79.責任の所在追及に
美の女神襲来!
その一報をもらってしまったので、夜逃げよろしく勇者様を抱えてとんずら決め込むことにした私達。
大慌てで宴会後の始末を付けて(どうも私達が勇者様の中に潜っている間、酒盛りをしていたようですこの野郎共)、最後に忙しくて愛の神様にご挨拶をすることに。
……あ、魂の女神様はなんだかとってもお忙しいらしく、手が離せないということなので彼女への挨拶は割愛することになりました。勇者様は彼女にこそお世話になったんですけどねぇ。
「愛の神様、随分とお世話になってしまいました。そう、思いの外」
「そうそう、そうだよね☆ もっと手間取ると思ってたし、でも勇者君の治療とか手伝ってくれたよね。思いの外」
「色々と独自の価値観で動いてはおられるようですが、神として人間を思っている面など知ることが出来て意外な思いでした」
「なんで君達、『思いの外』連発してるの」
なんだか愛の神様の眼差しが怪訝げです。
でもそこは胸に手を当てて考えてもらいたいものですね。
その破廉恥極まる、犯罪ぎりぎりの格好とか、美の女神様の息子という素性とか。
――それから、勇者様に与えている加護の厄介さ、その弊害による勇者様が受けてきた精神的、身体的苦痛の諸々とか。
それらを踏まえて考えて、この神様に真っ当な印象を持つ方がおかしいと思うんですけど、私別に間違ってはないですよね? ね?
私なんて絶対に邪悪な神だと思ってましたから! 今も印象の微妙な軌道修正はされつつ、大本の印象は変わってませんけど!
「……リアンカ様へのアレは、場合によっては厄介事の種になりかねませんけど」
「え? りっちゃん、何か言った?」
「いえ、貴女は知らない方が良いことですよ?」
「あ、うん。わかったー……ってその言い方すっごく気になるよ!?」
なんだ、愛の神は何をやったんだ。
私達が勇者様の中に潜っている間に、何かあったんですか!?
「あ、そうだー(棒)。忘れない内にお願いしておかなくっちゃー(棒)」
私がきょろきょろ皆さんの顔を見回していると、なんだかわざとらしい口調でサルファが。
ずるりと縄を引っ張り、不気味な兎の着ぐるみを……
あ。忘れてました。
ザッハおじさんからの、リクエスト。
魔境に持って帰らないといけない、お土産を!!
「愛の神様、ちょっちこのぶっきーなうささんください」
「突然だね。なんでわざわざ、そんな変な物をほしがるのか……」
「突如恋愛に目覚めた独身年数三桁をマークする魔王の身内が、このうさぎさんを嫁に欲しいと」
「や、やめるですー! やめるですよ! 愛神さまぁ、お助け……っ」
「よし、売った」
「はい、買った」
「吾、売られたー!? しかも二つ返事で!」
「愛の神の眷属で、しかも見栄えは悪くないはずなのに恋愛には消極的、宝の持ち腐れにも程があると前々から言っていたはずだよ。良い機会だ。求められているというのなら、売るに否やはない」
「そんな理由で上司に売られたですよー!」
「お値段はおいくらで?」
「そうだねぇ? 愛には愛を対価に。ライオットが無事に下界に戻った暁に……そうだね、五人以上の子供をもうけること、その子供を私の与えた試練へと挑戦させることを条件としようか」
「ですって、勇者様! 気長なお支払いをお願いします。大丈夫、きっと勇者様が本気を出せば子供の五人や五十人、無理じゃありませんよ! ……相手を選ばなければ」
「ちょっと待て、なんだこの展開! 俺はいま何の取引のダシにされたんだ!? 何で俺が返済するって話になるんだ! っていうかこれ俺が売られたのか!?」
「別に誰の子供とは拘らないけれど? 『愛の結晶』五人以上っていう条件は譲らないけどね。何なら、数組の夫婦で合計五人以上でも良い」
「例えばりっちゃんが一人産んで、画伯が二人調達して、サルファが二人作る、みたいな感じでも良ってことですか?」
「リアンカ様? 私は男なのですが? ……産めませんからね?」
神様の求める代価って、よくわかりません。
取りあえずこの場の面子の子供???が将来的に愛の神様関連で苦労する未来が予約されてしまったようです。
でも独身歴三桁を数える男が、不気味なウサギを嫁にご所望なので。
ちょっと面倒事を押しつけてきた手前もありますし、このくらいは仕方ありませんよね。
ああ、でも、意識のすりあわせくらいはしておいた方が良いですかね?
「『子供』に養子は含まれますか?」
「君達、六人もいて一人も出産の予定ないの? 試して出来なかったというのなら、結果として養子も認めよう。でも養子を迎える前に最低限の努力はしてほしいものだね」
「愛の神様、それは増殖とか分身は含まれますか?」
「一己の生命として赤ん坊から自然死までの人生を歩めるのなら」
「人造生命体は?」
「『ヒト』の定義に引っかかるのなら」
「『作品』を『子供』と主張するのはありですか?」
「二次元は脱しろ。だからといって造形美術的な代物を『子供』と主張するのも駄目だ。『魂』を保有していなければ認めないからな」
「俺、ちゃんと作品の一つ一つに魂込めてるのにー」
「魂を込めれば魂が芽生えるのか? そう簡単に意思を持つと思うのか」
「アスパラは?」
「あれを『ヒト』というつもりか、貴様ら」
なんだろう。『子供』の定義が思った以上にゆるゆるでした……。
生命体でさえあれば概ね認めて貰えそうです。
いざとなったら、私達に無理でも直接ウサギを貰うことで恩恵を得るザッハおじさんに五人以上用意してもらいましょう。
というか本来、それが筋って物ですよね! ええ、ザッハおじさんに愛の神の条件を伝えておけば、後は勝手に何とかしてくれると思います。
何とか無事、ウサギの身柄は上司公認の元、私達の手に入りました。本柱の意思は丸無視ですけど。
方々連れ歩いて、隙を見て脱走されても面倒なので。
ウサギさんは拘束したまま、ラッキースケベの神を突き落とした湖に沈めることにしました。
あの湖、どうやら下界と繋がっているみたいですからね!
ウサギの嫁を待ちわびるおじさんの姿を湖に映した上で突き落とせば、多分ザッハおじさんのところにダイレクトにお届け出来る筈です。目の前にさえ現れれば、あのザッハおじさんのことですから抜け目なく捕獲して回収してくれることでしょう。魔王一族の一員という肩書は伊達じゃありません。
……神なら全身拘束されて湖に落下しても、多分溺れ死ぬ事は無いでしょう。
実際、あのスケベ爺も何の苦も無く下界に乱入しちゃったみたいですし。
ウサギを売ってもらった代価は、『勇者様が下界に下りた後、私達が合計五人以上の子供を作ること(※複数人での合計達成可)』。
そんな条件を出してもらった時点で、何気にさりげなく、愛の神様は私達に勇者様を下界に連れ帰っても良いと言っているも同然です。
というか連れ帰ってハーレム作らせろって副音声が聞こえました。
多分、それは気のせいじゃないはず。
愛の神様は、勇者様に愛に満ちた生活を送ってもらいたいようです。物量的に。
……どういうつもりでそんなことを言うのか今一わかりませんけど、多分理由は『愛の神だから』で解決するのでしょう。
明言してもらって、確約を取り付けた方が良かったのかも知れませんが。
本当に美の女神が接近してきていたようなので、長話をする訳にもいきませんでした。
大慌てで取るものも取りあえず、私達は愛の神の縄張りから脱出します。
でも、脱出してからぴたりと足が止まってしまいました。
だって次にどこ行くか、目的地決まってなかったんですもの。
「ご先祖様、次はどこに行けば良いと思います?」
不案内で、土地勘のない場所です。
そんな場所で無作為に動いても、道に迷うだけなのは確実で。
私達は困り顔でご先祖様に縋りました。
駄目押しで上目遣いに「お願い、おじいちゃん」とお願いしておきます。せっちゃんと二人で。
あ、酒の神の存在はまるっと無視です。
「状況を整理するとして、現在勇者君を連れ帰る許可をくれているのは幸運の女神と愛の神の二柱。後、許可がいるのは……」
「陽光の神、美の女神、選定の女神の三柱か」
「美の女神は後に回そう。面倒だから」
「そうですね、面倒の予感しかしません」
「他の必要な許可全部もらって、外堀埋めて、準備を整えてから凹りに行こう」
特に勇者様の心を安寧に保つ為にも、絶対に大丈夫だという保証を得てから美の女神とは相対した方が良さそうです。
今も美の女神と耳にした途端、
「は……はは、は……うぅ」
目を彷徨わせながら、小さくふるふる震える勇者様がそこにいました。
美の女神の神殿で、何があったの勇者様。
特に何も無かったとしても、肉食系の女性とはとことん相性が悪く、数々の心の傷を積み上げてきた勇者様ですから。
過去のあれこれの記憶と結びついて、どうしても腰が引けてしまうんでしょうね……
ふと、気付いたといった顔で。
不安を紛らわそうとしてか視線を彷徨わせていた勇者様の顔色が変わりました。
「そういえば、まぁ殿は……」
困惑混じりのその声に、私達は顔を見合わせました。
そういえばどうしているんでしょうか、まぁちゃん。
迎えに行ったはずのせっちゃんは、今ここにいるんですけど。
まぁちゃんが迎えに行くまでもなく、合流しちゃってるんですけど。勇者様込みで。
「あに様、どこに行っちゃったんですの?」
「まぁちゃんはね、せっちゃん。輝く星になったんだよ」
「語弊を招く表現! いくら何でも星になったは嘘だろう!? あのまぁ殿が簡単にくたばるとは思えない」
「いえ、そういう意味ではなく……燦然と輝く星、ナターシャ雄姐さんとなって空に消えました。文字通りの意味で」
「まぁ殿は一体何やってるんだ!?」
「せっちゃんを迎えに行ったはずだったんですが……今頃、どこで何をやっているんでしょうね?」
「本当に一体何をやっているんだ、まぁ殿!!」
~ちなみにその頃、まぁちゃんは~
「てめぇ俺の前を阻もうなんざ良い度胸じゃねーか……足止めの文字通り、てめぇの足ちょん切っちまうか? あ゛ぁ゛!?」
「それで彼女の笑顔が見られるなら安い物。我が命、美の奴隷と下った時よりあの方に捧げておるわ!」
「なんっつぅ奇特な……お前、絶対に外しちゃいけねえ道を踏み外してんぞ、なあ」
「なんとでも言え。呪うのであればこの身に流れる血をこそ呪うさ。我が一族は……筋金入りの、面食い一族なのだからな!!」
「力強く断言することかよソレ!」
「さあさあいざ、尋常に勝負! 貴様如き、軍神たるこの俺が屠ってくれるわ……!」
「おお、言うねえ? その言葉、後悔すんなよ。違えた時には……そうだな、その全身の毛という毛、毛根まで死滅させてやっからな!」
「!? ぜ、全身……?」
「おう、睫毛に別れを告げろや」
「……い、出でよ我が眷属!」
「言った側から……って、そういや『自分ひとりでやる』とは言ってねえか。チッ仕方ねえな」
……何やら、絶賛どなたかと喧嘩の真っ最中の模様でした。
「それじゃ、陽光の神か選定の女神か……どっちから先に行きます?」
「ああ、ちょっと待った」
「ご先祖様?」
状況を整理して考えたところ、次の行き先の候補として自然と上がった二つを口にしたつもりでした。
ですが、ご先祖様が私達に待ったをかけます。
どうして止められるのかわからず、私達は戸惑いました。
他に寄り道するべき何かがありましたっけ?
「陽光と選定を訪ねる前に……しておかないといけないことがあるだろ」
「何かありましたかね?」
首を傾げて問い返すと、ご先祖様は微妙そうな顔で……勇者様と、サルファを見ました。
特に近頃勝手に増えた、その人間にはちょっと余分すぎる部位の当たりを。
「先を急ぐべきって考えはわかるけどな。少し寄り道になるが……先に、あいつらがこれ以上変容しねぇようにしといた方が良くないか」
「そんなことが出来るんですか!?」
言われてみれば確かに、これ以上あの二人が人間を辞めちゃうことを阻止できるなら、試しておいた方が良さそうな気もしますが。
……ああ、でも、人間辞めるとか今更ですかね?
でもこれ以上変な部位が増えても困りますよね。
「勇者様、サルファ、貴方たち自身のことですし聞きますね。先を急ぐのと、人間からの卒業を途中で止めておくの、どっちが良いですか」
尋ねてみると、二人はほぼ同時に頷いて、やはりほとんど同時に言いました。
悩む様子もなく、聞くまでもないことだと。
「「変貌阻止の方向で」」
どうやら二人とも、人間はまだ卒業したくないようです。
もう大分、辞めかけてますけどね!
こうして、私達の当座の進路は決定しました。
でも具体的に何をするのか、よくわかりません。
「ご先祖様、それで私達はどこに行くんですか? 何をしたら良いですか」
「行き先か? ああ、それならな」
一つ、言葉を句切って。
少しの間を置いて、にぃっと片頬を吊り上げてご先祖様は微笑みました。
楽しそうな声音が、告げた行き先は。
「この神群の里の、長んとこだ」
いきなり、最高権力者のとこでした。
……美の女神の所行について、直接抗議(物理)する絶好の機会、かもしれません。
所属団体の長に、責任を追及するのは当然の権利ってやつですよね?




