模擬戦③
「ダーラ殿、どうした?顔色がかなり悪いが・・・」
創造神の視線の先には、大量の冷や汗をかいているダーラがいた。
「フェンリル族があれだけの強さだと思わなかったのかな?そんな甘い考えで魔の森に行くつもりなのか?ダーラ殿、どうなんだ?」
「実力では勝てない。卑怯な手も通じない。お主の息子は猛者でなく愚者だったな。」
創造神が鋭い視線でダーラを睨む。
「そ、創造神様!決して甘くは考えていません。デーズは愚息でしたが、私にはもっと優秀なダーナがいます。フローリア様に並べる程の猛者です。我が神界最強の魔法師団の実力をお見せしましょう。」
「期待外れにならない事を祈るぞ。あの2人みたいに情けない姿を見せるな。」
「は、はい!必ずや期待に応えられると思います。」
「そして、我が息子が蒼太殿に勝った時には、フローリア様を・・・」
ダーラが汗を拭きながら話す。
「黙れぇえええええ!そんな事は勝ってから言え!」
「お主ら親子はワシにここまで進言しているんだ。情けない姿を見せたらどうなるか分かっているだろうな?」
「こ、心得ております・・・」
「凍牙、吹雪、よくやった。この調子であいつらのプライドをバキバキ折っていこうな。」
奴等の方を見ると動きがある。戦士系の男連中が引っ込んだぞ。代わりにローブの集団が前に出てきた。
どうやら、陰険メガネの魔法軍団みたいだな。それなら、こちらも都合が良い。
「さて、どうやら相手は魔法主体に切り替えてきたみたいだな。接近戦では勝てそうにないと判断したか?俺達はどうする?」
次に出すメンバーを考えていると、ミドリが申し訳なさそうに手を上げた。
「ご、ご主人様・・・、わ、私が出ます・・・」
う、嘘だろ・・・、ミドリは全く戦力に考えていない。どうして戦おうとしているのだ?
「ミドリ、お前は子供達の世話係としての同行として考えている。戦わせるつもりはないぞ。ダメだ。お前に何かあったら、みんなが悲しむ。そして俺も・・・」
ミドリが涙ぐんだ目で俺を見つめている。
「嬉しい・・・、ご主人様が私の心配をしてくれるなんて・・・、もう、天にも昇る気持ちです。」
待て!何かミドリが変だ・・・
「あの時に助けていただいてからは、ずっとご主人様の事ばかり考えていました。滅多にしかお見かけする事しか出来ませんでしたが、こうやって人の姿になれた時に、私は歓喜したのです。これで、ずっとご主人様と一緒にいる事が出来て離れる事はないと・・・」
助けた?ミドリを助けた記憶は無いが・・・
「蒼太殿!まだでしょうかね?こちらは準備が出来ましたが、出て来ないなら私達の勝ちですね。ふふふ・・・」
あの陰険メガネ!
「ちょっと黙ってろぉおおおお!こっちは今、立て込んでいるんだ!少し待っていろ!分かったかぁあああああああ!」
「は、はい・・・、待ってます・・・」
よろしい。
ミドリが真っ赤な顔で話しを続ける。
「で、でも、こんな私ですから、ご主人様にもなかなか話す事すら出来なくて・・・、みなさんには普通に話せるのですが、ご主人様の前だとどうしても勇気が・・・」
「だから決めたのです。この試合で私は変わりたい・・・、ご主人様にハッキリ言えるようになりたいと・・・、今までのグズな私から・・・、みなさんみたいに戦う事で勇気が欲しい・・・」
「ですから、ご主人様・・・、見ていて下さい、私が変わる瞬間を・・・」
「そして、私がご主人様に告げたい事を・・・」
「分かったよ。頑張ってきな。続きの言葉を楽しみにしているからな。」
「は、はい!頑張ります!」
ミドリの笑顔が最高に可愛い。この笑顔ならフローリアが応援したくなるのも分かるよ。
美冬がミドリの両手を握り微笑んだ。
「ミドリ、恋する乙女のパワーをあいつらに見せてあげてよ。頼んだよ。」
「はい!行ってきます!」
ミドリは俺を見てウインクしてから闘技場に向かった。思わずドキッとしてしまったよ。
「はぁ~・・・、何でこのタイミングで・・・」
笑顔の美冬が隣に来た。
「仕方ないよ。ミドリはソータの事が好きでたまならないからね。あの子ならソータのお嫁にしても良いとずっと思ってたからね。」
何と!美冬も既に攻略されていたのか!もしや、マリーも既に・・・
「美冬・・・、マリーはこの話は知っているのか?」
「知っているも何も、ミドリが1番最初に相談したのはマリーだよ。ミドリはマリーの事をお姉さんと思っているくらい一番仲がいいからね。」
えぇええええええええ!し、知らなかった・・・
「マリーがアドバイスしたみたいだよ。『外堀を全部埋めて逃げ道を完全に塞いでから、確実にトドメを刺せ』ってね。私はよく分からないけど・・・」
【旦那様、事情は分かりました。私もママもミドリさんの事は認めてますからね。】
【フローリア、聞いていたのか?】
【当たり前ですよ。私を誰だと思っているのですか?あの時から旦那様の事は一瞬も見逃さないようにしていますからね。いつ、どこで、誰と、何を、何をして、どうしているかも全て・・・、ふふふ・・・】
フローリアのストーカー度が更にパワーアップしていたなんて・・・、5W1H完璧過ぎだ。
怖い、怖過ぎる・・・
【それと、子供達も全員、ミドリさんを応援していますからね。】
うわぁ~、マリーのアドバイス通りに、ミドリは外堀を完全に埋めていた。そして、今がトドメの時になると・・・、ミドリ、見事だ。俺の負けだよ。
「蒼太、何をボーとしている。始まるぞ。」
「凍牙、悪い!」
闘技場に目を向けると、相手の男とミドリが対峙していた。
相手は灰色のローブを纏っている。顔はかなりのイケメンだな。
ミドリは・・・、オドオドして戦いどころの状態ではない。やはり、ミドリでは無理なのか?
男が不機嫌そうに話す。
「ふん!待たされて出てきたのにメイドが相手とは・・・、それもビクビクして戦えるのか?このダーナ様魔法師団第2位の俺に対して舐められたものだ・・・」
男の視線がミドリを舐め回すように見ている。
「しかし、これだけの美貌の女が俺の相手になってくれるとはな。しかし、俺の圧勝で終わる。お前も痛い思いをしたくないだろう?どうだ、俺の女にならないか?これだけの美しさだ。俺の妻になれば不自由なく暮らせるぞ。今の第1夫人を2番目にして、お前を第1夫人にしても良いくらいだ。それだけお前は美しいからな。毎晩、お前が満足するまでベッドで可愛がってあげるよ。あんなパッとしない冴えない主人に仕えるよりも、俺に娶られるのが相応しいだろう。ぐふふ・・・」
ミドリの美しい緑色の髪の毛が一瞬逆立ち、瞳孔が開いたまま無表情になった。
側頭部からエメラルドのような緑色の透き通った角が両側に生える。
「貴様・・・、ご主人様を侮辱したな・・・、ふざけるな・・・」
背中から巨大なドラゴンの羽が生えた。
「私は初めてのキスと処女をご主人様に捧げると心に誓っている。それを夢見てご主人様に仕えているのだ。ご主人様に仕えるこの快感。もうこれだけで私は絶頂してしまう。貴様なんかに仕える気も、捧げる気も全く無い。貴様に奪われるくらいなら死んだ方がマシだ。」
肘からも角が生え、肘から指先まで緑色の鱗に覆われた。爪も長く伸びている。
「そして、私は毎日ご主人様に愛されたい。私はずっと永遠にご主人様を愛していたい。この恋焦がれる気持ちはたまらなく辛い。しかし、なかなか言い出せない。でも、毎日ご主人様のお顔を見ているだけで私は幸せだ。でも、思う。一緒になりたい。ご主人様が愛しくて愛しくて・・・、胸が張り裂けそうな時もある。これが恋なんだと。だから、私の恋を邪魔する者は一切許さない。貴様の妻だと?ふざけるな・・・、貴様みたいなブサイクの妻に誰がなる。気持ち悪くて頭がおかしくなりそうだし、反吐が出る。一瞬でも不快な想像をさせた貴様は絶対に許さない。私の視界から消えろ。いや、貴様の存在自体が汚らわしい。塵も残さず消し去ってやる。死を以って私に償え。」
「あ、あれは!ドラゴニュート!戦闘力はフェンリル族と同等と言われている・・・、しかし、アレはドラゴンの進化の中でもごく一部のドラゴンだけがなれるものだ・・・」
陰険メガネ、解説ありがとう。
ミドリが右手の掌を広げ男に向ける。
「死ねぇえええええええええええええええええええええええ!」
「テラ・フレアァアアアアア!」
巨大な青白い火の玉が一瞬にして男を飲み込んだ。
男は悲鳴をあげる暇もなく蒸発してしまい、炎が収まると塵一つすら残っていなかった。
しかし、炎はまだ地面で燻っている。
「サクラ!すぐにリザレクションだ!」
「あの炎はヤバイ!モタモタしていると魂まで燃やし尽くされてしまう。」
「は、はい!お父さん!リザレクション!」
蒸発した男が一瞬で蘇った。
男を見つけたミドリが更に激昂する。
「まだ生きていたかぁあああ!これで最後にしてやるぅうううううううう!」
ミドリの体が光った。光が収まると、俺の目の前に巨大なドラゴンが現れた。
ミドリが本来のドラゴンの姿に戻った。
全身が緑色にキラキラと宝石のように輝いている。
「あ、あれは!エメラルド・ドラゴン!し、信じられない・・・、伝説のジュエル系のドラゴンだと・・・」
「確か、グリーンドラゴンの最終進化だが、そこに行き着くまで途方もない時間がかかるはず・・・」
「しかし、あのドラゴン娘はどう見ても15歳くらいだ。有りえない・・・」
「戦闘力はドラゴニュートの比では無い。あいつは終わった・・・」
陰険メガネ、色々と解説ありがとう。
「凍牙・・・」
「蒼太・・・、腹くくれな・・・」
「分かっている。断ったら最後、我が家は間違いなく跡形もなく消し飛ぶ。そんなデンジャラスな選択は出来ない・・・」
「そして、我が家の家訓が一つ追加になったな。」
「あぁ・・・、俺もミドリの前では大人しくする・・・、あのケーキもヤバかったか・・・」
「「ミドリを絶対に怒らせるな・・・」」
ドラゴンとなったミドリが男を見下ろしている。
口の端から炎がチロチロ出ている。ブレスの準備か?
男は恐怖で腰を抜かし、ガタガタ震えていた。
「じゃあ、こんがり焼いて、食べ頃にしてあげる。アカにお土産に持って行ったら喜ぶかしら?ふふふ・・・」
そんなもん土産にするな!
「ミドリ!目を覚ませ!これ以上はダメだ!」
「はっ!ご主人様!」
ミドリが我に返り、元のメイド姿に戻る。
「ミドリ、戻ってこい。お前の勝ちだ。」
「ご主人様ぁああああああ!」
ミドリが走って戻ってくる。そのまま俺の胸に飛び込んで来た。
しかし、俺に抱きついた途端にガタガタ震え、俺の胸に顔を埋める。
「ミドリ、どうした?」
ミドリが顔を上げると泣いていた。
「は、はい・・・、戦うのは怖かったです。本当に逃げ出したかっった。途中で無我夢中になってしまって、ほとんど覚えていませんが、こうしてご主人様の温もりを感じたら、戦いの恐怖が蘇ってきて・・・」
キレた時の事は覚えていないのか・・・
「もうしばらくこうしていたいです。よろしいでしょうか?こうしていると落ち着きます・・・」
ミドリが泣き顔からうっとりした表情に変わり、俺を見つめている。
「分かった。ミドリの気が済むまでいいけど・・・」
「ご主人様、何か問題でも?」
「いやぁ・・・、場所が場所だからなぁ・・・」
陰険メガネ軍団と観客からの視線が、全て俺とミドリに集まっている。
ニヤニヤしている者や嫉妬の目で睨んでいる者等々・・・
状況が分かったのか、ミドリの顔がみるみる赤くなっている。今にも顔から火が出そうなほど赤い。
「はわわわわわわわわわぁ・・・」
羞恥の限界を超えたのか、ミドリが頭から湯気を出して気絶してしまった。
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