春菜の葛藤、フローリアの決意①
「いやぁ~、、昨日はよく寝たなぁ~。」
ダンジョンから自宅に戻り、昨夜は久しぶりにゆっくりと1人で寝たのだ。
フローリアは神殿の仕事があるからと言って来なかったからな。
この世界に来てから10日も経っていないのに、毎日が濃すぎる・・・
しばらく休みたい。
欠伸をしながらリビングに下りていくと3人の姿が見えた。
そして、氷のような視線が3人分、俺に突き刺さる。
何があった・・・、そういえば春菜がいない・・・
「蒼太殿、ちょっと話がある。昨日、ダンジョンで何があった?」
「いや、やつとの戦いで死にかけたくらいだぞ。それに春菜がいないんだけど・・・」
「そんな話を聞きたいのではない。春菜と何があった?あれから春菜はずっと変だったからな。そして今朝、美冬が起きた時には春菜がベッドからいなかった。」
「いや、春菜はあれからずっとニコニコしていたし、俺には変に見えなかったぞ。」
「クズが!貴様は普通の笑顔と作り笑いの違いさえ分からないのか。」
「えっ!」「「「答えろ!」」」
そして、俺は正座をさせられ、デスブリンガーの戦闘後に起きた春菜の告白を話した。
「はぁ~」
「クズが」
「ソータ・・・、やってしまった・・・」
「だってさ、まだ正式ではないけど俺にはフローリアがいるんだし、二股なんて出来る訳ないだろ。そんなのお前達も嫌だろ?」
「それにお前達は好きというか可愛らしいというか、何か娘か孫みたいな感じなんだよな。だから、男と女の恋愛感情となると、ちょっと自信がない・・・」
「そうか・・・、蒼太殿の世界の倫理観はそうなのか・・・」
「ここはそんなモノは無い。」
「無知」
そして3人が俺から離れて突然円陣を組み出した。
「もしかして、あの倫理観を壊せば、春菜だけでなく我々にもチャンスが・・・」
「男は嫌いだが、あの料理の為なら悪魔にでも魂を渡せそう・・」
「孫枠より恋人枠」
「悪い・・・、待たせた。」
「そう、それにな、あのフローリアだぞ。独占欲と嫉妬が服を着ているような女神だからな。あの性格だと春菜に何が起こるか分からん。」
「確かにその可能性はあるかもな。でも、我々はフローリア様を信じたい。きっと最善の方法があるはずなのに、貴殿は何もせず結論を出してしまった。神々と人間の価値観が違う事に少しも気づかなかった貴殿の落ち度だ。」
「そ、そんな無茶苦茶な理屈・・・」
「少しお仕置きが必要だな。」
そう言った夏子が一瞬にして裏モードに変身し、手に鞭を構え仁王立ちしていた。
時間を遡り、フローリアの神殿、接見の間
「春菜さん・・・、本当によろしいのですか?決心は変わりませんか?」
「はい。先ほどのお話の通りです。」
「私をロイヤルガードから解任し、一兵卒として遠く離れた場所に勤めさせていただきたいのです。」
「そうですか・・・、何度も繰り返しますが、これ以上気持ちが変わらないようですので、春菜さんの希望通りにしますね。残念です・・・」
俯いていた春菜の頬に涙が伝わる。
「本当は・・・、本当は・・・、みんなから離れたくないです・・・」
「でも・・・、でも・・・、これ以上みんなと・・・、いえ、蒼太様と一緒にいると・・・、自分の・・・、心が抑えられないんです・・・」
「蒼太様の心にはフローリア様しか存在しません。私ごときがどんなに頑張っても、あの方の心の片隅にも入れないです・・・、家族としての繋がりとしてしか見てくれないと・・・、私の片思いですが、一緒にいるとどんどん心が痛くなって・・・もうこの痛みに耐えられなく・・・」
「そうですか・・・」フローリアの目が険しくなってくる。
「私は今まで恋というものをしたことがありませんでした。恋というのは甘酸っぱく楽しいと聞いた事があります。この私の気持ちは間違いなく恋だと思います。ですが・・・、恋というものが、こんなにも辛く切ないものだったなんて・・・」
「このまま一緒にいると・・・、ずっとこの辛い日々を送ると思うと・・・」
「もう耐えられません・・・」
フローリアの目が更に険しくなる。
「もし、旦那様があなたを受け入れた時、私の存在をどう思ったのですか?排除ですか?」
「い、いえ!あの時はそこまで考えていませんでした。ただ、蒼太様と一緒にいたいと・・・」
「でも、決してフローリア様を蔑ろにするつもりはありません・・・、蒼太様にはフローリア様しかいませんし、私の想いも伝わりませんでした・・・、あの日の朝、蒼太様とフローリア様が一緒にベンチでお眠りなっていたお姿を見て、私も一緒にその輪の中に入りたかったです・・・」
「フローリア様・・・、魔法で蒼太様とみんなの記憶を消して下さい。この想いをずっと抱えて生きるのはとても辛いです・・・、記憶が無くなれば私もみんなから離れる事が出来ます・・・」
「・・・」フローリアは黙っていたが、静かに話し始めた。
「春菜さん、少し物語を話しましょう。ある戦争での物語です。」
「その戦争で1人の見習い天使がいました。しかし、その天使は大怪我を負い戦場に取り残されてしまいました。慰み者にしかならない運命でしたが、ある男の人が助けました。その男の人は殆ど語らずその天使の治療をして去りました。」
「それからかなりの年月が経ちましたが、その2人は再会しました。でも、再会した場所は戦場で、男の人は相手との最後の決着をつける為に現れたのです。2人の戦いはなかなか決着がつきません。しかし、その戦いに巻き込まれそうになった天使を守る為に、その男の人は勝負を捨て命を落としました。そして、戦争が終わりました。」
「戦争・・・、まさか・・・、神界大戦・・・、2人の決着・・・、命を落とす・・・、まさか、その男の人とは・・・」
「その天使は男の人に助けられ時、実はその人に淡い恋心を抱いていました。彼も実はその天使の事を好きだったみたいでした。そして、その恋が実った時、彼は亡くなりました・・・」
フローリアの瞳から涙が溢れている。
「そして、その天使は女神となりましたが、大切な人を亡くした悲しみを引きずり、決して心が晴れる事がありませんでした。そして、彼がある世界に転生したと聞いた女神はその世界に行き、ずっと見守っていました。彼がその世界での生を全うした時、女神は彼を迎え結ばれました。」
「フローリア様・・・」
「春菜さん・・・、いくら記憶を無くしても心の想いは無くす事は出来ません・・・、何かを失った感情がずっと心に残り、その苦しみに苛まれます。」
「最後に結ばれた女神でしたが、大切な想い人を亡くした悲しみは大変なものでした。春菜さん、あなたの今の決断は女神と同じようにずっと心が満たされない日々を延々と過ごす事でしょう・・・」
「そして、その苦しみはその女神と違い永遠です・・・」
長い沈黙の後
「私はそんな結末は認めたくないです。みんなの幸せ・・・、それが彼の願い・・・」