フェンリル族の里㊵
俺の前にスキュラ族が並んでいる。凍牙親衛隊のメンバーと同じように数人はフェンリル族の里で見た顔もいる。やっぱり、あの時に俺に惚れたのか?
フローリアがとても大きなため息をした。
「はぁ・・・、こんな人数なんて聞いてないですよ・・・、確か大きな武器を持ったスキュラ族でしたよねぇ・・・、パッと見ではそんな武器を持った人はいないですね。スキュラ族自体の攻撃方法が魔法中心ですから、ミヤコさんみたいに武器を持っている人は少ないですから目立つはずですが・・・、それにしても、ミドリさんやクローディアといい、旦那様、モテ過ぎですよ・・・」
お前の気持ちも分かる。お前達と結婚してからつい先日まで何にも無かった(子育てで忙しい毎日だったけど・・・)日々だったのに、突然こんな話が急にバタバタと舞い込んでくるしなぁ・・・
まぁ、アイリスやミドリは前々からチャンスを狙っていたみたいだったけど、凍牙も一気に7人と結婚してしまうし、モテ期到来!って浮かれているなんてレベルじゃない。2人揃って大波にのみ込まれて溺れているみたいだよ。呪われているみたいで逆に怖い・・・
俺と凍牙に何かが憑りついているかもしれん・・・、今度、2人でお祓いに行こう・・・
1人が前に出てきた。とんでもない美人だからよく覚えているよ。
「私は蒼太様親衛隊隊長のシズカです。」
やめてくれぇえええ!みんなの前で堂々と親衛隊とか言うのは・・・、恥ずかしさで死にそうだよ。さっきまで追いかけられていた凍牙や冷華もニヤニヤ笑っている。
大人凍牙が俺の肩に手を置いて、すごく嬉しそうにしているよ。
「蒼太、お前も俺と冷華の気持ちを味わいな・・・、お前が追いかけられるところが見たいよ。ふふふ・・・」
シズカがニコッとして話を続ける。
「蒼太様、安心して下さい。我々はあのような落ち着きのない変態集団とは違います。嫌がる相手を無理に追い詰めても嫌われるだけですし、蒼太様に納得して我々を迎えてもらいたいのです。」
落ち着きのない変態集団と言われた凍牙親衛隊と冷華親衛隊の面々が忌々しそうにシズカを見ていた。
止めてくれ!別のところで新しい争いが起こるのは勘弁だぞ!
その前にお前達、いつの間に灰から復活したのだ?
「我々全員を妻に迎えてくれとは言いませんが、出来ましたら我らの1人だけでも妻として迎えて欲しいのです。蒼太様にはフェンリル族の妻がいて見事な跡取りも生まれています。ですから、我々スキュラ族にも蒼太様の妻の1人になるチャンスが欲しいのです。そして、残った者は愛人か妾にしてもらいたい・・・、時々でもいいから愛してもらえれば・・・」
「どうか!」
シズカが土下座をすると、残りのメンバーも揃って土下座を行った。
愛人って・・・、フローリアを見ると目が点になっている。
「フローリア、どうしよう・・・、こんな事は初めてだしなぁ・・・、断る方がいいだろう?」
フローリアも頷いている。
「そうですね。旦那様が無節操な女たらしと思われるのも嫌ですし、それ以前に凍牙さんの事も含めて、大量のスキュラ族がここまで一緒になりたい気持になったのかが不思議ですね。」
シズカが頭を上げた。
「フローリア様の仰っている事は分かります。我々スキュラ族は男と一夜を共にするのは子孫を残す生殖行為だけのはずです。そして、里に戻り子供を産み子孫を残していきます。元々、我々には恋愛感情なんてものはありませんでしたから、結婚という概念はありません。希に恋愛感情が生まれ里に戻らず男に添い遂げる者もいましたが、そんな者は数千年に1人くらいでした。その時は、男を無理矢理にでもこの里に移り住まわせ一生を終えていました。」
説明ありがとうございます。これで色々と納得出来たよ。フェンリル族とスキュラ族の昔の慣わしや、ミヤコが最初の方は氷河とキョウカの結婚の事を不思議がっていた事も・・・、結局はミヤコも凍牙と結婚してしまったけど・・・
「ですが、我々はあの時、蒼太様を見た瞬間に全身に衝撃が走ったのです。その時は何か分かりませんでしたが、ずっと蒼太様の事が頭から離れませんでした。そして、ミヤコ姉さんやキョウカの様子を見て理解したのです。これは恋なんだと・・・、恋というものを知らなかった我々が恋を理解したのです。凍牙様親衛隊も同じです。なぜ、1度にこれだけの人数が恋をしたのか分かりませんが、それだけ蒼太様と凍牙様は我々にとって最上の存在だということでしょう。それか、お2人の強き血が入った子供を無意識に欲しているのかもしれません。」
「特に蒼太様!我々親衛隊はもう蒼太様以外の男には興味がありません。本能であるはずの生殖行為も蒼太様以外とは死んでも嫌なのです。蒼太様は奥様達一筋であることは理解しています。無理は承知と思いますが、是非とも我々にも愛というものを!お願いします!」
う~ん・・・、非常に困った・・・、フローリアもどうしていいか分からない感じだよ。
「旦那様、少し時間をもらえますか?春菜さん達とちょっと相談します。それと、新しく凍牙さんのお嫁さんになった3人分のピアスも春菜さんに渡してあったので、凍牙さんのお嫁さん達とも一緒に念話で相談してみますね。」
「冷華さん、ちょっとこちらに来て下さい。さすがに男の人に聞かれると困りますからね。」
長老がフローリアに提案してくれた。
「フローリア様、それなら私の屋敷の中で話しませんか?私もこのような事は初めてですし、今後の事もありますからね。」
そうして3人が屋敷の中に入っていった。
シズカ達は不動の姿勢で待機している。冷華親衛隊や凍牙親衛隊もジッと動かない。ここまで決意が固いとは・・・、断るのが気の毒になってきたよ。
「凍牙、どう思う?いくら何でもこんな数の愛人なんてなぁ・・・、それこそ俺達、本物のハーレム男になってしまうよ・・・ブルー時代も地球時代もこんな事なんて無かったのにな。」
「そうだな、俺も弱っている・・・、まさかの展開だよ。夢なら覚めて欲しい・・・」
しばらく待っているとフローリア達が戻ってきた。シズカ達がゴクリと喉を鳴らしている。
フローリアと冷華が並んでシズカ達の前に立った。
「それでは結論を申し上げます」
静寂が漂う。胃が痛くなるような緊張感も漂っている。
「シズカさん、あなた達の親衛隊の中から1人だけ旦那様の妻になる事を認めます。」
フローリアの発表の後、シズカ達が肩を寄せ合い泣いていた。
「旦那様の親衛隊は全員が信用に値すると判断しましたので、妻になる事が出来なかった者達は、私の神殿で働いてもらう事にします。まぁ、私の神殿は女性しか働いていませんからね。スキュラ族の方々が増えても問題ないですよ。人手が足りなかったので増員も考えていましたからね。」
「但し、愛人は認めません!旦那様の妻になりたいのなら、ちゃんと行動で示して下さい。私達に認められれば正式に旦那様の妻として、私達と一緒に暮らす事を認めます。真面目なあなた達なら全員が妻になるにはそんなに時間がかからないと思いますけどね。」
フローリアがシズカにウインクした。
「それに、私達と共にいるという事は機密事項にも触れる機会があるという事です。あなた達の冷静な態度は信用出来るでしょう。もし違反した場合は記憶を全て消去し里に戻します。」
シズカが片膝をつき頭を下げた、それに倣い俺の親衛隊全員がシズカに続く。本当に軍隊みたいな連中だな・・・
「フローリア様、ご安心ください。我ら親衛隊は鉄の結束で必ずや全員が皆様から認められるよう努力します。」
フローリアが微笑む。
「分かりました。期待していますよ。」
「それと、チヅルさんからもお話しがあります。」
長老が凍牙親衛隊と冷華親衛隊の前に立った。とてもニコニコしているが、あのニコニコ顔は春菜の例のニコニコ顔に似ている。これは、マズイ気がする・・・
「あなた達・・・」
長老がぐるりと彼女達を見渡した。みんな冷や汗をかいてブルブルしている。やはりな・・・
「このバカ者どもがぁあああああああああああ!客人の前で何たる痴態を晒しておってぇえええ!貴様等バカどものおかげで、我らスキュラ族が品位のないだらしない種族と思われてしまうではないかぁあああ!」
すごい・・・、品の良い婆さんだったのに・・・、こんな怒り方をするとは想像しなかったよ。
「お前達はもう一度女の磨き直しだな!淑女というものはどんなのか、私が直々に骨の髄まで教え込んであげるからね。覚悟しな!」
彼女達よ仕方ないな、諦めてくれ。凍牙と冷華がすごくホッとした表情だ。
俺はハーレム確定か・・・、でも、ここまで俺の事を慕ってくれているんだ。俺も彼女達の気持ちに応えてあげないとな。
フローリアが申し訳なさそうな表情で俺の前に来た。
「旦那様、申し訳ありません、こんな結果になってしまって・・・」
「いいさ、お前達が納得して決めた事だ。それに、彼女達は本当に真面目で、真剣に考えてからの行動だろう。俺も彼女達なら信用出来ると思う。これからはお前達が管理していく事になるけど、お前達が認めた事に俺は口を挟まないし、彼女達に期待外れな男と思われないように頑張らないとな。」
フローリアの前にシズカ達が立っている。
「シズカさん、それでは旦那様の妻を決めたいと思いますが、どのようにして決めるのですか?それとも、もう決まっているのですか?もしかして、代表のシズカさんが?」
シズカ達が真剣な表情になった。
「いえ、まだ決まっていません。私はあくまでもこの親衛隊の代表であるだけです。決める方法はただ1つ!我々の中で1番強い者が妻の座を勝ち取る事になっています。それは我々の総意です。」
そして長老に向き直り、片膝を付く。
「長老様、例の儀式を行います。周りのみなさんには迷惑がかからないように結界をお願いします。」
しかし・・・
「シズカ、もう日が傾き始めています。蒼太様達は朝から戦っていましたから、これ以上は負担をかけられません。明日、儀式を行う事にします。早く決めたい気持ちは分かるけど、今回の事は我々スキュラ族が迷惑を掛けたからね。今夜はゆっくりと休んでもらいますよ。分かりました?」
シズカが不服そうに長老を見ていたが、突然、表情が嬉しそうになり俺の方を見た。
「蒼太様!それでは今夜は我々が心を込めておもてなしさせていただきます!」
「いや、勘弁・・・」
思わず断ってしまったが、シズカ達の瞳の奥に肉食獣の輝きが見えたんだもんな。確実に襲われる未来が見えたよ。彼女達はガックリしているが勘弁してくれ。それに、今夜はガーネットが戻ってくるしな。
俺の前の空間が裂けてクローディアが現われた。
「クローディア、どうした?」
何故かクローディアが真っ赤な顔で俺を見ている。
「だ、だ、旦那様・・・」
「はぁ!今、何て言った?俺の呼び方が変わってないか?」
クローディアが更に赤くなっている。
「だって・・・、私、結婚したでしょう。だから、マスターの事は『旦那様』って呼びたかったの・・・、でも、実際に呼んでみると恥ずかしいです・・・」
「でも嬉しい・・・」
うわぁ・・・、クローディアが目茶苦茶可愛い・・・、ダメだ!こんなクローディアを見ているとこっちが骨抜きにされそうだよ。俺よ!しっかりしろ!
「で、クローディア、どうした?何か用か?」
用件を思い出したのか、表情が真面目になる。さすがクローディア、こんなところはしっかりしている。
「インフィニティが叫んでいるのです。マスターになる者が近くにいると・・・」
「げっ!あのインフィニティが?神器の中でも最も取り扱い注意のヤツだぞ。下手すれば神界すら真っ二つに出来るしなぁ・・・、そのマスターが近くにいるなんて・・・」
「そうなると、スキュラ族の中の誰かの可能性が高いか・・・」
クローディアが頷いた。
「はい。ですから、そのマスターも一緒に連れて行く事になると思います。」
う~ん・・・、頭痛の種がまた増えたよ。
スキュラ族を見渡してみたけど、一体誰があのじゃじゃ馬神器のマスターになるんだろう?
「クローディア、インフィニティに伝えてくれ、明日まで我慢してくれと。明日、お前のマスターを探してあげるとな。」
「分かりました、旦那様!」
クローディアが頷いたが、恥ずかしそうに顔を赤くして俺を見ている。そんなに照れくさいのなら無理に旦那様と呼ばなくてもいいだろうに・・・
長老がニコニコしながらクローディアの傍に来た。
「久しぶりね、クローディア。本当にあなたは変わらないわね。女としてあなたみたいな存在は羨まし過ぎるわ。」
「それに、蒼太様の事を『旦那様』と呼んでいたわね。あなたのマスターはフローリア様のはずなのに一体、どうして?」
長老がクローディアの事を知っている?なぜ?
クローディアが俺の頭の上に大量にある?に気付いたみたいだ。
「あっ!旦那様!そうでしたね、私とチヅルの事は知りませんでしたね。」
「チヅルはフローリアの前の私のマスターよ。そして、今は亡き前創造神様の奥様の1人なの。今は引退して未亡人としてこの里に戻っていますけどね。」
マジかい・・・、フローリアの前マスターだと・・・、しかも、前創造神の妻の1人とは・・・、初めて会った時から気品を感じていたのはそういう事だったか。
クローディアが嬉しそうに話を続ける。
「あの頃のチヅルは本当に凄ったよね。8人いた妻の中でも最強だったし、その頃の呼び名は『血まみれのチヅ・・・」
ピタッとクローディアが止まってしまった。いや、大量に冷や汗をかいているし、俺も何でこうなったか分かる。フローリア並の殺気がクローディアの隣から出ているよ。この婆さん、引退したとクローディアが言っていたけど、まだまだ現役でもいけそうな感じだぞ。
「クローディア、口は災いの元よ・・・」
クローディアがブルブル震えながら首をブンブン縦に振っている。クローディアがここまで怯えるなんて・・・
長老からの殺気がフッと消え、再びニコニコ笑っている。
「旦那様と呼ぶという事は・・・、クローディア、あなたも愛を理解したのね。ふふふ・・・、友人として嬉しいわ。おめでとう。蒼太様にたくさん愛してもらいなさいね。応援するわよ。」
クローディアもニコッと微笑んだ。
「もちろんよ。愛はこんなにも素晴らしいと分かったからね。私もチヅルみたいに絶対に幸せになるからね。」
2人が微笑みながら見つめ合っていた。
それから長老が俺に視線を移した。
「ふふふ、そいういう事よ。私も愛を理解したスキュラ族なの。旦那様は残念ながら亡くなったけど、私達全員を愛してくれて結婚生活は本当に幸せだった。だからシズカさん達の気持ちもよく分かるの。今回は1人の妻しか選べないけど、私からのお願いよ、必ずみんなを幸せにして欲しい。よろしくね。」
そう言ってニコッと微笑んでくれた。とても魅力的な笑顔だ。心からみんなの幸せを願っているのだろうな。
「分かりました。クローディアも含めて、必ずみんなを幸せにすると誓います。」
長老が満足そうに頷いてくれた。シズカ達が涙を流しながら長老を見つめ頭を下げた。
「長老様、ありがとうございます・・・」
「シズカ、私の手助けはここまでよ。後はあなた達自身の力で掴み取りなさいね。」
「「「はい!」」」
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