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イノシチ 旅に出る  作者: 宮本小鳩
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第15話 シシゾーを救え

 まったく、えらいことになってしまった。

 僕らは、民宿の大広間に集合して、この思いもよらなかったアクシデントに対処するべく会議を開くことになった。

 ひとまず心を落ち着けよう、ということで、温かいハーブティーをいただきながら、僕はスルメおばちゃんや子どもたちと輪になって座っていた。

「それで、その大きな鳥は、シシゾーさんをクチバシでつまみ上げて海の方へ去ったのですね」

「……はい」

 かわいそうに、シシゾーと直前まで一緒に過ごしていた子どもたちは、ショックのあまりうなだれて顔も上げられないでいた。中にはべそをかいている子もいて、僕はひどく胸が痛んだ。

 とはいえ僕も、内心はとても冷静ではいられなかった。何しろ、ここまで一緒に旅してきた一番の親友が突然さらわれてしまったのだから。

「僕がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに」

 気がつけば、そう呟いていた。

「身寄りのない僕と違って、シシゾーには家族がたくさんいるんだ。どうせなら、アイツよりも僕がさらわれるべきだったのに」

「いけません! そんなことをおっしゃるのは、いけませんよ」

 突然のスルメおばちゃんの叱咤に、僕は思わず縮み上がった。しょぼくれていた子どもたちも、その鋭い声にいっせいに肩をビクッとさせておびえた表情になった。

「それは必ずしも、美しい自己犠牲とは言えません。あなたにだって、家族以外にも大切なひとたちがいるのでしょう? そのように無責任なことを、軽々しく言ってはなりません」

 背筋をピンと伸ばして、広い大広間じゅうに凛と響き渡るおばちゃんの声は、どこまでも張り詰めていて隙がなかった。

「大事なのは、まずこれからどうすべきか、ということです。それは誰の目にも明らかなこと。一刻も早く、シシゾーさんを救出しなければなりません。そこで、」

 と、おばちゃんはそばに置いてあった何冊かの書物のうちの一冊を手に取り、付箋を貼ってあったページを開いて僕らの前に差し出した。

「まずは、シシゾーさんをさらった相手について知る必要があります。これは、我々の間に古くから伝わる伝説の怪鳥に関する情報です」

 おばちゃんが示したページには、僕がこれまで見たこともないような奇妙な鳥の絵が載っていた。船よりも大きいのではないかと思われる丸々とした胴体の下に、あまりにも頼りなく不安定に見える二本の細い細い脚が竹のようにスラリと伸びていた。けれども地に着いた足は意外にも大きく太い指で、一足歩くたびに地面が陥没しそうな感じは容易に想像できた。

「あっ! こういうかお、してた! ヤナギせんせい、まちがいありません」

 子どもたちがてんでに鳥の絵を指さし、興奮気味に叫んだ。その言葉で僕は、スルメおばちゃんが子どもたちからはヤナギ先生と呼ばれていることを初めて知った。

 ヤナギ先生、もといスルメおばちゃんは重々しく説明し始めた。

「イノシチさん、ここへおいでになる途中、地面にいくつか不審な窪みがありましたでしょ? お察しのこととは存じますが……あれらがまさに、今回シシゾーさんをさらった鳥の足跡なのです」

 ゴクリ、といっせいに唾を飲む音だけが畳の間に響いた。

「正式な名前は、誰にもわかりません。いつ、どこから来たのか、詳しいことは長年謎に包まれたまま。知る人ぞ知るこの巨大な鳥を、便宜上我々は〝ホホー鳥〟と呼んでおります」

「ホホー……鳥」

 ホホー、だってよ、と吹き出した子の頭を、別の子が軽く叩いた。バカ、笑うなよ、とたしなめながらも、その子もおかしくてつい吹き出してしまった。こら、真面目な話をしているのですよ! とおばちゃんに一喝され、彼らはまたしゅんとうなだれた。

「あの、僕、実はその名前を、別の旅人から聞きました」

 おずおずと手を挙げて僕が発言すると、おばちゃんは顔色一つ変えずに、やはりそうでしたか、とうなずいた。

「あまりその鳥のことを大きな声で言うものじゃない、とも言われました」

「おそらく、その呼び名を口にしただけで、その鳥を呼び寄せてしまうから、と考えられたのでしょう。ホホー、というのは彼らの日常の鳴き声であり、コミュニケーションの手段なのです。普段は呑気にホホー、ホホーと繰り返しながら、この島の周辺の近海を長い長い足でウロウロと歩き回っているようです。しかし、普段はどこで何をしているのか、何を食べて暮らしているのか、詳しいことはほとんどわからないままなのです。わかっているのは、特徴的な鳴き声と、このような外見をしている、ということくらいでしょう。

 基本的には海からほとんど陸には来ないはずなのですが、どういうわけか最近、予期せぬ襲来がありまして──それがよりによって、あのイノシシ探検隊の皆さまがテレビ番組の収録に来られてからわずか数か月後──ここへ来るための重要な手段である吊り橋が破壊されてしまったのです。ですから私どもは、極力お客様を危険にさらさぬよう、警戒を強めておりました。とはいっても、望んでお越しくださる方々には精一杯のおもてなしをさせていただきます。なるべくお客様に不安を与えないように、陰ながら努めさせていただき、できるだけ内密に処理する、ということになっておりました」

 やっぱりそうだったのか、と理解するのと同時に、そんなスパイ映画みたいな展開が実際自分のすぐ近くで行われていたのか、という驚きが生まれた。

 ……ハッ! とすると、もしかしたらこのひとたちって、本物のスパイなのでは……!?

 いやいや、まさかね。僕は考えをそらすように、おばちゃんの深刻そうに眉間に寄せたシワを見つめた。

 しばらくの沈黙の後、おばちゃんはようやく口を開いた。

「……ともかく! 一刻も早くホホー鳥の足取りをつかんで、シシゾーさんを奪還しましょう! お前たち、これからうんと働いてもらいますからね」

「は、はい! ぼくら、なんでもやります!」

 健気な子どもたちが次々と立ち上がって、もうメソメソせず、キリリと引き締まった眼差しでおばちゃんに宣言した。

「あの! 僕も何なりと、お手伝いします! というか、僕らのせいで皆さんにご迷惑が」

「イノシチさん」おばちゃんがやんわりと僕を制した。

「これはあくまでも、我々の営む民宿の敷地内で起こったこと。つまり、一切の責任は我々にあります。ご迷惑をおかけしたのは、私どもの方でございますゆえ」

「でも!」つい声が大きくなってしまった。

「それでも、僕はできる限り、自分の力で何とかしたいんです。僕はどうしても、シシゾーを助けたい。旅に出ようと僕を誘って連れ出してくれたのは、アイツなんです」

 僕の意外な気迫に押されたのか、おばちゃんはしばらく僕の真剣な顔に見入っていたけれども、やがて覚悟を決めたようにわずかに微笑みを浮かべた。

「わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、イノシチさん、あなたにもぜひ協力していただきましょう。ただし、あなたの身の安全は我々が責任を持ってお守り致します。そうでなければ、何とも示しがつきませんので」

「イノシチにいちゃん、ぼくらもがんばるから、ね!」

 見ず知らずの僕をそこまで想ってくれているのか、とついホロリとしてしまう。

「ありがとうございます。僕も全力を尽くします」

 ギュッと拳を握りしめて、僕はシシゾーを必ず取り戻すと固く決意したのであった。

 外は、いつしか雨が降り始めていた。

 ああ、洗濯物が、と叫ぶ声がして、表であわただしく走り出す音がした。かと思うと、その音が急にかき消された。屋根の上に、バラバラバラッ! と何か硬いものが一気に落ちてくるような大きな音がしたのだ。

「うわあ、ひょうが降ってきました!」

 仲居さんたちが、片手で洗濯物を抱え、もう片方の手で頭を守るようにして家の中へ駈け込んでいくのが見えた。いきなりこんな荒れ模様になって、シシゾーははたして無事だろうか、とまた僕の心の中に不安がどっと押し寄せてきた。

「困りましたね。これは、当分やみそうにありませんね」

 スルメおばちゃんがため息をついた。

「イノシチさん、すでに各地に散らばっている我々の仲間たちにも、援護を要請してあります。はやるお気持ちはわかりますが、今は動ける時が来るのを待ちましょう」

 そう言っておばちゃんは、懐から小さな筒のようなものを取り出した。

「これは、私どもの間に伝統として伝わる〝空気笛〟なるものでございます。一見普通の笛に見えますが、鳴らしてみると音がほとんど聞こえません。というよりはむしろ、普通ならば聞こえない音が、特殊な訓練を受けた私どもには聞こえるのでございます。これがあれば、ホホー鳥に気づかれることなく、身の危険を知らせることができます。この特殊な笛の音を聞き分けて、我々のいずれかがただちにはせ参じます。今のうちに、お渡ししておきましょう」

 やっぱりこのひとたちスパイだったのかも、と内心びくびくしながらも、僕はその笛を受け取った。

「イノシチにいちゃん、ほら、ぼくらとおそろい!」

 子どもたちがニカッと笑って、同じ形の笛をそれぞれ取り出して僕に見せた。この子たちなりに僕を元気づけようとしてくれているんだな、と僕は心がじんわりするのを覚えた。

「ねえ、君たち。お願いがあるんだけど」

 なになーに? と寄ってきた子どもたちの顔を順番に見渡して、僕は思いきってお願いしてみることにした。

「何もしないで待ってるのもアレだからさ、もしよかったら、君たちの似顔絵を描かせてもらいたいんだけど、いいかな?」

「にがおえ? うーんとね……いいよ!」

 子どもたちはだいぶ僕にも慣れてきてくれたようで、率先してぼくから! いや、オレから! と手を挙げてくれた。

「ありがとう! じゃ、君から始めようか。えっと、名前は?」

「ぼく、コノハ!」

「オレはコカゲ!」

「コノミだよー!」

 無邪気な子どもたちに、思わず笑みがこぼれる。そうだ、何か予想もつかなかったことに出くわしてパニックになりそうになった時、何も考えず真っ白なスケッチブックを広げて心のままに絵を描いていると、少しずつ心が落ち着いてくるんだった。ようやく、それを思い出した。

(シシゾー、頼むから無事でいてくれよ)

 心でそう願いながら、僕は白い紙のキャンバスに、新たな色を描き始めた。


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