フェンリル族の里②
女が美冬を見て驚いている。
「美冬!戻ってきたの?フローリア様の護衛になって里を出てからずっと戻ってこなかったのに・・・」
「私よ、分かるでしょ?雪よ!美冬が里を出るまでずっと一緒にいた雪よ!」
美冬が微笑んだ。
「雪、分かってるよ。一目ですぐにね。」
「でも、昔と比べたら大きくなったね。特に胸が・・・」
美冬から雪と呼ばれた女が胸を押さえて真っ赤になる。確かにかなり大きい。
元々が可愛らしい顔立ちだから、照れている顔がとても可愛い。
「バカ!男の人がいる前でそんな話は!恥ずかしい・・・」
「でも、美冬は里から出ていった時と全く変わってないね。私からすれば、ずっと若いままでいる美冬の方が羨ましいわ。」
彼女が俺達の方をジッと見て、美冬に顔を戻し真剣な顔で尋ねた。
「美冬・・・、あの人達は一体・・・、それに子供のフェンリル族もいるけど、美冬・・・、まさか・・・」
美冬が頷く。
「雪の予想通りだよ。紹介するね。私の大好きな旦那のソータ。そしてこの子が私の子供の吹雪だよ。そして、ソータの奥さん達の子供と婚約者だよ。ビックリした?」
彼女がグルン!と俺の方に顔を向け、俺と吹雪をしばらく見つめてから美冬に向き直り、ガシッと美冬の両肩を掴む。
「美冬!あなたブルー様でないと絶対に結婚しないと言っていたじゃないの!でも、ブルー様は亡くなったはずで、あなたはずっと独身だと思ってたわ!それが、結婚!しかも子供まで!それに、彼の奥さん達と言っていたよね?それに婚約者も!という事は、美冬!あなた!ハーレムの一員なの?あなたがそんな女だとは思わなかった!一体、あなたに何があったの?もしかして、洗脳でも・・・、ぐぼぉおおお!」
「雪、落ち着いて。」
美冬が彼女に見事なレバーブローを打ち込んだ。彼女が人に見せられないような顔で悶絶している。
あのボディブローは地獄だよ。俺も経験者だからなぁ・・・、同情するよ・・・
彼女がしばらくのた打ち回っていたが、四つん這いになって肩で息をしている。
どうやら回復しているみたいだ。
美冬が彼女の肩に手を置き、優しく話し始める。
「どう、落ち着いた?」
「はぁ、はぁ・・・、落ち着く、落ち着かないの前に、私を殺す気?相変わらずの殺人パンチね。美冬、順番に説明して。」
「うん。ソータは私の旦那だよ。とても強くて優しいし、私がとっても大好きな旦那なの。そして、この子がソータと私の子で吹雪と言うの。」
彼女が吹雪をジッと見つめる。
「美冬、この子はフェンリル族の血を受け継いでいるみたいだけど、金髪なんだね。金髪のフェンリル族は私は見た事も聞いた事もないけど・・・」
美冬がちょっと困った顔になった。
「雪、その事はあんまり追求して欲しくないな。今は言えない・・・」
「分かったわ。訳ありみたいだしね。これ以上聞かないわ。」
「雪、ありがとう。」
美冬が彼女に色々と説明をしてくれている。これで、俺達に対する警戒も解けただろう。これで一安心だ。
説明に関しては、なるべく正直に話すようにみんなと打ち合わせをしている。下手に嘘をついてバレてしまうと余計に疑われてしまうからな。それに、このメンバーだと嘘が下手だし・・・
大事なところは内緒という事にしておいた。
そして美冬が彼女を紹介してくれた。
「初めまして、雪と申します。先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました。」
「美冬は子供の頃からの友達で、彼女が里を出て行くまでずっと一緒にいました。まさか、美冬が結婚しているなんて思ってもいなかったので、ちょっとはしたないところお見せして申し訳ありません。」
「これからは、私の事を雪と呼び捨てに呼んでも構いません。よろしくお願いします。」
それから、俺達は雪に自己紹介したが、んっ!誰か忘れているような気が・・・
「お~い!蒼太!こっちは終わったぞ!」
凍牙だ!すっかり凍牙の事を忘れていた。美冬と雪のドタバタのおかげですっかり忘れてた。すまん・・・
「例のオークだったが、片付けた後に30匹ほどまだ先にいてな、ついでに全部片付けてきた。悪いな、勝手に行動して遅くなって・・・、しかし、これだけのオークがいるとなると、近くに上位種もいるかもな?」
「いや、気にしてないさ。倒してきてくれたなら感謝するよ。状況から考えても上位種がいる可能性は高いな。」
「凍牙、お疲れさん。」
「えぇえええええ!凍牙ですってぇええええええええええええええええ!」
雪が俺の『凍牙』と言った言葉に反応し絶叫した。そして、凍牙をジッと見つめる。
「た、確かに美冬と同じ白い髪。そして、子供だけど凍牙さんの面影があるわ・・・」
目にも止まらぬ速さで雪が凍牙の前に移動し、美冬の時と同じようにガシッと凍牙の両肩を掴む。
「何であなたが凍牙と呼ばれているの!凍牙さんは私が大好きで、絶対に結婚しようと思っていたのよ!どれだけ私が彼を好きだったか!」
凍牙の顔が赤くなっている。そして、雪の目から涙がポロポロ溢れてきた。
「でも、彼は死んだと聞いているの!私はショックで死にそうになったわ!美冬は凍牙さんの死を受け入れていたけど、私は今でも受け入れられないの!いつかは帰って来てくれるんじゃないかって!だから誰とも結婚しなくてずっと待っているのよ!それなのに、何であなたが大好きな凍牙さんと同じ名前なの!そして、白い髪!あなたは一体誰!何者!何で!どうして!あなた!教えてよ!」
雪がパニックになって凍牙をガクガクと激しく揺さぶっている。
凍牙が揺さぶられ過ぎて目が回り始めている!
「雪、ゴメン!」
美冬が雪の背後に立ち、腰をがっちりと抱え、華麗なフォームでジャーマンを決めた。
あまりにも見事なフォームだったので思わず見とれてしまったが、雪の肩から上が完全に土に埋まった状態になっていた。美冬、本当に容赦しないな・・・
しばらく雪は硬直状態だったが、急にじたばたし始めた。
「マズイぞ!このままじゃ窒息死になってしまう!急いで助け出すんだ!」
慌てて雪を地面から引っこ抜き、泥だらけになった顔と髪をサクラが水魔法で洗って、アイリスが風魔法で乾かしてあげた。
普通なら地面にめり込んだ時点で死んでいるぞ!一体、どれだけ頑丈なんだ?美冬が容赦なしに攻撃するのも分かる気がする・・・
「ありがとう、お嬢ちゃん達・・・、それにしても、若いのに大した魔法ね。私達は魔法が使える人がほとんどいないから、こうやって直接目の前で使っているのを見ると凄いね。」
雪もどうやら落ち着いたようだ。美冬が謝っている。
「雪、ゴメンね。あなたがあまりにもパニックになっていたもので、つい・・・」
「いいの、私もちょっとおかしくなってたのは自覚しているわ。それにしても、本当に美冬は容赦しないわね。出ていくまで里で最強と呼ばれていただけあるわ。」
「もう落ち着いたから聞かせてちょうだい。あの凍牙と呼ばれている子供の事を・・・」
美冬がちょっと迷った感じで考え込んでいる。どこまで話せばいいのか迷っているみたいだな。
「美冬、凍牙から彼女はお前の1番の友達と聞いているからな。全部話しても大丈夫だろう。どこまで話せばいいかはお前に任せる。」
「ソータ、分かった。」
美冬が真剣な顔で雪に話し始めた。
「雪、嘘と思うかもしれないけど、本当の事を話すから心して聞いてね。絶対にパニックにならないでよ。もし、パニックになったら分かるよね・・・」
雪が冷や汗をかいて頷いている。さっきまで美冬にやられていたからな。怖さは身に染みているみたいだ。
「あの子供は正真正銘、凍牙お兄ちゃんだよ。色々あって甦ったんだ。アンデッドでもないし、ちゃんと生きているからね。」
「えっ!そ、そ、そんな・・・、本当に・・・、信じられない・・・」
彼女の目から涙が止めどなく溢れ始めた。
「信じられないのも分かるよ。でも、本当なんだ。記憶もちゃんと残っているしね。」
「今はまだ成長中だから子供の姿だけど、もう10年すれば雪と同じくらいになると思うよ。だから、雪・・・、もう悲しまなくていいんだ。」
「それにしても、雪が凍牙お兄ちゃんの事が好きだったなんて気付かなかったよ。ちょっとビックリした。残念だけど、凍牙お兄ちゃんは既に婚・・・」
「凍牙さぁああああああああああああん!」
雪が凍牙に向かって走り出し、抱きつこうとジャンプした。
「展開!イージスの盾!」
凍牙と雪の間に光輝く盾が出現し、雪は顔面から盾に激突してしまった。
「ぐぇ!」
カエルの潰れたような声を上げながら、鼻血を噴き出し地面に転げ落ちる。
雪が顔面を押さえながらのたうち回っていた。
見た目は可愛いのに・・・、みんなの扱いが酷いから、残念キャラに定着しそうだ・・・
雪の前でサクラが殺気を出しながら仁王立ちになる。背中に般若の面が見えるような気がするが・・・
「あなた、一体、私の凍牙お兄ちゃんに何をする気なの?状況によっては塵も残さず消し去るからね。」
雪がサクラの迫力に押されてガタガタしている。
「はわわわわわわ・・・」
「わ、私はずっと凍牙さんに憧れていまして、こうして生きていると分かったら、もう、抑えきれずに・・・」
サクラが冷たい目で雪を見下ろしている。
「そう、でも残念ね・・・、凍牙お兄ちゃんは、私と、ここにはいないけど、私の親友のガーベラと婚約しているの。あなたの出る幕は無いのよ。凍牙お兄ちゃんの事が好きなのは分かったけど、いきなり抱きつこうとしたわね。もう、近づくことは許さない・・・」
「そ、そんな・・・」
雪がへたり込んで泣き出してしまった。
「う、うぅううう・・・、凍牙さんに告白しようとしていたのに・・・、死んでしまったと聞いて言えなかった言葉を、今、ちゃんと言えると思っていたのに・・・、もう婚約していたなんて・・・」
美冬がやれやれといった感じで雪に近づき手を取った。
「雪、ちゃんと私の話を聞かないと・・・、そそっかしいのは変わっていないね。婚約していると話をしようとしている途中でいきなりだよ。でも、そんなに凍牙お兄ちゃんが好きなら、3番目の妻になる方法もあるよ。今の私みたいにね。雪にその覚悟があるのなら、どうかな?」
「美冬・・・、私も凍牙さんと一緒になれるなら・・・」
春菜・・・、お前が言った通りになってきたよ・・・
でも、確か複数と言っていたよな?まだ修羅場があるのか?
「ちょっと待ったぁああああああ!」
凍牙が叫んだ。顔を赤くしてかなり焦っている。
「雪、お前は美冬といつも一緒にいたから覚えているよ。でも、お前が俺の事をこんなにも好きだなんて全く分からなかった。」
「いきなり好きだと言われても、俺の中での気持ちの整理が・・・」
「サクラもそうだよな?」
サクラも冷静になったのか、殺気は無くなっていた。
「お兄ちゃん、私はお父さんみたいにみんな愛してくれるなら大丈夫だよ。だって、お母さんだけでなく、ここにいる美冬母さんも含めて全員がみ~んな幸せなんだからね。」
「いきなりお兄ちゃんに抱きつこうとしていたから、驚いてあんな態度をしてしまったけど、こんなにお兄ちゃんを好きでいてくれるのは嫌いじゃないからね。仲良くなれそうな気がする。でも、私達と一緒になるのが嫌なら諦めてもらうけどね。」
そう言ってサクラが雪を睨んだ。雪がビビっている。
サクラ・・・、お前、本当に7歳か?もう正妻の貫録が出ているぞ。将来は確実に凍牙を尻に敷くな。
「雪、少し考えさせて欲しい。ゴメンな、告白までしたのに俺がハッキリしなくて・・・」
俺は凍牙の横に行った。
「凍牙、昔の俺と同じになってしまったな。」
「決めるのはお前だ。俺は何も言わないよ。家の部屋はまだまだ空きはあるぞ。」
「蒼太・・・」
今まで真っ赤だった凍牙だったが、元の顔色に戻り、真剣な目で俺を見る。
「気付いているか?」
「あぁ、分かっている。お呼びじゃないお客が来たようだな。」
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