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イノシチ 旅に出る  作者: 宮本小鳩
16/20

第16話 ホホー鳥

 突然降りだしたひょう混じりの大雨は、一向にやみそうにもなかった。

 僕がコノハ、コカゲ、コノミの似顔絵を順番に描いている間に、スルメおばちゃんは使い込んだ電話帳を片手に、あわただしくページをめくりながら立て続けに電話をかけていた。

「……ええ、実はそうなんでございます。何分、急を要するものですからね。……そうですか。わかりました、お忙しいところ相すみませんです、ごめんくださいませ」

 カチャリ、と受話器を置くと、おばちゃんはふう、と短いため息をついた。

「なかなか難しいものですね。あまりにも、あの鳥の情報が少なすぎるので、著名な生物学者さん方のツテをたどって情報を募ってみたのですが……専門家でさえも、ホホー鳥自体を知らないとおっしゃる方もいて」

「そうなんですか」

 僕も、つられてため息が出た。子どもたちが、心配そうに僕とおばちゃんの顔をかわるがわる見つめた。

「もしかしたら、意外と専門家以外でご存知の方がいらっしゃるかも? なんて」

「うーん……」

 おばちゃんの少し自信なさげな言葉に、僕はなんとか協力したいなあと思った。とはいえ、平凡な似顔絵描きの僕にそのような知り合いなどいるはずも……いる……ん?

「あ、あの! ひょっとしたら、いるかもしれません!」

 気がつけば、垂直に手を挙げていた。

「まあ! 一体それは、どこのどなたですの!?」

 ものすごい勢いでおばちゃんに両肩をゆすられ、危うく僕は脳震とうを起こすところだった。

「えーと……ちょっと待ってくださいね」

 確か僕も電話帳を持っていたはず。落ち着いて、落ち着いて……

 リュックの一番底にあった電話帳を取り出しパッと開いたら、ちょうどそのページに彼の名前はあった。

 電話をかけるのはいつもちょっと緊張してしまう僕だが、今はそんなことなど言っていられない。思いきってダイヤルを回した。

 プルルルル……プルルルル……ガチャッ

 相手が受話器を取る音がした。ゴクリ、と思わず僕は唾を飲み込んだ。いつもこの瞬間が一番緊張するんだな。

『ハーイ! どちらさまぁ?』

 もっもしもし、と言うよりも早く、すっとんきょうなくらい明るい声が僕の耳に響いた。

『もしもし? もしもーし? あらァ、もしかして壊れているのかしら? ねえ、ちょっとどなたか来てくださらない? ワタシ、電話というものには不慣れなのデス』

 圧倒されて言葉を失う僕にはお構いなく、女性と思われる声の主は一方的にペラペラとまくし立てている。それを一方的に受け止めながら、僕の中の記憶が徐々に何かを思い出し始めていた。

「あの、もしもし?」

『あらァ、つながってるみたい! ねえ、あなた一体どなた?』

「えっ? えっと……僕は、イノシチといいます。ウリ山博士のお電話番号、ですよね?」

『イノシチ……まあ! あなた、イノね! ワンダホー!』

 もはや完全に、僕は相手を特定した。絶対に彼女しかいない。

「君は……ワール=ボイド!」

『イエース! お久しぶりね、イノ!』

 華やかでウキウキと弾んだその声の主こそ、以前イモガラ島に〝密入国〟したワイル島出身の自由奔放な女の子、ワール=ボイドであった!

 相変わらず、元気そうだ。でも、一体なぜ……? 先ほどからスルメおばちゃんたちが、心配そうに僕の様子をうかがっているので、いい加減本題に入らなければ。

「ねえ、どうして君が……ウリ山博士の研究所に?」

 僕の率直な問いにも、彼女は動じることなく楽しげに答えた。

『実は、今日はお忍びの研修でこちらにお邪魔しているのデス。新種のキノコをもっと効率よく培養させるためのコツを教えていただきに、ね』

 ふむふむ、と僕は感心しながら聞いていた。彼女の暮らすワイル島は、鉱物などの資源は豊富だけどあまり食料になるようなものが採れないので、最近発見された新種のキノコは大いにワイル島にとっての希望になっていた。実は僕もシシゾーも、そして何を隠そうボイドも、その新種のキノコの発見に活躍した身である。そして今は、キノコの専門家であるウリ山博士の研究所チームを中心に、より一層の研究が進められているのだった。……って、今はキノコの話どころではなかった!

「ボイド、今そこにウリ山博士はいる? ちょっと代わってほしいんだけど」

『ドクター? ドクター・ウリ山は、レストラン・イモガランテにお出かけになったわ。軽食を兼ねて、ワタシが今夜のダンスショーに出演させていただけるよう、掛け合ってくださっているところヨ。せっかく久しぶりに来たのだから、ぜひ一曲くらいは踊らせていただこうと思って。一夜限りの、スペシャル・サプラァイズ・プログラムよ! ああ、早くまたあのステージに立ちたいわァ。今からもう、待ちきれなくって』

 やはりそういう展開か、と僕は苦笑いした。常に思いつきで勢いのまま行動する彼女のことだから、きっとおとなしく研修に励むばかりじゃないのだろうと思っていたら案の定。しかも、いきなり昔踊っていたショーに出演したくなったからと、よりによってイモガラ島でもトップクラスに高名なウリ山博士を使い走りに出すとは!

「そうなのかぁ。じゃあ、博士はまだすぐには、戻ってこないよね?」

『んー、そうねェ。今出て行かれたところだから、まだかかりそうよネ』

 あっけらかんとして、まるで他人事みたいだ。困ったなあ。博士なら、もしかしたらホホー鳥のことも少しは知っているかと思ったのに。

『ねえイノ、どうかしたの? なんだか、元気がないみたいだワ』

「えっ? そ、そんなことないよ。……たぶん」

『たぶん、って何? 話してごらんなさいヨ』

「でも、君に話してわかるかどうか」

『話してみなければ、わからないじゃないのヨ~。ね、ちょうど休憩中だから、ぜひお話ししてよ、イノ』

 ボイドの勢いに押されて、僕はシシゾーのことはとりあえず伏せることにして、単刀直入に尋ねることにした。

「実は僕、急ぎの用事で、ホホー鳥という謎の鳥に関する情報を探してるんだ。何でもいい、どんな些細なことでもいいからさ、どんな姿をしてるかとか、何を食べるか、とか……一つでも多くの情報が欲しいんだよ」

『ホホー……鳥? そんな鳥、いたかしら? ねえじいや、アナタ何かご存知? イノがね……』

 おそらくボイドのすぐそばにいるであろう、〝じいや〟ことワイル島王室の執事の、低く穏やかな声がなんとなく聞こえてくる。少しばかり受話器の向こうで会話が続いた後、オホン、と咳払いが聞こえて、あーもしもし、と初老の男性の声に替わった。

『ご無沙汰しております。ワイル王室の執事でございます』

「あ、どうもお久しぶりです」

 この生真面目な執事さんに向き合うと、いつも姿勢がピンと正されるような気がする。あいさつもそこそこに、僕はさっそくホホー鳥のことについて尋ねてみた。

『ホホー鳥、ですか。そうですねえ……そのような名前は聞き慣れないのですが、私どもワイル島には〝さまよい鳥〟と呼ばれる巨大な鳥の伝承がございます。なんでも、大海原に擬態して、長い脚でこのあたりの沖合をウロウロと歩き回っているとか』

「さまよい鳥……たぶんそれです!」

 思いがけず、ホホー鳥の別名について知ることができた。僕のダイレクトな反応に敏感に反応したスルメおばちゃんが、素早く子どもたちに目配せして、すぐそばに積み上げてあった古代伝説生物に関する書物を調べ始めた。

『そういえば、その鳥と関係しているかは不明ですが、こんな話もございました。ワイル島には、もしもの時に備えて食料を蓄えている巨大な倉庫がございます。ある日突然、その倉庫がめちゃめちゃに破壊されてしまいました。ところが不思議なことに、いくつかある倉庫のうち、被害を受けたのはたった一つなのです。確かそれは、甘くておいしい果物の保管庫だったとか』

「果物の倉庫だけが?」

 もしかしたら、甘いものだけを狙って倉庫を狙ったのかな? それが〝さまよい鳥〟=ホホー鳥のせいだとするならば、この鳥はおそらく甘いものを好んで食べる種族ということになる。

『いやはや、あれはまことに不思議な現象でございましたな。野菜やキノコの倉庫には、傷一つついていなかったのですからね』

「それは確かに、不思議ですね」

『おお、そういえばもう一つ、思い出しましたぞ!』

 執事が、珍しく興奮気味になって続けた。

『なんでも、その倉庫が破壊される直前に、近くに住む者が不穏な地響きのような音を聞いたそうです。地響き、というよりはむしろ、低いうなり声のようでもあった、と言う者も複数おりました。そして、轟音と共に倉庫が破壊された後、その恐ろしい音はふっと鳴りを潜め、代わりに土笛のようにホー、ホホー、とのん気な音が聞こえてきた、とのことでした』

 ビンゴ! と僕は心の中でガッツポーズしたものの、お隣のワイル島にまで被害が及んでいたことが確定したのですっかり真顔になっていた。いよいよこれは、一刻を争う事態になってきたようだ。

『ね、何かいいヒントになったこと、あったかしら?』

 いきなり電話の相手がワール=ボイドに戻り、あわてて僕はもちろん、と返事した。

「とても役に立つ情報をありがとう、と執事さんに伝えてよ、ボイド。ディナーショー、うまくいくといいね」

『オー、こちらこそサンキュー! またお話できて、とっても嬉しかったワ! シシゾーたちにも、よろしく伝えておいてよネ』

 こうして、嵐のような通話時間が終わった。受話器を置くなり僕は、スルメおばちゃんにさっそく結果を報告した。

「あの! どうやらホホー鳥は、甘い果物を好む習性があるようです。ワイル島で、果物の倉庫だけが破壊された事件があったそうなんです。そしてお気づきでしょうが、ワイル島では〝さまよい鳥〟と呼ばれているそうです」

「ありがとうございます。これは大変、重要な情報です」

 スルメおばちゃんが、少しだけ微笑んで言った。はーいせんせい、と、子どもたちの一人であるコノハが元気よく手を挙げて尋ねた。

「ヤナギせんせい、でも、それじゃあなんでシシゾーにいちゃんがさらわれたんですか?」

「シシゾーにいちゃん、くだものなんかじゃないよね」

 と、コノミが首をかしげると、残ったひとりのコカゲがハッと顔を上げた。

「あのね、シシゾーにいちゃん、ポケットにバナナいれてた!」

 思わずその場にいた全員、同時に顔を見合わせてしまった。




 一方その頃、当のシシゾーはというと──

 シシゾーのタンクトップの首元をつまんだまま、のっしのっしとどこまでも歩いていくホホー鳥に、さすがのシシゾーもなすすべがなくつままれるままになっていた。ほんの数分前まで、おい、何するんだよーさっさと下ろせってば! とさんざん暴れて抵抗したのだったが、一向にホホー鳥が聞き入れてくれないので、もういいやと面倒になって諦めてしまったのだった。そして、シシゾーのズボンの後ろポケットには、さっき子どもたちを追いかけていく途中で拾ったバナナがねじ込まれて、本人にも忘れられたまま熟れた甘い匂いを放っていた。

 この特殊な状況に慣れてくると、自分が今、普段では考えられないくらい高いところから世界を見下ろしているのだ、ということが実感できるようになり、だんだんシシゾーにも心の余裕が出てきた。秘境の宿一帯、滝のそばの温泉など、つい先ほどまで過ごしていた場所が、手のひらに乗せたくらいに小さく遠ざかっていった。

「すっげえ! お前、いつもこんな景色を見てるのか」

 いつしかシシゾーは、ホホー鳥に親し気に話しかけていた。今はシシゾーをクチバシでつまんでいるホホー鳥は、ホホーと鳴くかわりにムー、ムー、とくぐもった声を出した。どうやら、その通りだ、と言っているらしい。

 ホホー鳥の身体の羽は、まるで緑がかった海のような色をしていて、頭のてっぺんには二本の長い羽根がピヨリと向かい風に逆らうように生えていた。胴体にはところどころ、キノコや苔が生えていて、シシゾーの目線のもっと下まで長く伸びている脚にはツタが絡まったりフジツボがこびりついたりしていた。真っ黒い墨を固めて磨き上げたような目がキョロリと見開かれて、明らかにシシゾーに興味を示しているのがわかった。

 ホホー鳥はあっという間にイモガラ島中腹部を横断し、あっという間に東の海岸が見えてきた。この東の海岸は、南北に長い砂浜が続いていて、イモガラ島で一番大きな海水浴場としても人気の場所だった。

「わー! 速いな、もう海まで来ちまった! おーい! おーい!」

 海風が気持ちよくて、ついシシゾーは歓声を上げてしまった。

 本格的なシーズンには少しばかり早かったけれど、既に砂浜にはバカンスを楽しむ観光客たちが結構いた。皆思い思いに砂の上に寝そべったり、バーベキューをしたりとワイワイ楽しんでいた。

 ところが! 

「おーい! 海はいいよな、気持ちいいよなー」

 突然の大地を震わすような響きと、頭上から聞こえてきた能天気な声に、彼らはびっくり仰天。

「えっ? 一体どこから声が……ひっ、ひいいいいい!!」

「キャー! 化け物鳥よ!」

 たちまちバカンスの客たちは、蜘蛛の子を散らすようにわらわらと四方八方に逃げ始めた。そしてその中には──親友たちと一緒にここにバカンスに来ていたシシヤマテルオもいた。彼は悠々と長椅子にもたれて、のんびりお昼寝の真っ最中だったが、そばで焼きトウモロコシやアイスを食べていた親友のタバタとポッキーがいち早く気づき、あわててシシヤマのもとに駆け寄った。

「おい、ちょ、シシヤマ! ヤバいよヤバいって、起きろよ!」

「……んあ? なんだよ、せっかく気持ちよく寝てたっつうのに」

 顔面蒼白のタバタとポッキーに両側から揺り起こされ、まだ半分夢うつつのシシヤマが目をこすりながら周りを見回すと、思い思いに楽しんでいたはずの観光客たちが悲鳴と砂ぼこりを上げながら逃げまどっているではないか。

「え? な、何だよこれ」

「いいから早く逃げるぞシシヤマ! 踏みつぶされたいのかよ!」

 シシヤマの巨体を何とか両端から抱えながら、どうにかこうにか走り出したところへ、全く思いもよらなかった言葉がシシヤマたちの頭上から降ってきた。

「あれー? シシヤマさん! タバタさんに、ポッキーさんも!」

 その声に、シシヤマ、タバタ、ポッキーの御三方はもしやと思い空を見上げた、瞬間、皆ギョッとして凍りついたみたいに動けなくなってしまった。

 そこには、海のカタマリみたいな色をした巨大な鳥と、その鳥のクチバシにつままれて宙ぶらりんになりながら手を振っているシシゾーの姿があったのだ!

「いやー、お久しぶりッすね! 元気ッすかー?」

「!?」

 シシゾーをくわえたホホー鳥は物干し竿よりもうんと長い脚をしなやかにくねらせて、三人があんぐりと口を開けて突っ立っているのにもお構いなく、その頭上をどしーん! どしーん! とまたいで、海の方へと歩いて行ってしまったのだった。

「……おい、今のって、まさかシシゾーちゃん……?」

「そ、そのまさか、だったよな」

 タバタとポッキーがひそひそ話し合うそばで、シシヤマは鳥とシシゾーの去っていった方をいつまでも見つめていた。

「……いや、元気ッすかー? じゃねえだろ……」

 自分が思っていたよりもはるかに、大変な事態になっていたのではないか、と衝撃を受けながら、シシヤマは震える声で呟いたのだった。


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