第四話 真実
「なんでアンタレスが! というかさっきまで昼間だったのに、なんで!?」
雨があがると同時に、空には一面の星空。それだけではない、時間が進み周りの景色まで夜になり、そして、季節までがらりと変わっていた。
「これは、わたしが創った世界。夏なのは、夏が好きだったから。それと、ううん、一番の理由は“あの日”浩太に会ったから。そして、浩太にお礼を言いたかったから」
「世界を作るって、そんなことできるわけ……」
「できるよ、浩太だって。だって、浩太が見てた世界は、冬の世界は、浩太が好きで創ったんだから」
「えっ?」
「本当の浩太は、ううん、浩太が最後にいたのは夏なの」
最後、夏、本当の自分。莉那から語られる単語の一つ一つが、浩太の心に響いていた。
理解したくないような、理解しないといけないような、そんな不思議な気分を浩太は味わっていた。
「なんでこうなったのか、聞きたい? それとも、また今まで通りにしていたい? わたしは覚悟を決めたから、選んで、浩太」
真剣な表情で尋ねる莉那。
おそらく、“聞きたい”と答えたら、もう莉那には会えないだろう。浩太はそう理解していた。
だけど、浩太は不思議と迷いなく答えは決まっていた。
「聞かせて欲しい、全部」
莉那は、浩太の回答に笑顔を向けると、ゆっくりと頷き、話し始めた。
6月18日。梅雨の時期にしては珍しく、この日は最高気温30度超えの晴れだった。
「ふわあぁ。今日は朝から暑いな~」
204号室。浩太は、学生寮の自分の部屋から出てくると、大きな欠伸をした。
ふと、隣の203号室のドアに目をやる。
(この寮に入ってもう2ヶ月になるけど、隣の人に一度も会ったことないな。久野さんだっけ? 学部が違うのかな?)
浩太はそんなことを考えながら、1階の駐輪場へと向かっていった。
「あら、浩太くん。おはようございます。今日も眠そうね? 昨日も星を見てたの?」
「おはようございます、寮母さん。星はいつもですよ、日課なので」
浩太は、掃除をしていた寮母さんに答えながら、自転車に乗った。
「もう行くの?」
「一限からなので。夕方には戻りますよ。じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
浩太は寮母さんに挨拶すると、自転車で大学へと向かっていった。
「寮母さん、おはようございます」
「あら、莉那ちゃん! 真っ白いワンピースなんて、夏らしい恰好で可愛いわね。今日は早起きだけど、莉那ちゃんも一限からかしら?」
浩太が出発した直後、莉那は部屋から出てくると、階段を降りて、寮母へと挨拶した。
「いえ、今日は二限と三限だけです」
莉那はそう答えながら、浩太の進んでいった方向へと目を向けた。
(確か、隣りの部屋の浅井くんだったかな? 話したことはないけど、なんとなく気になるというか。天体観測のためにいつも夜中に出かけてるのは知ってるんだけど……。星ってそんなに見るの楽しいのかな? いつか教えてもらいたいな)
「ちょっと出かけてきます」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
莉那は朝ごはんを買うために、近所のコンビニへと出かけていった。
同日、夕方。
「浩太、今日はバイトだっけ?」
「うん、この後バイトだから一回帰らないと」
「そうか、バイトがんば!」
「サンキュー!」
今日の講義が終わり、浩太は友達と別れると、バイトの準備のため一度帰宅することにした。
自転車を走らせていると、寮のある方から黒い煙が上がっているのが見えた。
ウー! カンカンカン! ウー! カンカンカン!
消防車のサイレンが近くから聴こえた。
浩太は嫌な予感がし、急いで帰宅することにした。
「そんな!」
浩太が戻ると、そこには、炎が燃え盛り、火事になった学生寮があった。
「寮母さん! いったい何が!?」
「あぁ、浩太くん! ごめんなさい、寮が……。わたしの不注意で! まだ、まだ!」
「寮母さん、落ち着いてください! どうしたんですか?」
「まだ、久野さんが、久野さんが中に!!」
「えっ!?」
寮母さんの言葉に、浩太は戸惑いを覚えた。
目の前にはもう手遅れと言わんばかりの火の手が上がっている。
(この中に、まだ人が?)
浩太がふと視線を移すと、消防用だろうか、近くに水が一杯入ったバケツが置いてるのが見えた。
浩太は、それを頭から被る。
「浩太くん!?」
「寮母さん。僕が、久野さんを助けます!!」
浩太はそう言うと、燃え盛る寮の中へと入っていった。
「久野さん! いたら返事をして! 久野さん!」
煙と炎が広がる中、浩太は必死に莉那を探した。
(煙で前が見えない。それに、すごく暑い)
「ごほっ! このままじゃまずいな。早く見つけないと」
煙と炎に邪魔されながら、浩太は少しずつ進む。
2階に上がる階段の手前まで来ると、そこに横たわる少女が一人いた。
(顔も知らないけど、たぶん彼女だ)
「久野さん!」
浩太が呼びかけるが、反応はない。どうやら逃げている最中に意識を失ってしまったようだった。
浩太は急いで彼女のそばに行くと、彼女をおぶさり、外へと戻り始めた。
と、先ほどまで階段だったものが、間一髪、彼女がいた場所に降り注いだ。
「ごほごほっ! あ、危なかった」
浩太は、力を振り絞り、なんとか外まで戻る。
外で心配そうに待っていた寮母さんに莉那を預けると、そこで浩太は意識を失った。
消防隊が辿り着いたのは、このすぐ後だった。