【第4話:黙ってて欲しいんですが】
冒険者になると覚悟を決めてから8年の月日が流れ、オレは13歳になっていた。
特訓を始めてから1年ぐらいは、冒険者になるとか言った自分を本気で殴ってやりたいと思うぐらい後悔した。
本当にそれはもう毎日鬼のような特訓が続いたのだ。
いや、むしろ鬼の方がマシなんじゃ無いだろうか?
母さんオーガよりずっと強いみたいだし。
秘密の遊び場はあれから秘密じゃなくなり、地獄の特訓場になった。
でも、その甲斐はあったと思う。
オレは母さんの槍術を受け継ぎ、今日ようやく免許皆伝を言い渡された。
「本当によく頑張ったわね。ここまで才能があるなんて正直思いもしなかったわ。これでコウガ、あなたは『黒闇穿天流槍術』の免許皆伝とします!」
高々と宣言したその顔は、誇らし気で喜んでくれているようだったが、どこか寂しさも浮かべていた。
「はい! ありがとうございました!」
オレはいつも特訓中は師匠と弟子として接しているので、深々と頭を下げて礼をする。
「わかっていると思うけど、あなたはまだ魔物とあまり戦ったことがないからステータスが低いわ。武術としての腕はもうその辺の冒険者なんて目じゃ無いと思うけど、決して油断しないで」
この世界『異世界クラフトス』ではステータスという概念が存在する。
数値などで具体的にその値を知る事は出来ないが、このステータスは単純な肉体の強さとは別のベクトルで存在しており、魔物などを倒すと、その身に宿る魔力を吸収する事で上がっていくのではないかと考えられている。
そして研究により、パーティーを組む事で最大5人まで一律で強くなることが出来るのがわかっている。
だから、冒険者は5人まででパーティーを組むのが一般的だ。
ちなみに騎士団や国の兵士も訓練で魔物退治などに向かう時は、その恩恵を受けるために5人ごとに小隊を組んで行動しているそうだ。
「わかってるよ。オレはまだ実践は母さんと一緒に数回しか経験していないし、魔物も弱いのを数えるほどしか倒していないからね。冒険者やってる人達みたいにステータス強化されていないのはちゃんとわきまえてるよ」
たまにゴブリンやフォレストウルフといった魔物が村の近くに現れるので、それらの魔物は母さんと一緒に何度か倒している。
うちみたいな小さな村は、冒険者ギルドはもちろんないし、冒険者ギルドに依頼しても中々来てもらえないので、大体自前で自警団を組んで倒している。
そして母さんが元A級冒険者だったと言うのは村のみんなも知っている事なので、だいたいオレと母さんの2人で倒しに行く事が多かった。
昨日も滅多に現れないBランクの魔物のブラッドベアが現れて、2人で倒したところだ。
まぁオレのステータスでは槍がまともに刺さらなくて、結局サポートに徹することになったけど……。
「そうだったわね。何度も口うるさく言ってしまうのは、母さんももう歳だからかしら?」
「わかってて言ってるだろ……?」
オレはジト目で母さんを見つめるが、40を超えているはずなのに「てへぺろ」っとするのが似合うのは何故だ……。
高ランクの冒険者は皆いつまでも若々しく長生きするという事だが、それにしてもどう見ても20台前半にしか見えないのはおかしいと思う。
~
免許皆伝を言い渡された日から数日。
オレは母さんと一緒に村長の家に来ていた。
「そうか~今日に決めたのか。コウガももうそんな歳になったのじゃな。早いのぅ」
髪の大半が白く染まっている村長は、感慨深そうに言葉を続ける。
「それで本当に村を出ていくという事で良いのじゃな?」
この世界では13歳になると職につくのが一般的だ。
オレは冒険者になるという事を決めているので、この村を出るしか方法がなかった。
「はい。絶対に冒険者になって母さん達より有名になってみせます!」
そしてオレの気持ちはとっくの昔に覚悟を決めていた。
「あらあら。ずいぶん言うようになったわね。でも……無理だけはしないでね。あなたは少し無茶が過ぎるから、それだけは本当に心配だわ……」
やばい。母さんの方みるとちょっと泣きそうだ……。
「ま、まぁ、それぐらいの覚悟が無いとドラゴンなんて絶対無理だからね!」
「ドラゴン? なんの事じゃそれは?」
「ふふふ。村長、気にしないでください。ドラゴンと戦えるぐらいに強くなると言いたいだけですわ」
オレのギフトの事は母さんしか知らない。
もしドラゴンを使役出来るギフトを持っていると言う事が、そのドラゴンを味方につける前に知られれば、対抗手段のない弱いうちに貴族などに囲いこまれ、いいように使われるのが目に見えている。
最低でもドラゴンを調教するまでは秘密にしておきたい。
「その覚悟は立派じゃが無理はするなよ。それから、村の慣習に従って見送りは肉親だけで行う事になる。寂しくなるがここでお別れじゃ」
そう言って村長は紹介状と一緒に包みを渡してくる。
「これは?」
紹介状というのは、これから向かう『地方都市ドアラ』に入るために必要な物で、これがないと審査などで時間を取られる上に定期的にお金を払って更新しなければならない。
各ギルドが発行しているギルドカードがあれば大丈夫なのだが、それなりの規模の村や街にしかギルドは無いので、地方の村から街に出る人は皆村長から紹介状を書いてもらって身元を保証してもらうのが一般的だった。
だから紹介状はわかるのだが、包みが何かわからなかった。
「皆からの餞別じゃよ。見送りは出来ないから渡してくれと頼まれたのじゃ」
そして中身を見てみよ と言われ確認してみる。
「クルトの実に水の魔石入りの水筒じゃないですか!?」
クルトの実は非常に貴重で、一日中 山の中を探し回っても1個か2個見つけられれば良いほうだ。
そしてこのクルトの実は天然の回復薬と言われており、ちょっとした怪我なら半刻も待たずに完治させるほど強力な治癒効果がある。
その貴重なクルトの実が10数個も入っていた。
更に水の魔石入りの水筒は、魔力を込めれば水を満たしてくれると言う低ランク冒険者ならまず最初に欲しがる一品だ。
通常、魔物を倒すと黒い霧となって霧散し、魔石という魔力の結晶を落とすのだが、稀に特殊な魔物を倒すと属性付きの魔石を落とすことがある。
水の魔石はそこまで珍しいものではないのだが、この辺りに水の魔石を落とす魔物はいない。
そのため需要に供給が追いついておらず、この辺りで買うと結構値がはるのだ。
「あぁ。村の若い連中が皆で協力してな、半年ほど前からコソコソやっておったようだ」
「やられた……昨日別れの挨拶をした時は何も言ってなかったのに、あいつら……」
オレはこの村で一緒に育った幼馴染や悪友の顔を思い浮かべ、思わず涙をこぼしてしまう。
もう村のしきたりで会ってお礼を言う事も出来ないじゃないか……。
「良い友達に恵まれたわね。明日、母さんが涙流して泣いて喜んでたって、ちゃんと伝えておいてあげるから安心しなさい」
あ。それは黙ってて欲しいな……次あったら絶対にからかってくるから……。
~
こうしてオレは母さんに見送られながら、13年過ごした名も無き村を出た。
これからは一人で生きていかなければならない。
そしていつか必ず立派になって戻ってこようと、一人心に誓うのだった。