずじゃないですかぁあああ!私はそう聞いていましたが、一体これはどういう事ですかぁあああああああああ!はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「アイツは今、どこにいるのですか?父上なら居場所は分かっていますよねぇ?」
うわぁ~、また濃いキャラが出てきたなぁ~
族長と同じ銀髪だし、父上と呼ぶから例の娘だろうな。『アイツ』と呼ぶからには・・・
春菜、お前が立てたフラグ回収の第2弾に間違いない!あの様子だと今回は修羅場の予感がするぞ。出来ればこの場から逃げたいよ・・・
娘に責めたてられタジタジになっていた族長だったが、チラッと凍牙を見る。
その視線に娘が気付いたみたいで、凍牙をキッと睨みつけた。
「誰なの、アンタは?チビなのにアイツと同じ白い髪なんて・・・、そして、雪!あなた!何でそのチビと腕を組んでいるの?まるで恋人みたいに・・・、あ”あ”っ!雪、説明してよねぇ・・・」
「そして、その白いチビ!アンタ、アイツの小さい時とそっくりなんだよね。思い出してしまうから、取りあえず死んどきな!」
娘が服の袖に手を入れ何かを取り出したのが見えた瞬間、いきなり凍牙に投げつけた。
「危ねぇ!」
凍牙は左腕を雪に組まれて動けなかったので、咄嗟に右腕で投げつけたものを掴む。凍牙お得意の人差し指と中指で挟む掴み方だったが、受け止めた物は何と包丁だ!しかも、凍牙の眉間の手前で受け止めているし・・・
マジか・・・、この女、本気で凍牙を殺すつもりだったのか?危ない!危な過ぎるぞ!この女はぁあああ!
「う、受け止めただと!私の包丁を・・・、しかも、この受け止め方は・・・、アイツの得意としている・・・」
族長の娘が呆然としている。
サクラが慌てて凍牙の右隣に来る。
「お兄ちゃん、一体何なの、あのキ〇〇イ女は?いきなりお兄ちゃんを殺そうとするなんて・・・」
凍牙は焦る事も無く冷静に受け止めた包丁を美冬に渡す。
「また始まったな・・・、アイツは本当に何を考えているんだ?」
美冬はクスッと笑って凍牙を見ている。
凍牙には聞こえないように「ホント、お兄ちゃんは昔から鈍感ね。」と呟いた。
ミドリはどうした?
「・・・」
ダメだ!話の腰を完全に折られてしまったから、拗ねて部屋の隅で膝を抱えてブツブツ言っている。
復活は当分無理だな・・・
サクラが話を続ける。
「また始まったって・・・、あのキ〇ガ〇女は昔っからあんな感じなの?」
凍牙がうんざりした顔で話す。
「そうなんだよ。アイツは族長の娘で『冷華』って呼ぶんだけど、事ある度に俺に勝負を仕掛けてきてな・・・、負けても負けても俺に挑んできたんだよ。一体、何を考えているのやら・・・」
「そうなの・・・、でも、『凍牙』お兄ちゃんらしいわね。」
サクラが『凍牙』って言葉をやたら強調して、凍牙に微笑んでから族長の娘を睨む。
娘が絶叫した。
「と!と!と!凍牙ってぇえええええええええええええええええええええ!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
雪の時以上に騒がしいヤツだな。
娘がジッと凍牙を見ている。
「本当に・・・、本当に・・・、確かに、見れば見る程アイツのチビの頃と全く同じだわ。私の記憶と寸分の違いもない・・・、しかも、私の名前を知っている。」
そして、雪を刺すような目で見る。
「雪ぃいいい・・・、私とあなたは確かあの時、アイツが死んだと父上から聞いた時に絶対に信じられなくて、いつか帰ってくると信じて『絶対に凍牙としか結婚しない同盟』を結んだよねぇ・・・、でも、あなたの父様が『やっと娘が結婚する!それも超大物とだぞ!』って、喜んで側近中に言い回ってたのよ・・・、そして雪、あなたが今、嬉しそうに腕を組んでいる相手・・・、説明してくれないかしら。説明によってはあなたの命で償ってもらわなければならないかもね・・・」
「そして、ピンク色の髪のガキ!私の事を〇チガ〇女と2回も読んだわね!許さないよ・・・、しかも、このチビと馴れ馴れしい態度だし・・・あなた、このチビとどんな関係なの?」
あの娘、目がマジだぞ!このままだと本当に流血騒動になりそうだ・・・、マズイ・・・
美冬は!
何だ、美冬は温かい目であいつらを見ているぞ。全く慌ててもいない。
なら、今はまだ大丈夫なんだろうな。
サクラが凍牙の右腕をギュッと抱き締めながら、凍牙の頬に軽くキスをする。そして娘を見て微笑んだ。
「サ、サクラ!一体何をするんだ!」
凍牙は顔を赤くして慌てているが、サクラは更に腕に力を込めて凍牙に密着してきた。
雪もサクラの行動の意味が分かったのだろう。雪も凍牙を見つめて赤くなり更に密着してきた。
サクラが微笑みからニヤッとした笑みに変わる。
「あなた、いえ、冷華さんと言いましたっけ?冷華さんの想像通り、私の隣の彼は紛れもない『凍牙』さん本人ですよ。私のお父さんとお母さん達の神の力を超える奇跡の力で蘇りました。」
「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
冷華が全身の力全てを振り絞ったぐらいの声で絶叫した。
あまりの声の大きさに吹雪がビックリして気絶してしまったよ・・・
美冬は気絶した吹雪を抱いて、いつの間にかあいつらからかなり離れている。
これは!危険な事が起きると美冬も判断したのか?
そして、冷華は凍牙を見ながら口をパクパクしている。
「さっきから本当にうるさい方ですね。少し静かにして下さい!」
「そして、この私と雪お姉さんの姿を見れば分かるでしょう?分かりませんか?私達はこの『凍牙』お兄ちゃんと婚約しているのですよ。私が雪お姉さんと呼んでいるでしょう。もう私達は家族となりました。さっきの雪お姉さんのお父さんが言っていた超大物は、この『凍牙』お兄ちゃんの事でしたの。」
サクラの言葉に冷華は石になった。
「あなたが私や雪お姉さんみたいに、素直に気持ちを伝えればチャンスはあったかもしれませんが、あんな子供じみたちょっかいの出し方じゃ、どんなに頑張っても鈍感な『凍牙』お兄ちゃんは気付きませんよ。昔から頑張っていたみたいですが、残念ながら全く伝わっていませんでしたね。可哀想に・・・」
「サ、サクラ・・・、あの包丁や昔の勝負というのは・・・」
「そうですよ、『凍牙』お兄ちゃん。彼女がお兄ちゃんの気を引きたくて色々していたみたいですね。でも、お兄ちゃん、本当に鈍感ねぇ・・・、もう少し女心を勉強しなさいよ。」
「は、はい・・・」
サクラ、やたらと『凍牙』って言葉を強調しているな。完全にあの娘に喧嘩を売っているぞ。
いい加減にしないとヤバい・・・
ブチッイイイ!
な、何だ!何が切れた音だ?
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