フェンリル族の里51
蒼太がフローリアをそっと地面に置き、ゆらりと立ち上がった。
「な、何だ?フローリアを見捨てて逃げるのか?」
「うひゃひゃひゃぁあああ!そうだよな、自分が1番可愛いからな。死にたくないからなぁ~」
ダーナが下品な笑い声をあげている。
「黙れ・・・、貴様の声は不快だ・・・」
蒼太が右手の掌をダーナに向けた。
「デバイン・クロス」
掌から光る十字架がいくつもダーナに飛び、ダーナがズタズタに切り裂かれてバラバラに飛び散った。
「うぎゃぁあああああああ!」
体がバラバラにされてもダーナは生きていた。そして、飛び散った肉片が少しづつ頭の方に集まっている。
「な、なぜだ!何でお前が魔法を使える?!
蒼太は無表情で話し始めた。
「当たり前だ。この結界は私が張った。自分の魔法で自分の首を絞めるバカがいるか・・・」
「しかし、恐ろしい程の再生能力だな。まぁ、それも無駄な努力だがな・・・」
ダーナの顔が信じられない顔で狼狽している。
「バカな!お前がこの封魔の結界を張っただと!一体、何を言っている!いや、さっきまでと雰囲気が全く違う・・・、お前は何者なんだ・・・」
ダーナの言葉を無視して蒼太がフローリアの横で膝をつき体を抱えた。
「ソノカ・・・、いや、今はフローリアか・・・、すまなかった。お前に同じ事をさせてしまって・・・」
「今、助ける。今度は大丈夫だ。」
右手を黒い短剣の前に添えると、掌が淡く光った。
「時を巻き戻す。刺さる前の状態にな。」
短剣がフローリアから抜け浮かび上がった。その短剣を掴むと短剣が霧のように消えてしまった。
「こんなものは2度と使われてはならない。存在そのものを消滅させた。このような物があった事さえ誰の記憶にも残らないだろう。」
フローリアの顔色がみるみる良くなり、薄らと目を開けた。
「だ、旦那様・・・、これは一体?」
「フローリア、今はゆっくりしているんだ。奪われた生命力や魔力は元に戻ったが、枯渇状態のギリギリまでになったから、まだ本調子ではないはずだ。」
そう言ってフローリアを抱きかかえた。フローリアが真っ赤な顔になっている。
「旦那様?どうしたのですか?何かいつもと違いますけど・・・」
「でも不思議です。こうしていると心が落ち着きます。まるで、昔からこうして頂いていたみたいで、何か懐かしい感じがします。」
蒼太がフッと微笑む。
「そうだな、お前は昔からこのように抱いてもらう事が好きだったからな。甘えん坊のお前はいつも私にせがんでいたぞ。私がどれだけお前を抱きかかえたか・・・、ソノカ・・・、こうして再び元気なお前を見れる日が来るとはな・・・」
フローリアがとても嬉しそうに微笑んだ。
「私の事をソノカ様と・・・、旦那様の話は本当だったのですね。ふふふ、私はこうして逃がさずにちゃんと捕まえたのですね。旦那様、今度はずっと一緒ですよ。」
「分かっているさ。その為に私は色々と計画をしていたからな。この平和な世界で再びみんなで一緒になる為にな。」
フローリアを抱いたまま蒼太が長老達のところに行く。
「旦那様・・・」
「蒼太さん・・・」
「蒼太様・・・」
3人が驚きの表情で蒼太を迎えている。
「すまない、事情は後で話す。悪いがフローリアを頼む。」
「分かりました。」
長老が頷き、フローリアを介抱している。
「蒼太様、この結界内で魔法を使われた事にも驚きですが、先ほどの魔法・・・、あれは失われた時魔法では?まさか・・・」
「そうだ、あなたの想像通りだろう。私はワタル・・・、今は仮初めの存在だがな。細かい話はあのクズを葬ってからだ。あれだけしぶといと物理的に滅ぼすのは骨が折れるが、まぁ、問題はない。それに、ソノカ・・・、いや、フローリアをあんな目に遭わせたのだ。最高の苦しみを与えながら消滅させてあげよう。」
蒼太がダーナを見てニヤリと笑った。
ダーナの肉体がほぼ再生しゆっくりと立ち上がった。
「ぐひゃひゃひゃあっ!バカめ!私が復活するまで待っているとはな!さっきはいきなり魔法を使われて不意を突かれたが、もう油断はしない!この神界最強の肉体と殺人術で貴様を地獄に落としてやるぅううう!」
ダーナが思いっきり叫んだ。
「くたばれぇえええええええええ!私よりモテる事は許さん!このハーレム男めがぁあああああああああああああ!」
しかし、蒼太はフッと笑った。
「出来るものならな・・・」
「う、どうしてだ?体が動かん・・・、貴様!何をした!」
棒立ちの状態でダーナがプルプル震えている。
「なぜだ?なぜなんだ?」
「ふっ、貴様の行動する未来を消した。どんなに肉体が強かろうが無駄だよ・・・、貴様は未来永劫このまま木偶のように突っ立ている事しか出来ない。」
蒼太がニヤッとする。
「だが、それだけでは私の気が済まない。フローリアの苦痛を何倍にもお返ししないといけないしな。」
「さて、貴様のアカシック・レコードを見させてもらおうか。」
蒼太の目の前にディスプレイのモニターのようなものが浮かび上がった。
「ふむふむ・・・、貴様は邪神化する前から真っ黒だな。貴様、屋敷のメイドをどれだけ残酷に殺したのだ?何がハーレムだ・・・、単に女を残酷に殺す快楽殺人者だとはな。」
「可哀想に・・・、あいつに殺された女達は私が責任を持って、来世は幸せになるようにしてあげよう。」
周りに小さなモニターが数十個現われ、蒼太が手をかざすと次々と消えていった。
「これで良し。お前達のアカシック・レコードを書き換えた。生まれ変わって幸せになるようにな・・・」
ダーナが大量の冷や汗をかいている。
「アカシック・レコードだと・・・、そんな話などおとぎ話だ、あり得ん・・・、お前は一体何者だ・・・?、そんな存在は私が研究した歴史の中では全く出てなかったぞ。神族である私をも遥かに上回るその力・・・、私と組まないか?その力さえあれば無敵だ。真の神界の頂点に立てる。お前は欲望のままに自由に出来るのだぞ!どうだ!」
「断る。私はそんな下らない事に力を使う気はない。私の願いは唯一つ、争いが無く弱い者が虐げられる事も無い平和な神界を作る。それだけだ・・・、貴様達のような者からは化け物と言われていたが、私はただの人族だった。少し変わった能力の持ち主だったがな。」
「バ、バカな・・・、神界でも最弱の種族の人族が、そんな力を持っている訳がない。」
「はっ!とてつもなく古い文献で少しだけ出ていた覚えが・・・、確か初代の創造神は人族だったと・・・、あまりにもあり得ないから信じていなかったが・・・、だが、その力に時魔法・・・、まさか実際の話だったのか・・・」
恐怖に歪んでいるダーナの表情に対して蒼太は無表情で話しを続けていた。
「いつの時代になっても貴様の様な者は絶えないな。だが、私があれこれと干渉しては世界のバランスが崩れてしまう。この時代の事はこの時代の者に任せるとしよう。あの頃に比べると本当に平和になった。私の後を継いだ創造紳達には感謝しかない。ありがとう・・・」
「そして、今の私も私と同じ考えだ。安心して彼に後を託せよう・・・」
蒼太がダーナを見てニヤッと笑った。
「だが、貴様だけは私が直接手を下そう。分かるか?私の怒りが・・・」
「ソノカの生まれ変わりであるフローリアをあんな目に遭わせたのだ。私も貴様と同じ様に残酷になれる・・・、楽には殺さん。ふふふ・・・」
ダーナがこれでもか!と思うくらいに恐怖で顔が引きつっている。
「ま、待ってくれ!私は心を入れ替える!もうこのような事はしない!約束する!だ、だから殺さないでくれ!いや、殺さないで下さい!お、お願いします!どうか、どうか・・・」
「貴様・・・、今まで殺した女達はどうだった?拷問され助けてと懇願していた者も、貴様は喜んで絶望を与え殺していただろう。それが逆になっただけだ。諦めろ・・・」
蒼太がダーナの額に手をかざした。
「や、止めてくださぁああああああああああああああああいっ!」
「許さん・・・」
掌が淡く輝いた。
「クロックアップ」
ダーナの動きがピタッと止まり、少しずつ体が薄くなり消えていってしまった。
蒼太がゆっくりとみんなのところに戻った。フローリア以外の者は冷や汗をかいて迎えている。
長老が恐る恐る蒼太に尋ねる。
「蒼太様・・・、いえ、ワタル様、一体何をされたのですか?」
「長老様、私の事は蒼太と呼んで構わない。私がこのように表に出ている時間はそんなに長くないからな。」
「何をしたか・・・、ヤツの未来を消しただけだ。未来が無ければ存在すら出来ないからな。ただ、消してしまうだけなのは面白くないし、ヤツには相応の恐怖を与えなくてはいけない。脳の処理速度を数億倍に高めてやった。ほんの数秒の出来事でもヤツにとっては数千年の時間を体感している。動けず、自分自身が少しづつ数千年の時間をかけて消えていく恐怖を味わせてあげた。恐怖で発狂する事がないように脳を操作した上でな。」
「これが初代様のお力・・・、誰も敵わないです。神界を統一出来たのは納得出来ました。」
長老が汗だらけの表情で蒼太を見ていた。
「外野もいなくなった事だから話をしよう。なぜ、私が今になって出てきたか・・・」
4人がゴクリと喉を鳴らす。
「私はこの神界を平和にする為に戦った。かつての神界は永遠とも思われる戦いの歴史と弱肉強食の世界だった。戦いの中で仲間は次々と命を落としていった・・・、神界が平和になる事を願いながら・・・」
「そして、神界の統一が間近になったところで、最大最凶の部族の最後の戦いとなった。それは『邪神族』、魔族の上位種であり、その王は絶大な力を持っていた。私の力さえ無にする破壊の力、その戦いの中でソノカは命を落とした・・・、だが、私は諦めなかった。これまで死んでいった仲間も後悔があっただろう。だから私は決意した。未来でみんなと一緒になろうとな・・・」
「ヤツの無の力は絶大だった。ヤツの攻撃で死んだ者には確実な死が待っている。防御も通じない、蘇生も出来ない、確実な破壊と死だ。だが、魂だけは何とか残す事が出来た。その魂を輪廻の輪の中に戻る前に、再び出会うように操作したのだよ。私のアカシック・レコードに干渉出来るスキルを使ってな。いわゆる、魂と魂を繋げた。記憶を無くそうが想いは変わらない。その可能性を信じて・・・」
フローリアが神妙な表情で蒼太を見ている。
「そんな事が可能なんて・・・」
「そうだ、だがこの能力も全能ではない。歴史の改編などの大がかりな事は出来ない。出来るのは個人や物にに対して限定的だ。それでも相手にとっては悪夢としか言えない能力だがな。そして、時魔法も一緒に目覚めた。その力をもって次々と神界を平定していったが、邪神王だけは私の能力が通用しなかった。ヤツは全ての理を破壊する能力・・・、アカシック・レコードさえ無に帰す程の力を持っていた。」
「ヤツを滅ぼすにはヤツの力を使うしかない。私はみんなの反対を押し切ってヤツと対峙し、相打ちに持ち込んだ。ヤツの力をこの身に受けてそのままヤツに返す事に・・・」
「だが、ヤツの魂は滅ぼせなかった・・・、私も死ぬ寸前までになってしまったしな。これ以上は私も戦えない。だからヤツの魂を女神族であるフレイヤの力を使って私の魂に封じ込めた。そして私は神界の統一を果たしたが、その後はこの戦いの傷が元で数年後に死んでしまったけどな・・・、ヤツから受けた傷はほとんど回復しない、そして、人族の体は脆弱過ぎた。残った仲間はみんな優秀だったから、今のような平和な神界にしてくれたのだろう。」
蒼太がポロッと涙を流した。
「みんな、本当にありがとう・・・、私の意思を継いでくれて・・・」
「私は死ぬまでの残された時間を使って、ヤツの魂を滅ぼす事を必死に考えた。しかし、ヤツを滅ぼすにはフェンリル族の浄化能力が必要不可欠、だが覚醒したフェンリル族の烈牙は志半ばで死んでしまった。私は諦めなかった。みんなが揃った時にチャンスがあるのでは・・・とな。」
そう言って、蒼太が目の前にモニターを映し出した。
「烈牙は計画通りに転生しているな。」
驚きの表情で冷華を見た。
「何だと、烈牙の妻であったオーガ族の姫、サユリか・・・、お前がフェンリル族に転生し続け烈牙と一緒に・・・、しかも覚醒しているとは・・・」
冷華が慌てている。
「わ、私がずっと昔の転生前の凍牙の奥さんだった・・・、今と同じで・・・、し、信じられない・・・」
蒼太が更に驚愕の表情になっている。
「う、嘘だろ・・・、ヒビキが今の烈牙の転生体の父親だと?あの戦いで次元の狭間に飲み込まれて消えてしまったヒビキが・・・、何という運命、アカシック・レコードさえ越えるとは・・・、さすがは私の弟、人族の勇者の称号を持つ男だ。それで私が目覚めた訳だ・・・、条件が全て揃った。」
「これで私は消える事が出来る・・・、もう思い残す事は無い・・・」
「旦那様・・・」
アヤが蒼太の前で片膝をつき頭を下げている。冷華がアヤに近づいたが、アヤのいつもの様子と違う事に気付き、近づくのを躊躇している。
「ア、アヤ・・・、どうしたの?さっきまでのアヤと違う。あなたは誰?」
アヤがニコッと冷華に微笑んだ。
「驚かせてごめんなさい。私はアヤノ。ワタル様の妻の1人でした。そして、この計画を知っている1人でもあります。」
蒼太がフッと微笑む。
「アヤノか、人族からスキュラ族に転生したのか・・・、種族は違うが、ソノカと同じで全く変わっていないな。当時と同じで可愛らしいままだよ。今の蒼太にお似合いだな。」
アヤノが真っ赤になった。
「だ、旦那様!いきなり不意打ちは・・・、でも、そう言っていただくと嬉しいです。」
「お互い残りの時間は少ないが、こうして再び会えたのは私も嬉しい。そして済まなかった・・・、怪我で満足に動けない私に代わりよくやってくれた。私が死んだ後もよくやってくれたと思う。今の神界の平和はお前達のおかげだ・・・、感謝する。」
「そ、そんな勿体ないお言葉です。私は妻として旦那様の力になる為に頑張っただけです。ですが、少し問題もありました。」
「分かっている、フレイヤの事だな。まさか邪神王に娘がいたとはな・・・、それも父親に匹敵するほどの力の持ち主とは・・・、フレイヤがその身を結界として彼女を封じ込め、未だに封印を続けているのは本当に済まないと思っている。ガイは無事に転生して、今はフレイヤとは昔と一緒で夫婦になってるが、今のフレイヤは本当の肉体ではないからな・・・」
「でもなアヤノ、アカシック・レコードが面白い事になっているぞ。ふふふ、蒼太には悪いが彼女は任せた。魂の片隅で楽しみに見させてもらうぞ。」
アヤノがニコッと微笑む。
「旦那様、楽しそうですね。そんなに面白い事が書いてあったのですか?」
「あぁ、私には出来ない。彼だけしか出来ないだろうな。まさか邪神王の娘を妻とするなんてな。」
驚きの表情でアヤノがワタルを見ている。
「本当ですか?信じられませんが、アカシック・レコードに書かれている事に間違いはないですからね。これでフレイヤ様もガイ様の転生体と本当の意味で一緒になれるのですね。」
「あぁ、今はデウスの作った義体に入って活動している。今すぐではないが、そう遠くないうちに本当の夫婦になれるだろう。」
嬉しそうにしていたアヤノだったが、急に深刻な表情に変わった。
「それと、クローディアとカスミですが、デウス様とフレイヤ様が開発していた神器への魂の移植で問題が出まして・・・」
「移植は成功したのですが、記憶を全て失ってしまって・・・」
「心配するな。彼女達は無事に元の旦那のところに戻っているからな。記憶を無くしても繋がりは消えなかった。クローディアは私と、カスミはガイの転生体へと無事に夫婦となっている。新しい恋を始めてな。アヤノ、お前の転生体であるアヤも同じだろう。この最後の戦いが終わったら、我々は魂の奥底に眠るとしよう、永遠にな。」
アヤノがニコッと微笑んだ。
「そうですね、今となっては私達はお邪魔虫ですからね。未来の事は生まれ変わった者達に任せましょう。」
「うっ!マズイ!私も限界だ・・・、蒼太の怒りが凄まじく、危うく邪神王が先に解放されるところだったが、間一髪私が先に表に出たから良かったが、もう抑えきれない。それほどフローリアを傷つけられた事に怒りを覚えたか・・・、アヤノ、後の事は頼む。辛いだろうが・・・」
アヤノが涙を流しなら頷き、蒼太が冷華をジッと見つめた。
「冷華とやら!ヒビキの血を引き継ぎし凍牙と、固い絆で結ばれたお前の2人のフェンリル族なら、必ずこの体に封印されし邪神王の魂を滅ぼしてくれると信じている。ヒビキとフェンリル族の力を合わせて臨めば必ずな・・・、この言葉を忘れるな。」
蒼太が後ろに飛び、彼女達と距離を取った。
「この結界内なら、いくら邪神王といえどもスキル以外の技は使えない。そこにチャンスがある。」
「さぁ!私を殺して邪神王にトドメを刺してくれ!」
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