フェンリル族の里⑥
フェンリル族の男達の間に動揺が走る。
「ま、まさか!確かあの2人は死んだと聞いているぞ!」
「凍牙が生きているなんて、だったら、あの時にフローリア様が持って来た剣は一体・・・」
「も、もしかして・・・、あの白いチビが凍牙なのか・・・、あり得ない・・・」
「そ、そんな・・・、あの中の誰がブルー様なんだ?」
「ブルー様はとてつもなく格好いいお方だったぞ。あそこにいる男はいい男だがブルー様の足下には及ばん・・・」
ミドリがスッと掌を男達に向けた。無表情だが、とんでもない殺気が出ているぞ!
「私の大好きなご主人様を侮辱した・・・、死んで・・・、テラ・・・」
「ミ、ミドリ!止めるんだ!ここで魔法をぶっ放してみろ!大惨事どころじゃないぞ!」
慌ててミドリの肩を持って揺さぶった。
「ご、ご主人様!私は一体・・・」
ミドリがハッとした表情になり俺を見ていた。そして、ミドリを優しく抱いてあげた。
「ミドリ、正気に戻ったか・・・、良かった・・・」
男達からは「あ、あんな美人を・・・」「ゆ、許さん!リア充野郎が!」等と嫉妬の声が聞こえてきたが・・・
ミドリは俺の事を悪く言われると暴走するのか・・・、確か模擬戦の時もそうだったな。
そこまで俺の事が好きなのは嬉しいが、重い!重すぎる!お前の愛が重いぞ・・・
族長の俺を見る視線が鋭かったのは一瞬だけで、すぐに元の優しい目に戻った。そして、美冬に視線を戻した。
「美冬、色々と訳ありのようだな。ここだと話しにくいだろう。ワシの家でゆっくり話さないか?」
美冬が頷いた。
「族長様!少しお待ち下さい!」
男達の中から1人がズイッと前に出てきた。族長よりも少し若い感じがする灰色の髪の男だ。
「私は納得出来ません。ブルー様と凍牙が戻って来たなんて・・・、いくら蘇生の魔法が使える神がいても、数千年前の者を甦らせる者がいるとは聞いた事がありません。そして、我が娘の雪は、死んでしまった者をずっと想い、未だに結婚もしていないのですよ。族長様が選んでくれた相手との話を全て断って未練がましくずっと・・・」
「お父さん!止めて!」雪が叫ぶ。
「黙れ!雪!女のお前が出しゃばるな!お前は黙って父親の俺の言うことさえ聞けばいいのだ!お前みたいに弱い者が強者に逆らうことは認めん!」
雪の父親が今度は雪に怒鳴り始めた。
「おっさん、いい加減にしろや・・・」
凍牙が雪の前に出て、雪の父親を睨んだ。
「凍牙さん!いくら凍牙さんでもお父さんが相手では無理よ!お父さんは族長様の側近をしているほど強いのよ!サクラちゃんの加護が無いままだと勝てないよ!」
雪が凍牙を止めようとしたが、凍牙は雪に優しく微笑んだ。
「雪、心配するな。俺はお前と結婚するって決めたんだからな。お前の親父さんに結婚をちゃんと認めてもらわないといけないし、丁度いい機会だ。そして、お前にも俺の強さを見せてあげるよ。」
「何だ!このチビは!こんなチビが俺に逆らうだと!」
雪の父親が激高する。
「しかし、その白い髪に美冬に似た顔つき・・・、だが、お前があの最強である凍牙である訳が無い!チビはチビらしく大人の言うことを聞け!」
しかし、凍牙は臆する事なく歩み出る。
「おっさん、フェンリル族は確かに強さが全てだ。しかし、俺達は誇り高い種族だ。強者は弱者に対して決して威張る事はしない。強者とは弱者を守る為に存在するものなんだよ。ずっと里に籠もっていたから忘れたのかい?」
「黙れぇえええええ!」
男が剣を振りかざし、凍牙の頭にむけて斬りかかる。
しかし、剣は凍牙の目の前で止まった。
「な、何が起きた?う、動かん!」
剣は凍牙の目の前で、凍牙の人差し指と中指に挟まれて止まっていた。男がどんなに動いても剣はビクともしない。凍牙が腕を横に動かすと、剣は呆気なく根元から折れてしまい、男が驚愕した表情になった。
「おっさん、本当の強者の力を見せてあげるよ。」
凍牙の表情が真剣になり、男をジッと鋭く見つめる。
男の顔が真っ青になり冷や汗が大量に出ている。足もガクガクし始め、しまいには腰が砕けたようにへたり込んでしまった。
凍牙が男の前に立ち、折れた剣の刃を男の首に当てる。
「どうだい?強者から弱者になった感想は?それにしても、少しの殺気を当てられただけで腰が抜けるなんてな。雪の事は言えないぞ。」
「凍牙さぁあああああああああん!」
凍牙が男の首から刃を離した瞬間に雪が凍牙に抱きついてきた。
「あ、あっぶねぇ!雪!もう少しでお前!自分の親を殺すところだったぞ!」
「えっ!はわわわわわぁああああ・・・」
雪も父親と同じようにへたり込んでしまった。
凍牙が雪の父親の前に向き直る。
「おっさん、いや、お義父さん、これで俺と雪さんとのの結婚を認めてもらえるでしょうか?今の俺はまだ子供の体なので大人になるまでは婚約と言う形で、正式な結婚はもう少し待ってもらえれば嬉しいんですが・・・」
父親が思いっきり笑った。
「わははははは!こんな良い縁談はこれ以上無いわ!凍牙!お前は本物なんだな。この俺が子供扱いだ。あの凄まじい殺気は族長様以外にはお前しか出すことは出来ないからな。雪は見ての通り騒がしいヤツだが、俺の自慢の娘だ。凍牙!娘を頼んだぞ!」
そして、雪に顔を向けた。
「雪!ずっと待った甲斐があったな。お前は自由だ!もう里に縛られるな。必ず幸せにしてもらえよ。」
「お、お父さん・・・、ありがとう・・・」
雪の目から涙がポロポロ零れた。
族長が凍牙と雪を微笑ましく見ている。
あの族長だ。同族結婚という事で喜んでいるのだろう。何よりも血筋を残す事を重視しているからな。
だが、先程の俺に対する視線が気になる。一緒に殺気も飛ばしているし・・・
一体、何を考えているのか?義父さんに近い気を感じるのは気のせいか?
また族長が俺を見た。やはり視線が怖い。
「ブルーよ。ワシの考えが分かるか?上手く殺気を躱しているから分かっているとは思うがな。」
「俺はもうブルーではない。ブルーが死んだのは間違いないからな。俺はブルーの転生体だよ。似てはいるが全く違うぞ。だから、俺の事はブルーと呼ばずに蒼太と呼んでくれ。」
族長がニヤリと笑う。あの笑い方は・・・
「そうか、それでお前の違和感が分かった。そして、お前はブルーと同じく強い。お前を見ているとワシの血が滾ってくるのだよ。ここ最近の騒ぎで昔の血が騒いでな・・・」
やっぱりぃいいいいいい!あの笑い方は義父さんと同じだ!ここにもバトルジャンキーがいたか!
族長が後ろに控えていた男から槍を受け取り構える。
何だ!あの槍は!槍自体からも気配を感じる。一体・・・
「ほぅ、この槍に気が付くとは流石だな。この槍は始祖様と共にこの里を守ったエメラルド・ドラゴン様の亡骸から作られた槍『竜槍ゲイボルグ』だよ。亡き後もこの里を守り続ける為に、槍になったとも言われている。この里の守護者だけが持つ事を許される槍だ。」
ミドリが俺の前に出る。
「ご主人様を傷つけようとする者は、私と同じエメラルド・ドラゴンに認められようとも、私が許しません。この槍は私が叩き折ってあげます。」
その瞬間、ミドリの姿がドラゴニュートの姿になる。また暴走するのか?頼む!これ以上は騒ぎを大きくしないでくれぇえええ!
族長の目が見開いた。
「おぉ!この姿は!先程のエメラルド・ドラゴン様の輝く鱗と同じ鱗を纏っているとは・・・、まさか、あなた様が先程の?」
「ですが、今一度、私の我が儘をお聞きください。」
「ミドリ、お前が俺の事を想ってくれるのは嬉しいが、下がってくれないか。いくら俺が好きでもやり過ぎはダメだ。俺の好きなミドリはこんな事はしないよ。俺の事が好きなら、俺の考えている事は分かっているよな?」
ミドリが赤くなりながら頷いた。どうやら落ち着いたようだ。ミドリの対処法が分かった気がする。
「族長は義父さんと同じで、俺が力を見せないと納得しないだろう。」
「クローディアだと威力が強過ぎて巻き添えが出るからな。凍牙!吹雪!お前達の力も一緒に見せるぞ!」
凍牙と吹雪が俺の隣に控える。
「蒼太よ、先程から気になっていた金髪のフェンリル族の子供だが・・・、もしや・・・」
「そうだよ。俺と美冬の子供だ。そして、族長!始祖の力は血筋だけでない事を教えてやる!」
槍を構えている族長の額に汗が滲み出る。
「里のごく一部の者だけに伝わる伝承では、始祖様は金髪・・・、そして、息子は白髪だったと・・・、まさか!」
「その、まさかだよ。凍牙ぁあああ!吹雪ぃいいい!」
凍牙が白く、吹雪が金色に輝いた。
光が消えると、そこには2人の姿は無く、俺の右手には刀身が白く輝く見事な日本刀と、左手には刀身が金色に輝く小太刀が現われ握りしめる。
「族長、これがアンタがずっと追い求めていた始祖の力だ。」
「この刀となった武器は神器と同等か、それ以上の力を持っている。凍牙と吹雪の想いが強ければ強いほど強力になるのさ。」
族長が泣いていた。
「こ、この目で始祖様のお力を見る事が出来るとは・・・」
「何故、里から出た者が始祖様の力を?この里の者には片鱗すらも見られなかったのに・・・」
凍牙と吹雪を握り、二刀流に構える。
「それは、お互いをどれだけ大切に思うかだ。例え死ぬような事があっても絶対に守り抜く。そうした守りたいと思う気持ちが限界を突破するんだよ。ただの好きな気持ちでない、友を大切にしお互いに守る気持ち、恋人を愛し守る気持ちに限界はない。かつて凍牙が死しても剣となったのも、そして俺の妻達の力で凍牙が甦ったのも、美冬がずっと俺を想い続け結ばれ、そして生まれた子供が目覚めたのも、その守りたい気持ちからだよ。」
「義務のように同族結婚を繰り返し、血筋を残せばいつかは始祖の力が復活する事は無い。そして、フェンリル族のみんなにもその可能性がある。俺はそう思うけどな。」
「ワシら歴代の族長は間違っていたのか・・・」
「いや、俺はそう思っていない。族長のおかげで一生の友である凍牙と、妻の美冬に出会えたんだ。全てが間違っていたとは思っていない。これからは、もっと広く見ることが必要なだけだと思う。フェンリル族の誇り高い心はしっかり残してな。そこが重要じゃないかな?」
「そうか・・・」
「それじゃ、族長。お互いの武器は同等になったからな。技で勝負を決めようか?」
族長がニヤッと笑った。
「そうだな。お前があまりにも気持ちいい奴だったから忘れてたぞ。凍牙と美冬がお前に付いていった気持ちが分かる。それでは行くぞぉおおお!」
族長が槍を構え直し、俺に向かって走り出した。
「喰らえぇえええええ!神速三段突きぃいいいいいい!」
は、速い!何て速度の突きだ!しかし、俺も負けられない!
「おぉおおおおお!」
凍牙を槍に向けて突き出す。槍の先端と凍牙の先端がぶつかり槍の動きが止まる。族長が驚きの表情で槍の先端を見ていた。
「バ、バカな・・・、ワシの槍の先端に剣の切っ先を合わせ動きを止めるとは・・・、何という技量・・・」
槍と剣が切っ先で突き合った状態で止まっていたが、槍の先端からヒビが入り始める。ヒビが槍全体に走り槍が砕けてしまった。
げっ!やり過ぎないようにしていたけど、コレは非常にマズイのでは・・・、里の宝を粉砕してしまうなんて・・・、弁償とか言われたらどうしよう・・・
冷や汗ダラダラの俺だったが、しかし、族長はスッキリした顔で俺を見てから笑い出した。
「ふはははははぁあああああ!こんなに気持ちがいい負けは初めてだ!蒼太!お前、ワシに代わって、この里の族長にならんか?お前なら誰も文句は言わんぞ!」
「つ、謹んでご辞退申し上げます・・・」
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