フェンリル族の里㉞
サクラとガーベラが大急ぎで冷華達のところに戻って来た。
冷華達もニッコリと微笑んで2人を迎えている。
「お2人さん、ご苦労様。どうだった?って、聞くまでもないわね。あんた達の顔に全部書いてあるわ。これで・・・」
5人の視線が凍牙とミツキに注がれる。
「ミツキ、お楽しみのところ悪いんだけど、ちょっと話があるわ。とっても重要な話よ。」
冷華がミツキに話しかけると、自分の世界に入っていたミツキが我に返り真剣な表情でゴクリと喉を鳴らす。
「ど、どんな話?」
ニコッと冷華が微笑んだ。
「ふふふ・・・、とうとう私達、凍牙のお嫁さんになったわよ。婚約者じゃなくて堂々と凍牙の妻と名乗れるのよ。これでずっとみんな一緒ね。」
「ほ、本当に?夢じゃないでしょうね・・・」
ミツキがワナワナ震えていたが、冷華がコクッと頷いた途端にミツキから涙が溢れた。
「本当に・・・、本当に・・・、夢が叶ったんだ・・・、昔の私の頃からずっと想っていた夢が・・・」
嬉しそうに凍牙をギュッと抱き締める。
「ぐぉおおおおおお!し、死ぬぅううううううう!」
凍牙がミツキの腕の中で苦しそうに悶えていた。
・・・
「はぁ、はぁ・・・、し、死ぬかと思った・・・」
凍牙が地面の上で四つん這いになってゼイゼイ言っている。
「ミツキ・・・、クイーンの身体能力はとんでもないんだから、そんな力で思いっきり抱き締めるなよ。危うく圧死するところだったぞ・・・」
「ごめんなさい・・・、あなた・・・」
凍牙が呆れた表情で「あなたって・・・」ミツキに話しかけた。
ミツキが頬をポッと赤く染めながら恥ずかしそうに話す。
「だって、私達は夫婦になったのよ。これからは『あなた』と呼ばせて下さいね。ふふふ・・・」
「ミツキ・・・、その表情は反則だぞ。あまりにも可愛いから何も言えん・・・」
凍牙が真っ赤になって照れていた。
「私とガーベラはまだ『お兄ちゃん』と呼ばせてもらうわね。お母さん達みたいに『旦那様』や『あなた』って呼ぶのはねぇ・・・、もっと大きくなってから呼ぶわ。」
ガーベラも頷いている。
「私とミヤコさんは『凍牙さん』って、今までと同じで呼ばせてもらうわね。何かその方がしっくりくるからね。」
雪とミヤコが微笑んでいる。
「私も変わらず『凍牙』って呼ぶわね。私に『凍牙さん』と呼んで欲しかったら、私を負かせてみせなさいね。覚醒した私にはまず勝てないでしょうけどね。ふふふ・・・」
ドヤ顔になっている冷華だが、レイラが冷華に肩をポンポンと叩いた。
「冷華、悪いけど、凍牙さんの実力は正直言って冷華だと歯が立たないわ。私には分かる、彼の強さは我々とは別次元よ。彼は決して女性に対しては本気で戦おうとしないし、さっきの冷華のアッパーも見事にヒットしたように見せかけていただけで、あえて急所をずらして自分で飛び上がっていたからね。私も本気の彼と戦ってみたいけど、多分、私を立ててわざと負けるんでしょうね。」
冷華がキッと凍牙を睨む。
「凍牙・・・、本当に?でも、いつかは本気のあんたと戦ってみたいわ。」
そして嬉しそうに微笑んだ。
凍牙の方は逆に困った顔だ。
「冷華・・・、俺は女とは正直戦いたくないんだよな。俺は女は殴る事は出来ないよ。例えどんなに悪い奴でもな。それが男としての俺の拘りだ。ただ、どうしてもやらなければいけない時もあるけど・・・」
そう言ってサクラを見ている。
「あの時はすまんな、サクラ・・・」
サクラがニコッと微笑み凍牙に抱きついた。
「いいよ、私は全然気にしていないし、あの時は痛い以上に凍牙お兄ちゃんの温かさを感じたよ。私の為を思って怒ってくれたんだもんね。」
そう言って凍牙の頬にキスをした。凍牙が真っ赤になった。
「サクラ、恥ずかしいよ。いくら夫婦になったといっても、さすがにみんなの前だと・・・」
みんなが生温かい目で2人を見ていた。
さすがに恥ずかしいのか、凍牙が慌てて冷華に話しをする。
「そうだ!美冬とならどうだ?あいつなら手を抜かないし、今は俺以上に強いぞ。覚醒したお前は戦い好きのフェンリル族の血が騒いでいるみたいだしな。たまにはガス抜きも必要かもしれん・・・」
冷華がニヤッと笑った。
「そうね、そんな方法もあったね。それじゃ・・・」
「冷華、そんなに覚醒した力を試したいなら、今すぐ戦ってみる?私はOKよ。」
いつの間にか冷華の後ろにニヤニヤしている美冬が立っていた。
「美冬、いつの間に・・・」
「お兄ちゃん、聞こえたわよ。だから腕試しに来てみたわ。フローリアに確認したら、お兄ちゃんや私の白い髪と赤い瞳も覚醒している証なんだって。金色か白色の差はあっても、能力はそんなに変わらないみたいよ。お兄ちゃんと私以外の覚醒した里のフェンリル族を見るのは冷華が初めてだから、それを聞いて私も戦ってみたかったの。吹雪も覚醒しているけど私の子供だから本気で戦えないからね。」
「冷華、どう?」
冷華がニヤリと笑った。
「もちろん受けるわよ。私がどれだけ強くなったか、美冬!今度こそ、あんたに勝つからね!」
美冬もニヤッと笑う。
「冷華、私との連敗記録が増えるだけよ。お兄ちゃんが里から出て行った後に、私とどれだけ手合わせしたのかしらね。私も出て行くまでずっとあなたは私に負け続けていたんだし、まだまだあなたには負けるつもりはないわ。」
離れた場所で2人が対峙している。
「凍牙、一体・・・、何があった?何であの2人が戦うんだ?」
「蒼太、アレはフェンリル族の習性だよ。フェンリル族は元々は戦い好きな種族だからな。今はかなり大人しくなってきたが、やはり覚醒してしまうとかなり好戦的になるみたいだよ。吹雪なんてモロにバトルジャンキーだし、冷華も昔っから意外と好戦的だったから、覚醒する要素があったみたいだな。」
「そうか・・・、でもな、あの美冬に挑むなんて無謀だぞ。あいつの強さは俺もよく分かっているしな。」
「俺もそう思う。でも、たまには良いんじゃないか?美冬も冷華も良いライバルになっているみたいだし、冷華も目指す目標がどれだけ凄いか分かるからな。」
確かに凍牙の言う通りだな。1度は自分の今の強さを認識するのも大事だと思うよ。そうすれば無謀な戦いも避けられるよな。
冷華・・・、お前は美冬の本当の強さを知らないみたいだ。死ぬなよ・・・
美冬はいつもの構えだ。対して冷華は・・・
「出でよ!唯我独尊!お前の力を私に!」
神器が冷華の目の前に現われ、手に取り構えた。
「美冬、卑怯とは言わさないよ。この神器は私の体の一部みたいなものだからね。私とこの神器が一体になって私の本当の力が出せるから。それじゃ、行くよ!」
美冬がニャッと笑う。
「冷華、構わないわよ。それなら私も安心して全力を出せるからね。万が一死んでも生き返らせる人はたくさんいるから心置きなく戦えるね。」
おっ!冷華が神器を使うときたか。あの神器の力はとんでもないからな。冷華があの神器の力をどれだけ使いこなせるかが勝負だろう・・・
冷華が神器を頭上に掲げる。
「神器解放!身体強化Lv3!」
冷華の体から金色のオーラが立ち上る。
「ふふふ・・・、覚醒前だとLv1の身体強化でもやっとだったけど、今はLv3まで上げられるようになったわ。この強化なら負ける気がしない!行くわよ!」
冷華が一瞬にして美冬の前まで移動し神器を振り下ろす。
「もらったぁあああああああああ!」
しかし、美冬の表情はまだニヤニヤしている。1歩前に踏み込み右手の掌を柄に添えて受け流した。
あまりにも華麗に受け流されてしまい。冷華が驚愕の表情で美冬を見つめている。
「なっ!受け流された!避けるのでなく、しかも素手で・・・」
「冷華、確かにあなたの身体強化の攻撃は凄いものがあるわ。まともに当たれば私も無事では済まないでしょうね。でも、攻撃はあなたの性格通り真っ直ぐ過ぎる。だから簡単に受け流されてしまうわ。」
ニヤニヤしていた美冬が真剣な表情になる。
「今から、私が本当の覚醒したフェンリル族の力を見せるわよ。しっかり見ていなさいね。」
美冬の雰囲気が変わった。
「ソータからもらった極意書のおかげで真のフェンリル族の力に目覚めたわ。」
へっ!美冬に極意書なんて渡したか?そもそも、極意書なんて無いはずだぞ。美冬、一体、何を言っているんだ?
「コレが素手で戦う者の究極の戦い方よ!」
美冬が叫んだ途端に魔力が一気に膨れ上がった。
「私の魔力よ!極限まで燃え上がれぇええええええ!はぁああああああああああああああ!」
周りの空気までがビリビリと震えている。ピタッと震えが止まり静寂が漂った。
冷華が驚きの表情で美冬を見つめている。
「美冬、これは一体・・・、私だとオーラが溢れているのに、美冬は一切オーラが溢れていない。それなのに感じるプレッシャーが私とは段違いじゃないの・・・」
美冬が冷華に微笑んだ。
「よく分かったね。普通は体内の魔力は多くなって許容量を超えると体の外に溢れてオーラとして見えるものだけど、私はそれを体内に循環して外に漏らす事が無いようにしたの。体の中の魔力を極限まで圧縮して爆発させるのよ。その爆発力で究極の身体強化を身に着けたわ。身体強化の上昇度は魔法とは比べものにならないわよ。」
「極意書は〇ス〇と呼んでいるけど、私の場合は魔力がそれに該当していたわ。」
おい、美冬・・・、それは極意書でなくて単にマンガだよ・・・、確かにあのマンガは武器を持たない素手で戦う男達のマンガだから、美冬の戦闘スタイルには合っているかもしれないが、あくまでも架空の世界の技だぞ!そんなもの真似なんか出来る訳がないだろうが!
「美冬、あれは極意書でも何でもない普通のマンガだぞ。それを一体どうやって理解したんだ?」
「ソータ、あれはマンガでないよ!私にとっては極意書、まさに私の為にある本よ。どうやって理解したと言われてもねぇ・・・、試しにやってみたら出来た。あの本の技はどれもかっこいいし色々とマスターしたいね。」
マンガの技を本当に再現するとは・・・、特にあのマンガの技は原理も何も分かっていないんだぞ。信じられん・・・
凍牙といい、美冬といい、あの兄妹の格闘センスはどうなっている?あまりにも常識外れ過ぎて、考えると頭が痛くなってきた・・・
「それじゃ冷華、次は私のターンね。極意書の中でも最強の男と言われている人が使っていた技を見せてあげるわ。死なないでね。」
美冬の魔力が更に膨れ上がっていくのが分かる。握っていた拳を広げ両手を交差させた。
マ、マジか・・・、あの技は・・・
冷華も真剣な表情だ。
「マズイ・・・、どんな技か分からないけど、美冬からのプレッシャーが尋常じゃない。闇堕ちした時のクイーンを遥かに超えているわ・・・、アレは喰らったら確実に死ぬイメージが見える・・・、『モード・シールド』にして防ぐ?いえ!アレは防げるレベルの技ではないわ。だったら・・・」
「モード・アックス!私も最大最強の技をお見舞いするわ!」
神器が一瞬にして巨大な両刃の斧に変形した。
「私は下がらない!攻撃は最大の防御よ!ファイナル・エンドォオオオオオオオオオ!」
冷華が一気に跳躍し、美冬の遥か上空にまで飛び上がった。高速で落下しながら巨大な斧を美冬に振り下した。
美冬も叫んだ。
「甘いわ、冷華!そんなもので私の技は防げないわ!喰らいなさい!」
「私の魔力!究極まで燃え上がれぇええええええええええええ!」
「ギャラク・・・、間違い!銀河!爆砕ぃいいい拳!!!」
うぉおおお!美冬の背後に数多の星々が砕ける光景までもが見える!マジでアレを再現したぁあああああああああ!
しかも、技名も変えて引っかからないように配慮までしているなんて・・・、ナイス!美冬!
ドォオオオオオオオオオーーーン!
「きゃぁあああああああああああああ!」
神器が粉々に砕け散り、冷華が吹き飛ばされた。
グシャァアアア!
きりもみしながら落下し、派手な効果音をたてて頭から地面に落ちる。
「うぅぅぅ・・・、何て威力なの・・・、唯我独尊が砕かれるなんて・・・」
冷華が地面に這いつくばって呻いていた。良かった、死んでいない。
美冬が満足した表情で冷華を見つめている。
「さすが冷華ね。あれだけの攻撃を目の前にしてしまうと、普通なら防御に走ってしまうところね。敢えて最大級の攻撃力の技で私の必殺技の威力を相殺しようとしたのは見事よ。戦いのセンスは文句無しだわ。だから、これだけのダメージで済んでいるのね。防御に回ったら確実にあなたは粉々になっていたわ。」
「それと、神器は粉々になってしまったけど、コアは外したから大丈夫の筈よ。コアさえ無事なら神器は元の姿に自己修復するからね。でも、今回は派手に壊しちゃったから、しばらくは無理かな?」
その瞬間、砕けた神器が光り輝いた。すぐに光が収まり、元の砕かれる前の状態に戻っている。そして、ボロボロになっていた冷華の体も白く輝き傷が回復した。
「すごい・・・、さすがオリジナル神器ね。自己修復でなくて自己再生なんて・・・、しかもマスターの傷まで完全に回復させるなんて本当に規格外の神器ね。」
美冬が感心した表情で神器を見ている。
傷が回復した冷華だが、ペタンと座り込んでしまった。しかし、表情は晴れ晴れとしている。
「さすが美冬ね・・・、里の最強兄妹という肩書は伊達ではないわ。私の実力じゃまだまだアンタの足元にも及ばないね。でも、アンタのおかげで私もまだまだ強くなれるのも分かったわ。」
美冬が冷華の前に立ち右手を差し出す。冷華が嬉しそうに美冬の手を取り立ち上がり抱きついた。
「ありがとう、美冬・・・、これからは凍牙さんの妻として最強夫婦と呼ばれるように頑張るわ。あなたは私の目標、必ず追い付くからね。」
美冬も嬉しそうだ。
「分かったわ。待っているからね。」
しばらく抱き合って離れたが、美冬の表情が『げっ!』といった感じになった。
美冬の前にレイラが土下座をしていた。
「私を弟子にして下さい・・・、お願いします!」
冷華がボソッと「やっぱり、そうなったか・・・」と呟いた。
評価、ブックマークありがとうございます。
励みになりますm(__)m