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イノシチ 旅に出る  作者: 宮本小鳩
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第4話 商売のお手伝い

 カンカンカーン! 

 やけにけたたましい金属音で、僕は目が覚めた。

「イノー、朝だぜー! さあさあ起きた起きた」

 だんだん視界がはっきりしてくると、僕の目の前にはフライパンとのし棒を手にしたシシゾーが立っていた。ベッドのそばの窓から、やわらかい日の光が部屋の中に差し込んでいた。

「おはよう。朝から元気だな、シシゾー」

「おう! ぐっすり寝たからな」

 そりゃそうだろう。あれだけ気持ちよさそうに大いびきをかいていたんだから。おかげで僕は正直、ちょっとだけ寝不足。

「おはよう、イノシチ君。よく眠れたかい?」

 エプロンを身につけたこんにゃくおじさんが、ドアの向こうから顔を出した。

「ええ、まあ。ありがとうございます」

「それはよかった。朝ごはんができているから、着替えてこっちへおいで」

 着替えて、という言葉を聞いて、無意識のうちに僕は頭に手をやっていた。少しゴワッとしたイノシシの毛の感触に、僕は内心ホッとした。そうだった、ゆうべはこの皮を脱がずにパジャマを上から着たのだった。おじさんにはバレていないな、よかった。

「ん? どした、イノ」

「ああいや、何でもない。すぐ行くよ」

 慌てて僕はごまかし、急いで着替えて隣の部屋に移動した。食堂の真ん中のテーブルからは、ほわほわと温かな湯気が立ち上っている。ごはん、キノコとワカメの味噌汁、たくあん、青菜のおひたし。

「何から何まで、本当にすみません」

「いやいや、気にすることはないよ。さ、あったかいうちにお食べ。今日は君たちに、色々手伝ってほしいことがあるんだ」

「いいッすよ、なんなりと。あ、おじさんおかわり!」

 あっという間に自分の分を食べ尽くしたシシゾーが、遠慮のかけらもなく平然と空の茶碗を掲げた。まったく、少しくらいは遠慮しろっての。

「ハハハ、シシゾー君は朝からいい食べっぷりだね。はい、どうぞ……ん、どうかしたかい、イノシチ君」

 嫌な顔一つせず、ホカホカのごはんをよそってシシゾーに手渡したおじさんが、僕に声をかけてくれた。

「あ、いえ。このごはん……なんか少し面白い食感だな、と思って」

「お、気がついてくれたみたいだね。実はこのごはんには、細かくしたこんにゃくを混ぜてあるんだ。普通のごはん一杯分より、ヘルシーだよ」

「そうだったんですか!」

「うん。今日はね、このこんにゃく入りごはんでおにぎりを作って、こんにゃく団子と一緒に売りに行こうと思うんだが、よかったら仕込みから手伝ってくれるかい?」

「はい、分かりました」

 こうしてシシゾーと僕は、おじさんの手伝いを始めることになった。おじさんは一定の速さで、正確に同じ大きさのおにぎりを次々とにぎってゆく。僕はやや大きくなったり小さくなったり……シシゾーはというと、これがまたひたすらに大きいおにぎりばかりこしらえている。しかも中に詰める具を入れ過ぎて、にぎった端から梅干しの果肉やかつお節がはみ出している。

「シシゾー、少しは加減しないと、ごはんが足りなくなるよ」

 そうか? とこっちを見もせず答えながら、シシゾーは目の前のおにぎり作りにすっかり夢中。とりあえず何でも全力でやってみる、それがシシゾーのモットーなのだ。

 僕はおうかがいを立てるように、さりげなくおじさんの方を見た。

「大丈夫だよ、シシゾー君のおにぎりは大当たりってことにしよう」

 それがいいですね、と僕は迷わず同意した。それを聞いたシシゾーは、得意げにふふんと鼻を鳴らし胸を張ってみせた。そこはたぶんいばるところじゃない。

 力を合わせてこしらえたおにぎりが五十個あまりになったところで、今度はまんまるく加工されたこんにゃく玉を三個ずつ串にさしてゆく作業に移った。僕とシシゾーがせっせとそれをしている間、おじさんは付け合わせの味噌だれの味を調整したり、こんにゃくにまぶすためのかつお節や青のりを準備したり、こまごまと支度を整えた。

「よし、これくらいでいいだろう。ふたりともありがとう。じゃあこれから、西にあるモミジ村へ行くよ」




 モミジ村は、イモガラ島西部にある緑豊かな村だ。林業が盛んなためか、木材を生かした民芸品を作る職人さんや大工さんが多いらしい。キノコ町からは山を一つ越えたところにあるので、僕も今まであまり詳しくは知らなかった。

 おじさんのお店「カリヤド」を出てから、湖沿いの街道をさらに西へ進んでいくと、それらしき集落が見えてきた。

 集落は四方を木々に囲まれていて、その木々の間を縫うように分け入るともうそこは村の中心部らしき広場になっていた。力仕事の得意そうなひとたちが大勢集まっていて、各自荷物を背中に背負ったり小脇に抱えたりしている。

「よう、カッちゃん! 久しぶりだなあ」

 村人たちが、おじさんの姿に気づいて続々と周りに集まってきた。カッちゃん、っておじさんの本名なのかな?

「やあ、こんにちは。元気そうだね」

 村人たちに手を挙げて挨拶すると、おじさんが僕の心の内を見透かすように教えてくれた。

「カリヤドのおっちゃん、だからカッちゃん、て呼ばれてるんだ」

 なるほど。単純明快である。

「カッちゃん、そっちの兄ちゃんたちは?」

 僕らの姿に気づいたみんなが、物珍しそうに近づいてきた。

「ああ、この子たちは、今日一日俺の手伝いをしてくれるイノシチ君とシシゾー君だ」

「ちわー、シシゾーッす!」

 シシゾーがピョコッとおじぎをして、僕もあわててそれにならった。

「どうも、はじめまして。イノシチと申します」

「なんだい兄ちゃん、そんな堅苦しい挨拶はいいって。そうだな、アンタはイノちゃんでそっちの子は……元気だからゲンちゃんだな、アッハッハ」

 もはや元の名前のかけらもないあだ名が付いたシシゾーだったが、彼は何の戸惑いもなくそれを受け入れた。

「ゲンちゃんか! いいッすねそれ!」

「おお、気に入ってくれたか! じゃ、決まりだな」

 初めて会ってまだ数分くらいしか経っていないのに、もうすっかりこの村のひとたちとなじんでしまっている。恐るべし、シシゾー。

「そういえば、カッちゃんのせがれも確か、これくらいの年じゃなかったっけか?」

「そういやそうだったな。昔はよく、この村へも一緒に来てたし」

「なに、昔の話だよ」とおじさんは、少し陰りのある声になった。

「もう何年も、うちには帰ってきやしないさ。今頃、どこで何をやってるんだか」

 まるで独り言のようにそう話すと、おじさんは小さくため息をついた。ゆうべ聞いたあの言葉は気のせいではなかったんだな、と僕は少し切ない気持ちになった。

「元気出せよ、カッちゃん。生きてりゃ、そのうちまた会えるって」

 村人のひとりが、豪快に笑いながらおじさんの肩を荒々しく叩いた。

「そうだよおじさん!」と、シシゾーも間に割って入った。

「だからさ、みんなでおじさんの美味いこんにゃくでも食べようぜ! そうすれば淋しくなくなるって」

 そりゃ名案だ! と村人たちは明るく笑った。おじさんにも再び笑顔が戻り、彼はいそいそとリヤカーに積んでいた品物を準備し始めた。

「さあさあ、こんにゃくおにぎり、こんにゃく団子はいかがかな?」

「おうよ! じゃんじゃんいただくぜ」

 村人たちは、我も我もとリヤカーの周りに集まり、自分の順番が来るのを待った。

「何しろこれから遠出だからね、しっかり腹ごしらえしないと」

「そういえば、なんだかみんな忙しそうだね。どこかへ出稼ぎかい?」

「ああ、急きょ頼まれてキノコ町まで行くことになったんだが、何だと思う? 聞いてビックリ、なんとあの有名な居酒屋を建て直しにさ。ここに集まったのはみんな、その建築に関わる大工ばかりだよ」

「え! オレたち、キノコ町から来たんすよ」

 シシゾーがすっとんきょうな声をあげ、僕もまた〝キノコ町〟そして〝居酒屋〟というキーワードに、思わず耳をそばだてた。えっ、それってまさか。

「居酒屋……はて、俺にはよく分からんが、そんなにその店は有名なのかい」

 おじさんは思っていた以上におっとりした性格のようで、あまり世間の流行には関心がない感じだった。

「や、有名もなにも! そこはあの〝賢者〟が働いてたことでも知られてるんだよ」

「賢者、ねえ」

 うわ、さらに大きなキーワードが出てきてしまった。僕の背中を冷や汗が音もなく流れる。シシゾーはうすうす察して、ニヤニヤしながら僕を肘でこづいてくる。ああどうか、僕がその〝賢者〟だってバレませんように……といっても、そもそも僕は賢者なんかじゃないけどね!

 僕の不安をよそに、村人の大工さんたちは次第にその話題で盛り上がっていった。

「それにしてもよ、その賢者ってのは大したもんだよなあ」

「ああ、伝説のキノコを見つけたってんだからな」

「ほら、カッちゃん、東の森に最近立て札ができたろう? ここが、賢者が伝説のキノコを見つけた場所だ、って」

「キノコ……」おじさんはしばらくの間、白いあごひげをさすりながら思案していたが、急にカッと目を見開いた。

「……もしかして、あの新種のキノコか!」

「そうだよ!」と、大工さんたちがいっせいに頷いた。

「あのニュースなら、俺も見たよ。うちの店でも、あのキノコの一品料理をいつか出してみたい、と思ったもんだ」

 まさかおじさんまでそんなことを思っていたとは! 僕は、過去に自分が関わった出来事の影響の大きさというものを改めて実感しつつ、代金を払ったお客さんにおにぎりとこんにゃく団子を手渡す作業に追われていた。

 一通り食べ物が行き渡ると、みんな突然静かになった。というよりむしろ、真っ先にもぐもぐし始めて、喋ることすら忘れて夢中になっていた。どんなに耳の痛い小言よりも何よりも、美味しい食べ物ほど一発で相手を黙らせるものはそうそうないだろう。

「そうだイノちゃんたち、ちょいとこっちに来てみな」

 早々と食事を終えた大工さんのひとりが手招きして、僕らを村の少し奥へ案内してくれた。そこはほかの場所よりあまり日の当たらない、やや苔むしたところだった。

「どうだい、これ。立派なもんだろう! この村で一番、木彫りの得意な奴が作ったんだ」

 そこには、立派なカサをたくわえたキノコの姿をした像が、うやうやしくほこらのようなものの中に鎮座していた。まるで、今にも動き出しそうなほどにリアルで生き生きとしている。そして妙にかわいらしい。

「あっ!」不意にシシゾーが大きな声をあげた。

「イノ、これ、キノコの神様だよ! 間違いないぜ、オレ会ったことあるもん」

 僕が驚いて何か言おうとするその前に、案内してくれた大工さんの方があっと叫び、大慌てで仲間たちを呼びに走っていった。ほどなくして、ほかの大工さんたちやこんにゃくおじさんもどうしたどうしたと駆け寄ってきた。中にはまだ、おにぎりを頬張ったままのひともいた。

「ええ! まさか、長老のほかにも本当に会った奴がいたってか!?」

「ゲンちゃん、アンタ本当にキノコの神様に会ったのかい?」

「うん、本当だよ。毒キノコ食べて倒れた時にさ」

 事もなげにシシゾーが答えると、大工さんたちは信じられないというようにお互い顔を見合わせた。

「そりゃまたなんて無謀なことを! もしものことがあったらどうするんだ」

 おじさんに至っては、それこそ顔から血の気が引くくらい本気で心配してくれた。

「うん、まあ三日間寝込んでたらしいけどね。でもキノコの神様が助けてくれたし、だからこうして今、ここにも来られたし、結局は良かったよな!」

 あまりにもあっけらかんとシシゾーが話すので、みんなたまらず吹き出してしまった。

「まったく、そうに違いねえな! 面白い奴だなあ、ゲンちゃんは」

「今日は、ゲンちゃんと俺たちがこうして会えた記念日ってとこだな! あ、イノちゃんもな」

 すっかり〝ついで〟扱いされた僕だけど、僕は目立つのがあまり好きではないのでこれくらいがちょうどいいかな、と正直思った。

「こりゃあ、ぜひ村の長老にも会ってもらいたいところだが」

 ほこらの前に立っていた大工さんが、ややお茶を濁しながら言った。

「あいにく、今日はずっと眠っているから、明日にならないと起きないだろうなあ。長老は一日おきに、寝て起きてを繰り返すんだ」

 聞くところによると、この長老は若い頃から不思議な力を持っていて、起きている日は目に見えないものと交信することにエネルギーを使うため、翌日は疲れて寝てしまうのだそうだ。

「もっとも、あのおばあさま、一体いくつになるんだか、本当のところは誰も知らないんだよ」

「そうそう。こないだなんか、『昔は相撲で王様を決めたんじゃ』って言っててさ、いつの話だよ、ってね」

 そんな話をしてクスクス笑っていたが、彼らの表情はみな優しげで、その長老に対してとても親しみを感じているように僕には思えた。

「そうだ! せっかくだから、みんなで写真を撮ろう。写真に残しておけば、後で見てもわかるからね」

「よし! そうと決まれば急げ、急げ」

 こうして、村のはずれに住んでいる写真屋さんが急きょ連れてこられて、僕らは集合写真を撮ってもらった。これを現像してもらえば、長老が翌朝目覚めた時にも説明できて安心だろう。

「さて、今日はバタバタしてすまなかったね。じゃ、俺たちそろそろ行ってくるわ。カッちゃん、ごっそさん。またな」

「ああ、いつもありがとうな。道中、気をつけて」

 モミジ村の大工さんたちは、ぞろぞろとキノコ町を目指して出発した。自分が元いた場所にこれから向かっていくひとたちがいる、それを目の前で見ているというのはなんだかとても不思議なことのように思えた。運命の糸というものは、こうやって時々知らないうちに交差し合っているものなのかもしれない。去り行く背中たちを見送りながら、僕はそんなことを考えていた。



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