商売女
果たして俺の作戦はうまくいく可能性があるのだろうか。
疑問ばかりがつのっていく。
俺の経験上ではウォシュレットがないトイレは使いたくないと思う人が多かったように思う。
小中学校ではウォシュレットがついていなかったために、絶対に学校ではトイレにいかないと断言していた友達もいたのだ。
この異世界でも気に入ってくれる人がいるはずだ。
そう思っていたものの、何人かにトイレで用を済ませたあとに水を狙いすまして当てると、大体が驚き叫び、騒ぎにとなってしまった。
今まで俺という便器や個室内をきれいにして利用客を増やしていたのに、このままでは悪評だけが増えていくのではないか。
だが、中にはウォシュレット機能を気に入って、やみつきになる人が絶対にいるはずだ。
そう思って、数日間見た目のいい女性を優先的に狙って、ぶっかけしていくことにした。
□ □ □ □
結論から言うとダメだった。
それまで増えていた利用者の数がガクッと減ったと思っていたが、ついに数日後、俺のいる個室が封鎖されようとしていたのだ。
何かゴソゴソやっているなとは思っていた。
だが、夜中に個室を抜け出して井戸で体を洗おうとしたとき、個室の扉が開かなかったのだ。
「なぜ開かない」と思わず叫んでしまった。
慌ててショルダーダックルを扉に繰り返して、ぶち破るようにして出るとその原因が分かった。
外開きのドアを外側から木の棒を釘で打ち付けていたのだ。
しかも、そこには「封鎖中」と書き込まれている。
どうでもいいが、自分が異世界の文字を読めていることをこの時初めて知った。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺は自分の失策をようやく悟ったのだ。
ウォシュレット作戦は失敗に終わった。
真夜中に呆然としながら街中を歩く。
俺は間違っていたのだろうか。
おとなしく子どもから老人、美人から不細工まで関係なく、すべての女性から出されるものを頂戴しておくべきだったのか。
お気に入りの美人たちだけから美食を味わおうとしたのが間違いだったのだろうか。
そんなことはないはずだ。
わけの分からない世界に転生して、しかもそれが便器の体で、まともな食事を楽しむことすら出来ないのだ。
多少の好き嫌いをしてもお天道さまから文句を言われる筋合いもないってもんだ。
だが、その思いが現状につながっている。
より良いものを求めて、すべてを失ってしまった。
どうしたら良いのだろう。
他の公衆便所を探して、そちらを自分の住処にし直すべきなのだろうか。
だが、もしも悪評として知れ渡ってしまっていたとすればどうなる。
便所で用を足していたら急に水を引っ掛けてくる便器がいつの間にか別の公衆便所へと移動していました。
しかも、外から封鎖していた便所の個室の内側から破壊した形跡がある。
そんなことが分かったら、便器が人間のように動き回っていると考えるやつも出るかもしれない。
……そんなこと考える人いるだろうか?
わからんが、絶対いないとはいえないだろう。
なにせ俺と同じように動く便器がいるかどうか、俺にはわからないんだから。
公衆便所は少なくとも騒ぎが風化するまでは無理だ。
だが、それなら他に代案となる考えがあるかというと、ない。
もうおしまいだ、そう思うと倒れそうになってきた。
それだけ俺の体は女性から排出される便を欲していたのだ。
「ちょっと、そこのお兄さん。遊んでいかないか?」
うなだれていると、急に声をかけられ、しかも腕に何やら柔らかいものの感触を感じた。
フニっと触れたら崩れてしまいそうな柔らかさが左腕に触れている。
何だこれは、と思ってそちらの方へと目を向けるとそこには二十歳代の女性がいた。
もしかして、これは客引きなのだろうか。
少なくとも、その女性が出てきたであろう場所は酒屋などではなさそうだった。
いわゆる、狭い個室に男女で入って体を重ねることで商売をする場所に違いない。
前世では高校生だからそんな場所に行ったこともないし、この世界でもそういうところを見る機会などはなかったが、おそらく間違いないだろう。
声をかけてきた女性をよく見てみる。
こんな場末で働いている割にはそれなりのレベルにあるといえる。
まだ最初にチビデブ男から奪ったお金が少し残っている。
ここで使ってみるのもいいかもしれない。
そう思って、その女性の方へと体を向けた。
だが、その時、俺は直感した。
この女はダメだ。
理屈は分からないが、こいつは健康体ではない。
絶対に病気を持っている。
今までの公衆便所生活で数多の女性から大便小便問わず食べてきた俺にはそれがわかった。
金を払ってそんな人間のものを食べたいとは思わない。
俺は腕に絡みついた女を振り払うようにしてそこから駆け出した。
「なんだよ、いくじなしめ」
走る俺の後ろから、そんな言葉が聞こえる。
馬鹿を言うな、俺のナイス判断だろうがと心のなかで吐き捨てた。
だが、それまで悩んでいたことの答えが見えた気がする。
健康を崩しがちな商売女はダメだが、他の選択肢がある。
そう、奴隷だ。
女奴隷、それも絶対に変な病気を持っていない処女の奴隷。
この街には奴隷らしきものがいることを知っている。
今から考えると何度か首輪をつけられた人がいたはずだ。
俺専用の女奴隷を買おう。
そうすれば、何も問題なく俺の食事ができるはずだ。
若くて可愛い子にしよう。
俺は自分の天才的な考えに酔いしれながら、奴隷商を探しに行くことにした。