変態ではない
さっそく奴隷商のもとに行って奴隷を買い取ろうと思った。
だが、さんざんかけまわってようやく見つけた奴隷商の店はしまっていた。
そりゃそうか。
今はもう夜遅くなってしまっている。
こんな時間にやっているわけもない。
俺は諦めて、夜が明けて店が開くのを待つことにした。
どうやら、奴隷商というのはかなり儲かるみたいだ。
大きな店で、建物の造りもしっかりしている。
その入口である扉も重厚な木でつくられており、押しながら扉を開けるとかなりの抵抗が手に加わる。
長い時間待ってようやく奴隷商の店が開いたのはもうすぐ昼時というくらいの時間になってからだった。
俺は店が空いたのを確認すると、すぐに店内に入っていったのだ。
店内に入るとすぐに「いらっしゃいませ」と声をかけられる。
身なりはいいが少し腹が出た男が声をかけてきたのだ。
こいつが奴隷商の店主だろうか。
なんとなく、いかにもといった雰囲気を感じた。
「本日はどのような御用でしょうか」
「奴隷の購入だ。若い女がいい。病気を持っているのはダメだ。処女で容姿の良いものを見せてくれ」
店に入ったばかりのタイミングでの奴隷商の問いかけに、どう対応すればいいのかわからなかったため、俺の目的と条件を突きつける。
男の方もこういう客は慣れているのだろうか。
自然な動作で「かしこまりました。こちらにお越し下さい」と言いながら、一つの部屋へと案内していった。
ソファーに座り、お茶を入れてもらう。
美人の女性がお茶が入ったカップを行儀よく置いていったが、あれも奴隷なのだろうか。
そう考えていると、部屋に一つしかない扉がガチャリと音を立てて開き、先ほどの男が入ってきた。
「おまたせ致しました。ただいま、商品の準備をしております。それにつきまして、先に商品のご希望などをもう少しお伺いしておきましょう」
対面に座った奴隷商の男がそう切り出す。
確かに、男が女を買うとなれば色々と条件をつけたくなるものだろう。
ただ、俺の場合はそこまで好みにうるさいわけでもない。
なにせ健康で美人でさえあればそれで十分なのだ。
胸や尻がどうだなどという気はない。
毎日おしっことうんこを出してさえくれればそれでかまわないのだから。
この世界に絶対トイレに行かない人種などというものが存在するなら別だが、そんなことはまずないだろう。
だが、奴隷商はそれとは別の話題をしてきたのだ。
「若くて見た目がいい処女の女奴隷となりますと、最低でも金貨三百枚ほどになりますがよろしいでしょうか」
男は俺のことを値踏みするようにして見ている。
俺は焦った。
そんなにするのか。
俺が男子便所から逃亡するときにチビデブ男を叩きのめして、やつの持っていたものをすべて剥ぎ取ったが、流石にそれほどの資金はない。
なにせチビデブ男はトイレに用を足しに入ってきていたのだ。
まさかトイレに金貨を何百枚も持って入るはずなどないだろう。
それでもたくさんのお金を持っていたが、金貨だと三枚くらいしかなかったようなきがする。
俺の焦りをどう受け取ったのだろうか。
奴隷商の男は、フウと息を吐いてから説明を続ける。
「処女という条件が入ってますと値段は当然上がります。処女でなければ百枚から百五十枚ほどでもご用意することが可能です。また、若いとまでは言えない年齢になったものや、容姿が少しすぐれない商品もございますが」
「あー、ちなみにこの店で一番安い女奴隷はいくらぐらいだ」
「わが商会では質のいいものを提供していることをモットーにしております。そのため、最安値のものでも金貨五十枚は致します。他所の店でならもう少し安い三十枚ほどのところもあるでしょう。それ以下の値段で商品を提供している店は避けたほうがいいかもしれません」
「そうか。参考になった」
「失礼ですが、今お客様はおいくらくらいお持ちでしょうか」
「……金貨五枚」
「ご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
そう言いながら奴隷商の男が立ち上がると、扉から三人ほどのガタイのいい男連中が入ってきて俺を取り囲んだ。
「おい、何だこれは。俺をただの人間だと思っているのか」と叫んでみたが状況は悪化してしまった。
左右から腕をガッシリと掴まれ、奴隷商から「お帰りはあちらでございます」と言われる始末。
クソが。
こいつはもう俺のことを完全に客として見てやがらねえ。
あっさりと店から追い出されてしまった。
□ □ □ □
計画が早くも破綻してしまった。
俺は奴隷商の店を出てから、他の店にも行ってみたのだ。
ダメだった。
どこも俺が金を持っていないとわかると手の平を返してくる。
五軒目からは俺の人相が伝えられていたのか、入った瞬間に叩き出された。
情報が出回るのが速すぎるだろうが。
俺は奴隷を手に入れる手段を絶たれてしまったのだ。
男どもに殴られて店から追い払われたときには呆然としてしまった。
希望が失われた俺はトボトボと街の中を目的なく歩く羽目になった。
そんなときだ。
歩いている俺の腕が軽くだが引っ張られたのだ。
「おなかすいた」
誰だと思って振り返ると、そこにはガキンチョがいた。
なんだこいつは。
俺は今、腹が立つ事があったばかりなんだよ。
ガキの相手なんざしていられるか。
そう思ったのだが、どうにもこいつに見覚えがあるような気がした。
誰だろうか。
この世界に転生してから知り合いなんていないし、公衆便所に来たことのあるやつなんだろうか。
それにしては、着ている服がボロボロで薄汚い。
そう思った瞬間、思い出した。
俺が初めて串焼きを買ったときにいた子どもじゃないか。
あの時も確かボロボロの服を着ていたはずだ。
そうすると、こいつは毎日こんな格好でこの街を歩いているのか。
もしかすると孤児とかそういうのなんだろうか。
だが、何か違和感がある。
こいつを見ていると俺の中の何かが反応しているようだった。
ジーっとそいつのことを観察していると、ふと気がついた。
「おまえもしかして女なのか」
公衆便所生活で磨かれた俺の目には長い間髪を切らずにボサボサに伸びた頭と痩せて貧相な体からでも、そいつの性別が女だと見抜いたのだ。
というか、前回あったときには全く気がつかなかった。
多分女らしさがどうこうという問題ではなく、栄養が足りなくて育っていないのだろう。
ずっと腹をすかした生活をしてきているに違いない。
俺の質問を聞いてもなかなか返事をしてこなかったが、しばらくするとコクンと首を縦に動かした。
やはりこいつは女なのだろう。
「腹が減っているのか」と尋ねると、コクンと頷く。
前もそうだったが喉もガラガラに枯れているのか、あまり喋ることもないのかもしれない。
さっき俺に話しかけてきたときも、腕を引かれなかったらおそらく気が付かなかっただろう。
「食べ物がほしいか」と尋ねる。
するとまたコクンと頷いた。
下を向いた顔に対して俺はガキの顎をつかむようにして上を向くように力を加える。
えぐっとい小さな声でうめきを上げたが、気にせずに顔を隠している長い前髪を手で持ち上げた。
驚いた。
顔は黒いすすのようなもので汚れきっているが、顔立ちは決して悪くない。
いや、悪くないというよりもむしろすごくいいと言っても問題ないだろう。
だが、それよりもさらに驚いたことがある。
耳だ。
こいつの耳は長く先が尖っていたのだ。
これはもしかしてエルフという種族なのではなかろうか。
思わず耳に手を持っていき、先の方を触ってクニクニと揉んでしまった。
ううっと言いながら体をもじもじさせ、少し涙目になりながらこちらを見上げる子どもの姿はなんというかそそるものがある。
「おまえ、名前はあるのか?」
「……マナミ」
「そうか、マナミか。いい名前だな。それで、腹が減っているのか」
「うん、おなかすいた」
「また串焼きが食いたいか」
「うん、食べたい」
「よし、いいだろう。串焼きを買ってやる」
「……ホント?」
「ああ、安心しろ。毎日でも串焼きを買ってやるさ」
そう言った瞬間、マナミの小さな体がビクンとはねた。
どうしたというのだろうか。
今にも逃げ出そうと体に力が入ったのを感じ取った俺は、髪の毛を持ち上げていた手を肩へと移し、ガッシリとつかむ。
いくら俺でも子どもの力に負けることはありえない。
もがくマナミを両手で掴みながら、こう言った。
「大丈夫だ。変なことなんかしない。俺はおまえに食べ物をあげよう。その代わり、食べた分だけ出すだろう。俺はその出した分をもらうだけだ。ギブアンドテイク、ウィンウィンの関係ってやつだな。な? 大丈夫だろう」
ヒイッと言ってマナミの体に入っている力がさらに増す。
おかしい。
何をそんなに怖がることがあるんだろうか。
別にエッチなことをしようと企んでいるわけでもないのだ。
俺は決して変態などではないのだ。
ただ、便器としての使命を全うしようとしているだけだ。
俺は逃げ出そうとするマナミを引きずって細い路地に入り、そこから時間をかけて説得をすることにしたのだった。