フェンリル族の里⑱
クイーンが泣いている。
「お父さん・・・、会いたかった・・・、あの時にお母さんと一緒に別れてからずっと思っていた。」
やはり、クイーンは過去のミツキの生まれ変わりか・・・、記憶も甦っているみたいだな。
それにしても・・・、クイーンが間違えるくらいに冷牙と今の金髪の凍牙はそっくりなのか?
クイーンがヨロヨロと凍牙に向かって歩き始めた。凍牙もクイーンに向かって歩き出す。
「凍牙・・・」
「心配するな。今はクイーンを落ち着かせよう。」
ゆっくりと2人が歩み寄り、目の前まで近付きクイーンが凍牙の顔をジッと見つめている。
そしてクイーンが凍牙に抱きついた。
「お父さん・・・、お父さんも蘇ったのね・・・、私と一緒に、お母さんと私を追放したフェンリル族の里を滅ぼしましょう。私はクイーンに目覚め歴代のクイーンを祀っている霊廟に赴いた時に、生まれ変わる前の昔の私を思い出したの。お母さんはスキュラ族の里に戻ってからはずっと泣いていたし、私も大好きでたまらなかった凍牙お兄ちゃんと別れさせられた。昔の私はフェンリル族に対する恨みしか残っていない・・・」
「その恨みがどれだけだったのかも甦ったの・・・、だからフェンリル族を滅ぼす。お父さん以外はね。」
凍牙が冷や汗をかいている。
分かるぞ、今のお前の気持ちは・・・
クイーンがここまでフェンリル族に対する恨みが強かったとは・・・
しかし、お前の婚約者にはフェンリル族もいるしな。ヤバいぞ・・・、どんな修羅場が展開するか想像はつかないが、間違いなく荒れるのは分かる。
コレは俺では解決出来ん・・・、頼んだぞ、凍牙・・・
「ま、待ってくれ!クイーン!」
凍牙が抱きついていたクイーンを離して、お互いに少し距離を置いた。
「お父さん!私をクイーンと呼ばないで!昔みたいにミツキと呼んで・・・」
「分かった、ミツキ・・・」
クイーンがすごく嬉しそうに凍牙を見つめている。やはり父親だと思い込んでいるみたいだ。
しかし、凍牙は真剣な眼差しでクイーンを見つめて話し始めた。
「ミツキ・・・、もうこの争いは止めないか・・・、これ以上続けると悲しみと憎しみの連鎖が止まらなくなる。本当にどちらかが滅ぶまで終わらなくなるぞ。フローリアのおかげで今はスキュラ族は誰も犠牲が出ていない。止めるなら今しかないぞ。」
「ダメよ、お父さん・・・、私の中の憎しみはもう止まらない・・・、この憎しみが晴れるのはフェンリル族が滅んだ時よ。」
「違う!そんな事で憎しみは晴れないわ!更に孤独になって心が蝕まれるのよ!」
その声はアイリス!
アイリスがミドリと一緒に飛んで来て、俺の隣に降り立った。
しかし、いつものアイリスと様子が違う。一体どうしたんだ?
「クイーン!いいえ、ミツキさん!あなたが行っている事は単に闇に堕ちるだけ。後には後悔と孤独しか残らないわ。私には分かる。あなたがこのまま争いを続けてしまった後にどうなっているかをね。」
クイーンが鬼のような形相でアイリスを睨みつけた。
「あなたに何が分かるの!心から好きな人と別れさせられた気持ちを!このやり場のない怒りを!」
アイリスが悲しそうにクイーンを見ていた。
「分かるわ。だって、あなたは昔の私に似ているからね。私も好きな人がいたわ。でも、その人は亡くなった。しかし、私は諦め切れなかった・・・、今のあなたみたいに八つ当たりのような事を続け、その結果、私は闇に堕ちて世界を一つ滅ぼしたの・・・」
「そして・・・、最後に残ったのは激しい後悔と孤独だけだった・・・」
ま、まさか・・・
「お、お前・・・、ガーネットなのか?一体・・・」
アイリスが嬉しそうに俺に微笑んだ。
「ブルー様、今は蒼太様ですね。こうしてお会い出来るのは嬉しいです。確かに私はガーネットですが、今の私はアイリスのもう一つの人格に過ぎません。こうして表に出る事はほとんど無いでしょう。昔の私をみなさんで救ってくれましたし、フローリア様のお子様に私の名前まで付けてくれて、私を受け入れてくれた事には感謝しかありません。」
「ガーネット・・・」
アイリスがミツキに向き直った。
「ミツキさん、クイーンのあなたならガーネットという女神の事は知っていますよね。」
「知っているも何も有名な女神じゃない。創造神の神殿で暴れ回って滅ぼされた闇堕ちの女神でしょうが。それが何!」
「それが昔の私・・・、私は1度滅ぼされた・・・、でもね、私は1人ではなかったの。この方が私を救ってくれた。」
アイリスが俺の腕を組んで寄りかかってくる。そして幸せそうな顔で俺に微笑んでくれた。
「ガーネットとしての結末は過去の事だけど、未来のあなたの姿にもなるのよ。このままだとあなたは必ず滅ぼされる。どんなに強くてもね。」
「な、何ですって!私が負ける・・・、そんな事はないわ。だって、私はクイーンなのよ。そして、歴代のクイーンの意志も私の悲しみと怒りを分かってくれて力を貸してくれた。」
ミツキが凍牙に訴える。
「お父さんも別れさせられたのよ。大好きだったお母さんと!フェンリル族の里を恨んでいるのでしょう?だから、私の前に現れたのよね?私の味方になってくれる為に!」
「ミツキ・・・、それは違う。俺はお前を止めに来たんだ。手遅れになる前にな。クイーン達は誰もお前に手助けしていない。お前がそう思い込んでいるだけだ。」
「それに、俺はお前の父である冷牙ではない。」
「えっ!そ、それじゃ誰なの・・・、お父さんそっくりなのに・・・」
ミツキが激しく動揺している。
凍牙はビシッとジ〇〇ョ立ちでポーズを決める。おい!こんなところまでマンガの影響を受けるな!
まぁ、かっこいいから許すけど・・・
「俺は凍牙だ!先祖である冷牙の力を受け継いだフェンリル族だ!先祖が悲痛な思いまでして別れ、愛した里を争わさせない意志を継いだ者だ!」
な~んか、後ろから『ゴゴゴゴゴォ・・・』と効果音が聞こえてくる程に立ちポーズが決まっている。やはりイケメンの特権か?羨ましいぞ!
「と、凍牙って・・・、まさか・・・、凍牙お兄ちゃん・・・」
ミツキが更に激しく動揺していた。
「そうだ!フェンリル族の里には俺の大事な友がいる。そして、俺の大切な愛する婚約者達もな!だから、フェンリル族の里は滅ぼさせない!」
「た、大切な愛する婚約者なんて・・・、もうこの台詞だけで私は幸せです。」
雪が鼻血を流しながら興奮している。
「凍牙・・・、私の事を愛してるって言ってくれるなんて・・・、ふふふ、今夜は頑張るわよ!朝まで寝させないから・・・」
冷華が涎を流しながら妄想の世界にトリップしてしまった。
「あれがお兄ちゃんのフェンリル族の婚約者?変態じゃないの?」
ミツキが呆れた表情で雪と冷華を見ている。今のあの2人の状態は確実に雰囲気をぶち壊したな・・・
ほれ!凍牙が返答に困った顔をしている。
「そ、そうだ・・・、今は変な状態だが、普段は可愛くて良い子だぞ・・・、多分・・・」
「凍牙さん!第1婚約者の私を忘れてもらっては困りますよ。」
サクラが俺達の前に出て凍牙の方へ歩いていく。
「そうよ!私もいるんだからね。」
ガーベラもサクラの後ろに付いていった。
「女神族に天使族・・・、お兄ちゃん、モテるのねぇ・・・」
サクラ達を見るミツキの顔が険しくなり、一瞬目が光った。
「やばっ!」
凍牙が慌ててその場から飛び上がり、サクラの前に降り立った。
直前まで凍牙がいた場所には半透明の黒い人の背丈より少し大きい球状のようなモノが出来上がっている。
「さすがお兄ちゃんね。私の魔法の気配を読むなんて・・・」
「ダーク・プリズンに閉じ込めて、そのまま里に持ち帰ろうと思ったけど、お兄ちゃん相手だとそう簡単にはいかないみたいね。」
ミツキの表情がさっきまでの険しい感じが無くなり、凍牙をずっと見ながら嬉しそうにしている。
「もうフェンリル族やスキュラ族やクイーンの使命なんてどうでもよくなったわ・・・」
そして、ニヤッと笑い舌なめずりをした。
「だって・・・、凍牙お兄ちゃんが蘇ったのよ・・・、私の魂が歓喜しているわ。分かる!本物の凍牙お兄ちゃんだってね。」
「こんなに嬉しい事はないわ・・・、もう凍牙お兄ちゃん以外は考えられない。」
膨大な魔力がミツキから放たれる。その放たれた魔力で吹き飛ばされそうだ。
「きゃぁあああ~!」「あれぇえええ~!」
妄想の世界にトリップしていた雪と冷華が吹き飛ばされ、地面を転がっていた。これで目が覚めただろう。
ミツキの姿が変貌している。
上半身は変わっていないが、下半身が巨大な犬の姿に変わっていた。大型の犬の背に女性の上半身が乗っている感じだ。
しかも、その犬の首は7つもある。
「ご主人様、あれがスキュラ族の真の姿です。フェンリル族は狼の姿になりますが、スキュラ族は下半身が犬の姿になるのです。普通のスキュラ族は犬の首が1つから多くて3つですが、さすがクイーンですね。7つも首があるなんて・・・」
ミドリが説明してくれた。助かる。
ミツキが微笑みながら凍牙を見つめている。
「お兄ちゃん、これからは私と2人だけで暮らしましょう。婚約者なんて関係ないわ。私が1番お兄ちゃんを愛しているのは間違いないのだから・・・、私がずっとお兄ちゃんのお世話をしてあげる。お兄ちゃんは何もしなくていいからね。お兄ちゃんは私の事だけを考えてくれればいいの。私はお兄ちゃんの事しか考えないから、ずっと永遠に2人で・・・、これが私の本当の願い・・・」
うわぁ~、ここにもヤバいヤツがいたか・・・、危険度MAXの重度のブラコンだとは・・・
何で俺達の周りはこんな危ないヤツが多いんだ?俺と凍牙はヤンデレホイホイなのか?
ガーネットが微笑みながら凍牙達を見ている。
「ふふふ・・・、これで健全な修羅場になりましたね。蒼太様、もうフェンリル族とスキュラ族の戦争は終わりましたよ。後は彼女達が本音をぶつけ合って仲良くなってもらいたいですね。」
健全な修羅場って・・・、一体、何?ガーネットさんや・・・
「さぁ、私はこれでアイリスの中に戻りますね。でも、最後に1つお願いをしても良いですか?」
「何だ?」
「必ずアイリスを幸せにして下さい。アイリスの幸せは私の幸せ。昔の私が見る事の出来なかった世界を見せて欲しいのです。今のアイリスは本当にみなさんから愛されています。私のように道を間違える事はないでしょう。その幸せをずっと永遠に・・・」
「分かった、約束するよ。必ず幸せにしてあげるさ。」
そして、ガーネットにキスをした。
ガーネットが真っ赤になったが、瞳から涙がポロポロ零れてきた。
「約束だけでなく、キスまでしていただけるなんて、もう幸せで胸がいっぱいです。あなたの優しさが嬉しい・・・、あなたを好きになって良かった・・・、幸せな景色をアイリスの中から見ていますね。」
その瞬間、アイリスの表情がいつもの表情に戻った。俺の顔が目の前にあるのでビックリしている。
「パパ・・・、一体・・・」「それ!」
アイリスが突然キスをしてきた。しばらく唇を重ね嬉しそうな表情で唇を離し微笑んだ。
「えへへへ・・・、これはパパが悪いんだよ。私の目の前にパパの顔があったからね。キスして下さいと言っているようなものなんだからね。」
「ア・イ・リ・ス・・・」
ミドリが不機嫌そうに俺達を見ている。
「げっ!ミドリ・・・、ゴメン、パパが目の前にいたからね。つい・・・」
「それにしても不思議だね。キングを倒した後、ミドリと一緒にパパのところまで飛んで行った記憶はあるけど、それからは覚えていないんだよね。いつの間にかパパが目の前にいたし、涙も出ている・・・、私、一体、何で泣いていたんだろう・・・、不思議ね・・・」
ミドリが俺と目が合うとクスッと笑った。
【ご主人様、今の事は私もアイリスには言いませんよ。私もアイリスが幸せになる事を望んでいますからね。】
【ありがとう、ミドリ。助かるよ。】
「さぁ、後は凍牙達の方の決着だな。俺達3人はあまり手を出さない方が良いだろう。ただ、相手があのクイーンだからな、絶対にやり過ぎるはずだ。アイリス、ミドリ、いつでも動けるようにしておくんだぞ。」
アイリスとミドリが頷いた。
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