手紙にのって時代を越えて
ちょっとした日常のシークエンス。
短編小説です。
たしか、このあたりだったはず。
庭の隅の木の根の場所をシャベルをつかい、カケルは土を掘り返した。かれこれ、十数年前なので、正確な場所を覚えていない。祖父が生きている頃に、掘り返されていないことを祈るしかなかった。
憶えている限りでは、あまり深くは掘らなかったはずだったと、カケルは思い起こす。小学五年の頃に埋めたものを今になって掘り返す。まさか、そんな衝動に駆られるなど思ってもみなかったのだ。
きっかけは、同窓会のときに久しく途切れていた友達に会ったことだった。二十代半ばを過ぎ、久々の悪友もとい、旧友に酒の席で交わしたタイムカプセルの話だった。カケルと小学校三年の頃から卒業まで仲良く遊んでいた伽村とぎむら、クラスで一番名前が間違われ『ハッシー』とあだ名がついていた八橋やつはしに、同窓会で顔をあわせる。
カケルは笑みがこぼれる。数十年という年齢の経過で、昔の面影が浮かんできたからだ。
「よぉ、ひさしぶり! 伽村、ハッシー。今でも元気にやっていたか?」
カケルが笑顔を伽村と隣にいた八橋にむける。
「きぬ……さき? 衣岬か、ひょっとして、お、おめぇなのか!?」
「お前ら、昔とちっとも変わってねぇな」
昔と同じ挨拶でカケルは接したつもりだったが、伽村や八橋には驚かされる身長になっていたのだ。
「な、なんだよ。その驚きようは」
「だって、なぁ」
となりの八橋に顔を見合わせる。彼に同意を求める。
「おまえら、ちょっと背が縮んでねぇか? 前は俺がお前らを見上げて話してたはずだけど……」
カケルはふたりに対して見下ろした話し方に疑問を持った。
「いや、いや、おまえが俺らより伸びたんだろがっ!」
「そういや、そうだな! 中学に入って家うちのじいちゃんに、魚ばっかり食べさせられたからかもな」
八橋は、首を横に振りツッコミで否定する。
「いや、いや、いや、それもちょっとちがうかも……」
この会話をきっかけに三人は、周囲を巻き込み大いに同窓会を盛り上げた。
会が締めに入ってから、この後、どうするかで三人が、どこかで飲みなおさないか、という話になっていく。八橋がいい居酒屋を知っているという話になり、移動することになった。
居酒屋に着き、それぞれに注文をするとひとりずつ、最近の近況報告のように話が進んでいく。中学校、高校、大学、そして就職。
伽村も八橋も結婚を経験していた。カケルには、同棲していた女性がいたが結婚にいたらなかったという。
「そうか、おまえだけ、独身のまんまなんだな」
八橋がまじめそうに、箸でつまみを口元にもっていく。
伽村が、酒の入ったグラスを片手に嫌味な顔をカケルに向けてくる。ずいぶんと出来上がっている様子で、顔が赤くなってるようだ。
「ほぉ、独身ね。ガキの頃に書き連ねた夢とはかけ離れたもんだな」
今更、ガキの頃の夢と比べられても……
「そういや、ガキのころにそれぞれで埋めたタイムカプセル、掘り返したのか?」
突然、八橋に聞き返した。彼は呆れ顔で伽村に言い返す。
「ん、ん? タイムカプセルだぁ? んなもん、とっくに……」
タイムカプセル?
カケルは、今の今までタイムカプセルのことをすっかり忘れていた。
伽村はジョッキを片手にしてビールの泡を見ながら、
「俺もだよ! 過去のことなんてビールと同じで過ぎ去れば泡の如し、なんてなぁ」
カケルは作り笑いをしてごまかす。
「なっ、衣岬、おめぇもだろ!」
カケルに同意を求めた。
「ああ、も、もちろん!」
作り笑いを浮かべた。カケルは複雑だった。過去の自分が、現在いまの自分に向けて何を書いていたのか、まったく思い出せなかった。
庭を掘り返し始めてから、一時間ぐらいが経過した頃だった。シャベルが硬い音を立て、カケルの手にかすかな手ごたえを感じた。
「ん? これかな……?」
両手を使いやわらかくなった土を、縦に横にかいていく。ビニール袋に包まれ少し大きめの箱らしき形が、手に取りわかった。
すぐさま、ビニール袋から取り出し中のものを見定める。
カケルが小学五年の時にうめたタイムカプセルに間違いなかった。厳重に紐でくるんであった。貧弱な紐であったためか、すでにボロボロで容易く開ける事が出来た。
「間違いない!」
中には当時、一番大好きだった漫画本や近所の年上の大学生と仲良くなった時に貰った、レアなプリペイドカードが入っている。その一番奥に、目的のものがあった。茶封筒に入れられたレポート用紙が二つ折りに束ねてあった。
当時十一歳のことをおもうと下手な字を鑑かんがみず、当時の自分を振り返りカケルは思い起こした。ボールペンとレポート用紙へ、そして、将来の自分へ向けたメッセージをひっきりなしに綴っているのが読み取れた。
更に下にあったのか、黄ばみのあるレター入れが見えた。徐おもむろにそのレター入れの便箋らしきメモを取り出した。
「ん? これ、なんだっけな……?」
そこには、当時の親しい女の子からのメッセージがあった。文面の内容から察するにラブレターとも呼べるような、女の子が書いたものだった。
カケルはまったくその女の子のことを思い出せない。最後の文面にはこう記されてあった。
『……あなたが二十七歳を迎えたとき、私があなたの元へ迎えに行く。十六年後、きっと。一番最初に出会った神社の見える高台のベンチで待ってる。 ミハヤ 西暦二〇二十二年 六月一日』
ミハヤ……?
ミハヤという女の子の、顔すらまったく思い出せなかった。だが、手紙が書かれてから十六年がたち約束と思われる日は、三日後に迫っていた。
「三日後……?」
危うく約束が果たせなくなるところだった、とカケルは同窓会の旧友に感謝した。
三日後、生まれ育った町の神社の見える高台のベンチへとカケルは、期待と不安を胸に向かった。
そこには一人の女性が佇たたずんでいた。水色にチェックの入ったワンピース姿。麦藁帽子を深々と被り、木陰のベンチから町を一望できる場所にいた。
強い風が、麦藁帽子をさらっていった。
舞い上がる帽子を横目に女性は、カケルに気づいた。
「やっと、会えたね! 衣岬くん」
彼女の声と笑顔で、カケルはやっと思い出した。初恋の相手だった。
完