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81.望まぬ香り、知らぬ間の変化



 勇者様は、飛び切り上品で触れ難い程に高嶺の花感を出す高貴なお嬢様に変貌しました。

 いえ、元々とっても美形さんなんですけどね?

 フリルを多用しながらもシックで落ち着いた印象のドレスは瞳の色より僅かに暗い蒼。

 大人っぽさを感じさせるデザインですが、それよりも淑やかさが前面に出て来るあたりが勇者様です。

 ドレスと同じ生地で作った青薔薇の飾りが至るところに配置されていて、チョーカーと髪飾りもお揃いです。キラキラ系の宝石も良いんですけど、装飾の宝石は真っ白で大粒の真珠を選びました。

 表情の硬さは多分勇者様の内心的には違う意味で発生しているものなんでしょうが、傍から見ると気高さとか高潔さとか、良い意味での潔癖さに見えなくもないところがなんか凄い。

 見た目は完璧に気難しそうな高貴なお嬢様。

 なんだかその道の趣味人に大変な人気が出そうです。

 ここまで着飾ると香水をつけていない方が違和感あるので、勇者様には香りも纏っていただくことに。

 本人の王族という出自もあり、故郷(くに)専属の衣装係が存在するようなお立場ですからね、公式行事で人工的に作られた香は香にしろ香水にしろ纏うのは珍しいことじゃないらしく、そこは快諾をくれました。王子様業の一環として、何かの宣伝の為にとか、献上された香水を駆け引きで身に着けるとか、そういうことが割とあるそうです。

「だったら遠慮は無用ですね!」

「君達が俺に遠慮をしてくれたことがあっただろうか……」

「結構ありますよ?」

「詳細は聞きたくない……」

 魔境で採れる青薔薇の香水にするか、白百合の香水にするかで意見が分かれたんですが……

 香水って本人の体臭との相性もありますよね?

 そこまで考えた時。

 『勇者様』と『香』を頭の中で結び付けて、確認しようと思っていたことを思い出しました。

「そういえば勇者様、身に着けてる香水、替えたんですか?」

「は……? 質問の意図がわからないんだが」

「いえ、だから、今つけてる香水って今までと違いますよね?」

「香水? 何もつけてないけど」

「えっ?」

 勇者様から、想像していたのとは別の回答がありました。

 意外な気持ちが、口からついて出ます。

「え、え、えー? 嘘ですよね!」

「なんで嘘になるんだ。俺は何もつけてないぞ?」

「だって! 明らかに前と匂いが違いますよ!?」

「ニオイ!?」

 今度は勇者様がぎょっとして、目を白黒させています。

 私は勇者様にずずいっと近寄って、遠慮なく首元の臭いを嗅ぎました。

 勇者様はひたすらにあたふたあたふたとしていて、妙な動きを繰り返しています。

 そんな謎の動作なんて無視して、私はひたすら嗅覚を頼りに確認です。

「……ほらー! やっぱり前と違う匂いがします! 薬草類を取り扱う私の鼻は誤魔化せませんよ!」

「断言されても俺にどうしろと!? というか本当に一体どうしたら良いんだ、なんだなんだなんなんだこの状況はー!?」

「…………勇者様、どうして混乱しているんですか?」

「それこそ誰のせいだと!?」

 何故か勇者様が混乱しました。

 冷静に考えてみれば体臭(ニオイ)を嗅がれるって結構な羞恥でしたね。

 疑問が先に立って失念しておりました。申し訳ない。

 だけどやっぱり……前と違う匂いがするんですよねぇ。決して不快なものじゃないんですけど、妙に鼻につくと言いますか。

「臭いって、それってどんな? 香水を疑ったんだから、割とはっきり香ったんだろ? それも悪臭の類じゃなく、敢えてつける人がいるような匂いってことだよね」

 しきりに首を傾げていた私に、ヨシュアンさんも同じく首を傾げて質問しました。

 ヨシュアンさんは色々な任務をこなす凄腕軍人さんですが、割と女性の服飾事情にも詳しい人です。香水にももしかしたら詳しいかもしれない。

 めぇちゃんなら詳しいんですけど、私、香水は専門外なんですよねー。

「なんというか……前に嗅いだことのあるもので一番近いのは……」

 どんな匂いだったのか。

 過去の記憶を思い起こし、分析しながら辿ります。

 香水に詳しくなくったって、薬師という仕事をしていればその『原材料』にはそこそこ馴染みがあるもので。多種多様な香りで一番近いのは……


「………………ジャコウジカ?」

 記憶を漁って出てきたのは、それでした。


 思い出してみれば、至極納得。

 ああ、うん、あれのニオイにどこか似ています。

 勇者様的には凄く納得がいかないらしく、しきりに自分の腕や肩に鼻先を寄せてふんふん匂いを嗅いでいます。そんなに顔をくっつけたら白粉が! 白粉がドレスについてしまいます!

 慌てて勇者様を止めて、でも改めて私が匂いを嗅いでみる。

「ムスク系の香水をつけた覚えは絶対にないぞ!?」

「それもう美の女神のとこの残り香なんじゃね? 勇者君、痕跡つけられて帰ってきたんじゃない。それで鼻が慣れちゃって、自分じゃわかんないんだ」

 でもヨシュアンさんも勇者様に鼻先を寄せて、微妙な顔をしています。

「そんなニオイ、するかなあ……」

 急遽、みんなで勇者様のニオイを確かめるという謎の構図が発生しました。

 うん、私達、何やってるんでしょうね?

 始まった流れは止まることなく、皆で勇者様のニオイを自らの鼻で分析しました。

「お花さんみたいな匂いがしますの~!」

 そう言ったのは、せっちゃん。

 勇者様はまだ香水をつけてないと自己主張していますけど、現時点で既にフローラル臭がするようです。私が感じ取ったニオイもそういえばジャコウジカっぽいながらも花の匂いっぽいものもしたような……勇者様の体臭、どうなってんでしょう。

「私は……特に気付くものは。ああ、でも、妙に青臭いような」

「アスパラ臭い」

「ロロイ! そんなはっきり……!」

 そしてその答えでもって勇者様をへこませる若竜コンビ。

 そうですよね、さっきまで生(?)のアスパラと密接に触れ合ってきゃっきゃうふふしていましたものね。勇者様の記憶からは抹消されていますけれど。でもニオイが移っていてもなんら不思議はありませんよね。

 アスパラのニオイと言われて、勇者様が固まってしまいましたけど。

「酒の匂いがする」

「あっはっはっはっは……それさっき、寝てる勇者のにーさん肴に宴会していた時、思わずうっかりぶっかけちゃった焼酎のニオイじゃ」

「ああ、あったあった。そういやそんなことも」

「人が寝ている間に何をしていたんだ、貴方がたは!?」

 そして酒盛りを自白する、御先祖様と酒神様とサルファ。

 なんだかこのあたりの方々は楽しそうですねー。でもアルコール臭したっけ?

 人間の嗅覚じゃ酒精は感じられないんですけど。

「麝香、麝香……しますか?」

 そして私より格段に鼻が良く、香水にもある程度理解はあるだろう魔族のお二人は。

 何故かこんな結論を出してきました。

 したり顔で、ヨシュアンさんが悪戯を思いついたような顔で。


「それってアレじゃない? 勇者君から出てる、 フ ェ ロ モ ン のニオイなんじゃない」


 勇者様が再び固まりました。

 フェロモンって、そんなはっきりニオイで判る物なんでしょうか。

 判るとしても、なんでこんなにいきなり……?

 勇者様の精神世界に潜る前と、潜った後でニオイに違いを感じるようになりました。

 これは、精神世界に入ったことが影響しているんでしょうか。

 きっかけとしてはそのくらいしか思い当らないんですけど。


「やっぱさ、アレじゃないか? 愛の神様がリアンカちゃんの魅了耐性弄ったことが原因じゃ……」

「異性への耐性をちょっと下げるって言っていましたけど……フェロモンを実際のニオイとして感じ取るようになった、ということですか?」

「微っ妙な変化だな~……」

 私は、私が寝ている間に愛の神様が何をやったかなんて露知らず。

 いきなり勇者様のニオイが違って感じるという謎の変化に、原因がわからず更に首を傾げる羽目になりました。

 というかジャコウジカって勇者様……。


 ちなみに勇者様以外の男性からも、ニオイに若干の変化を感じるようになりました。

 清涼な水辺のような印象だったりっちゃんには、新たにハーブのニオイが。

 特に匂いもしなかったヨシュアンさんには、なんだか賑やかで元気な果物のようなニオイが。

 サルファはなんか森っぽいニオイがしました。以上。

 ロロイは……竜だからでしょうか? なんかこれといって特に変化は感じません。

 ご先祖様はとっても落ち着く我が家のニオイしか感じませんでしたけど。

 あと酒神様は以前から現在に渡って、変わらず酒臭いです。

 

 複数人のニオイを嗅いでみて、以前との変化を感じる。

 これって、勇者様が変わったのではなく、私の嗅覚が変化したということですか?

 今はそんな余裕ありませんけど、魔境に戻ったら薬師仲間か魔王城のお医者さんに診てもらった方が良いかもしれませんね。



 何に衝撃を受けたのか、若干目が虚ろになった勇者様を連れて。

 私達は真直ぐに里の中央を目指します。

 なんか主神の神殿(いえ)は里の真ん中にあるっていうから。

 ご先祖様の召喚した黄金の羊達(群れ)に乗せてもらって、一路まっすぐまっすぐ爆走です。

 時々見知らぬ神様をひいたり、跳ね飛ばしたりしちゃうのはご愛嬌。

 相手も頑丈な体のつくりをしているようで、吹っ飛ばされても深刻な被害が出ている様子はありません。そのあたり、流石は神様といったところでしょうか。

「ところでご先祖様ー。ここの主神さんって、どんな神様なんですか?」

 ご先祖様の腰にしっかりと腕を回して掴まって、羊に相乗りさせてもらいながら質問です。

 これから相対することになる神ですから……その性格やら性質やらが気になるのは仕方ありません。

 私の当然ともいえる質問に、御先祖様はちょっと気難しい顔をしました。

「女好きで、節操なしで、見境の無い種馬野郎だな。相手の都合はお構いなしで手ぇ出すだけ出して放置(ポイ)するのもザラだ」

「男として最低じゃないですか」

「だろ? 責任感の欠片もねえ奴だぜ」

「だったら遠慮は無用ですね」

「ああ、遠慮は無用だ」

 こんな個性豊かな神々の里で、その取り纏めをしなくっちゃいけない主神さん。

 さぞ気苦労も多いことでしょうし、仮にも『主神』と呼ばれる方ならそこそこ遠慮は必要かな、と……そう思ったんですけどね?

 所詮は、あの美女神の関係者です、か。

 私はポーチの中にある、『性転換薬』をぎゅっと握りしめました。

 効くかどうかはわかりませんが……この薬を使う時が、とうとうやって来たのかもしれません。

 この薬、ほとんど冗談で作ったんですけどね!

 まさか日の目を見る日が来ようとは。



 様々な不安と憶測を交えながら。

 そうして私達は、白亜の大神殿に辿り着いたのです。

 この里の、長……主神の住まう、この神群の里で最も大きく荘厳な神殿に。

 でも何故でしょうね?

 建物はこんなにも荘厳だというのに……ここに住まう神に対して、『荘厳』だなんてちっとも思わない私達がいました。

 実際に対面すれば、少しは違うのかもしれませんけど。

 ご先祖様の話の印象は、すっかり『女にだらしないロクデナシ』で固定されていたのです。

 そしてご先祖様が飼い慣らした黄金羊の群れから、私達が下りることはなく、足を止めさせることもなく。

 爆走状態のまま、躊躇いなく神殿の入り口に群れごと突っ込みました。

「ちょっ止ま、止まr……止まらねー!? ま、待て、待て待て待て待て!? そのまま突っ込んでどうするんだぁぁあああ! 初っ端から堂々敵対行動とか度胸あり過ぎだろーっ!!」

 その光景は、まさに『突撃』というやつでした。


 神殿の門の前には、当然ながら門番の存在があります。

 その数、合計四柱。

 全員、御先祖様が沈めました。

 一撃(ワンパンチ)でKOでした。

「ふっ……フラン・アルディークだぁぁあああ! フラン・アルディークが来たぞぉぉお!?」

「い、いやぁなんでー!?」

「ぎゃあああああっ助けて、殴らないでー!?」

 そしてご先祖様のお姿を目にした神々が、阿鼻叫喚。

 散々に悲鳴を上げて、方々に散って逃げようとするんですけど……

「山賊か何かか、あの人は……」

「いえ、羊飼いです。羊飼いの筈です」

「あれは確実に、俺の知っている『羊飼い』の範疇飛び越してるからな?」

 あまりに効果的な、目に見えて察せられる武威(?)という奴に勇者様も遠い目です。

 ……ご先祖様? 貴方一体、ここの神々に何やったんですか?




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