フェンリル族の里㊽
まさか、シズカがフローリアと同類だとは想像しなかった。
とても嬉しそうな表情のシズカだが、圧がハンパない!このままだと、シズカの家に強引に押し込まれて食べられてしまうのは間違いない!
最悪の状況を何とか回避しなければ!
アヤはどうしている?
ダメだ!シズカのあまりの迫力にビビっている。尻尾も丸まって足の間に挟まっているよ。クイーンになっても苦手なものがあるのか・・・
そうだよな・・・、俺でもこの場から逃げ出したいよ。
「蒼太様、いえ!旦那様!とうとう私と結ばれる時が来たのですね。大丈夫ですよ。痛くしませんからね。」
おい!どういう意味だ!
しかし、本当にヤバイ!この状況をどう収めるか?
シズカの目が怖い!鼻息も凄く荒い!完全に俺を食べ物だと思っているのではないのか?あの目と涎はそう語っているよ!
「ま、待て!待つんだ!シズカ!ハウス!ハウス!」
ピタッとシズカの動きが止まった。
ふぅ、スキュラ族は犬の神獣だから、犬の躾方法に効果あったのか?そう思いたいよ。
右手をシズカの前に出し落ち着くように掌を見せてジェスチャーをする。
「よしよし、シズカ・・・、落ち着きな。待て、待てだぞ・・・」
シズカの荒い鼻息が少し落ち着いたようだ。このまま大人しくなってくれ!
その瞬間、シズカの後ろに2人の人影が見えた。
「シズカァアアアアアア!目を覚ましなさい!」
長老が叫び、長老とフローリアがハリセンを持って、同時にシズカの頭に叩き込んだ。
スッパァアアアアアアアアアン!
「ぐひゃっ!」
シズカが変な声をあげて、頭を地面にめり込ませピクピクしている。どうやら生きてはいるみたいだ。長老とフローリアのダブル・ハリセンで死ななかったのは称賛する。
ん!昨日も同じような光景を見た記憶があるぞ。
チラッとクローディアを見ると冷や汗をかいている。
思い出した!昨日はクローディアがアイリスに同じ目に遭わされたんだな。
しかし・・・
フェンリル族の里に着いてからは、ハリセンでツッコミする光景を何度も見ているなぁ・・・、この辺りではハリセンでツッコミをするのがデフォルトか?しかも、破壊力がハンパないよ。普通に人殺しが出来るレベルだ。それでも遠慮無しにツッコミをしているから、それだけみんなが頑丈なんだろう。昔、あの時に喰らった神鉄ゴーレムの腕で殴られるよりはマシか・・・
長老が申し訳なさそうに俺を見ている。
「蒼太様、すみません・・・、うちのバカが変な事をしてしまって・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよ。我が家でもよくある光景ですからね。落ち込んで完全に沈んでしまうよりはマシですよ。そっちの方が対処は難しいですからね。」
長老が地面に頭をめり込ませたシズカを見ながら俺に話し始めた。
「シズカは本当に真面目な子なんですけど、精神が不安定な時はああなってしまうのです。自分はみんなの手本にならなければ・・・、との思いが強過ぎなんでしょうね。それで精神のタガが外れると真逆の状態になってしまって、さっきの落ち込んだ時もそうですが、極端な行動に出てしまうのです。そんな子なので年頃になった仲間何人かが子供を作りに里から出て行っても、この子だけは里から出さずにいました。外に出すと何をするか分かりませんからね。『早く子供が欲しい』といつも言っていましたけど、絶対に認めませんでした。」
「でも、蒼太様ならシズカを託せると思って、今回は私は何も言わなかったけど・・・」
確かにな。これは怖いよ。一歩間違えればお尋ね者になるかもしれん・・・
最悪の場合は悪い男に騙されて悲惨な目に遭う可能性も高いな。見た目がとてもキレイだから、間違いなく変な男が大量に寄ってくるだろう。
長老が地面にめり込んでいるシズカの首根っこを掴み、地面から引っこ抜いた。
おいおい、扱いが雑だぞ・・・
「シズカ、目が覚めた?」
ハッとした表情でシズカが長老を見ている。
「ちょ、長老様・・・、私、またやってしまったのですか?」
そして、ショボンとした感じでうなだれてしまった。
「やっぱり私はダメなスキュラ族なのですね・・・、自分の感情を抑えられないし・・・」
アヤがそっとシズカの手を取った。
「シズカ姉さん、そんな事はありません。私達はみんなシズカ姉さんが大好きですよ。あの負けん気の強いマドカ姉さんもシズカ姉さんの言う事はちゃんと聞きますし、誰も変だとは思っていません。誰も完璧にはなれませんよ。」
「ア、アヤ・・・」
シズカが涙を流しアヤを見ている。
「いつも堂々としているシズカ姉さんは私の憧れでした。常に凜々しくしている態度が苦痛なら、もっと気持ちを楽にしても良いです。だって、私とシズカ姉さんは蒼太様の妻として同じ立場なんですからね。私達の前なら素直にしても構いませんよ。みんなで笑って、みんなで泣く・・・、それが家族ですからね。」
アヤがニコッと微笑んだ。
「アヤァアアアアアア!」
シズカがアヤに抱きつき大声で泣いている。
しばらく泣いていたが、泣き止みアヤの顔をジッと見ている。
「ア、アヤ・・・、今、気が付いたけど、どうしたの?この瞳は?金色だし、まるで・・・」
シズカがガタガタ震えている。
「ま、まさかぁああ!」
マッハの速さでシズカがアヤに土下座をしている。
「し、し、失礼しましたぁあああ!クイーンに対して何という無礼を!」
「本当にシズカ姉さんは真面目過ぎねぇ・・・」
アヤがクスクス笑い、土下座をしているシズカの手を取り立たせた。
「だから、言ったでしょう。私と姉さんは同じ立場なんです。私はクイーンになってしまったけど関係ないからね。それに、私は里を出て蒼太様のところで暮らしますから、クイーンの肩書きは全く関係ないですよ。」
「分かりました?姉さん!」
「え、えぇ・・・」
「よい子の返事は?」
シズカが直立不動の姿勢で「はい!」と返事をしている。
「だから姉さん、これからも私の事は今まで通りでいいからね。それが私の望み・・・」
「そうだよ!姉さん!」
マドカが先頭になってシスターズのメンバーが立っている。
気絶から回復したみたいだな。
しかし、マドカが俺を見てポッと頬を赤くしていた。
「そ、蒼太様・・・、先ほどは素敵なご褒美ありがとうございました。今まで生きてきた中でも最高に良かったです。」
何だ、モジモジしてるぞ・・・
「あ、あのぉ~、出来れば毎日でもキスして欲しいです・・・、一生懸命頑張りますのでご褒美に・・・」
マドカがデレた・・・
俺は頭痛の種が増えた・・・
そんなに毎日出来るかぁああああああああああ!そんな事してたら俺が嫁軍団に殺されるよ!
「マドカ姉さん!今はそんな話ではないでしょう!」
シスターズの1人がマドカに注意している。そりゃそうだ。
「お、おぅ、そうだったよな。」
「シズカ姉さん、アヤの言う通りだよ。私達はみんなシズカ姉さんが好きだし憧れているんだから。私達の前では厳しくしているけど、本当は私達の事を心から大切にしてくれていると分かっている。だから、みんな姉さんに付いていくと決めているんだから、失敗しても構わない。その為に私達がいるんだからね。みんな姉さんの力になりたいと思っているんだから。」
シズカがマドカの言葉を聞いて涙を流している。
「それに、昨日決めたでしょ。私達のグループ名に『シスターズ』を付ける時にね。私達は血の繋がりはないけど、全員が蒼太様の妻になって本当の家族になろうって!本当の姉妹になろうってね。忘れたの?もう1人では抱え込まないでね。私達も頑張るから。」
「そうね、マドカ・・・、こんな大切な事も忘れてしまうなんて、本当にダメな私ね・・・」
シズカがマドカに駆け寄り、思いっきり手を広げマドカ達を抱きしめた。メンバーがシズカの周りに集まった。
「ありがとう、みんな・・・、私にはこんな優しい妹達がいるんだよね。私は1人じゃない・・・」
シズカがとても嬉しそうに笑ってみんなを見渡していた。
「シズカ姉さん、すごく嬉しそう・・・、あんな笑顔は初めて見ました。」
アヤが嬉しそうに俺の腕を組んで寄りかかってきた。
「全ては蒼太様のおかげです。私もみんなも変わる事が出来ました。蒼太様が私達に幸せを運んでくれたと思います。愛というものがこんなに素晴しいと・・・、ミヤコ姉さん達もこんな気持ちなんでしょうね。」
アヤがジッと俺を見つめている。
「ん!何だ?」
「い、いえ、少しお願いが・・・、蒼太様の事を旦那様って呼んでもよろしいでしょうか?」
「別に構わないぞ。何なら『蒼太』って呼び捨てにしても良いからな。」
「いえいえ、さすがにそれは無理ですよ。旦那様で良いです。こうして呼ぶと本当に妻になったと実感します。とても嬉しいです。だから・・・」
アヤの顔が赤くなってモジモジしている。アヤが考えている事は分かるよ。
「分かったよ。」
「旦那様、ありがとうございます。」
アヤが嬉しそうに微笑み、顔を近づけ目を閉じた。そして唇を重ねた。
唇が離れお互いに見つめ合う。アヤがうっとりとした目で俺に抱きついてきた。
「旦那様、アヤは幸せです。」
「あぁあああああっ!アヤ!ズルい!」
マドカが叫んでいる。
「みんなぁあああ!アヤに続くのよ!特攻よぉおおお!ブースト全開!」
マドカが一瞬で俺の前に出現し、ガシッと抱きついた。こんな事で本気で魔法を使うな!
う、動けない!何という力だ!アヤは華麗にジャンプして離れた場所に立ってニコニコ微笑んでいる。
アヤァァァ~、この状況を楽しんでいるなぁぁぁ~
「みんな!蒼太様を捕獲したわ!今のうちに!」
シスターズがドドドドドッ!と押し寄せてくる。次々とみんなが抱きついた。
つ、潰されるぅぅぅ~
こら!どさくさ参れに頬にキスするヤツもいる!マドカがニヤッと笑っている。
お前かぁあああああ!
ボソッとフローリアのつぶやきが聞こえた。
「クローディア、私達の事、完全に忘れ去られていますねぇ・・・」
「そうね、フローリア・・・、恋に目覚めたスキュラ族って本当に積極的ね。私も見習わないと・・・」
「ふぅ・・・、蒼太様成分補給完了。満足したわぁ~」
マドカが晴れ晴れした顔だ。
みんながとても嬉しそうな表情でウキウキしながら離れていった。
ドッと疲れが出たぞ・・・
嬉しそうにマドカが俺の腕を組んでくる。
「蒼太様、あっ!私はメイドになるんですよね。だったらご主人様と呼ばせていただきます。私達シスターズは今まで男の人とは触れた事も無かったのですよ。だから、みんな嬉しくて、ちょっとはしゃいでしまいました。これからは、私も素直になってみたいと思っています。ご主人様の前だけ限定ですけどね。」
何だ?急に女の子っぽくなったぞ・・・、これが素のマドカなのか?
「私は今まで戦う女でしたけど、これからは尽くす女になりたいのです。ご主人様にご奉仕するメイドとしてね。」
そういう訳ね。
「でもなマドカ、俺の妻でメイドのララとミドリはバトルメイドとしてもかなりだぞ。ララは人族だけど、フローリアの加護を受けて全てのステータスはカンストしているし、ロイヤルガードの指導もあって色んなマスターの称号を持っていて、神殿の関係者からはパーフェクト・メイドとも言われている。そして、ララの人気はフローリア以上みたいなんだ。神殿のお嫁さんにしたい女性アンケートでいつもNo.1のフローリアとNo.2の春菜を抑えて、いきなりNo.1になったくらいだからなぁ・・・、そんなヤツだからアイツを怒らせると本当に危険だから注意しろよ。」
「それに、ミドリはエメラルド・ドラゴンが人化している姿だからな。アイツが本気で戦うと俺でもヤバイと思う。」
「春菜も今では女神になってしまっているけど、昔はバトルメイドとして俺達と一緒に戦っていたからな。義父さんの専属になったミレニアもメイドの前は痴女・・・、じゃなくて魔法戦士だったな。なぜか我が家のメイドはみんな戦闘能力は高いから、お前にはピッタリかもしれないな。」
マドカがニヤッと笑った。
「そうですか・・・、みなさん強いんですよね。私の力がどこまで通用するか試したくなってきましたよ。何でしょうね、ウズウズして仕方ないです。そして、ロイヤルガードのみなさんとも一緒なんですよね。私もどんどん強くなれるかも?」
うわぁ~、女の子らしくなったかと思ったら、こっちが素だったか・・・、しかも、バトルジャンキーの気があるみたいだぞ。
ホント、我が家の女性陣はみんな戦闘能力は化け物クラスばかりだな。その気になれば神界も支配出来るのでは?これ以上は考えないでおこう・・・
マドカがスッと離れビシッとした姿勢で立っている。
「それではご主人様、さっきは誰かさんが暴走してしまいましたが、もう大丈夫だと思います。改めて、私達シスターズの長女シズカ姉さんを迎えて下さい。」
俺の目の前にいたシスターズが左右に分かれると、真ん中にシズカが立っていた。
「マドカ、それにみんな・・・、本当に私が先にお嫁になっても良いの?」
みんなが微笑んでいる。
「シズカ姉さん、姉さんの幸せは私達の幸せだよ。1番年下のアヤに越されてしまったけど、姉さんが幸せにならないと私達も幸せになれない。だから遠慮しないで。私達もすぐにご主人様のお嫁さんになるからね。」
「マドカ・・・、分かったわ。」
シズカがみんなに向けて微笑んだ。
へぇ~、そんな優しい笑顔が出来るんだな。極端な子だけど、アヤやみんなのおかげで程々の加減を覚えたみたいだな。心に余裕がないとあんな笑顔が出来ないと思う。
シズカが俺の前に立ち微笑んでいる。そして、ペコリと頭を下げた。
「蒼太様、先程は本~~~~~~~~~~当にすみませんでした。私が至らないばかりに皆様に大変なご迷惑をおかけして・・・・」
う~ん、やっぱりこの固さがシズカだよな。なぜかホッとする。
「シズカ・・・、そんなに固くなるなよ。肩の力を抜いてな。」
「は、はい!」
そう返事をしてから、自分の指輪を見てうっとりした表情になった。
「不思議です・・・、この指輪を見ていると心が落ち着きます。蒼太様に見守られている気がします。」
そして俺の顔をジッと見つめてきた。
「蒼太様、愛しています。もう、蒼太様無しでは生きていけません。それだけ大好きです。」
「結婚は喜んでお受けします。不束者ですが、末永くお願いします。」
「こちらこそよろしくな。」
シズカがゆっくり頷いてから、俺の胸に飛び込んで胸の中で泣いている。
しばらく泣いていたが泣き止んだみたいだ。
俺の顔を不思議そうに見ている。
「こんなに嬉しいのに何で泣くのですかね?ずっと昔から蒼太様を待っていた気がします。もう2度と離れません・・・」
俺もそう思っている。不思議だ・・・、さっきのアヤの事もあるし、スキュラ族の里には俺と何か繋がりがあるのか?
いや、今は考えないでおこう。シズカに悪いからな。
「落ち着いたか?」
「はい・・・」
シズカがゆっくり頷いてから俺から離れた。
「えぇぇぇ~、シズカ姉さん、それで終わり?やっぱり、最後はキスで締めないと面白くないよ。」
マドカがニヤニヤ笑っている。マドカの隣にいるアヤも同じようにニヤニヤしている。
「マドカ!そんなのみんなの前で恥ずかしくて出来る訳ないでしょう!」
シズカの顔が今にも火が出そうなほど真っ赤になっている。
俺もそうだ。恥ずかしくてそう何度も出来るか!
「蒼太様、私も見たいですねぇ~」
長老もニヤニヤしている。長老!お前もか!
「それに、みんなも期待してますよ。本日の締めとしてね。ふふふ・・・」
広場のスキュラ族達が長老の言葉通り期待した目で俺達を見ている。
マ、マジかい・・・
『旦那様、覚悟を決めましょうね。もう逃げられませんよ。今まで私達を忘れていた罰です。ふふふ・・・』
フローリアもニヤニヤ笑っている。
『旦那様、モテモテですね。リア充爆発しろ!とは言いませんよ。ちょっとは妬いちゃいますけど、旦那様なら仕方ないですし・・・、まぁ、羞恥に晒されてあたふたしている旦那様も新鮮で惚れ直しますよ。ふふふ・・・』
クローディア・・・、絶対に仕返しするからな!
シズカは・・・
まだ顔が真っ赤だ。そうだよな、お前の性格じゃ無理だよな。
「そ、蒼太様!頑張りましょう!みんなが期待しているなら、私も応えなくてはなりません!確かに恥ずかしいですが、蒼太様とキス出来るなら喜んで!」
おいおい、シズカもその気になってしまったか・・・
仕方がない・・・、俺も腹を括るか・・・
お互い真っ赤な顔で見つめ合っていたが、シズカを抱き上げた。俺の腕の中でシズカがとても幸せそうな顔になっている。
俺の首に両手を回し顔を近づけてくる。
「蒼太様・・・、いえ、これからは旦那様と呼ばせてもらいますね。」
「旦那様、シズカは本当に幸せです。これからもずっと私を幸せにして下さいね。」
「分かった。約束するよ。もう2度とお前を悲しませる事はしないからな。」
シズカが目を閉じ、唇を重ねた。
その瞬間、みんなから盛大な拍手が沸き起こった。
俺達を祝福してくれる拍手は、キスが終わってもいつまでも鳴り響いていた。
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