96.無理なんて言わないでください!
まぁちゃんからの『贈り物』がお気に召したのでしょう。
奥方様は、淡々としながらもご機嫌で。
スノードームという名の獄に囚われた主神。
……うん、自業自得ですね!
私にはそれ以外になんとも言え無さそうです。
他に言うべきことがあるとすれば……いや、ないな。ないです、ないない。
奥方様が満足そうだから良いやぁ。
誰だって(見た目が少年だろうと)セクハラエロ爺がどうこうより、(見た目少女ですが)素敵な女性の微笑の方を尊重すると思うんですよね。ええ。
まあ、奥方様の実年齢は確実に見た目通りじゃないでしょうけど、でも奥方様の実年齢がどれだけご高齢だろうと、この天界で出会った神様方の中では素敵な女性であることに疑いようもありません。
「ふふ……ふふふ……背の君のなんと愛らしいこと。自然と笑んでしまうというものよ。こんなに背の君が可愛らしいと思うたのはいつ以来か。ほぉら、我が手に納まるほどに小さければ憎らしくもならん」
……あるぇ、なんか病んでますねぇ。
天界で会った比較的まともそうな神様って、なんか皆、愛故にどっか病んでませんかねー?
まあ、それだけ彼ら彼女らの配偶者が酷いんでしょうけど。
あ、なんか深く考えてはいけない気がしてきました。
私はそっと目を逸らします。
それよりも!
今ここにまぁちゃんが合流したからには優先すべき案件がありますしね!
「まぁちゃん、まぁちゃん!」
「おう、どうしたー」
「勇者様を助けて下さい!」
「……あ? 勇者?」
私の言葉に、まぁちゃんが訝しむような顔をします。
じっと勇者様をじっと注視しますが……あれ、なんです? その憐れみの目?
「ついに人間辞めたんだな。勇者。ようこそ、人外の領域へ!」
「違う! って『ついに』ってなんだ! どういう意味だ!」
「けどなー、リアンカ? 俺も流石に一度開眼しちまった第三の目はどうにもできねぇんだぞ? なんだ? 抉ってほしいのか?」
「違う! 色々と言いたいこともあるが、それ以前に色々違う! まぁ殿、そこじゃないから! いや、第三の目は俺も気になるんだけれども!」
「おいおい気にしてほしいのかほしくないのか、どっちだ?」
「まぁちゃん、まぁちゃん? 注目してほしいのは勇者様の翼や第三の目じゃないんですよー。一番目立つのはそこなんですけども」
「んじゃ何だよ? 女装がハマり過ぎてて開いちゃいけない新たな世界の扉でも開いたってか? 歪んだ性癖の覚醒からなんぞ俺には助けようがねーぞ」
「誰が異常性癖の持ち主だ! 誰の何が歪んでるって!? 新しい扉!? そんなもの、開いて堪るかー!!」
「いやいや、お前の今の格好省みてみろよ。そう思われても仕方ねーだろ」
「く……っ俺の今の格好については、どうか触れないでくれ。そこを指摘されたら、反論しても説得力皆無なのは俺だってわかってるんだ……っ でも違う。違うんだからな!?」
「じゃ、なんだよ?」
「それは……っ」
本気で何から助けてほしいと願われているのか、判らないんですね。
まぁちゃんは首を傾げ傾げ、心底不思議そうな顔をしています。
というかまぁちゃん、勇者様の異変は女装と外見的人外度の上昇くらいしか見当たらないんですね。
確かに目に見える範囲での変わり果てっぷりなんて、そこくらいですけども。
黄金の矢のせいでアスパラにトチ狂ってしまった勇者様の無残な変貌ぶりを目撃した一人としては、今の外見的な変わりよう程度はあまり大したことじゃないようないがしてしまっていたんですけれども。
あれは酷かった、ですよねぇ……。
思い出すだけで寒気がするくらい、もう二度とは見たくない勇者様の醜態です。
本人の意思じゃないってことは重々承知しているんですけどね!
「とにかく、違うから……」
あらぬ疑いをかけられた直後、勇者様は気を逆立てた猫みたいな反応を見せていたんですけどね?
意識を切り替えたのでしょうか、割とさっさと肩の力を抜いて項垂れました。
脱力。
まさしく、そんな有様です。
「まぁ殿……そういう、変態性云々の話じゃないんだ。見た目はともかく」
「あぁ、どう見えるか自覚はあんのな」
「どう見えているのか……小一時間ばかり問い詰めたいような、耳を塞いで閉じ籠ってしまいたいような気持があるが。まずは俺の腕を見てくれないか、まぁ殿」
「腕ぇ?」
兎に角、これを見てくれと。
勇者様がぐいっと袖を捲りあげます。
そこにあったのは変貌を果たして何か別物になってしまったっぽい腕輪、だけではなく。
「………………なにコレ」
勇者様は両手で顔を覆い、うつむいてしまいました。
袖を捲って顕わになった、腕。そこには何やら、金と白で描かれた、見慣れない模様が……
あんなの、さっき衣装替えしてもらった時にはありませんでしたよ?
いつのまにあんなのがくっついていたんですかねー……。
結構緻密な模様なんですけども。
あんなの誰が書く時間も素振りもなかったので、勝手に浮かんできたものと考えて間違いありませんよね? 色の白い勇者様ですけど、その肌上でも目を引く目立ちよう。溶かした金を直接塗ったのかと勘違いしそうです。物凄く、くっきり刻まれた蔓草模様っぽいナニか。あれ、良く見ると白百合モチーフですね? 勇者様の紋章も百合を使っていますし、何かとご縁がありますね?
「おー? なんだこれ」
「まぁ殿、違うんだ。そこでもないんだ。違うんだ……でもこれ一体なんなんだ」
「どうした勇者。声に覇気がねーな、おい」
「まぁちゃん、察したげて下さい。勇者様の異形化が進んでるってことですよ」
「異形化って言うな」
「他に何ていうんですか」
「俺は、まだ人間だ」
「でもそれもそろそろ怪しくなってきたな?」
「い、いいから……とにかく、とにかくだ。そっちじゃなくってこっちを見てくれ!」
「あ。話題と目を逸らした。後回しにしてもそれは解決しない問題ですよ、勇者様ー」
「せめて対応するにも心の準備と猶予をくれないか、なあ!?」
お可哀そうに……勇者様は錯乱寸前まで追い詰められているようです。
よくわからない必死さで、腕輪をまぁちゃんにぐいぐい。
強引に、その目に入るように仕向けています。
そしてまぁちゃんは、目に入って直ぐにソレが何かを察したようでした。
「ん? あー……お前、欲を張ったな?」
「まぁちゃん、勇者様を責めないで!」
「さも俺が自ら望んでこんな目に陥ったような言い回しだな!? 俺が進んでこうなったと思うのか!」
「私が下手人その一です」
「俺、その二」
「俺がその三、かな」
「お前ら何やってんだよ……」
一応、罪悪感とやらかした自覚はあります。
あるので、事の元凶である私達は神妙な顔で手を挙げました。
「良かれと思ったんです! 良かれと思ってのことだったんです! ただ問題は、私と同時におんなじこと思って実行した人が他に二名もいたってだけで!」
「打ち合わせゼロの結果がこれだよ!」
「俺達に悪気はなかった。悪意もなかった。珍しく」
「おいぃ、最後の一言ぉお!?」
「……と、まあ、こんな経緯だった訳で。お願い、まぁちゃん! 勇者様を助けてください」
「ん? 俺には無理だぞ」
「………………はい?」
え、あれ?
まぁちゃん、いま、なんて言いました……?
なんだか随分とあっさり、予想外のことをおっしゃったような。
え? ええ……?
「まぁちゃんが私の期待を外すなんて!? え、まぁちゃん、勇者様の救済は!?」
「俺には無理だ」
「あっさり断言された! ちょ、俺は一体どうなるんだ!? まぁ殿ならどうにかできるものと楽観視していた現実に打ちのめされそうなんだが!」
「だから俺には無理だって。お前らさ、思い出してみろよ。そもそも、俺の肩書は?」
「「「大陸最強の魔王様」」」
「おう。ここ数代の中じゃ俺が一番強いらしいぜ」
「ご愁傷様です、勇者様」
「ほっといてくれ……頼むから、そこには触れずにそっとしておいてくれ!」
「で、だ……話続けるけどよ? 勇者にも嵌めちまった、この腕輪。材料はなんだった?」
「まぁちゃんのおじいちゃん」
「ちょっ!? それ一体どういうことだ! 俺は初耳なんだが!?」
「言ってなかったか? その腕輪、俺の爺さん……先々代の魔王の毛髪製だって」
「なんだ、毛か……って魔王の!?」
あ、知らなかったんですか。勇者様。
そういえば腕輪の効果の説明はしたものの、どういったブツか詳しく説明していないような気も……説明を割愛したのか、ちゃんとしたのか、記憶が曖昧です。
なんか詳しく話を聞くと、どうやら私の説明が下手で勘違いさせていたみたいでした。
魔王由来の道具、つまりは魔王を素材にした……ではなく、数代前の魔王が魔力を込めた道具、と思わせてしまっていたようです。魔王が魔力を込めたも、魔王を素材に作ったも、あまり違いはないような気がするんですが……勇者様的には、何か大きく超えられない隔たりがそれらの狭間にあるようです。
「つまり、腕輪の素材が魔王製だから無理って事? でもまぁちゃん、ここ何代かの魔王の中じゃ一番強いんですよね?」
「あー……そういう力量的な問題じゃなくってな? そうだな、例えるなら俺は鋭く切れ味抜群の鋏で、爺さんは切れ味のちょっと劣る包丁だとでも思ってくれ」
「その二者間の優劣をどこに置くのか、基準がわからないんだが……せめて、同じモノで例えるべきじゃないのか? なぜ鋏と鋏、ではなく、鋏と包丁で例えた」
「んで、形状や切れ味やらに違いはあっても、それらはどっちも同じオリハルコン製と思え」
「あ、勇者様! 例えがちょっとわかりやすくなりましたよ! やっぱり包丁と鋏でどっちが上かの基準はよくわかりませんけれど!」
「そこで聞くがな? 同じ金属で作られた包丁と鋏……刃を真っ向から噛み合わせて、全力で力を込めて互いに圧し折る方向で働かせてみようとしたらどうなるよ? はい、リアンカちゃん答えをどうぞ?」
「あぶない!」
ちょ、まぁちゃん!
それ、考えるまでもなく滅茶苦茶危なくありませんか?
ただの鉄製品だったとしても、包丁を鋏で無理やり強引に切ろうとするとか狂気の沙汰ですよ!
しかも力をかける人がこの流れならまぁちゃんってことですよね!
洒落にならない結果になること請け合いです。
「だな。すっげぇ危ねえなー。つまり、そういうこった」
「つまり……力の本質が同等の『魔王』のモノである為、力技で対抗しようとすると互いだけでなく周囲にも危険が及ぶ……ということか?」
「勇者、あたり。まあ、てめぇの腕が肉体丸ごと爆裂四散しても良いって言うんならやってやっても構いやしねえがな?」
「それは大いに構うんだが!? 誰よりも、この俺が!」
「だろー?」
まぁちゃんの説明は、とてもわかりやすく理解できました。
まぁちゃんは魔王で、腕輪の素材も魔王。
根源とする『魔王の力』、魔力が同質のものである故に無理な干渉は出来ないということ。
じゃあ、だったら、勇者様は永遠にこのままなんですか?
まぁちゃんに外せないものが、下界の誰かに外せるとは思えません。
これは、天界にいる内に外せる神様を探し出しておくべきなのでしょうか……鍛冶神様にお願いしたら外してもらえないですかね?
どうしたものかと困り果てる私、項垂れる勇者様。
だけど解決策……とまでは言えずとも、手がかり程度はまぁちゃんも持っていたようです。
「素材は爺さん由来だし、隠居した爺さんに直接頼めば無力化してもらえなくもねえだろうがな。何にしても、俺には穏便に解除なんて出来ねーよ。素材本人の爺さんに頼み込むしかねえ」
「まぁちゃんのお祖父ちゃんって、北方山脈の向こう側にいるんじゃなかったっけ……」
「人類未踏の極限地帯じゃないか!?」
「あ、魔境出身の人間が何人か興味本位と好奇心で足を運んだことがある筈なので、正確には『人跡未踏』じゃありませんよー?」
「人間社会じゃ踏破不能って言われている魔の山脈なのに、魔境側じゃ扱い軽いな!」
つまり、勇者様にふりかかる諸々の不幸は、魔境に帰らないとどうにもならないってことですよね?
でも勇者様、無事に下界に帰れるかどうかすら、まだ不明瞭なんですが。
「っつうか、下界に帰る前に、お前らは天界に適応して変貌しつつある肉体を元に戻す方法を見つけなきゃ駄目じゃねえか」
ここで、落ち込む勇者様に更に追い打ちをかけるような御先祖様の一言が!
いや、でも、確かに!
魔境に帰ったら早々簡単にまた天界に来れるとも限らないので、有効な手段が天界にあるのなら今のうちに突き止めておかないといけないんですけども!
でも環境に適応して変じつつある肉体を元に戻す方法何て、簡単に見つかるんでしょうか!?
それがあるともないとも判断できず、私は思わずご先祖様に問いかける目をしてしまうのですが。
一応、本当に一応ですけど……解決策の糸口、みたいなものはご先祖様もお持ちだったようです。
「オチミズ、っつーのを知ってるか? こことは別の神群が管理している、若返り……つまりは対象とする者の時を巻き戻す妙薬なんだけどよ」
なんだか、聞き捨てならない、耳寄り情報がご先祖様の口から。
……というか、妙薬、ですか?
妙な薬ではなく、妙薬?
「薬と聞いては、黙ってなんていられませんね!!」
ご先祖様、ご先祖様!
ここは『薬師』の出番でしょーか!?