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便器転生

 ここは……どこだ……


 どうなっているんだ。

 記憶があいまいで、今の状況がよくわからない。

 たしか俺は……


 そうだ、俺は確かトラックに引かれたんだ。

 がらにもなく、眼の前をボールを追っかけて道路に飛び出した子どもを見た瞬間、無意識に助けようとして。

 だけど、それからどうなったんだろう。

 わからない。

 助かったんだろうか。


 それまでぼやけていた視界が少しずつはっきりしていく。

 あれは天井か?

 ということは俺はベッドにでも寝かされているんだろうか。

 そうか、俺は助かったんだな。

 ホッとしたら急に眠気がやってきた。

 ここが病院ならそのうち親とか医者がくるだろう。

 そう考えて目を閉じた。




 □  □  □  □




 どれくらい寝ていたのだろうか。

 それが急に途絶えた。

 起こされたのだ。

 それもかなり手荒いやり方で。

 俺の顔には水がビシャビシャとかけられている。

 どこの病院だ、こんなことをするのは。

 そう思って目を開けたら仰天した。


 目の前に誰かの股間がある。

 それも男だ。

 なぜ分かるかって?

 股間に男のものがぶら下がっていれば誰だって分かるだろう。

 だが、問題は更にある。

 俺にかけられているのは水ではなかった。

 そう、男の股間からぶら下がっている棒の先から、黄色の液体がぶちまけられているのだ。


 発狂しそうになった。

 思わず大声を上げる。

 そのはずだったのだが、俺は声を上げることができない。

 いや、それだけではない。

 体を動かそうと思っても、ピクリとも動かないのだ。

 手を、足を、頭を、胴体を、どこでもいいから動いてくれと願いながら、全力でもがく。

 だが、動かない。

 男が最後の一滴まで絞り出すようにして俺に小便をぶちまけて去っていった。

 これは一体なんなんだ。

 なぜ俺がこんな目に合わなくてはならないんだ。

 しかし、俺は涙を流すことすらできなかった。




□  □  □  □




 その後、どのくらいの時間がたったのだろうか。

 どこかの建物の中に俺は同じ場所から動けていない。

 だが、わかったことがある。

 それは俺がどうやら「便器」として使われているということだ。


 これまでに何人かの男がやってきて用を足していった。

 最初はこの状況に怒り、なんとしても逃げ出そうと頑張ってみた。

 だが、何もできない。

 動くことも、喋ることもできない俺にはどうしようもなかった。

 俺はただひたすら目を閉じて、すべての感覚をシャットダウンするかのように心を閉ざしていた。

 だが、俺にできた抵抗はそれだけだ。

 そして、それだけでは抗えない出来事がついに起きてしまった。


 うんこだ。

 50歳ちかいおっさんが俺の上でうんこをひねり出して行きやがったのだ。

 その時俺はひたすら念仏を唱えていた。

 心のなかで南無阿弥陀仏と繰り返していたのだ。

 だが、その抵抗は無意味だった。

 おっさんのうんこがネチャリと体に当たった感覚があり、神経を通して全身にビリリと電気が走ったような気がした。

 今までになかった感覚に思わず目を開けてしまった。

 肛門から放り出される汚物が俺の上から落ちてくる。

 もう死にたいと心の底から思ってしまった。

 今は子どもを助けたことを後悔している。




□  □  □  □




 もう何日たったのだろうか。

 状況は全く変わっていない。

 だが、それでもわかったことがいくつかあった。


 それは俺がすでに人間ではないらしいということだ。

 最初はトラックに引かれた俺の動かない体を固定して、俺に排泄物をぶちまけて行く陵辱行為なのかと思っていたのだ。

 しかし、どうもそうではないらしい。


 この数日、俺は何も食事をしていない。

 だが、それでも今のところ空腹感はなく、特に体に異常を感じていない。

 人間であれば、さすがに腹が減るだろうし、その前に病気になってしまうに違いない。

 また、一日に一度、女の人が掃除にやってくるのだ。

 二十歳代のエプロンドレスを着た女性が掃除にやってくる。

 なにげにこんな状態になってから唯一見ることのできる女性が彼女だった。

 特に美人ではない、少しそばかすのある素朴な女性だ。

 その彼女が掃除道具を使って「俺」を掃除していくのだ。

 たわしでゴシゴシとこすられてしまった。

 だが、それは決して嫌なものではなく、むしろ風呂で体を洗った後のような気持ちのよさを感じたものだ。

 このときになって、俺は自分の身を正確に理解した。

 今の俺は和式便座のような便器になっており、男子トイレとして使われているのだ。


 なぜ、こんなことになったのか。

 いくら考えてもわからなかった。

 だが、ある時これは「転生」したのだということがわかった。

 なぜか。

 それは俺の知る人間以外に人種がいたからだ。


 狼人間、人狼、狼人族。

 何という種族なのかは分からないが、たしかに狼の特徴を持つ人間がやってきたのだ。

 見た目は完全に人間なのだが、頭には狼の耳がピョコンとたっており、お尻からはふさふさの尻尾が生えている。

 俺の知る世界にはこんな獣人とでも呼ぶような人は存在しない。

 俺はきっとトラックに引かれて、便器として転生したのだろう。


 俺は生まれて初めて神を呪った。

 なぜ、俺がこんなめにあわなければならないのか。

 だれか俺を助けてくれ。

 何度も何度も心のなかで叫び、祈り、願い、許しを請うた。

 ただひたすらに、永遠とも思えるような時間の中で。


 途方もない時間の流れを感じながら俺は願い続けた。

 転生して何ヶ月か、あるいは何年か。

 どのくらい時間が過ぎたのかはわからない。

 だが、ついに俺の願いが届いた。

 それは、何の前触れもなく唐突に訪れた。


――御手洗みたらい隼人はやとのレベルが上がりました

――スキル【人化】を習得しました


 チビデブの小汚いおっさんが俺に糞を押し付けているとき、急に頭のなかでアナウンスが鳴り響いた。

 どこか、機械的な声だ。

 電子音声を調整せずに、棒読みさせたみたいな声がたしかに聞こえた。


 何も考える必要はなかった。

 俺はレベルが上がり、人化を覚えた。

 それがどういうことなのか、説明がなくとも本能として理解した。

 トイレを終えて立ち上がり、ベルトを閉めようとしているチビデブのおっさんを俺は殴り飛ばしたのだ。

 今さっき手に入れた人化スキルで得た腕を使って。


 どのくらい久しぶりなんだろうか。

 二本の足で地面に立ち、指を動かしてグーパーを繰り返す。

 動く。

 多分、俺が死んだときの体と同じではないだろうか。

 見慣れた手足や胴体が視界に入り、自分の意志で動かせている。


 俺は殴り飛ばしたおっさんの身ぐるみを剥いだ。

 俺自身も身長はあまり高くなかった。

 少し横に広くてウエストなども余っているが、ベルトで締めれば十分に使えるだろう。

 おっさんの服を奪って身につけると、すぐにこの場を去ることにした。

 これからどこに行くべきだろうか。

 元の世界に帰ることはできるのだろうか。

 だが、俺は長い時間便器として過ごしすぎたのかもしれない。

 ふいにこう思ってしまったのだ。


 「ああ……美少女のうんこ食いてえな……」


 こうして俺の異世界ライフが幕を開けた。

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