フェンリル族の里⑲
フローリアがホッとした表情になり、族長に顔を向けた。
「族長様、たった今、この争いは終わりましたよ。ただ、今から女の喧嘩が始まりましたけど・・・」
族長が不思議な表情でフローリアを見ている。
「女の喧嘩って・・・、それは一体?」
「まぁ、いわゆる修羅場っていうヤツですね。凍牙さんの取り合いですよ。」
フローリアがクスクス笑っている。春菜もニコニコしながら森の奥を見ている。
「サクラにとって、今回は良い勉強になると思いますね。最近はちょっと天狗になっていましたし、自分より強い相手に少し痛い目に遭った方が良いですよ。」
夏子達もうんうんと頷いている。
フローリアがスキュラ族達の方に向き直った。
「さて、スキュラ族のみなさん、無意味な争いも終わりましたし、そろそろあなた達の里に戻しますよ。ミヤコさんはどうします?」
ミヤコは真剣な眼差しでフローリアを見つめている。
「フローリア様、私はここに残りたいと思います。出来れば、凍牙さんの妻の1人になり一生を共に過ごせれば・・・、ダメでしょうか・・・?」
フローリアがニコッと微笑む。
「何言っているの?あなたはもう私達の家族なのよ。私達があなたの気持ちを分からないと思っているのですか?凍牙さんも婚約者達も既にあなたを凍牙さんの婚約者として認めています。みんなで彼らが帰って来るのを待ちましょうね。」
ミヤコの目から涙が流れる。
「フローリア様、ありがとうございます。好きになる気持ちというのはこんなにも心が温かくなるんですね。私も妹のキョウカに負けないくらいに幸せになってみせます。」
そして、キョウカがミヤコの横にそっと寄り添った。
「姉さん、良かったね。」
ミヤコのやり取りを見ていたスキュラ族だったが、その中から3人がフローリアの前に出てきた。
「リンカ姉さん、それにハツネとスズも・・・、一体、どうしたの?」
キョウカが驚いた表情で3人を見ている。
3人の中で30代くらいに見えるスキュラ族が代表して頭を下げてきた。
「我々3人もこの里に残りたいと思っています。フローリア様、どうかお許しを・・・」
フローリアがすごく嬉しそうに3人を見ている。どうやら3人が残りたい理由が分かっているみたいだ。
「それはどうして?まぁ、私は分かってますけどね。ふふふ・・・」
3人が真っ赤になってモジモジしている。
「私達も恋というものをしてみたい・・・、いや、既に恋をしているみたいなんだ。顔が真っ赤になってくるし、心臓もドキドキしている。こんなのは初めてだ・・・」
「リンカ姉さん、まさか・・・」
キョウカが30代のスキュラ族の言葉で驚いている。
氷河がキョウカに「そんなに驚く事か?」と言っている。
「リンカ姉さんは『男なんて興味はないね。私は誰とも子供を作らないから、いつかは一族から追放されるかもしれないね。』って言っていたのですよ。そんな姉さんが恋をするなんて・・・、信じられない・・・」
リンカと呼ばれたスキュラ族が握り拳を作って、意を決したようにフェンリル族の男達の方に走っていく。そして、ある男の前に立ち止まり、顔を真っ赤にしてジッと顔を見ている。
「私の名前はリンカと申します。突然だが、私は一目見た時からあなたに惚れたみたいだ・・・、もう、この気持ちが抑えきれない・・・、お願いだ!ずっとあなたと一緒に住まわせて欲しい・・・、あなたの妻になりたい・・・」
「えっ!まさかのワシ!」
族長が大量の冷や汗をかいていた。
周りの男達が囃し立てる。
「族長!奥さんに先立たれたのだから、新しい奥さんをもらってもいいじゃないか。」
「こんなキレイな人から告白されて断るなんて男じゃないぞ!」
「もうフェンリル族やスキュラ族なんて分ける時代は終わったよ。」
「いらないなら俺がもらうぞ!」
「族長に氷河に凍牙と・・・、イケメン死ね!」
族長が真剣な表情になる。そしてリンカをジッと見つめた。
「リンカとやら・・・、本当にワシで良いのか?絶対に後悔しないと誓えるか?」
リンカもジッと族長を見つめている。
「はい!誓います!絶対に後悔しません!」
そして、族長の表情が優しい笑みに変わった。
「分かった。こちらこそよろしくな。これからはリンカと呼ばせてもらうぞ。」
「ありがとうございます!大好きです!」
リンカが嬉し泣きをしながら族長に抱きついた。族長はまだ頭の中が整理出来ていないのだろう。嬉しいような困ったような表情でリンカを抱きとめた。
リンカがうっとりした表情で族長の胸に頬擦りしている。
「これからは『あなた』と呼ばせていただきますね。そして、これが恋・・・、キョウカが里を捨ててでも一緒になりたいのが分かるわ。もう2度と離れませんよ・・・、ずっと私の事を見ていて下さいね。フェンリル族は複数の妻を持てますが、私しか見れなくなるくらいまで好きになってもらうように私は頑張ります。それほど私はあなたの事が好きです。こうしてあなたに抱かれていると幸せ・・・、早くあなたとの子供が欲しいわ。今夜は寝させませんから・・・、うふふふ・・・」
族長が誰にも聞こえないようにボソッと呟いた。
「ワシはとても危ない嫁をもらったのかも・・・?だが、ここまで一途にワシの事を想って告白してくれた気持ちを断る事はワシには出来ん・・・」
「ワシも覚悟を決めるか・・・」
氷河が族長を見ながらニヤニヤしている。
「親父・・・、ついこの前までは『スキュラ族との婚姻は認めん!』って言っていたのにな。親父までがスキュラ族を嫁さんにしてしまうとは、本当に何が起こるか分からん・・・」
「しかし確かなのは、凍牙達がこの俺達フェンリル族の閉鎖的な考えをぶち壊してくれたのは間違いない。友として嬉しく思うよ。」
「氷河、お義父さんを見て楽しそうにしているけど、あなたも笑えなくなるわよ。」
キョウカがニコニコしながら氷河の隣に来る。
「どうしてだ?」
氷河が不思議そうな表情になったが、キョウカの方は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「だってねぇ・・・、ハツネ、スズ、どうぞ!」
キョウカからハツネとスズと呼ばれた2人はとんでもない美人だ。そして、スキュラ族の2人が氷河の前に立った。真っ赤になってモジモジしている。
「キョウカ・・・、まさか・・・」
氷河が大量の冷や汗をかいている。氷河の手を2人が握った。
「「結婚して下さい!」」
2人が同時に氷河にプロポーズをした。
リンカが抱きついている族長以外のフェンリル族の男全員が四つん這いになった。
「まさか2人揃って氷河にプロポーズするとは・・・」
「あ、あんな美人が俺の妻になってくれないなんて・・・」
「少しは俺にもチャンスがあると思っていたのに、あんまりだ・・・」
「やはり、男は顔なのか?理不尽過ぎる・・・」
「いや、蒼太殿は凍牙達ほどイケメンではない・・・、だったら、いつかは俺にも美人の嫁が来るかも・・・?」
千秋が男達の言葉を聞いて「だから、あなた達はモテないのよ。気持ち悪いわね・・・」と、男達に言葉を吐き捨てた。
千秋の言葉がどうやらクリティカル・ヒットしたみたいだ。4人の男が千秋の言葉で「はうっ!」と叫び、血の涙を流しながら血反吐を吐き蹲ってしまった・・・
「フェンリル族は少しメンタルを鍛えないといけないですね。」
春菜が少し呆れた顔で回復魔法をかけている。
「春菜に治してもらった軟弱者は私達で鍛えてみますか?」
いつの間にかボンテージ姿になった渚が鞭を構えて舌なめずりをしている。
「そうだね。少しは私達のストレス解消になるかもしれないね。それで強くなれば一石二鳥だよ。」
美冬が嬉しそうに拳を鳴らして男達の前で仁王立ちしている。
「そうね、あなた達、私の気が済むまで首を落としてあげるわ。でも、心配しないで。春菜が何回も生き返らせてあげるから、あなた達も覚悟しなさいね。」
千秋も嬉しそうに刀を握り軽く振っている。
「私は自分の世界の仕事が忙しいから付き合えないけど、あんた達、今考えられる最大の地獄を想像してみな。あいつらのシゴキはそれ以上の地獄が待っているからね。」
マリーがニヤニヤ笑っている。
「それでは、4名様お預かりしますね。心配しなくても大丈夫ですよ。私達の旦那様である蒼太さんや、私達の子供達も行っている訓練メニューにしますからね。まぁ、最初の頃は数十回死ぬかもしれませんが・・・」
春菜がニコニコ笑って男達を見ている。
訓練の標的にされた4人の男達は、人生を諦めたかのような死んだ目をしていた・・・
キョウカ達が驚愕した表情で春菜達を見ていた。
「あ、あんな人達にスキュラ族は戦争を仕掛けていたの・・・、彼女達が本気になれば間違いなくスキュラ族は滅びるわ。クイーンがいても絶対に勝てっこない・・・」
ハツネとスズが氷河の手を握ったまま、ブンブンと首を縦に振っていた。
少し経って2人も落ち着いたみたいだ。
まだ顔は真っ赤だが、ハツネもスズもジッと氷河の顔を心配そうに見ている。
「そ、それでお返事は・・・」
「やっぱり、いきなりはダメでしょうか・・・?」
氷河はキョウカの顔を見て頷き、キョウカは2人を見て微笑んだ。
「大丈夫だよ。君たちのプロポーズを受けよう。俺達4人でフェンリル族とスキュラ族の橋渡しになろうな。親父の方は熱々過ぎて周りを見ていないみたいだし・・・」
心配そうにしていた2人だったが、みるみる嬉しそうな表情になって氷河に抱きついた。
「「ありがとうございます!氷河様!」」
キョウカがそっと2人に抱きついた。
「ハツネもスズも良かったね。私達で氷河を、そして2つの里を盛り上げていきましょう。私達なら出来るはずよ。ご先祖様に負けないくらいに氷河を愛しているからね。」
3人に選ばれなかった男達は死屍累々と地面に突っ伏していた。その姿を残ったスキュラ族達がゴミを見るような目で見ている。そして円陣を組み、その中の1人が声をあげる。
「私達は蒼太さんと凍牙さんのファンであり親衛隊よ!必ずあの2人のどちらかにお嫁にしてもらえるように頑張ろうね!里に戻ったら、クイーンやミヤコ姉さん達に負けないくらいに、頑張って女を磨かないとね。」
「「「「「「おぉおおお!」」」」」」
フェンリル族の男の1人が呟いた。
「何でアイツらばかりモテるんだ・・・?理不尽過ぎる・・・」
「さて、スキュラ族のみなさん、そろそろ送りますね。」
フローリアが彼女達に声をかけた。
「「「はい!お願いします!」」」
彼女達の足元に大きな魔法陣が浮かび、彼女達の姿が消えていった。
「帰っていったか・・・、リンカ、お前は淋しくないのか?」
うっとりとした表情で族長の腕に抱きついているリンカに族長が訪ねた。
「今までずっと一緒に暮らしていた仲間達です。淋しくないと言えば嘘になりますね。でも、これからのあなたとの結婚生活を考えると、ワクワクの方が大きいですよ。ご先祖のミヤビ様は幸せになれませんでしたが、私達やキョウカ達が必ず幸せになって、ずっと2つの里が仲良くなれるように頑張りましょうね。」
「そうだな・・・、ワシも氷河に負けないくらいに幸せにならないとな・・・」
「ワシもお前の事が大好きになったようだ・・・、これからもよろしくな。」
「はい・・・、ずっと2人でいつまでも・・・」
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