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猿酒  作者: ふりまじん
付録 音声ソフト用
7/7

音声用3

「けし、ですか。」

用心深く赤い液体に口をつけた、りきゅうが眉をしかめた。けしは、ふるくから薬として一部の学者に知られてはいたが、最近、外国じんと付き合いのあるしょうにん達は、警戒を強めていた。


その様子にひでよしは、退廃的な憂いを含んだ笑いで答え、圧縮した怒りをひた隠しながら、表面上穏やかに語りだした。


「馬鹿にされたものよのう。このわしに、このような、低俗な毒をもろうとは。南蛮じんは、表向きはチヤホヤと、みみざわりの良い言葉を発しながら、なにゆえ、このように、見えすぎた悪さを仕掛けてくるのか。猿と呼ばれ、わしをわろうた連中ですら、ここまで、命知らずなそそうはしなんだが、りきゅう、南蛮じんには、わしは、どのように見えているのであろう?」

ひでよしは、答えの必要がない質問をりきゅうに投げる。

りきゅうは、すべてを燃やし尽くすような、激しい怒りを抱えながら、ひでよしが黙ってその南蛮じんをかえしたことが不思議だった。


「それではなぜ、帰国をお許しになったのですか?あなた様なら、あの南蛮じんたちを油でに殺すことも出来たでしょうに。」

りきゅうも世間話でもするように恐ろしい質問で返す。

が、晩年のひでよしは、身内であろうと、キリシタンであろうと、手加減は無かった。りきゅうも何処かで、自分の中の、心の価値観が、変わってきていることに気づいてない。


りきゅうの質問に、ひでよしは不意をつかれて、驚いた顔を一瞬してから、楽しいことを思い出したように、急に穏やかに微笑んで、右手に持った猿酒の盃を見つめて、一気にあおるように飲んだ。


「そうだな。夢の礼というところか。実際、いい夢を見られた。暖かい島国、シチリアとか言う所で、わしは、漁師の息子として生まれ、人々に可愛がられて、たくさんの知識を手にいれた。広い世界を巡り、わしの身の丈より長いたちを振るう、大男を何人も引き連れて、残酷で、退屈しない、いい人生を思い出せた。それと、あの南蛮じんの葡萄しゅ。あれの正体を、昔のわしに教えてもろおた。」 けしの効能と毒性については、最近、チラホラと、りきゅうの耳に入ってきていた。ひでよしは、機嫌良く饒舌に語る。りきゅうはその様子を静かに見守る。



けしについては、ふるくからの文献もあるが、ここ最近、その様子も変わってきているようだった。


りきゅうは、しっていたろうか。16世紀、コロンブスのアメリカ発見から、タバコと喫煙と言う方法が、短期間で世界中に広がったらしい。けしの成分もまた、喫煙と言う方法をとることで、より、嗜好性が高く、中毒になりやすくなったことを。


西洋では、薬として使われていると聞いていたが、古代エジプトに文献があり、鎮痛剤として使われていて、ローマ時代には鎮痛剤や催眠やくとして使われたようだ。wikipediaより。堺の商人のあいだでは、それで、大金を稼げるような話を、するものもいるらしい。


あの薬は、ちゅうどく性があり、一度服用すると、再びそれを欲しがるようになり、末期にはけしのために、人殺しすら、平気で出来るようになるらしかった。

南蛮じんは、いっけん優しそうに近づいて、国を内側から壊して行く。長いいくさから、やっと手にした、天下太平だ、奴らに、ひっかき回されるわけにはいかない。


かんの鋭いひでよしが、この酒を口にすることで、何か、言われもない、暗い未来を見通したのだろうか?

ひでよしには、どおりを越えた先見のめいがあった。本能じからの対応の早さもそうだが、人知を越えた何か、おそろしい雰囲気を、ごくたまに垣間見ることがある。そんな時は、決まって、あの、耳障りな、カラスの声のようなかんだかさが消え、背筋に張り付くような、重苦しい低い声になるのだった。そして、その声で、ひでよしは話を続ける。

「あの葡萄しゅは、もとはみき。ギリシアというくにの巫女が、神を降ろすときに使う神聖な。。。」

ひでよしは、言葉を一瞬失って、その瞬間、部屋の温度が急に低くなったように、りきゅうは感じた。


背中に、ゾクリとする不安がのし掛かる。


酒に酔ったのか、ほほを紅潮させて、別の世界を見ているような、不安定に視線を何かに合わせるひでよしが、みえないものに激しく怒りを感じている。

「あれらは近い未来に、あらたまで世界を埋めてゆく。やまとのくにをもおびやかす。先人が守った、神のみわざをけがしながら。」

ひでよしは、顔を上に向けて空を睨むと、次の瞬間、ふいに、りきゅうの両手をつよく握った。


深いおそれが、重く下半身にのし掛かり、心臓がはやがねのようにうち震える。


激しい耳鳴りの中、りきゅうは、小さな作業小屋に、半透明に繰り広げられる遠い異国のやくがいをみた。


長いパイプを片手に、痩せ細る、けし中毒の人々、


退廃するまち


けがれ、のたうつ、異国の土地がみと子供たち。


燃えるはたけ、激しい憎悪。

強国、しんを討ち滅ぼす、銃と大砲のおと。

やがて、ひでよしは、りきゅうの手を放し、酔った顔のまま、われにかえる。

が、りきゅうはいつもの穏やかな顔を作りながら、激しく混乱する気持ちを落ち着かせようとつとめる。


「だから、わしは、本物を持たせてやったのよ。本物のみきを13本。」

ひでよしは、イタズラを仕掛けたことを打ち明けるように、意地悪くりきゅうに笑いかける。

「それは、先程、私の頂いた猿酒のことでしょうか?」

りきゅうは、自分がひでよしに、試されていることを自覚した。

先程の、不思議な女の幻想もまた、猿酒の効能か。


「そうじゃ、なれど、わしの酒は本物じゃ。善人には悪さはせぬ。酒というのは唯一、頭を刺激するのだそうだ。脳みその、なかには、神と出会えるやしろがあってな、そこをこの酒で満たすと、神を体に、降ろすことが出来る。おにか、めがみかは、そのひと次第じゃが。」

ひでよしは、楽しそうに魂を浮遊させて、りきゅうに熱弁を振るう。


それでは、私はどうだったのだろう?


一人だけ、酒に酔えない人物のように、りきゅうは至極、常識的な世界に取り残されて、不安になる。


この酒をもう少し、多量に飲みさえすれば、先程の幻覚の女に、再び出会えるとでもいうのだろうか?


「私には、神は降りてきませんでしたが。」

りきゅうは呟いた。

「りきゅうどのは、よき人じゃ。この酒は人を選ぶ。封を切った瞬間、飛び出す酒の気に試される。たくらみごとを胸に秘めた人間は、酒の気に触れた途端に、鬼に変わる。よき人は酒の気にふれると、うたたかの夢を見て、起きるのみだ。わしは、南蛮諸国にたからものと親書を託して、酒を持たせたが、果たして、かの国にたどり着けるか。」

ひでよしは、持たせた宝の運命を、知っているような口ぶりで苦く笑った。


「私が鬼に変わっていたら、とは、お考えにならなかったのですね?」

りきゅうは、子供の不注意を諭すような口ぶりで、ひでよしにいった。

ひでよしは、それを聞いて、嬉しそうに顔を崩して、愛嬌のある笑いがおを作り出す。

「りきゅうどのが?それはありえない。あり得るわけはない。」

ひでよしは、願望を押し付けてくる。りきゅうは穏やかにそれをいなす。

りきゅうのつれない姿に、少し傷ついたように、ひでよしは目を細めた。

「まあ、たとえ鬼に変わろうと、わしは構わぬが。一緒に鬼神の夢に狂うのも楽しかろうて。」


それは、ひでよしの独り言だ。

りきゅうは、何も答えずに、ひでよしと言うモノを、畏怖の念を持ちながら見つめた。



「りきゅう。実際、鬼神と化して狂うのも、悪くないものじゃ。南蛮じんは、13という数字を忌みきらうが、数字が不吉なのではない。数字に自分の悪癖を見るから、不幸になるのだ。しかし、それも慣れてしまえば。。。それもまた、よきものだ。」

ひでよしは、遥か遠くに目を向けている。

りきゅうはふと、本日、出航をした南蛮せんを思い出した。

彼には先読みの不思議な力は無いが、物事を洞察し、未来を導き出すことは出来る。


先程、ひでよしは、13本のみきと言った。


しかし、西洋では、13という数字は不吉で、物の単位は12である。


不吉な一本を、船の人間が、不正に処分してしまったとしたら。


例えば、自らで封を切り、飲んでしまうとしたら……。


たいかいの船の中、悪癖に酔って、あらたまを降ろした、鬼神の暴れるせんないは、どのような惨劇が、立ち上るのか。


微かに残るみきのきに酔って、全てを掻き消してしまいたい衝動にりきゅうは陥った。


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