【第9話:空耳だったらしい】
「この辺りかな?」
オレはカリンさんから貰った難解な地図を片手に、お薦めの宿『妖精の呼子亭』を探していた。
「まるで宝の地図だな……この線はこの道であってるのか……?」
やはり並んででも他の受付で聞くべきだったと少し後悔しながらも、10分ほどで何とか『妖精の呼子亭』を見つける事ができた。
「しかし、これはまた何とも……」
見つけたのは見つけたのだが……派手だ……。
それにいたる所に妖精のオブジェが飾ってある。
「呼子で妖精呼びすぎだろ……」
しかし、村を出てからずっと緊張していたのか、今日はもう疲れきっていて今更他の宿を探す気力はない。
たぶんこの疲れの一端はカリンさんのせいだと思うのだが、今は言うまい……。
「あ! お客さんですか!」
オレが宿の外観に圧倒されて中々一歩を踏み出せないでいると、10歳ぐらいの女の子が声をかけてきた。
「たぶんそうです」
「え? たぶん?」
「あ。はい。お客さんでいいです」
オレは諦めて『妖精の呼子亭』に泊まる覚悟を決める。そう。ちょっと覚悟が必要だったのだ。
「ん? お客さんなんですよね? じゃぁどうぞです!」
女の子はオレの曖昧な返事にキョトンとしながらも宿に案内してくれる。
「お母さ~ん! お客さんだよー!」
女の子がそう叫ぶと、奥の調理場らしき場所からふくよかな肝っ玉母ちゃんっぽい人が出てきた。
「いらっしゃい! 泊りかい? それとも食事かい? 昼食ならちょうど準備できた所だからいつでも食べれるよ!」
そう言えばさっきから良い匂いが漂っていて、涎が落ちそうだったんだ。
「ギルドでカリンさんから紹介されて来たんですが、泊まりでお願いします。料金はいくらですか? あと、お腹ペコペコなので昼食もお願いします」
名前を出せば安くなると聞いていたので、とりあえずカリンさんの名前も伝えておく。
「まぁ! あの子ったら! ちゃんと宣伝してくれているのね。一人部屋でいいわよね? 泊まりは1泊朝晩2食付きで大銅貨2枚。昼食は銅貨3枚よ」
この街での1泊2食付きの宿は、安い所でもだいたい大銅貨3枚と聞いていたのでかなり安い。
ちゃんと儲けがあるのだろうか?
「わかりました。それじゃぁ5泊分と昼食代です。でも、こんな安くて大丈夫なんですか?」
思わず聞いてしまった。
カリンさんの名前をだして無理に割り引いているなら、しばらく泊まるつもりだし悪い気がしたのだ。
「あらまぁ、優しい冒険者さんだね。これがうちのいつもの値段だから心配しなくても大丈夫よ」
名前を出せば安くなると聞いたのは空耳だったらしい……。
「はい。では、これからしばらくの間よろしくお願いします。オレはコウガと言います」
「出来た子だねぇ。私は『コイル』。この子は私の一番下の娘で『カノン』。ちなみに上の子が『カリン』よ」
カリンさんは自分の家だったから物凄い勢いでプッシュしてきたのか……。
「コウガお兄ちゃんよろしくね! お母さんのご飯美味しいから期待してていいよ!」
カノンちゃんの可愛さと、この後食べた昼食が凄い美味しかったので良しとしよう。
~
オレは昼食を頂いた後、案内された部屋でようやくほっと息をつくと、餞別でもらった水筒に魔力を注いで水をためて一気に飲み干す。
「ぷはっ。皆には感謝だな。しかし……部屋の中は普通で良かった……」
宿の外観や1階の食堂の飾りつけは、これでもかというほどの妖精のオブジェで埋め尽くされており、泊まる部屋も同じ状況だったらどうしようとちょっと心配していたのだ。
妖精はこの部屋にはいないようで少しホッとした。
オレはベッドに ぐでん と横になると、さっきギルドで貰った冊子を広げて読みはじめる。
冒険者としてのマナーやルール、罰則などが載っている他、パーティーの組み方や依頼の受け方なども載っていたが、どれも母さんから聞いていた内容通りだったので軽く読み飛ばす。
ただ、明日の初心者講習については内容を知らなかったので、しっかりと確認しておく。
「えっと……軽い講義があるのか。内容は……冊子に書いている話を聞くだけかな? それで最後に実力をはかるための実技訓練があるのか」
実技訓練では、自分の武器や防具を持っていれば持ってくるようにと書いてあった。
オレは母さんが昔使っていた予備の槍を貰ったので武器の方は問題ないが、女性用の皮鎧はさすがに着れないので持っていない。
明日またお薦めの防具屋を聞いて買いに行ってみよう。
そんな事を考えていると、オレはいつの間にか寝てしまっていたようだ。
突然ドアがドンドンドン! と、勢いよくノックされる音に起こされる。
「は、はい! ちょっと待ってください」
オレはあたふたとしながらも部屋の入口にかけよってドアを開けると、そこには黙っていれば美少女の受付嬢カリンさんがニコニコしながら立っていた。
「あ、あの! 今日は私のカウンターに並んでくれてありがとう! これから担当になるのでよろしくお願いします!!」
そう言えば彼女の家でもあるんだったな……。
彼女はそれだけ言うと、オレの返事も待たずに走り去ってしまう。
どうやらオレの受付担当はもう彼女以外に逃げ道はないようだ。
オレは危うく寝過ごして晩飯を食べ損ねるところだったので、少しだけ感謝しながら部屋のドアをそっと閉めるのだった。
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公開初日なのに予想以上の方に お読み頂いているようで
本当にありがとうございます<(_ _")>
嬉しいので今日は少し追加でアップ!! (*ノωノ)
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