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ふれあい

マータの作ったスープを、アンドレ・マロは一皿全部、鶏肉も含めて食べきった。軽めの盛り付けだったし、パンは用意した半分くらいが限界のようだったが。


「良かった。調子よくなってきたみたい」


様子を見ていたマータがいうと、マロは皿から目を上げた。


「あ、いや、おいしいからだね、あなたの料理が」


とってつけたようだけど、ほめ言葉はほめ言葉だ。


「ありがとう。明日の朝もこれだからね」


「ああ、よろしく」」


「それから、明日は出勤するから、お昼は作っておいたら食べてくれる?」


「それは、手間をかけさせて申し訳ないな」


「まあ、お金もらってるんだから、手間のことは気にしないでよ。それより、タオルとか洗濯しておいてくれない?私がいる時間に洗濯すると近所迷惑になるから」


「ああ、何時ごろ出かけるの?」


「7時半。マージェレまで行くから」


また、マロが申し訳ないと言おうとしている。マータは指を振って


「もういいって。いちいち謝らないでよ。ちゃんと契約したんだから、堂々としてなさいよ」


マロは苦笑いした。


「夕食は帰ってきて作る」


「マージェレから?」


「うん、7時には戻るつもりだけど、もし電車が遅れたりしたら、お昼の残りを食べて。多めに作っておくから」


「ああ」


話が途切れると、マロは一瞬マータに目をやった。


「コーヒー?」


マータは聞き返す。


「いや、いい」


マロは笑いながら断って、


「あなたはコーヒー好きなんだね。よく勧めてくれる」


「そう?父が日に何度も飲むから、我が家の習慣になってるかもね」


「お父さん思い、みたいだ」


マータは肩をすくめた。


「こだわりがある人と、こだわりがない人と、一緒に暮らしていると、こだわりがある人にあわせることに自然となっちゃうじゃない?それだけ」


また、マロはマータを一瞬見てから、


「では、後片付けはお願いしていいかな」


と、食卓から立ち上がった。


「はい、了解」


台所をざっと片付けて、コーヒーを淹れると、マータはちびちび飲みながら、仕事の続きを再開した。マータはWEB版の情報誌などに、記事を書いている。正社員ではなく一件いくらの外注なので、毎日出勤する必要はない。間違いがなく、役立つ記事をできるだけ早く書くこと。休むことのない修行のような生活が一年近く続いている。


ミリアムから連絡がないか気になって、ついスマートフォンを手にしてばかりいたせいで、マータが自分に課した今日のノルマを終えると、12時近くなっていた。連絡がなかったということは、きっとお楽しみなのだろう。マータはスマートフォンを食卓に投げ出すように置くと、顔を掌でごしごしと拭った。明日は出かける前にマロの食事を用意するので、5時には起きなくてはいけない。もう寝たほうがいいだろう。


パジャマ代わりに、スーパーマーケットで買ってきたぺらぺらのトレーナー上下を来て、リビングの様子を窺うと、照明は消えて人の気配がなかった。マロは寝室に引き下がったようだ。彼が今晩はぐっすり眠れるといいけど。迷った末に、マータは自分の部屋のドアを少し開けてベッドに入ることにした。なにかあっても聞こえなかったら悪いし。それにマータの身の安全は残念な意味で保証されている。


マータの願いはかなわず、深夜2時ごろに、マータはマロのうめき声で目を覚ました。あわてて部屋を出る。マロの寝室のドアを一応ノックして


「マロさん、マロさん」


と早口に呼びかける。返事はない。


「マロさん、開けるね」


マロは仰向けで片腕をまっすぐに頭より上へ伸ばした状態で、うめき声をあげていた。この姿勢は高確率で悪夢を見る駄目なやつだ。


「よっこいしょっと」


伸ばした腕を無理やり下側へ置きなおしてやると、


「痛タタ」


マロは叫びながら半身を起こした


「目、覚めた?」


左腕をつかんで荒い息をついているマロを見下ろすのは気がひけたので、マータはベッドの横に膝立ちになった。ベッドサイドの読書灯を点ける。


「お水飲む?」


置いてあったミネラルウォーターの蓋を緩めて渡す。マロはさすっていた腕から手を離して、ベッドのふちに腰掛けなおして、ミネラルウォーターで口を湿した。


「あなただったのか」


「他に誰もいないでしょ」


「殺人鬼に、腕をもがれたと思ったら、あなただった」


また、肩の辺りをさする。マータは鼻で笑った。


「腕を上げて寝たら、怖い夢見るのよ。私は直してあげたの」


マロは顔をあげてマータを見つめると、ミネラルウォーターをごくごくと飲んで息を吐いた。


「ありがとう、起こしてくれて。今何時だろう」


「二時過ぎ。もう一度寝れそう?」


「あー、すぐは無理かな」


マータは床にお尻を降ろした。


「えっと、もし、ホットミルクとか、飲みたいようなら、言ってね」


「いや、欲しくない。ありがとう」


マロは掌のなかのペットボトルを弄ぶ。マータは


「あの、私居るのと居ないのとどちらがいい?」


ベッドの側面にもたれながら、尋ねた。


「そ、その、悪いけど、眠れ、そうになるまで居てほしい。ごめん、眠いだろうが」


確かに眠い。マータはマロのほうを見もせずに、肩をすくめて


「いいよ」


と答えた。

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