フェンリル族の里㉟
レイラが美冬の前で土下座をし懇願している。
「お願いします!私を弟子にして下さい!師匠!」
美冬がとても困った顔になっている。あまり感情を表に出さない美冬がこんな表情をしているのは珍しい。
「私は師匠や弟子とかいったそんな上下関係は嫌いなの。そもそも私はシゴクのは得意だけど、教えるのは苦手だし・・・、それに、私の技を教えるのは旦那のソータや息子の吹雪の家族にだけしか教えないの。私の技は神殺しの技、神だろうが確実に殺す技よ。それだけ危険な技ばかりだから他人には教えたくないのもあるしね。」
「だからゴメン、弟子は諦めて。」
レイラが目に見えて分かるくらいに落ち込んでいる。
凍牙が不思議そうな顔で冷華に近づいた。
「なぁ、冷華・・・、あの鬼神族の女の人は一体誰だ?目が覚めた時からお前達と一緒にいたけど、あまりにもお前達に馴染んでいたから違和感が無くて気が付かなかった。メイド服を着ているから蒼太の関係者かと思ったけど、確か鬼神族は家にいなかったしな。そもそも鬼神族自体も目にする事が珍しいし・・・」
「そうか・・・、アンタは気持ち良そうに寝ていたから知らないんだよね。彼女の名前はレイラよ。色々とあって私の親友になったの。」
「美冬も意外と頑固ね。家族以外には教えられないなんて・・・、レイラの戦闘スタイルは美冬と同じだから、レイラも美冬の圧倒的な強さに憧れて、更なる強さを求めようとしたのでしょうね。鬼神族もバトルジャンキーが多いと聞いているし、レイラもそんな感じだわ。」
冷華がニヤッと笑った。何か悪巧みを考えているような表情だ。
「ふふふ・・・、家族なら問題無いのでしょう・・・、だったら・・・、私も親友の為にひと肌脱がないとね。」
「レイラ!ちょっと私のところに来て!」
落ち込んで正座をしていたレイラだったが、冷華の呼びかけに慌てて冷華の前まで走ってきた。
「冷華、どうしたの?何か表情が怪しい・・・、何を考えているのかしら?」
レイラの言葉を冷華はスルーし凍牙に話し始める。
「凍牙、改めて紹介するわ、鬼神族の『レイラ』よ。元々はオーガ・エンペラーだったけど進化して今の姿になったの。とてもキレイでしょ?」
凍牙が驚きの表情でレイラを見ている。
「げっ!あのオーガ・エンペラーだと!レオみたいな筋肉お化けがこんなキレイな姿に進化するのか?信じられん・・・、まぁ、お前は嘘は言わない奴だし本当の話なんだろうな。それにしても、あまりにも変わり過ぎだよ。レオがフローリアに変身したようなものだぞ・・・」
レイラがポッと頬を染める。褐色の肌なのにちゃんと赤く見える。
「そ、そんな・・・、私をフローリア様に例えてくれるなんて・・・」
冷華がニヤニヤしている。
「ふふふ・・・、お互いに悪い印象は持っていないようね。だったら・・・」
「レイラ!あんた、凍牙のお嫁さんになりなさいよ。レイラが凍牙と結婚するなら大歓迎よ。」
凍牙とレイラが一瞬で固まってしまった。凍牙が油の切れたオモチャのようにギギギ・・・とぎこちなく動き冷華を見る。
「れ、冷華・・・、お前、いきなり何を言う・・・」
しかし、冷華はまだニヤニヤしている。
「だって、凍牙、よく考えてみなさいよ。私達のグループはレイラ以外はみんな凍牙のお嫁さんになったのよ。レイラだけ仲間外れなんて可哀想じゃないの。やっぱりレイラも凍牙のお嫁さんにしないとね。まぁ、レイラが凍牙以外の人が好きなら無理してお嫁さんにならなくてもいいけど・・・、レイラ、どう?」
2人の視線がレイラに向いた。レイラは両手を頬に当て真っ赤な顔でブツブツ言っている。
「わ、私みたいな女が結婚・・・、しかも、凍牙さんのお嫁さんに・・・」
「レイラ、自分の世界にトリップしているところで申し訳ないけど、どう?」
我に返ったレイラが真っ赤な顔で凍牙を見つめている。
「嫌じゃない・・・」
ボソッと一言話した後でまた黙って俯いてしまったが、すぐに顔を上げて真剣な表情で凍牙の手を取った。
「というか、むしろ私の方から結婚を申し込みたい。凍牙さんみたいな強者の子種が欲しい・・・、すぐにでも・・・、私は美冬様のように強者の子供の母になりたい・・・」
今度は凍牙が真っ赤になった。
「こ、子種って・・・」
スッパァアアアアアアアアアアン!
「痛ぁあああ!冷華、何するの!」
レイラが頭を押さえて悶えている。冷華の右手にはハリセンが握られていた。どこからそんなもの取り出した?例の袖の不思議ポケットからか?
「レイラ・・・、何を焦っているの・・・、子供凍牙に襲いかかったら倫理的にもアウトよ!私だって子作りは凍牙が大人になるまで我慢するんだからね。あんたも我慢しなさい!分かった!」
「分かったわ。結婚の話で舞い上がっていたみたいね。もちろん、私は凍牙さんとの結婚はOKよ。そうすれば、冷華達ともずっと一緒にいられるしね。」
冷華は今度は凍牙に向き直る。
「で、凍牙は?もちろんOKよね?」
呆れ顔の凍牙だったが、冷華の言葉で真面目な表情になった。
「あぁ、俺にはOK以外の選択肢は用意させないつもりだろ?お前が認めた相手だ。断るつもりはないよ。」
レイラが嬉しそうに凍牙の正面で正座をする。そして地面に手を付き深々と頭を下げた。
「不束者ですが、末永くお願いします。」
しばらく頭を下げてから顔を上げたが、少し不安そうな表情だ。
「でも、本当に私みたいな女がみんなと一緒で良かったのですか?」
凍牙がニコッとレイラに微笑む。
「レイラだっけ?もっと自分に自信を持ったほうが良いと思うよ。さっきはフローリアに例えたけど、お前はそれだけキレイなんだからな。逆に俺の方がこんなにキレイな人を嫁さんにするなんて勿体ないと思っているくらいだからな。」
レイラも嬉しそうに微笑んだ。
「本当に?嬉しい・・・」
「それにな、あの冷華が親友だと認めているからな。お前は絶対に悪い奴でもないし、みんなの為に頑張ってくれると思っているよ。」
「冷華はガサツで気が強くてすぐに俺を殴るし、旅に出てから時々里に帰ってきた時に美冬に聞いたら、家事もダメだって聞いてたなぁ・・・、見た目はフェンリル族の里の中でも一番キレイだと思うけど、中身は本当に女らしくなくて残念なんだけどなぁ・・・」
「と・う・がぁぁぁ・・・」冷華がジロッと睨んできた。
「でもな、アイツは曲がった事、間違った事が大嫌いなんだよ。あいつはいつも『フェンリル族の誇り』と言って真っすぐに生きている。不器用なくらいにな。俺はそんな冷華が好きだ。そんなアイツがお前を認めたんだ。それも親友としてな。だから俺もお前を信じる。アイツが信じたお前をな。」
「凍牙・・・、やっぱり最高の男ね・・・」
「凍牙さん・・・、ありがとう・・・」
2人がトロ~ンとした目で凍牙を見つめていた。
「レイラ・・・、やっぱり子作り頑張ろうか?あなたと2人で一緒に・・・」
レイラも満足そうに頷く。2人の視線が凍牙にロックオンし、舌なめずりをしながらジワリと歩き始めた。
2人から狙われた凍牙は動けないでいる。
「マズイ・・・、あの2人からの迫力で体が金縛りみたいになって動かない!これが真の恐怖なのか!」
「嫌だ!蒼太みたいに嫁軍団から襲われる経験なんかしたくない・・・、蒼太、お前の恐怖を理解したよ・・・」
「ふふふ・・・、凍牙、愛し合いましょう・・・」
冷華とレイラの表情が暴走した時のフローリアと同じだ!さすがにこれは無視出来ない。助けに行かなくては!
その瞬間、2人の足元に光の矢が何本も地面に刺さった。冷華が叫ぶ。
「この矢は!雪の攻撃!何で?」
「お姉さん達のバカァアアアアアアアアアアアアア!」
スパパパパァアアアアアアアアアン!!!
「「いったぁああああああああ!」」
黄金のハリセンを持ったガーベラが2人の前に華麗に着地した。
「ふう・・・、危なかったぁ・・・」
冷華とレイラは頭を押さえて悶えていた。サクラがスッとガーベラの隣に立った。その後ろに雪達も並んでいる。
サクラが怒った表情で睨んでいた。よく見ると全員が2人を睨んでいる。
「お姉さん達・・・、凍牙お兄ちゃんに何をしようとしたの?」
2人が大量に冷や汗をかいて焦っている。
「目が覚めたようね、お2人さん・・・」
「お母さん達の真似をしたらダメじゃない!気持ちは分からなくないけど、そこはちゃんとお兄ちゃんや私が大人になるまで我慢しないと・・・、そうでないと、運営のチェックに引っかかって私達の存在が消えてしまうのよ!」
「分・か・り・ま・し・た?」
「「はい・・・」」
「良い子の返事は?」
「「はい!」」
2人が返事をした後、力なくうなだれている。どうやら反省しているみたいだな。
それにしても・・・、暴走した2人以外はしっかりしているな。これなら凍牙達が成人になるまで問題は無さそうだ。
「冷華、考えたわね。」
美冬がレイラの後ろでニコニコしながら立っていた。
「美冬!いつの間に!」
冷華とレイラが慌てて後ろを振り向いた。
「ふふふ・・・、私が家族以外に技を教えないからといって、お兄ちゃんと結婚して私の義理の姉になろうとするなんてね。普通ならそれでもOKはしないけど、ここまでお兄ちゃんの事が好きなら考えてもいいわ。」
「レイラだっけ?私と姉妹になった事を後悔しないと誓える?ここまで決意がないと私の『白狼神掌拳』はマスター出来ないわ。それだけ過酷な修行が待っているからね。辞めるなら今のうちよ。」
しかし、レイラの目は決意に溢れている。
「いえ!望むところです。必ず凍牙さんの妻として誇れるようになります!」
そう言って美冬に土下座をした。
冷華がレイラに寄り添って嬉しそうにしている。
「良かったね、レイラ!美冬にも認められたし、これで正式に凍牙のお嫁さんの仲間入りよ!お互いに強くなるように頑張ろうね。」
美冬がニヤッと笑う。
「冷華、あなたも訓練の仲間入りよ。お兄ちゃんのお嫁さんだからね。文句は言わさないし、今みたいな痴態を晒したから、一度、根性も鍛え直すわよ。あっちの残念4人衆のフェンリル族と一緒にね。」
冷華がムンクの叫びみたいな顔になった。
「そ、そんなぁああああああああああああああああああああああああ!」
冷華以外の凍牙嫁軍団が全員手を合わせた。
「「「「「「お気の毒に、合掌・・・」」」」」」
ニヤニヤしている美冬の後ろに春菜達も立った。
「美冬さん、羨ましいですね。私達も弟子を取ろうかしら?」
そう言った春菜の前にサクラ、ガーベラ、ミツキが立った。
「お母さん、私をもう一度鍛え直して。今までの私は間違っていたわ。今回の事で私はまだまだ未熟って分かったの。私の甘ったれた根性を直してね、お母さん・・・」
ガーベラも頷いた。春菜が微笑む。
「分かったわ、サクラ。そして、ガーベラもね。」
ミツキが春菜の前で片膝を付き頭を下げる。
「春菜様、私もお願いします。どんなに力や技術があっても心が弱ければ何も意味がありません。今回の事は私の心が弱かった事が1番の原因でした。ですから、私も鍛えて下さい。いつかは胸を張って春菜様の隣に立てるようになりたいです。」
マリーがミツキの前に立った。
「それなら私も手伝うわ。アンタのフィールドは未完成でまだまだ改善の余地が多いし、防御系と回復系の魔法なら私に任せなさい。春菜と私でアンタを完璧に仕上げてあげるわよ。」
ミツキが涙を流しながら微笑んでいた。
「ありがとうございます。こんな凄い方々に教えてもらうなんて夢のようです・・・」
「それなら、私はこの娘を鍛えようかしらね。」
千秋が雪の前に立っていた。
雪がポ~とした顔で千秋を見つめている。
「こんなキレイな人が私に・・・、お姉様!お願いします!」
千秋が嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ・・・、お姉様なんて・・・、可愛い娘ね。私も教え甲斐があるわ。」
「あなたは神器を手に入れて弓使いになったけど、気配がダダ漏れの弓使いは失格よ。すぐに見破られて逆に狙い撃ちになるわ。正面切って戦う方法もあるけど、弓使いはスナイパーの役目もあるのよ。相手に気付かれずに狙撃して倒すのが重要だからね。あなたには気配の消し方や狙いの付け方など色々と教えるところが多いわね。それと、あなたは弓使いになる前は短刀を使っていたでしょう?万が一懐に飛び込まれた時にも対処出来るように剣や格闘も覚えないとね。」
雪が嬉しそうに頷いている。
雪・・・、嬉しそうにしているが、こいつらの訓練は本当に容赦無しの地獄だぞ・・・、心が折れないように祈っている・・・
「雪さんだっけ?このアルテミスには第2形態があるのを知っていた?遠距離攻撃だけでなく、今言った懐に入り込まれた時にも対応できる様になっているのよ。」
雪がブンブン首を振っている。
「いえ・・・、全然知らなかったです・・・」
千秋がニコッと笑ってアルテミスを見ている。その表情に雪が見とれていた。
「本当にキレイ・・・」
「ふふふ、上手ね。でも、訓練は手を抜かないから覚悟してよ。ちょっとアルテミスを貸して頂戴。教えてあげるわ。」
雪から冷や汗が出ていた。
「危ないです!これはマスター以外が触れるととんでもない重さになるので危険ですよ。」
「大丈夫よ。創造神様とその妻のフレイヤ様、そして、蒼太さんとフローリア様は神器の管理者だから、マスターでなくても扱う事は可能なのよ。霞やクローディアみたいにマスターになれば真の力を使えるけどね。私達ロイヤルガードも管理者代行として神器の一時所有の権限はあるのよ。だから、私が持っても大丈夫。」
雪が恐る恐るアルテミスを千秋に渡した。千秋は普通に持っている。
「ほら、大丈夫でしょう。アルテミス、あなたの力を見せて。」
アルテミスが2つに分かれた瞬間、一瞬にして黄金の2振りの剣を千秋が握っていた。
「コレがアルテミスの第2形態よ。弓使いは『懐に入り込まれたら終わり』の常識を逆手に取っているの。懐に入って勝ったと思ったら双剣で切り刻まれるって・・・、本当にエグい神器だわ。」
黄金の双剣が輝き、元の弓の状態になった。雪がアルテミスを受け取る。
「それに、双剣は私の得意分野だしね。出でよ!月影!」
いつの間にか千秋の手に漆黒の双剣が握られていた。
「これは私の神器よ。唯一金色じゃない神器ね。私みたいなアサシンマスターの為に作られたような神器よ。」
雪がじっと千秋の神器を見ている。
「すごい・・・、まるで魂まで吸い込まれそう・・・」
「気を付けて。この神器は肉体だけでなく精神にもダメージを与える事が出来るのよ。だから、心だけ壊す事も可能なの。本当にアサシンの為に作られたんじゃないかと思うわ。」
「あなたはアルテミスに認められた。弓だけでなく剣術にも才能があるって事ね。私があなたの才能を開花させてあげるわ。訓練は厳しいけど頑張ってね。」
雪が大きく頷いた。
「はい!死ぬ気で頑張ります!お姉様!よろしくお願いします!」
千秋も嬉しそうに微笑み頷いた。
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