82.主神の罪状
ご先祖様の姿を見るなり、神々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑います。
その進行方向を開ける形で、右、左と端に寄るように逃げまくる。
……一体、彼らに何をやったんですか? ご先祖様。
ちょっと気になりましたが、ご先祖様は何やらニヤリとニヒルな笑みを浮かべているのみ。
まるでご先祖様が歩くのに合わせ、人垣が割れていくよう……というか確実に割れる通り越して崩壊していますね、はい。
だけどそんなこと、気に留めもしないで。
勝手知ったる何とやら。
他人様のお宅だということも念頭にないかのような無造作な足取りで、ご先祖様は止める者がいないことをこれ幸いと遠慮皆無でずんずん先に進んでいきます。
でも、案内も無しに目的の場所に辿り着けるのでしょうか……?
主神の生息場所だけあって、なかなかの広さがあります。
こんなところで、後先考えず奥へ奥へと突っ込んでいって。
果たしてご先祖様はちゃんとこの神殿の道順というものを御存知なのでしょうか。
ですがこの場に置いて、ご先祖様よりも余程頼りがいのある案内役が存在しました。
「あー……もしもしそこな遠慮知らずのご一行様?」
「あれ、酒神様。どこに行っていたんですか?」
「いや、今ここの侍従に話聞いてきたんだけどさー。主神、いま神殿にいないってさ」
「 は ? 」
なんでも酒神様は、この神殿の主……ここの里の、主神の息子さんだったようです。
こんなにいい加減でふらふらした酔いどれ野郎なのに……
しかも常時酔っぱらっているせいで、性格やら言動やらが微妙に定まっていないっていうのに。
これで、責任者の息子。
正妻の息子さんではなく、数多く無数に、数えきれないくらい存在する妾腹の息子さんらしいですけど。
っていうか数えきれないくらい存在するってなんですか。どういうことですか。
「うちの主神、見境ないっつうか、女に関しちゃ節操ねえから……」
「本格的に女の敵ですね。滅べば良いのに」
勇者様とは正反対のような男性像ですね。
結婚後も、勇者様のように浮気をするとは思えない男性だっているのに……よりによって天界に住まう神々の、一部族の長がそんな色情狂のような方で良いんでしょうか。
さっきから主神さんの人物(?)像、女好きと節操なししか耳にしていないんですが、それ以外に人物評はないんでしょうか。
ちゃんとした奥さんがいるというのに、方々で手を出し歩きまくっているとか……その、主神の奥さんも旦那がそれじゃ気苦労が絶えないんじゃないですか? 苦労が偲ばれてなりません。
その点を考えると、流石は美の女神の甥御さんというべきでしょうか……嫌な方向で血が争っていませんよ!
そんな嫌なお血筋の、末端に属する一員である酒神様。
心なしかげんなりしているような、気配がしんなりしている気がするのは気のせいでしょうか。
「っていうか不在って。どこ行ったんですか」
「雲隠れ……か?」
「いや、どこ行ったも何も。遠出の帰りにどこぞの羊飼いに擬態した闘神に襲撃喰らって凹られた結果、帰りに難儀するレベルの負傷貰って足止め喰らってるらしいって話なんだが……」
「って、おいぃ!? 羊飼いに擬態って明らかに知ってる誰かを髣髴とするというか本人以外にあり得ないだろうそれ――――!! 主神襲撃って何やってるんだ、ハテノ村開祖ー!」
「ちょっとご先祖様ー?」
「擬態? 俺じゃねーな。何故なら擬態なんかじゃなく俺は羊飼いそのものだから」
「いやでも本人だろ!? そう言い表される神が、貴方の他に二人も三人も存在して堪るかー!」
そういえば……天界に来たばっかりの時、お迎えに来てくれたご先祖様が言っていましたっけ。
足止め兼ねて、主神ボコったって。
まさかその影響がこんなところで尾を引くなんて!
……どっかで入院でもしてるんですかね?
しかし事実は入院よりもなんかイラっとする感じでした。
なんか主神、怪我とその療養にかこつけて、というかそれを大義名分に振りかざして、襲撃現場に程近い愛人的な女神のお宅に転がり込んでいるそうです。
確かに怪我で体の自由が利かなかったり、神殿に帰るよりも距離が手頃だったとか、そういう理由があるのかもしれませんが怪我人舐めてんですか、そいつは。
未だ一度もお会いしたことの無い方ですが、是非とも怪我を悪化させてしまいたくてなりません。なんということでしょう……薬師にあるまじき発想です。
「でもなんか腹立たしいと思ってしまうのは私の人間が出来ていないということでしょうか」
「リャン姉さんが出来ていないのではなく、相手が酷いだけだと思いますが……奥方が気の毒です」
「去勢した方が良いんじゃねえの? 色ボケっていうんだろ、こういうの」
魔境じゃ考えられないことです。
そんな女性に対して誠意のない野郎は、誰かしらに絡まれて難癖付けられるのが常ですからね。魔境は女性だって強いのです。住民の多くは戦闘大好き愉快犯な魔族さん達ですからね。ええ、突き倒せるわかりやすいネタがこれだけ露骨にはっきりしていると、嬉々として抉り倒して突けるだけ突っつきますから。
こんなに派手に女性問題を振りまく野郎が存在したら、ちょっとしたお祭り騒ぎになりますよ。吊し上げる強い女性達と、囃し立てる野次馬達と、火に油を注ごうとありとあらゆる可燃物質の準備に余念がない愉快犯たちによって。
……魔境に、派手に女性を弄ぶ野郎が存在しない理由がなんかわかりました。
うん、きっと過去に撲滅されたんでしょうね。結果的に淘汰されたのでしょう。
「一度、主神とやらを魔境にご案内して差し上げたいですねー……」
「どうしてそんな思考に行きついた!?」
でもここは魔境じゃありません。
ええ、仕方のないことです。
土地が違えば、『土地柄』という言葉もあるように事情やら風習やら色々違うものですから。
だから……そう、私に出来ることは。
「ご先祖様! ついでに酒神様」
「ん? なんだ」
「あれ? 俺、ついで?」
「ここの主神の、盛大に抉りやすい最高の弱みって心当たりありますか!」
「えぐり……リアンカ? 何をする気だ。不穏だな、おい」
不安そうな顔で、勇者様がちょいちょいと私の袖を引きます。
若干、顔が引き攣っていますね。
だけど勇者様の小さな「やめろ、やめろ」という呟きなど聞こえなかったのでしょう。
ご先祖様は、とっっっても良い笑顔で。
親指をぐっと立てて、断言しました。
「そりゃ野郎の正妻だな、間違いなく」
奥さんに頭が上がらないのは、神の世界も下界と変わらないようです。
っていうか噂に聞く主神とやらの嫁を逃げずに続けているという心の強そうな嫁さんってどんな方なんですかねー?
丁度ここは、主神の神殿です。
奥様もきっとこの神殿か、近場にいる筈。
酒神様に確認を取ったところ、ご夫婦は同居しているそうです。……本当に精神強そうですね、その嫁さん。
「どんな奥さんなんですか?」
「厳格な方だよー、いろんな意味で。そして怖いよー、いろんな意味で。うん、めっちゃこわい……」
「酒神様が細かく振動を……!」
「大の男が蒼褪めた顔でカタカタ震えだすってどんだけだ!?」
「取敢えず奥様に会うんなら、俺ちょっと引っ込んでるね……物陰にでも隠れてるから。ほら、俺生さぬ仲……っつうか愛人の子だからさ。そこそこの地位築いたから排除されずに済んでるけど、風当たりはきっついから。というか風も何も当たりがきっついから。見えないとこにはいるから、さ……」
「酒神様のそんなに弱り切った顔、初めて見るんですけど……」
「あ、奥方様は旦那の浮気は許さないタイプっていうか目移りそのものが許せない方だから、十中八九、今回の主神の不在状況について詳しい情報は掴んでないと思うよ。掴んでたら既に乗り込んで、目も当てられない修羅場になってるから。俺だって主神の側近中の側近から聞き出したからこそ情報を得られただけで、殆どの神は居所知らなかったし。だから主神の居座り先の情報流したら、主神にとって困ったことになるのは間違いないな!」
「最後の台詞だけ急に元気になった!? 随分活き活きと父親の窮地を後押しするな!?」
「ぶっちゃけ自業自得でいい気味だと思ってるからな!」
「本音ぶちまけた!? 実の子にそんな風に言われるなんて父親の威厳がまるでないな!」
酒神様の、説得力ある保証もありまして。
どうやら主神の嫁に主神が帰ってこない理由はともかく転がり先の情報を流すだけでも、主神が困った事態になるのは確実の模様です。
「っつうか、俺も確かに凹ったけどなー神の、それも不死たる『主神』なら、既に全快してる程度の怪我しかさせてねーはずなんだけどな」
「ご先祖様が凹って、その怪我が一日足らずで全快するとか……神の回復力って凄いんですね」
「ここの里の神は、日付が変わるとある程度の怪我は自動的にリセットされる。それで治らない怪我も、人間に比べりゃ倍回しみてえな時間経過で塞がるしな」
「どうなってるんだ神の体! 本当にイキモノか……?」
神様っていうのも、神群によって体のつくりは様々らしいけれど。
大概、回復力がおかしいことになっているのは共通だそうです。
なんだか薬師や医者は需要がなさそうな種族なんですね、神って。
……なのに医療関係を司る神が存在するのは何故なんでしょう? 神にとって医療行為とか意味なくありません?
主審に仕える神々にとっても、夫婦喧嘩という名のどぎつい修羅場は勘弁してもらいたい事態らしく。少しでも回避する為に、そして仕える主神に少しは都合の良い様に情報規制だのなんだのをやっていたみたいですが。
ご先祖様の武力で以て、私達は部外者の立ち入りを禁じる奥の区画へ堂々と侵入を果たしました。
私達を止めたければ、ご先祖様の一撃を喰らってなお縋りついてでも食い止めようという根性のある神をつれてきてください。でもそんな神はこの神殿にいなかったようなので、私達はあっさりと奥方様の私的空間に足を運びました。
奥様は、中庭の花畑でお昼寝の真っ最中……だ、そうですが。
「……?」
私達は中庭に侵入し、くるりと見回します。
確かに色とりどりの可憐な花が咲き乱れた、花畑があるんですが……
お昼寝中の、奥方様……?
該当しそうな方が、見当たりません。
代わりに、「まさかアレは違うだろう」っていう感じの女神ならいるんですけど。
困惑する私達に、面識があるらしいご先祖様が顎でくいっと。
私達が意識的に、候補から外したお昼寝女神を示しました。
「 ア レ 」
「え、アレですか……?」
困惑を深める私達に、ご先祖様が事実を突きつけます。
感情が否定してしまうのを、隠せません。
だって、だって……!
だって、示された女神様って……
……十二歳くらいの、少女にしか見えないんですけど。
え? え……?
えー???
「主神って少女趣味なんですか」
「ズバッと直球だな……!」
なんという隠せない犯罪臭。
……あまりの犯罪臭さに、私達は漏れなくドン引きでした。
主神、どれだけヤバい神なんですか……。
威光とか、威厳とか、そういうのとは別方向の行状に慄かずにはいられません。
あっちでも、修羅場。
こっちでも、修羅場。
この神々の里、修羅場ばっかりですね☆




