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押しかけ便器

 俺は自分の仕事っぷりに満足して、再び人化スキルを使って人間の姿へと変わった。

 といってもまだマナミが便器を跨いでいるときだ。

 自然と対面になって俺が抱き上げるような形になってしまった。


 「えっ、わわわ、びっくりしたー」


 急に姿がわかった俺を見てマナミが驚く。

 本当に驚いて頭が働いていないのだろう。

 まだパンツをもとに戻してすらいないのにそれに気がついていないようだ。

 もっとも、俺は紳士的な人間だ。

 慌てずにマナミの両脇に手を入れて体を持ち上げて立たせると、そっとパンツを元の位置まで持ち上げてあげた。

 うむ、ここまですると本当に俺がマナミの排泄処理をしているという実感がわいてくる。

 しかし、俺がうんうんと頷いていると、マナミが俺の頭をポカポカと叩いてきた。


 「な、な、なにしてるんですか。変態ですよ」


 「馬鹿なことを言うもんじゃないよ。俺がわざわざパンツを元の位置まで直してあげたんじゃないか。むしろお礼を言ってほしいくらいだな。ほら、ありがとうございますって言ってみな」


 「そんなこと言うわけないじゃないですか。まったくもう」


 プンプンと頬を膨らませて怒るマナミ。

 だが、お礼を言えないようではまともな大人になれないかもしれない。

 これから接していく時間も増えるだろうから、しっかりと躾をしてあげたほうがいいかもしれないな。

 俺は頭のなかで今後のマナミへの教育プランを練り出し始めた。


 「それにしても、ほんとに便器になっちゃいましたね。……その、床とかは濡れてないんですよね?」


 「ああ、もちろんだ。俺がこぼすはずないだろう。俺の故郷では『もったいない』というなんでも無駄なく使い切ろうという素晴らしい教えがあるからな」


 床に手を当ててどこも濡れていないか確認しているマナミに教えを施していく。

 だが、ここでふと気になったことがある。

 それは今まで俺は公衆便所としての活動はあったのだが、利用者に対して便器としての使い心地を聞く機会がなかったのだ。

 実際に使ってみて話も聞くことができるマナミにはぜひとも俺のことをどう思ったかを聞いておきたいと考えた。


 「今回、マナミは初めて俺を便器として利用したわけだ。今後も基本的には大小にかかわらず、毎回俺を使うこと。これは絶対だ。いいな」


 「……あの、わたし、やっぱり恥ずかしくて……。ほんとにこれって続けないとダメなの?」


 「当然だ。何度も言わせるな。だがまあ、俺も鬼ではない。できればマナミにはこれからも俺を便器として快適に使って言ってほしいんだ。そのためにも、使ってみた感想を聞いておきたい。なんかあるか?」


 「その、もしかして変身しているときも見えちゃってるの?」


 「もちろんだ。しっかり見えているぞ」


 俺がそう言うと、マナミは白い肌を真っ赤に変えてうつむいてしまった。

 ううう〜と呻くような声が小さな家の中に響いている。

 顔を手で押さえてしまっているので、どんな表情をしているか分からない。

 もっとも、もともと前髪で隠れているので表情なんざほとんどわからないことが多いのだが。

 だが、いつまでもこんなことでは困る。

 これからは毎日、トイレに行きたくなったときには俺を使ってもらわなくてはならないのだから。

 俺は頭に手をのせてポンポンと叩きながら声をかけた。


 「気にすることはないさ。俺以外のやつに見られることはないんだ。そのうち慣れるよ」


 「やだよっ! そんなことに慣れたくなんかないの」


 「分かったわかった。今後善処するよ。それで、他に何か気になったこととかはなかったのか。あれは良かったとか、これは不便だったとか、なんかあるだろ」


 「……ううう、慣れるしかないんだね。えっと、そうだ、いつもは壺でトイレを済ますんだけど、匂いが残っちゃうの。それがないのは良かったかな」


 やっぱり、このへんのお宅にはトイレとかってないんだろうか。

 そもそも掘っ立て小屋みたいなところで、広さがないから個室トイレなんて作れないだろうし。


 「なるほどな。他にはなんかあるか?」


 「え〜、そうだな〜。あっ、あれ、水にビックリしちゃった。急に出てきたから驚いたよ」


 水ってのはウォシュレット機能を使ったときのことか。

 確かに、普通なら自分でボタンでも押して水を出すから出てくるタイミングがわからないなんてことはありえないか。

 そうなると、何か合図を送ってもらうか。

 いや、それならいっそこっちから合図でも出せばいいか。

 水を出す前に風を当てて合図にするとかどうだろう。

 悪くない考えだと思うが、それならいっそ声をかけたほうが早いかもしれない。

 便器状態でも送風用の風が出せるなら、多分頑張って練習すれば声も出せるようになるんじゃないだろうか。


 「わかった。それじゃ今度からは水を出す前に一言声掛けをするようにしてみようか。変身中に声が出せるかは確認しないといけないけどな」


 「うん、それならいいかも。ありがとー。あ、あとね、水が冷たいのもビックリしたんだ」


 ああ、なるほど。

 そう言われると、俺が知っているウォシュレットも温水機能がついていたように思う。

 時期にもよるだろうけど寒い日に冷たい水が出てきたらクレーム物だろう。

 ということは、水を温めてから出すようにすればいいのか?

 正直どうやって便器の俺が水や風を出しているのか分かってないんだが。

 魔法でも使っているんだろうか。

 なら、火魔法と水魔法を組み合わせたハイブリッド魔法にチャレンジしてみないといけなくなるな。


 しかし、どうでもいいが、マナミのやつ頭をポンポンと叩いてからえらく気安く話すようになった気がする。

 威厳を出すために敬語を使わせるか、緊張させないように話しやすい口調を許すか、どっちがいいんだろうか。

 ジーっとマナミを見つめるように観察する。


 「あ、あの、なにかな? あんまり見つめられると恥ずかしいんだけど……」


 そう言いながら再び顔を赤らめて、顔の前で手をパタパタと振り始めた。

 その姿を見て、初めてあったときのことを思い出した。

 俺が買った串焼きを見て物欲しそうにしていたっけ。

 確かあの時は何も食べていなかったのか、声すらかすれていたように思う。

 そう考えると、今みたいに自然に話して感情を出してくれたほうがいいのかもしれない。


 「いや、なんでもないよ。マナミを見てたら面白いなーって思ってな」


 「なんでよー。別に面白いことしてないのに」


 今度は頬を膨らませてこっちを見てくれなくなってしまった。

 たわいもないやり取りだが、こんなことでも楽しかった。

 考えてみればこの世界に便器として転生してから、ほとんどまともに人と会話していなかったように思う。

 俺は排泄物以上に人とのコニュニケーションに飢えていたんだなと気がついた。


 「よし、決めたぞ。これはこれからここに住む。よろしくな、マナミ」


 「ちょっと、勝手に決めないで!」


 結局エルフ少女の言い分は通ることなく、俺はこの世界で新たな居場所を手に入れることとなった。

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