第一話 秀吉と利休
閲覧ありがとうございました。沢山の評価と閲覧。うれしかったです。
ウェブならではのサービスを考えていて、音声ソフトに朗読させる人がいると聞いたので、やってみました。
音声用の文字の誤字機能では、出来れば、ひらがな変換でお願いできれば。と、思います。
城下から少し離れた田舎に利休は呼ばれて足を運ぶ。
静かな昼下がり、竹林を抜けて川の音に近づく頃、約束の場所につく。
それは、少し立派な平屋の民家で、竹で編まれた柵があり、飛び石を踏んで渡ると打ち水をした、小さいながらもコザッパリとした玄関にたどり着く。
そこから使用人の少年の案内で廊下を歩く、すると手入れの行き届いた庭が、利休の右横で展開してゆく。
まだ、日は高いはずだが、柵の向こうの竹林と、水をふんだんに含んだ苔の絨毯の広がる庭は、どことなく薄暗く、それでいて、気持ちを落ち着かせる。
どこからか、雑草を燃やす薫りが、遠くから流れてくる川の音を含ませて利休の気持ちを心地よく湿らせてゆく。
あまりの穏やかさに、利休は、少し不安になる。
ここへ自分を呼び寄せたのは、間違いなく太閤殿下なのだ。
しかし、これは殿下の趣味から外れている。あの明るい金と赤を好む、あのお方の趣向とは思えない。
しばらくして、廊下の外れに来ると、案内の少年は、離へと案内するために縁側を降りて、利休に草履を差し出した。
縁側を降りると、飛び石の向こうに、小さな作業小屋が見える。
「あちらで太閤様がお待ちしております。ここからはお一人で向かわれますよう申し使っております。」
少年は辿々(たどたど)しくそう言って利休に頭を下げた。
よくみると、利発そうな器量のよい少年ではあるが、どこか、あか抜けないぼくとつとした部分が透けて見える。
この土地の少年だろうか。
利休はふと、少年に太閤殿下の少年時代が重ねて見えた。
いつもは、少し、憂鬱になる殿下のお茶会だが、今日は不思議と興味を引かれ、心がときめく感じがする。
「わかりました。お下がりなさい。」
利休は、穏やかに少年に微笑みかけ、彼を緊張の呪縛からほどいてやると、静かに、かの殿下の待つ小屋へと向かった。
作業小屋の周りは見た目以上に清掃され、打ち水をされていた。
古びた引き戸は手をかけると、思いがけず素直に開き、中の風景を利休にさらした。
囲炉裏や柱は長い間の煤をかぶってはいたが、毎日の手入れの良さで、窓の光を受けて黒曜石のように滑らかな光を滲ませている。
窓からの光は、白い薄絹の幕のように、囲炉裏と部屋を分断するように部屋を流れていて、どことなく、利休の本能の部分の懐古趣味を刺激する。
一幅の水墨画のようだ。
遠くから流れてくる川の音、近くの農民が草刈りをしたばかりの、爽やかな草の香りを含んだ夏風を胸に納めながら、利休は豊かな時間をしばらく楽しんだ。
「利休殿、おお、参られたか!」
突然、部屋の奥から赤地に金糸の刺繍の着物を羽織った秀吉に、からすの鳴き声のような鋭い口調で声をかけられて、利休は夢から覚めたように辺りの風景が色褪せてゆくのを感じた。
「これは太閤様。お久しゅうございます。」
利休は、穏やかな作り笑いを浮かべて、光の幕の向こうから、人懐っこく利休に駆け寄る秀吉に頭を垂れる。
「ああっ、よいよい、そのように畏まらなくとも。今日は夢見が良くてな、子供の頃に戻って利休殿と遊ぼうと思うてな、秀吉と呼んでくだされ。」
耳障りな甲高い大声で、秀吉は慈愛のこもった言葉をかける。
「ありがとうございます。それでは、私も利休とお呼びください。秀吉さま。」
利休は、上品に面をあげて、柔らかい作り笑いを浮かべながら、注意深く秀吉を観察する。
秀吉と利休。
呼び名としては、それほど親近感の感じない名詞の意味を10畳ほどの狭い小屋全体から探る。
秀吉は、一見ふざけたような行動をとりながら、相手の心情を的確にとらえる男だ。
一瞬の油断が、一族、一門の命を奪うことすらある。
「立ち話もなんじゃ、さあさ、まずは座ってゆるりとなされよ。」
秀吉は上機嫌で利休を誘う。
しかし、利休は気を緩める気など一筋もない。
秀吉の機嫌は、秋の空のように変わりやすく、ひと度嵐が訪れれば、夏の雷のように激しく残酷なのだ。