模擬戦②
闘技場全体が静かになった。
あまりの光景に観客全員が息を呑んでいる。
吹雪がつまらなさそうに呟いた。
「弱すぎ・・・、まだオーガの方が戦いがいがあるよ・・・」
サクラが闘技場の中に1歩踏み込んだ。
「このまま死体にしておくのもねぇ・・・、ゴミとして片づけたら良いんだけど、今回はあくまでも模擬戦だからね。フローリア母さんの手を煩わせないわ。私が後始末します。」
「リザレクション!」
呪文を唱えると男の体が光った。破壊された膝と頭部が元に戻る。
「はっ!お、俺は・・・」
男が息を吹き返す。
義父さんの前で俺に因縁をつけてきた眼鏡をかけた男が、冷や汗をかいてサクラを見ている。
「し、信じられん・・・、あんなガキが蘇生魔法だと・・・、夢でも見ているのか・・・」
吹雪がニヤニヤしながら男に近づいていった。
「おっさん、まだやる?弱いから無理しなくてもいいんだけど・・・」
男の顔が真っ赤になった。勢いよく立ち上がり、吹雪に向かって棍棒を振り下ろす。
「ふざけるな!今のはまぐれだ!俺がこんなチビ犬に負ける訳がない!」
しかし、吹雪は慌てる様子も無く、右手で無造作に棍棒を掴んでしまった。
男が信じられないような顔で吹雪を見ている。
「そういえば、おっさん達に地獄を見せろと、母ちゃんに言われてた。覚悟はいいね?」
男の顔は明らかに恐怖で怯えていた。
「や、やめてくれ・・・」
「やめないよ。」
吹雪が男にジリジリ近づき、それから一気に距離を詰めた。
「左のファントムゥゥゥッ!クラッァアアアシャーァアアアアア!」
男は咄嗟に棍棒を盾にしたが、あっさりと折られ左ストレートが腹に食い込む。
2人はそのままの状態で静止したが、男の背中が波打ち、内蔵をぶちまけながら胴体が破裂した。
「うわぁあああ!汚ったねぇええええ!」
吹雪が困った顔になった。そりゃ、そうだろう・・・、完全にスプラッタだぞ・・・
サクラがため息をする。
「吹雪・・・、後始末をする身になってよね。もっとキレイに倒しなさい!」
「リザレクション!」
男が光り、再び生き返る。
しかし、男の顔には怯えの色しかなかった。
吹雪が近づく。
「おっさん、まだやる?」
「ひいぃいいいいいいいいい!こ、来ないでくれぇえええええええ!」
男が四つん這いになって逃げていった。股間がグッショリ濡れている。
「吹雪、もういいぞ!終わったから戻ってこい!」
「は~い」
吹雪が元気に戻ってきたが、相手の方はみんな青ざめている。
【旦那様・・・】
【フローリア、すまん・・・、やり過ぎた・・・】
【いえ!全然大丈夫ですよ。私達の隣にいるガマガエルの唖然とした顔、最高です!もっと徹底的に心をへし折って下さい。遠慮しなくていいですからね。】
【そ、そうか・・・】
【それと、凍牙さんに伝えて下さい。あのアホ神共はどさくさ紛れにフェンリルの里も滅ぼすとほざいてましたよ。これで凍牙さんもやる気MAXでしょう。あのハゲは私達の可愛いガーネットに手を出そうとしましたからね。死よりも恐ろしい恐怖を与えて下さいね。」
【分かった。凍牙に伝えておくよ。それにしても、本当に名前通りのアホな奴等だよ。】
「蒼太!次は俺が行く!」
凍牙が叫ぶ。
お、いいタイミングだ。凍牙にフローリアからの伝言を伝える。
「蒼太、分かった。あのハゲは俺が徹底的に地獄を見せるからな。サクラ、蘇生魔法は頼んだぜ。」
「はい、凍牙お兄ちゃん。頑張って下さいね。応援してます。」
そう言って、サクラが凍牙に抱きついてきた。
「サクラ、恥ずかしいから止めろ!」
「え~!お兄ちゃんは私の未来の旦那様なんですから、みんなに見せつけたいのに・・・」
サクラ・・・、とうとう公言したな。2人の事は分かってはいたが淋しいな・・・
ハゲマッチョを見ると、「リア充野郎めぇ・・・」と言いながら怒っているぞ。確か、ガーネットにも目を付けていたな。奴はロリコンか?
凍牙が闘技場の中央に立ち、手招きしながらハゲマッチョを挑発する。
「ハゲゴリラ!さっきの続きをしようぜ!まぁ、勝負にもならないと思うけどな。」
「このガキが!私はアホン神族嫡子のデーズだぞ!お前みたいな野良犬とは違うのだ!」
「格の違いを見せつけてやる・・・、我が一族の高貴さをな!」
「ふ~ん、『アホです』と呼ぶのかな?やっぱり名前の通りバカだな。」
デーズの顔が真っ赤になって、凍牙に向かって飛び出してきた。
「こ、こ、このぉおおおおおおお!死ねぇええええええええ!」
凍牙に殴りかかるが、紙一重で避ける。
「遅い。欠伸が出る。」
「ギリギリで躱して何を言う!これなら避け切れまい!アホン神族に伝わる秘伝の技、神速ラッシュをな!」
デーズの手が何本も見えるくらいの速さで突きを繰り返している。
でもなぁ・・・、俺から見ても簡単に見切れるくらい遅いぞ。
凍牙も余裕で躱しているが、演出なのかどれも紙一重で躱していた。
「一呼吸で283発か・・・、弱すぎて話にならん。最低でも千発は打ち込み出来ないとな。」
「これが本当のラッシュだ!」
凍牙の手が見えない。
「げひゃぁあああ!」
デーズが一瞬で吹き飛ばされ、顔が見事に腫れ上がっている。まるで〇ン〇ンマンみたいで笑える。
「こ、このぉおおお!」
デーズがひたすら凍牙に殴りかかっているが、全く当たらない。
しかし、奴の口元が一瞬ニヤッとなった。その時、凍牙の真後ろの観客席から小さな光が見えた。
凍牙の右手が自分の後頭部の方に伸び、人差し指と中指でマジックアローの矢を摘まんでいた。
手首を返して矢を投げ返す。その矢は魔法を放った男の額に見事に刺さり、一瞬で絶命した。
「ば、バカな・・・、魔法を掴むだと・・・、有り得ん・・・」
デーズの顔が青くなって、動きが止まっていた。
「残念だったな。俺に奇襲は無駄だよ。」
「魔法を掴む事が出来ないだと。バカか、そんなの簡単だろう。魔力を纏わせれば掴めるぞ。そんな事も出来ないのか?」
「それと、お前の顔を見ていればすぐに卑怯な手を使う事が分かったよ。表情に全て出ていたからな。」
動きが止まっていたデーズだったが、再び凍牙に殴りかかっている。もう、やけくそモードだな。
ずっと空振りばかり続けているので、デーズの息も上がってハアハア言っているし・・・
「く、くそ!ちょこまかと・・・、この俺の拳が当たれば、貴様なんぞ一撃で殺せるのに・・・」
「アホか!誰が当たりたがる!お前の攻撃はフェイントも無い、視線や体の動きで全て攻撃が丸分かりだぞ。避けてくれと言っているようなものだな。」
今まで構えていなかった凍牙が構えをとった。
「それじゃ、そろそろ格の違いを教えてあげるよ。」
「当たれば俺を殺せると言っていたな。じゃあ、当ててみな。」
「バカめ!その自信が命取りだ!死ねぇええええええ!」
デーズが渾身の一撃を凍牙に放った。
ドキャッ!
デーズのパンチが凍牙の顔面に当たった。
「どうだ!俺のパンチは!冥土の土産にしろ!」
「何だ・・・、おかしい・・・、ガキは1㎜も動いていない・・・、どうして・・・」
凍牙がニヤリと笑う。
「これで全力か・・・、話にならん・・・」
奴のパンチは凍牙の顔面スレスレで左手の人差し指1本で止められていた。
「ば、バカな・・・、俺の全力の一撃が・・・」
凍牙の目が鋭くなった。
「さて、これからお前に地獄を見せるよ。圧倒的な力の差をな・・・」
そう言った瞬間、凍牙の人差し指がデーズの拳に根元まで刺さった。
「うぎゃぁあああああ!俺の拳がぁあああああ!」
「うるさい!」
凍牙が右腕を手刀の形にして振り下ろすと、デーズの右腕が切り落とされた。
「俺は殴る蹴るよりも、こうやって切り刻む方が得意なんだ。右腕が無くなってバランスが悪いから、左腕も落とすか・・・」
そう言った瞬間、左腕が切り落とされた。
「これで見た目のバランスが取れたな。さぁ、次は足かな?」
腕を横に振ると奴の右足が、太ももから切り落とされた。
「俺の手刀は別に触れなくても切れるんだよ。真空の刃が出来るからな。」
「お、願いします・・・、助けて下さい・・・、か、回復魔法を・・・」
デーズが凍牙に懇願している。
「お前、さっきは俺を殺そうとしてただろ?逆の立場になったらコレか?甘いな。殺すと言ったからには、お前も殺される事もあるんだぞ。そんな覚悟も無くて俺に喧嘩を売ったのか?」
また凍牙が腕を振る。今度は奴の左足が飛んだ。
「ぎゃぁああああああああ!」
「た、助けて・・・、な、何でもしますから・・・、許して下さい・・・」
凍牙が冷めた目つきでデーズを見下ろしていた。
「どうだ?殺される覚悟は出来たか?これはゲームじゃないと理解したか?」
「さぁ、トドメだ。縦に真っ二つにしてやるよ。」
凍牙の右腕がゆっくり上がっていく。
「た、頼む!止めてくれぇええええええ!」
デーズの顔が涙と鼻水でグシャグシャになっている。そして、股間は盛大に濡れていた。
「ダメだ!お前は戦いを汚した。勝つ為とはいえ、仲間を使って不意打ちをしたからな。」
「サクラ!こいつには蘇生魔法を使わなくてもいいぞ。こんなクズは生きる価値が無いからな。」
「た、助けてぇええええええ!」
「知らん!そして、誇り高い俺達フェンリル族を犬と呼んだ。万死に値する・・・、おまけに、俺の里を滅ぼすとも言っていたからな。もう、生かす価値はない。」
「ひいぃいいいいいい!」
「死ね・・・」
凍結が右腕を振り下ろし、デーズが真っ二つになった。
踵を返して、ゆっくり俺達の方に歩き出す。
「サクラ、頼む。殺すのが目的ではないからな。これで奴も十分に地獄を見ただろう。」
「はい!」
サクラが呪文を唱えるとデーズが生き返った。
しかし、様子がおかしい・・・
「へへへ・・・、ぎゃはははは・・・」
「凍牙・・・、アイツ、完全に気がおかしくなってしまったぞ。」
凍牙がやれやれといった表情で戻って来た。
「仕方ないさ。戦いに覚悟を持たないヤツは、かつての戦場でもみんなああなってしまったからな。覚悟も無く遊び半分で子供だと舐めて、俺達に喧嘩を売ったから自業自得だ。」
「フェンリル族は売られた喧嘩は必ず買う。そして、差し違えても必ず止めを刺す。神界最強種族の1つである肩書は伊達ではないからな。」
そして、デーズを一目見てから俺に視線を戻す。
「アイツはフェンリル族を舐め過ぎた。ただ、それだけさ。」
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