美冬
「お兄ちゃ~ん!凍牙お兄ちゃ~ん!」
「ん!美冬、どうした?」
「えへへ・・・、お兄ちゃん、とうとうブルー様が結婚してくれるって約束してくれたんだ。」
「はぁぁぁぁぁぁ!何だって!」
「おい!ブルー!一体どういう事だ!」
「いやな、村に帰って来る度に、美冬が俺に『将来、結婚してね!』ってせがんでるのは、お前も知ってるだろ。その度に断って落ち込んでいたからさ、今回は『お前が大きくなったらな』と言ってしまったんだ。そうしたら、あんなに喜んでしまってな・・・、言葉を間違えた・・・」
「お前なぁ・・・、あいつは絶対、意味分かってないぞ。言葉のまま受け取ってるぞ。」
「本当にスマン・・・、次に村に帰ってきた時には、ちゃんと言って謝るからな。」
「今はあれだけ喜んでいるから、本当の意味は言えん・・・、凍牙、本当に!スマン!」
「まぁ、あれだけ美冬が喜んでいるしなぁ・・・、さすがに兄の俺からも言えんわ・・・」
「ブルーなら別に美冬を貰っても、俺は何も言わないけどな。むしろ嬉しいけど・・・」
「凍牙・・・、この話は勘弁してくれよ・・・」
「はははっ!別に遠慮する事はないぞ!俺はフェンリル族の村に残らないから血を残せないし、美冬が村の為に残って村の誰かと結婚して血を残す義務なんて考えなくてもいいさ。俺は村の一族の為より美冬自身の幸せを考えているからな。」
「そう言われてもなぁ・・・」
「ま、美冬もまだ幼いし、この話は旅の途中でしようや。」
夢・・・
凍牙お兄ちゃんの夢なんて、どれくらい昔に見たのだろう・・・
枕が濡れている。私、泣いていたんだ・・・
私はフェンリル一族の生まれだ。そして、髪と肌の色が白ければ白いほど始祖に近いと言われていて、凍牙お兄ちゃんは純白の髪と肌で生まれた。
その為、お兄ちゃんは始祖の生まれ変わりとも言われ、村に残り血筋を残すよう言われ続けていたが、その事に嫌気が差し、村を飛び出し旅に出てしまった。私が小さい時だった。
私はお兄ちゃんとの思い出は少なかったが、とても可愛がってくれて、いつもお兄ちゃんの後ろに付いていたのを覚えている。当時はお兄ちゃんと結婚したいくらい大好きだった。
そして、私もお兄ちゃんと同じ純白の髪と肌だった。私の一生はこれで決まった。村に残り、村の誰かと結婚して始祖の血を残していかなくてならないと、族長から言われ、幼い私もそう思っていた。
フェンリル一族は神獣とも言われ、最強神族達の1柱でもある。お兄ちゃんが旅に出てしまったと聞いていたが、風の噂で最強神族の1人に凍牙お兄ちゃんの名前が挙がっていると聞いた。さすが、お兄ちゃんだと誇らしく思い、私はこの最強の血を残す使命感に、当時は何も疑問を持っていなかった。
ある日、お兄ちゃんが突然、村に帰ってきた。帰ってきた訳でなく、単に旅の途中で村に立ち寄っただけだった。でも、私にとってはお兄ちゃんに会える喜びでいっぱいだった。
そして、お兄ちゃんに会いにいった。そこで、私にとって衝撃的な出会いがあった。
お兄ちゃんは1人でなく、もう1人の男の人と一緒にいた。その男の人を見た瞬間、私の耳から尻尾の先まで電流が走ったような衝撃があった。
私は一目惚れをしてしまった。それまで村の為に血筋を残す使命感があったが、それも一瞬で吹き飛んでしまい、絶対にこの人と結婚したいと願ってしまった。
その人の名前はブルーと言い、お兄ちゃんと一緒に帰って来る度に求婚した。でも、私が子供だからとの事で全く相手にしてもらえなかった。
そして、とうとうブルー様から『お前が大きくなったらな』と、結婚の約束をしてくれた。私は嬉しさで舞い上がってしまったのを覚えている。
それから、ブルー様とお兄ちゃんはずっと帰ってこなかった。
風の噂で、ブルー様が創造紳候補に選ばれ、戦いに巻き込まれたと聞いた。私の胸は張り裂けそうだった。
そしてある日、私が村の外れにいた時に、ブルー様が村に来たと聞きつけ、急いで族長のところに向かった。
そして、私の目に映ったのはブルー様1人だった。
お兄ちゃんがいない・・・
族長の前に1本の剣が置いてあり、ブルー様は族長の前で土下座をしながら泣いていた。私はこの雰囲気に吞まれ、入口で立ちつくしていた・・・
「族長、すまない・・・、俺のせいで凍牙が・・・」
「こんな俺を庇って・・・」
族長は腕を組んだまま、ずっと黙っていた。そして、長い沈黙が続いた。
長い長いいつ終るかも分からない沈黙が続いたが、族長が目の前の剣を取りジッと見つめる。
「ブルーよ、この剣は一体・・・」
「分からない・・・、凍牙が死んだ後、体が光って無くなり、この剣があった。凍牙の形見だと思う。だから返しにこの村に戻った。」
「そうか・・・」族長の目から涙が流れた。
「まさか、伝説をこの目で見ようとは・・・」
「ブルーよ、この剣はお前のものだ。そして、お前を守り続けると決めた凍牙の決意の証だ。」
「えっ!」
「フェンリル族には言い伝えがあってな・・・、真に心の絆を結んだ友に対して、死して尚、共に戦い続ける為に魂を輪廻の輪に戻す事なく、友を守る為に魂が武具になると言う。だが、未だかつて、このような事があったとは聞いた事がなかった。しかし、今、伝説が蘇ったのだ。それだけ、お前と凍牙との繋がりが深かったのだろう・・・」
「この剣は凍牙の魂そのものだ。だから、お前が持ち続けなければならない。分かったか。」
「はい・・・」
お兄ちゃんは生きているんだ・・・、魂になっても、ブルー様を守る為に・・・
そして、ブルー様は村を出て行った。戦争の決着をつける為に・・・
長い年月が経ち、私も大きくなった。周りからはまだ子供だと言われているが、もう子供を産む事も出来る。必ずブルー様が帰ってくると信じて、私はずっと待っていた。
族長から戦争が終わったと聞いた。そして、ブルー様も亡くなったと・・・
私は生きる希望を無くした。そして、抜け殻のように日々を無意味に過ごしていた。
ある日、1人の女性が私の村を訪れた。
その女性は1本の剣を手にしていて、族長と話をしている。その剣を見て、私は目を疑った。
間違いない!その剣は凍牙お兄ちゃんだ!
そして、ブルー様が無くなったという事は・・・
この女がブルー様を殺したのか!
そう思った瞬間に、私の頭は真っ白になった。
気が付いたら、私はその女に組み伏せられていた。仇も討てず負けてしまい、悔しくて涙が溢れる。
「族長、一体・・・、この子は・・・」
「あぁ、この子はブルー様の知り合いだ。そして、とても懐いていた。」
「そうですか・・・」
「私はブルー様の形見を渡しにここに来ました。この剣はこの村のものだと聞きましたので・・・、それで返しに来た訳です。」
「嘘付くなぁ!お前がブルー様を殺したんだ!お前からブルー様の臭いがする!」
「そ、そんな・・・」その女はとても狼狽えた。
「私がブルー様の仇を取る!絶対に!必ず殺してやるぅぅぅ!」
「そうですね・・・」女の目から涙が溢れだした。
「ブルー様はこんな私を庇って亡くなりました・・・、私が殺したも同然ですね・・・」
「私を好きにして下さい・・・」
女は無防備に両手を広げ立ちつくしていた。
「さぁ・・・」
「これで私もブルー様のところに行ける・・・、これ以上、あの人のいないこの世界にいなくて済むんですね・・・」
私は呆然としてしまった。
今ならこの女を簡単に殺せる・・・、ブルー様の仇を取れる・・・
しかし、体が動かない!
興奮していた思考も少しづつ冷静になってきた。
そして分かった。この人は私と同じなんだ。ブルー様を亡くして生きる意味を失っているんだ・・・
しかも・・・、私以上に絶望していると・・・
お兄ちゃんはブルー様を守って死んだ。ブルー様はこの人を守って亡くなった。私は・・・
「お姉ちゃん、名前は?」
「えっ!・・・フローリアよ・・・」
「そうか・・・、私は美冬。これからずっとお姉ちゃんを守る。凍牙お兄ちゃんやブルー様が守ったように・・・」
「ありがとう・・・」
フローリア様はそう言って私を抱きしめて泣いていた。
そして、族長が持っていた凍牙お兄ちゃんは光となって消えた。
もしかして、私とフローリア様を会わせる為に、今まで消えずにいたのだろうか・・・
フローリア様の護衛を名乗り出て一緒になってから、どれくらい経ったのだろうか・・・
ある日、フローリア様が私のところに駆け寄ってきた。
いつもは悲しそうな表情をしているのだが、今はとても嬉しそうにしている。こんな表情は私と会ってから初めてだった。
「美冬さん!美冬さん!聞いて!聞いて!聞いて!」
「フローリア様、落ちついて!一体何が?」
「ここだけの話、絶対に内緒ですよ。美冬さんにも良い話ですからね。」
「だから何!」
「むぅ・・・、実はですね、ブルー様は生きていたんですよ。」
「嘘・・・」
「厳密には魂だけですけど・・・、今は地球という世界の人間に転生しています。どんな形でもブルー様が生きているなんて、こんな嬉しい事はありません・・・」
「今は勝手に出来ませんが、転生体が亡くなった時、私の力で再びこの世界に転生させます。そして一緒に暮らしましょう。」
「本当に・・・」
私は胸が熱くなった。ブルー様は滅んでいなかった・・・、それが分かっただけでも嬉しくて飛び上がりそうになった。
「でも、問題がねぇ・・・、普通に転生してしまったので、ブルー様の記憶は消去されて全く無いのです・・・」
「でも、私は諦めません。例え記憶が無くなったとしても、ブルー様はブルー様ですからね。私の愛の力で必ず一緒に幸せになります。美冬さんも一緒に3人でね。」
それから私はずっと待った。転生体をフローリア様がこの世界に呼ぶのを・・・
そして、とうとうブルー様の転生体に会えた。名前は蒼太とフローリア様は呼んでいた。
フローリア様の喜びはすごかった。私も嬉しさで胸が張り裂けそうだった。
しかし・・・、彼はブルー様の時の記憶は全く無かった。私との約束も憶えていなかった・・・
分かってはいたけど、やっぱり辛い・・・
そして、一緒に旅を始めた。
彼はブルー様と同じように明るく、誰とでも仲良くしてくれて、まるで、本当にブルー様が蘇った錯覚を起こしたくらいだった。でも・・・
フローリア様は一生懸命アプローチしているが、私は素直になれなかった。
魂は同じでも、やはり別人だと思っていたからだろう・・・
そして、あのダンジョンで信じられないものを見てしまった。
凍牙お兄ちゃんの剣を蒼太が持っていた。
しかも、ブルー様の頃の記憶が全く無いはずなのに、凍牙お兄ちゃんの事は忘れていなかった。
もしかして、私との約束もいつか思い出してくれるかも・・・
塔での戦いの後で、蒼太から剣を貸してもらった。
この暖かさ、やっぱり凍牙お兄ちゃんに間違いない・・・
そして、私の心の中に声が聞こえた。
「美冬、俺もブルーも既にいない。死んでしまった者をいつまでも想い続けるのは駄目だ。お前はお前で幸せを掴むようにな。ちょうど良い相手も目の前にいるぞ。ブルーではないけど俺が保証する。」
「幸せになれよ・・・」
お兄ちゃん・・・
お兄ちゃんはブルー様だけでなく蒼太も認めたんだ。だから力を貸してくれるんだね。
そして、蒼太もお兄ちゃんを信じている。
嬉しかった・・・
お兄ちゃんの言葉で、私は分かってしまった、ブルー様は確かに好きだ。今でも結婚したいと思っているくらいだ。しかし、ブルー様はもういない・・・
蒼太は私に対していつも優しく接してくれる。まるでお兄ちゃんみたいだ。一緒にいると心が温かくなる。
ずっと一緒にいたい・・・
私の本当の気持ちは・・・
「美冬~!また肉ばっかり食べて、ちゃんと野菜を食べなきゃ駄目だろ!大きくなれないぞ。」
「ソータ、これでも私は大人だよ。いつまでも子供扱いしないで。」
「大人なら好き嫌いしないぞ。」
「むぅ・・・、ソータの意地悪・・・」
「仕方ないなぁ・・・、美冬の分だけ肉を多めにしてあげるから、ちゃんと野菜も食べろよな。」
「うん、ありがとう!ソータ、好き!」
「美冬に好きと言われると勝てん・・・、俺の方が負けてる・・・、強敵だよ・・・」
凍牙お兄ちゃんは私が小さい時に村から出て行ったから、私はお兄ちゃんにたくさん甘える事が出来なかった。今は蒼太にいくらでも妹の気分で甘える事が出来る。
今はね・・・
いつか私が妹の気分で我慢できなくなった時は、ちゃんとお嫁に貰ってね。
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