【第43話:鳩が豆鉄砲】
「やっぱり間違いないみたいね~。私が100年前に施した結界が解かれているわ~」
まぁどうしましょう~? と言って手に頬を当てている姿は緊迫感の欠片もないのだが、ビアンカの様子を見るに一大事のようだ。
「そ、そんな!? 学院長が1年がかりで施した結界ですよね!?」
あれ? 何か聞いた話だと封印があって10階より先に進めないから攻略が止まったって言ってなかったか?
「あ!?」
「あ?」
あ?なんでしょうか?
「あぁぁぁ!? あなた達! この事は絶対に他言無用よ!」
オレ達はビアンカに他言無用だと何度も約束させられた上で真実を聞かせてもらった。
別に教えてくれとは言っていないのだが……。
~
昔、この国は大勢の兵士と当時有名だった高ランクの冒険者を雇って大々的にこの塔の攻略を始めた。
攻略は国が主導で行なっていた事もあり、豊富な人材と資金が投じられて瞬く間に7階 まで進める事に成功する。
塔の攻略の状況は市民や他国にも喧伝され、それはいつしかこの国の威信をかけた大プロジェクトになっていた。
そしてその攻略が10階に到達した時だった。
大量のゴーレムが押し寄せ、攻略部隊ははじめての惨敗を喫する事になった。
今まで順調だった事を喧伝していただけに、負けるわけにはいかないと沢山の兵が投じられた。
しかし、ストーンゴーレムを中心とした魔物は武器では攻撃が通りにくく、かといって魔法も生半可なものではすぐに回復してしまい、泥沼の様相を呈する事になる。
様々な手を尽くした王国であったが、事態は完全にこう着状態になりつつあった。
その時、たまたま食客として招かれていたのが当時大陸で勇名をはせていたS級冒険者のウィンドアさんだった。
ウィンドアさんを加えた攻略部隊は、その日のうちに10階の石の魔物達を討伐する事に成功する。
しかし、勢いづいた攻略部隊はウィンドアさんの制止も聞かず、そのまま11階の攻略に向かってしまう。
攻略部隊には他にもS級冒険者の剣士や、その冒険者に匹敵する強さの王国戦士長などが揃っており、物理攻撃が普通に通る敵であれば、負けるはずが無かった。
その負けるはずが無い攻略部隊は、しかし12階への階段目前、扉の前に現れた『たった1匹の魔物』に全滅させられる。
いや。正確に言えばウィンドアさんを除いて全滅させられた。
ウィンドアさんは最後まで皆と一緒に戦い、魔法であらゆる支援を行なったが、頼りのS級冒険者と王国戦士長が倒された後は、もう戦いにすらならなかった。
幾重にも結界を張って追っ手を妨害する事で何とか10階まで辿り着いたウィンドアさんは、丸一日かけて自身最強の結界魔法を施し、事の顛末を王国に報告した。
しかし、王国は真実を公表するのを嫌がり、あくまでも解けない封印があったから攻略は10階で打ち切ったと言う事にして、真実は王国の重鎮とウィンドアさんだけのものとなった。
~
「なるほどね。でも、ビアンカさんが言ってた一年がかりで封印って言うのは?」
「あららら? それは~ビアンカさんが目をキラキラさせながら話を聞いてくれていたので、つい盛ってしまいましたわ~」
鳩が豆鉄砲を食ったようなとは、きっと今のビアンカみたいな様子をさす言葉なんだろうな……。
「……えっ……」
リルラのお婆ちゃんの自由奔放振りが凄い……。涙目になって学院長に抗議するビアンカがちょっとだけ可愛くて、そして可愛そうだった。
「そ、それより! さっき話したから理解してもらったと思うけど、封印が解けてるなら早くもう一度張り直さないと危険なの。あなた達が冒険者なら事後だけど指名依頼を出しておくから、詠唱中の学院長の護衛をお願いしたいの」
まぁリルラのお婆ちゃんだし、オレ達に断る理由もない。
「わかったよ。それじゃぁウィンドアさんとビアンカさんの護衛って事で受けるよ」
「わ、私は! ……わかったわ。あなた達が私よりずっと強いのはさっき見たものね。じゃぁ、私も含めてお願いするわ」
しかし、さっきから全部ビアンカが決めてるが、ウィンドアさんはそれで良いのか……。
≪主よ。ちょっと良いだろうか? 少しの間隠蔽を解くぞ≫
「え? ちょっと待って、どうしたんだ?」
突然だったので先に理由を聞こうと止めようとしたのだが、既に隠蔽を解いてしまった。
「へ? ……ど、ドラゴン? ……何でこんな所に? ……あれ? さっきからいたわよね? ……いったいどう言う事?」
「あららら? 私の目まで欺く隠蔽魔法なんて初めて見たわ~凄いドラゴンさんね~」
ビアンカが理解が追いつかずに混乱し、ウィンドアさんは自分が見抜けないような隠蔽魔法に驚く……いや、これでも本気で驚いているようなんだ……。
「すみません。後で説明しますので、ちょっとジルと……あぁこのフェアリードラゴンと話させて下さい」
≪主よ。急ですまないな。ちょっと手遅れになってはならないと思って、先に行動させてもらった≫
「それは良いんだが、手遅れって何か不味い事が起こってるのか?」
≪主は我が抑えているステータスを解放すれば死なないかもしれぬが、他の者が危ないのでな≫
ジルはそう言うと膨大な魔力を解き放ち、
≪喰らい尽くせ『次元の顎門』≫
迫るソレを呑み込んだ。




