フェンリル族の里㊱
時間に余裕が出来ましたので・・・
「それじゃ、私はミヤコさんね。」
夏子がミヤコの前に立った。
「あなたはスキュラ族にしては珍しく剣士なのね。私には分かるわ。あなたの姿勢、歩き方が剣士の仕草だからね。しかも、かなりの腕前である事もね。」
「どう?一度、私と手合せしてみる?」
夏子は微笑んでいるが、ミヤコはガチガチに緊張している。
「神界でも名高い剣士である夏子様と手合せなんて、私には勿体ない話です・・・」
しかし、夏子は微笑を崩さず話を続ける。
「あなたには隠された力が眠っているのを教えてあげるわ。私の旦那様と凍牙さんの繋がりがあなたからも感じるのよ。私の勘だけど、あなたも剣化した凍牙さんと一緒に戦えるのではないかと思っているのよね。」
そして凍牙に声をかける。
「凍牙さん、私の予想だけど、ミヤコさんにも旦那様と同じように剣化出来ると思うの。ちょっと試してくれないかな?」
凍牙もミヤコの前に来る。
「ミヤコ、俺は初めて会った時からお前の心の呼びかけが聞こえた気がしたんだ。俺や吹雪は蒼太からの心の呼びかけに応えて剣に変化できる。お前の心の声が聞こえれば、俺はお前の剣となって一緒に戦えると思うよ。前世の天才剣士ミヤビが蘇るかもな?」
「そ、そんな・・・、いくら私がミヤビ様の生まれ変わりだとしても、そこまで同じなのは無理よ・・・」
「大丈夫だ。俺が付いているんだぞ。俺もミヤコの力になりたいと思っている。お互いの心が通じれば奇跡が起きる筈だよ。」
ミヤコがうっとりした視線を凍牙に向けた。
「ありがとう、凍牙さん・・・、あなたに言われると本当に出来ると思えてきたわ。」
ミヤコが凍牙を見つめ右手を前に出した。
「凍牙さん・・・、あなたの力を私に・・・」
凍牙の体が白く輝き姿が消えた。夏子が嬉しそうにミヤコを見ている。
「やはり、私の予想は当たっていたのね。旦那様と全く同じ・・・」
ミヤコの右手には刀身が白く光り輝く見事な日本刀が握られていた。ミヤコが驚きの表情で剣を見つめている。
「これが凍牙さんの力・・・」
「すごい・・・、全く重さを感じないし、握りがまるで私の為にあるようにピッタリと握れる。まるで剣が私の体の一部みたい・・・、そして、力が体の奥からどんどんと溢れてくる。」
「ふふふ・・・、楽しい手合せになりそうね。」
夏子がとても嬉しそうにミヤコを見ていた。
「どうかしら?ミヤコさん。幻の武器と言われている『フェンリルの牙』は?」
ミヤコはまだ驚きの表情のままだ。
「夏子様・・・、こんなに素晴しい剣は初めてです。これが伝説のミヤビ様が使っていた剣と同じ剣・・・」
「そうよ、この剣はフェンリル族と真に心を通わせた人しか手に出来ない剣なの。それだけ貴重な剣だけど、旦那様は普通の剣のように当たり前のように使っているけどね。この剣はフェンリル族の魂そのものよ。絶対に折れる事も刃毀れする事も無いし、使い手によっては神器をも超える力を発揮するわ。」
ミヤコがゴクリと喉を鳴らし、緊張した顔で剣を見つめている。
「これが凍牙さんの魂・・・、何てキレイな魂なのかしら・・・、こんな私に力を貸してくれて・・・」
「ありがとう・・・」
剣を両手で握り正眼の構えを取った瞬間、ミヤコが驚きの表情になり涙を流し始めた。
「と、凍牙さんの記憶が流れ込んでくる!えっ!嘘!凍牙さんは1度亡くなった!それに蒼太さんはあのブルー様の転生体!輪廻の輪に戻る事を拒んで魂となってまでもブルー様と一緒に歩み続けると・・・、そして奇跡が起きた・・・」
「それがこの剣の始り・・・」
涙を流しながらジッと剣を見つめていたが、突然頭を押さえてうめき声を出した。
「な、何!これは!何かが頭の中に流れ込んでくる!」
「こ、これは!」
「転生前のブルー様が凍牙さんの剣で編み出した無蒼流の数々の技が私の頭の中に!」
頭を押さえていたミヤコだったが、再び剣を握り直し正眼に構えた。
「こんな私が無蒼流を受け継いでいいの?いえ!凍牙さんは私を信じて無蒼流を授けてくれた。私は無蒼流の剣士として恥じない戦いをするわ。」
夏子が嬉しそうに微笑んでいる。
「どう?準備は終わったかしら?それにしても、あなたの剣気はさっきと比べて段違いだわ。私の予想以上の剣士になったようね。」
「それなら、私も凍牙さんの剣に負けない剣を用意しないとね。」
右腕を頭上に掲げた。
「出でよ!神器!デュランダル!」
黄金に輝く剣が夏子の右手に握られていた。そしてミヤコに微笑んだ。
「これが私の神器デュランダルよ。これで武器は対等ね。では行くわよ。」
ミヤコも微笑み剣をギュッと握り直す。
「はい、夏子様と剣を交えるなんて最高の誉れです。存分に胸を借りさせてもらいます。」
対峙していた2人が同時に動いた。
「「はぁああああああああああ!」」
ガキィイイイイインンン!
2人の剣がぶつかり鍔迫り合いになった。
「ふふふ、このデュランダルに真正面から挑むなんてね。普通の剣なら受け止める事も出来ずに剣ごと真っ二つになるけど、私の剣を受け止めるなんて凄いわ。そして、その真っすぐな剣はあなたの心そのものね。素晴らしいわ。」
お互いに後ろに飛んで距離を取り、ミヤコが水平に構え横薙ぎに剣を振るった。
「裂空斬!」
真空の刃が夏子に向けて飛んだ。しかし、夏子はまだ微笑みを絶やさすにいる。
「素晴らしい・・・、飛ぶ斬撃なんて達人級でないと出来ないのに、もうマスターしているなんて・・・、見事!あなたの剣筋も素晴らしい。これからの成長がとても楽しみよ。」
「でも、私には通用しないわ。」
「裂空斬!乱れ打ちぃいいい!」
夏子が目にも止まらぬ速さで剣を振るった。いくつもの飛ぶ斬撃がミヤコの放った斬撃を切り刻み、そのままミヤコ目がけて飛んでいく。
「くっ!このままでは私も切り刻まれてしまう!ならば!」
「無蒼流、円の型!」
ミヤコが剣を下段に構え、円を描くように剣を振るった。全ての斬撃が切り飛ばされ消滅する。
「はぁ、はぁ・・・、凄すぎる・・・、夏子様の攻撃を防ぐだけでやっとだなんて・・・、これが最高と言われている剣士のプレッシャー・・・、対峙しているだけで体力がどんどん削られていく・・・、それに、無蒼流の技を使うと体力の消耗が激し過ぎる・・・」
冷や汗をかいているミヤコに対して夏子は嬉しそうだ。
「見事よ、ミヤコさん。あなたの体力もそう長くなさそうだから、次の攻撃で最後にしましょう。あなたの最高の技で来なさい。私も最高の技で応えるわ。」
ミヤコが頷く。
「分かりました。私が今使える最大の技を使います。それでは・・・」
剣を下段に構え呼吸を整えている。
「では、行きます・・・」
ミヤコが夏子に向かって駆け出した。
「私は負けられない!無蒼流を編み出した蒼太さんの為!私を信じて剣となってくれた凍牙さんの為!この剣には私以外の想いも詰まっている!私よ!限界を超えろぉおおおおおおお!」
「無蒼流秘奥義、終の型・・・、乱れ雪月花ぁああああああああああ!」
無数の斬撃が夏子に迫る。
「凄い!旦那様の秘奥義までも使えるなんて・・・、何て才能なの!」
今まで微笑んでいた夏子が真剣な眼差しになって剣を構えた。
「私も負けられないわ!奥義!ブラッディー・ロォオオオズゥウウウウウ!」
夏子の神速の斬撃が迎え撃つ。お互いの激しい斬撃がぶつかった。
キィイイイイイイイイン!
2人がすれ違い立ち位置が逆になった。その位置で振り向き残心の姿勢のまま向き合っている。
ドス!
2人の間に剣の刃が落ち地面に刺さった。夏子がニコッと微笑んだ。
「見事ね、ミヤコさん。あなたの意地を見させてもらったわ。」
地面に刺さっている刃は金色だった。そして、夏子の神器の刀身が半ばで折れていた。
「まさか、このデュランダルが折れるとはね・・・、あなた達の想いがこの神器を越えたのね。」
少し間を置き、夏子が再び話し始めた。
「しかし・・・、秘奥義を使った代償は大きかったわね。」
残心の姿のまま佇んでいたミヤコが突然ガクガク震え始め剣を落としてしまった。そして、そのまま倒れてしまう。剣が輝き元の凍牙の姿になった。慌ててミヤコの横に膝立ちになりミヤコを抱き上げた。
「ミヤコ!どうした!」
「やはり、こうなったのね。」
夏子もミヤコの前に来た。
「夏子!ミヤコは一体どうしたんだ!どうしてこんなに苦しんでいるんだ!」
大量の脂汗を浮かべていたミヤコが凍牙に微笑んだ。
「凍牙さん・・・、大丈夫よ。ちょっと無理して体中の筋肉がズタズタに裂けただけだから・・・」
「おい!そんなの大丈夫じゃないだろう!間違いなく瀕死だぞ!何でそこまで・・・」
「これは剣士の意地よ。絶対に負けられない戦いだったからね。凍牙さんと蒼太さんの想いを分かってしまったから・・・、あなたの剣が最強だと示したかった。」
「ミヤコ・・・」
凍牙がポロポロと涙を流した。ミツキが凍牙の隣に立った。
「あなた、私が姉さんを治すわ。だから安心してね。」
「エクストラ・ヒール!」
ミツキの全身が白く輝き、苦悶の表情だったのが安らかな表情に変わった。
「ありがとう、ミツキ・・・、助かったわ。それと、凍牙さん、心配させてごめんなさい・・・」
「いいさ!ミヤコが無事ならな。ミツキもありがとうな。」
凍牙がミヤコに抱きついた。ミヤコが嬉しそうに凍牙を抱きしめた。
「ふふふ、こうしていると私が母親みたいに見えるわね。」
凍牙が真っ赤になって照れている。
「さすがにそう言われると恥ずかしいよ。俺も早く大きくなってミヤコやミツキと釣り合いが取れるようにならないとな。」
ミツキも嬉しそうに微笑んでいる。
「そうね、あなた。あのカッコイイ大人の姿を心待ちにしてますよ。」
「ふふふ・・・、どうやら回復したようね。」
「夏子様!」
ミヤコが慌てて片膝を付き夏子に頭を下げる。
「申し訳ありません。神器を折ってしまい・・・」
「構わないわ。」
夏子が嬉しそうに微笑む。
「あなたの本気の力が見れたからね。それに神器は折れてもしばらくすれば元に修復されるから安心して。」
「私は本気でしたのに、夏子様は本気でありませんでしたね。剣に剣気が纏っていない単なる技でした。本気の夏子様であれば剣が折れることは・・・」
夏子がミヤコの言葉を途中で塞いだ。
「ミヤコさん、そんなに自分の評価を落としてはダメよ。私は言ったでしょう。『使い手によっては神器を越える』ってね。だから、私は純粋に神器の力で試してみたのよ。そして、あなたは私の期待以上の剣士だった。いくらフェンリルの牙でも神器が折れる事はあり得ないからね。神器を越えたのは、あなたの心と凍牙さんの心が一つになった証ね。」
「でも、あなたに足りないのは・・・」
「はい・・・、夏子様の続きの言葉は私でも分かります。」
「私は無蒼流を受け継ぎました。そして、蒼太さんの数々の技も使えるようになりました・・・、でも、私にはその技を使えるだけの体が出来ていません。技を使う度に体力が大きく削られますし、秘奥義に至っては私の命を懸けるくらいまでの覚悟と代償が必要です。無蒼流を名乗るのはまだまだと実感しました。」
ミヤコが夏子に土下座をした。
「お願いします!夏子様!私を鍛えて下さい!真の無蒼流の剣士と名乗れるように・・・、そして、夏子様の隣に堂々と立てるくらいになりたいです!」
「お願いします!」
夏子がとても嬉しそうだ。
「もちろん、そのつもりよ。私もまだまだ強くなりたいし、一緒に強くなりましょうね。」
ミヤコも嬉しそうに返事をした。
「はい!」
夏子が折れた神器を不思議そうに見ている。
「それにしても、本当に神器が折れるなんてね・・・、凍牙さんの剣はどこまで強くなるのかしら?」
「デュランダル、済まない。私の我が儘に付き合わせてしまって、こんな姿にしてしまった・・・」
その時、地面に刺さっていた刃が浮き上がり、夏子の握っている剣の折れた部分に戻った。光を放つと元の折れる前の状態に戻っている。
「そう、あなたも悔しいのね。私もあなたの気持が分かるわ。一緒に頑張りましょう。」
神器が夏子の言葉に反応するかのように数度輝き姿が消えた。
「旦那様のトール・ハンマーの魔法も最強の2振りの1振である霞を折ったし、美冬に至っては素手でオリジナル神器を砕くしねぇ・・・、今まで傷や欠けはあったけど、ここまで壊れる事の無かった最強のはずの神器が、この時代になって神器を上回る存在が出てくるとは・・・、本当に旦那様を含めた3人は規格外だわ・・・」
「あっ!フローリア様もだ。あのお方もその気になれば素手で神器をへし折るでしょうね。ふふふ・・・」
しばらく沈黙して空を見上げる。
「私もそんな存在になりたい・・・、そして、旦那様の妻として誇れるように頑張らないとね。ミヤコさんという強力な天才剣士が誕生したから、私もうかうかしてられないわ。」
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