フェンリル族の里㊿
あの光景は本当だったのか?
全く分からない・・・
「旦那様、大丈夫ですか?顔色がかなり悪いですが・・・」
アヤも心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「あぁ・・・、大丈夫だ。何か訳が分からない光景がいきなり現われてな・・・」
アヤが驚きの表情で俺を見ている。
「旦那様・・・、もしかして旦那様も何か見えたのですか?私と同じように・・・」
何だと!アヤも同じ経験をしているのか?
「私が見た光景は人族の夫婦でした。男の人は旦那様そっくりで、私そっくりな女の人が赤ちゃんを抱いている光景でした。その光景を見た瞬間に私は確信したのです。この光景は遙か昔の実際の光景だという事を・・・、私はその時も旦那様の妻で、再び妻となる為にこうして出会ったのだと・・・」
まさか・・・、あの言葉は・・・
『みんな・・・、生まれ変わって、また一緒になろうな。』
そうだ、あの光景の俺は人族だった。しかし、人族が神界を統一するだけの力があるのか?考えれば考えるほどに訳が分からなくなる。
そういえば、クローディアの名前をソノカが口にしていた。今のクローディアと関係があるのか?
ダメだ!どんどん混乱してくる・・・
フローリアがソッと俺を抱きしめてくれた。混乱している頭が少しづつ落ち着いてきた。
「落ち着いて下さい、旦那様。今はその話は置いておきましょう。後でじっくりと話し合った方が良いと思いますよ。まずは、長老様の依頼を先に終わらせましょう。」
「それでも落ち着かなければ・・・、コレですよ!」
フローリアが離れて、収納魔法から何か細長い物を取り出し構えた。
「げっ!まだ持っていたのか?」
うわっ!神鉄ゴーレムの腕だ!。9年前のあの集団リンチの恐怖が蘇り、膝がガクガク震える。フローリアが凶悪な笑顔で微笑んだ。
「そうですよ、頑丈な旦那様を黙らせるには最適なアイテムですからね。これなら一撃で旦那様もあっちの世界に逝けますからね。そこでモヤモヤを吐き出してきて下さい。私がちゃんと蘇生させてあげますね。そうすれば、スッキリした気分で起きれると思いますよ。」
いやいや、落ち着く落ち着かないの問題ではないよ。何で1回殺されなきゃならん!
お前の発想は時々飛び抜け過ぎて恐ろしいわ!
でもな・・・
「フローリア、ありがとうな。おかげで気持ちが切り替えられたよ。」
「ふふふ、旦那様が元気になって良かったです。」
フローリアがゴーレムの腕を肩に担いで優しく微笑んでくれた。
おいおい、いい加減にこの鈍器を片付けてくれ。コレは確実に俺のトラウマになっているから、視界にも入れたくないんだよ。
長老が生温かい目で俺達を待っていてくれている。
「皆様、話し合いは終わりましたか?それでは進みましょう。」
「ここから先は封魔の結界が張られているだけでなく、部外者も入れないように別の結界も張っています。私かクイーンでないと解除が出来ません。」
アヤが俺達の前に出て右手を差し出した。アヤの目の前が一瞬光った。
「長老様、これで通る事が出来ます。それでは行きましょう。」
今度はアヤを先頭にしてゾロゾロと霊廟に向って歩いて行った。
「ん!」
「どうしました?」
長老が俺を見つめた。
「いや、何か小さな影が目の前を通り過ぎた気がしてね・・・、気のせいかも・・・、さっきから少し変な事が続きましたからね。」
何かが引っかかっているが、それ以上は何も感じないし、やっぱり気のせいかも?
深く考えないようにしよう。
霊廟に近づくにつれて俺も異常が分かってきた。確かに嫌な雰囲気を感じる。
冷華もこの雰囲気を感じ取ったみたいだ。
「長老様、確かに感じます。この嫌な雰囲気は昨日のミツキからも感じた雰囲気ですね。昨日のよりもかなり気配は薄いですが、やはり負の感情が蔓延していると分かります。」
長老も神妙な表情で冷華に頷いている。
「冷華様もこの雰囲気が分かりましたか。やはりお願いして正解でしたね。」
霊廟の前に来たが、どういう事だ?見た目は日本の神社に似ている。そんなに大きくない建物だけど、外観は真新しく、建てたばかりのようにピカピカだ。神代の頃からの建物だろう?なぜここまでピカピカなのだ?
「蒼太様、この霊廟は創造神様が建てられて、永遠に残るように時間停止の魔法をかけてあるのですよ。時間が止まっているので劣化も腐敗もありません。時間が止まっているという事は状態が全く変わらないという事なので、どんな手段を用いても傷一つ付ける事すら出来ませんよ。そして、見た目はそんなに大きくないのですが、中は空間魔法を使ってとても大きな空間になっています。さすが神界を統一された方です。失われた時魔法まで使用出来るとは凄いです。」
「ここまでの建物を建てられる初代創造神様も凄いですが、それだけ奥様であったソノカ様を愛していたのでしょうね。我々スキュラ族がここで住み始めたのは、創造神様がそのようにしてくれたと伝えられています。それまでは我々はこの美貌から愛玩奴隷として酷い目に遭っていたという事でした。いくら力があっても所詮は多勢に無勢・・・、次々と捕まり我々の先祖は男の慰み者として悲惨な歴史を歩んでいたと・・・」
長老が涙を流している。
「初代創造神様の名前は『ワタル』様、フローリア様ならご存知ですよね。」
フローリアが長老の言葉に頷いている。
ちょっと待て!あの光景では俺はワタルと呼ばれていた・・・
嘘だろ?俺のずっと昔の前世は・・・、何で今になってこんな事が起きているんだ?
とにかく落ち着こう・・・、まだ話が続いているから、ちゃんと聞いてから考えるようにしないと・・・
「旦那様・・・」
「はっ!」
「どうしたのですか?汗でビッショリですよ。」
フローリアとその後ろでアヤが心配そうに見ている。
「あぁ・・・、少しな・・・、フローリア、後でじっくり話し合った方が良いと思う。俺でも信じられない話が次々と起こってな・・・」
「蒼太様、話を続けても大丈夫ですか?」
長老が俺に尋ねてきたので頷いた。
「それでは続けますね。」
「ワタル様とソノカ様は神界を統一しながらスキュラ族を次々と奴隷から助けてくれていたのです。そして、この地に我々を移住させて、男から我々を守り続けるようにしてくれました。この保護は歴代の創造神様の決め事として続いており、我々はワタル様とソノカ様には感謝しきれない程の恩を頂いております。そしてソノカ様はクイーンに目覚めていた事もあり、我々はソノカ様への感謝の意を込めて、クイーンに対しては創造神様と同じ様に扱う事を慣わしとしました。」
それでか、クイーンが神格化されている訳が。
「ワタル様とソノカ様の言い伝えには、最後にこのように言葉が残されています。『また一緒になろうな』と・・・」
あの光景の台詞と同じだ。信じたくはないが、やはり・・・
長老が冷華に頭を下げた。
「それでは冷華様、よろしくお願いします。」
「蒼太様、フローリア様、申し訳ありませんが、お2人はここでお待ち願いますか?ここから先は我々だけしか入れません。浄化能力のある冷華様だけ特別に入る事を許しますが、お2人にはご勘弁を・・・、申し訳ありません。」
「別に構いません。俺とフローリアは話をしながら待っていますよ。丁度、フローリアと話をしたい事もありましたからね。」
長老が深々と頭を下げた。
「蒼太様、わざわざお越し下さったのに、このようにお待ちしていただく事は本当に申し訳ありません。浄化はそんなに時間がかからないと思いますので、少しお待ち下さいね。」
そして、冷華とアヤに視線を向けた。
「それでは行きましょう。冷華様、よろしくお願いします。」
冷華が頷き、3人が扉の前に立つと姿が消えた。
えっ!扉を開けて入らないの?
フローリアがニコニコ笑って俺を見ている。
「ふふふ、旦那様もパパと同じ反応をしましたね。あの扉はダミーですよ。女性だけしか中には入れないようになっていますよ。それだけ、初代創造神様も奥様であったソノカ様を大切にしていたのでしょうね。」
急に真面目な表情になった。
「それで旦那様、さっきは何があったのですか?とても深刻そうな感じでしたが・・・」
フローリアにさっき見た光景の事を話した。フローリアも信じられないという感じでガクガクしながら俺を見ている。
「し、信じられない話ですよね。確かに私達女神族は魂の救済や転生を司っていますが、未来の転生の操作まで出来る話は聞いた事がありません。しかもアカシック・レコードは見る事が出来ません。だから我々神族が運命を見れないと言うのはそういう訳です。それでアカシック・レコードに干渉する事も不可能なんです。運命は改変される事を嫌いますし、必ず元に戻るものと聞いています。我々が管理している世界の人々の運命は、私達が勝手に操作している訳ではないのですよ。私達が見える運命というのは、アカシック・レコードが導き出したいくつかの運命の分かれ道が、おぼろ気ながら見えるだけです。魂となった人の前世の生き方でどんな来世にするか決めているのですよ。善人なら良い来世に、悪人なら魂を消滅させたり自身が悲惨な目に遭う悪い来世へと・・・」
「全ての魂を管理が出来ている訳でもありませんし、実際に私達が管理している魂は全体の一部だけですからね。実は、旦那様も管理出来なかった魂の1つでしたからね。でも、今考えると不思議ですね、パパもよく当時の旦那様の魂を見つけたものですよ。そして、私も地球の全人類の中から旦那様を迷わず見つけましたね。」
俺もフローリアも黙ってしまった・・・
「まぁ、旦那様、もう深く考えるのは止めましょう!多分、答えは出ませんよ。」
「そうだな、俺とフローリアは今はちゃんとした夫婦だ。これからの事を考えれば良いからな。昔は昔、今は今、と考えた方が気が楽だろうな。」
「そうですね。私は旦那様が大好き。そして、今は幸せです。それは確かな現実ですからね。」
フローリアがニッコリ微笑んでくれる。
本当に嬉しそうな表情だ。あの光景で見たソノカのような悲壮な顔はさせたくない・・・
突然、社全体がいきなり金色に輝いた。社の周りの空気がとても澄んでいる。
どうやら浄化が上手くいったようだな。
しばらくすると3人が扉の前に現われ、長老がニコニコした表情で冷華を見つめていた。
「さすが冷華様ですね。これだけの浄化能力とは思いませんでした。これで霊廟も元に戻ったのは間違いないです。本当にありがとうございました。」
3人がニコニコして俺のところに戻ってくる。
「冷華、よくやったな。凍牙も喜ぶだろう。」
冷華が嬉しそうだ。
その瞬間、フローリアが叫び俺の後ろに立った。
「旦那様!危ない!」
ドス!
「うっ!」
フローリアがうめき声を上げながら倒れた・・・
何が起きた?
慌ててフローリアに駆け寄り抱き起こしたが、何だと!脇腹に黒い短剣が刺さっている。フローリアの息が荒い。すぐに回復魔法をかけるが魔法が発動しない。顔色がどんどん悪くなっていく!
クソ!封魔の結界のせいか!魔法が使えない!
「フローリア、すまん!」
フローリアの様子だと刺さっている短剣の影響で苦しんでいるのは間違いない。まずは短剣を抜いてすぐに結界の外に出て傷を塞げば間に合うはずだ。
短剣を握り引き抜こうとしたが、フローリアの一部になったみたいにビクともしない。無理に引き抜こうとすると、フローリアが悲鳴を上げた。
くっ!すぐにフローリアを抱えて結界の外に出なくては!
どうしてだ?何でフローリアがこんな目に遭わなければならないんだ!
フローリアの苦しそうな表情に、俺の脳裏にさっきの光景が甦る。
う、嘘だろ?何でこんな時にあのソノカの姿が重なって見えるんだ!何か方法は無いのか!
後ろの方で下品な笑い声が響いてきた。
「ぐひゃひゃひゃあっ!このハーレム男め!大事なフローリアが手も出せずに死んでいくのを見ているがいい!魔法が使えないお前達は木偶と同じだからな。」
「お前を狙ったが、フローリアに防がれてしまった。まぁ、お前が死ぬよりも、もっと面白いものが見れそうだ。フローリアも私の求婚を断ったからな!同罪だ!」
声の方を振り向いたが何もない・・・、いや!小さな影がある。それも不自然な位置にだ!さっき気になった影に間違いない!
その影が急に大きくなり、中から黒ずくめの人影が現われた。男に間違いないが、感情の無い空虚な目を俺に向けている。
誰だ?
「ぐひゃひゃひゃあっ!失礼、私の本体は逆だったな。」
男がそう話すと、いきなり首から上がグルン!と180°回転し、後頭部が俺の方に向いた。そこに人の顔が貼り付いている。
「お、お前は!陰険メガネ!生きていたのか!」
醜悪な笑顔を俺に向けてくる。
「あぁ、辛うじて私の右目だけが何とか消滅を免れたよ。そして、私の忠実な部下である神界一のアサシンマスターであるこの男に、私の依り代になってもらった。やっとこの顔だけ復活したが・・・」
「だが、こうして融合するとこの男の全てが私のものになった!神界一の暗殺技術も私が使えるのだ!これで私はお前に復讐が出来る・・・、そして、この時を待っていたのだよ!魔法が使えなければお前達は単なる木偶だ!私はお前さえ殺せれば良い!しかし、面白い展開になったな。お前の大事なフローリアがジワジワ死んでいくのを見ているがよい!この短剣はかつてゾーダが神殿に盗みに入った時に、神鉄と一緒に盗んだ物だ。それを俺が買い取った。この短剣はなぁ、最強の呪われたアイテムの1つでな、刺さったが最後!魔力と生命力を全て吸い取られるのだぁあああ!刺さった者と同化して抜く事すら出来ない。さぁ、愛しのフローリアが死ぬのを黙って見てるが良い!お前もすぐに後を追わせてやるからな・・・、ぐひゃひゃひゃあっ!」
冷華達が一斉にダーナに向かって駆けていく。
「魔法が使えなくても!私に殴られて昇天しなさぁあああああああいっ!」
3人の拳が届く瞬間にダーナの姿が消えた。俺の前にいきなり出現する。
「ぐひゃひゃひゃあっ!今の私にそんな体術が通用するかぁあああ!私の体は最高の暗殺者の肉体だぞ。身体強化の魔法を使えないお前達の動きなんぞ、あくびが出るわ!」
「さぁ、復讐だぁあああああああああああ!」
そう叫んだ瞬間に、とてつもなく重い蹴りが俺に炸裂した。
「ぐぁああああ!」
フローリアを抱いているので、避けきれずにまともに喰らってしまう。
「ぐひゃひゃひゃあっ!どうした?あの時みたいに圧倒的な力が出ないか?だが、俺は楽しいぞ!お前みたいなハーレム男をボロボロに出来るのだからな!」
今のフローリアを手放す訳にはいかん!何とか結界の外に出なければ!
「無駄!無駄!無駄!無駄!無駄ぁああああああああああああああああああああああああ!」
「お前が逃げれば、この3人を殺すぅううううううううう!今の私なら簡単だよ!」
くっ!どうすれば・・・
フローリアが苦しそうに俺に微笑んだ。
「旦那様・・・、私を捨ててみんなで逃げて下さい・・・、私さえいなければ逃げられるはずです。分かります、私はもう長くはありません・・・、旦那様の重荷になりたくない・・・」
「だから・・・、逃げて・・・」
「ぐひゃひゃひゃあっ!お涙頂戴の話だなぁあああ!」
「ハーレム男!心配するな!お前を殺してからあの3人は私が可愛がってあげよう。いや、ババアはいらないから殺すとして、2人は徹底的に陵辱して私の奴隷にしてやる!そして、スキュラ族の里も良かったな。全員を私の奴隷にしてやる!あれだけのレベルの女達だ、最高のハーレムになるぞぉおおおおおお!」
「ぐひゃひゃひゃあっ!とうとう私もハーレム王の夢が叶うのだ!最高だぁあああああああ!」
「フローリア・・・、必ず助ける!」
しかし、フローリアは首を振った。
「良いのですよ、私の為にみんなを危険に晒す訳にはいきません・・・、私の犠牲でみんなが助かれば私は喜んで死にます。それが、創造神の身内となった旦那様の妻となった者の努めですよ。だから、旦那様・・・、お願いです。私を見捨てて下さい。」
フローリアの顔色が更に段々と悪くなってくる。
ダーナが狂喜して俺を見つめている。
「ぐひゃひゃひゃあっ!いいザマだな!この様子だとフローリアはもう死ぬ。お前は誰も助ける事も出来ず惨めに死んでいくのだ!嬉しくて涙が出るぞォオオオオオオ!」
フローリアの顔があの光景のソノカの最後の顔と重なって見える。
何でフローリアがこんな目に遭わなければならないんだ・・・
もう沢山だ!こんな思いは・・・
誰がフローリアをこんな目に遭わせた・・・
アイツか・・・
俺の中からとてつもない怒りと憎悪が湧き上がってくる。もう止められない・・・、怒りに身を委ねよう・・・
アイツだけは絶対に許せない・・・、必ず殺す・・・
そして・・・、この世界の全てを破壊したい・・・、この怒りと憎悪の心のままに・・・
そう思った瞬間、俺の意識が途絶えた・・・
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