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76.ロロイ、はじめてのてりょうり。




 ――はっ!?

 喉の奥で、ひゅっと音がしました。

 咄嗟に勢いよく息を吸ったことで、『目が覚めた』ことを自覚しました。

「あ、リアンカちゃん起きた~?」

 間延びした声を出しながら覗き込んできた誰かの顔。

 寝起きであまり意識は鮮明じゃありませんでしたけど、私は思わず平手を繰り出していました。

「いったー!? え、なんで!? 俺、なんか殴られるようなことした!?」

「いきなり顔を覗き込むのは止めて下さい。年頃の女性なら殴っても許されます」

「心配してただけじゃん! ずっと心配してたのにリアンカちゃん酷っ」

「……心配ですかー。酒臭いニオイをさせて?」

「あははははー☆」

 気のせいじゃありません。

 目の前の脳天気な笑顔……サルファからは明らかにアルコール臭が漂っています。

 こいつ、昼間っから呑んでますね?

 その状態で心配と言われても白々しいだけなんですけど、奴は気にした様子もなく朗らかに笑うのみ。

 笑って誤魔化しにかかってますね?

 余罪を追及したら色々出てきそうな気もしますけど、深く聞くのは止めておきましょう。

 段々頭がはっきりしてきました。

 それに伴って、ぼんやりしていた記憶も。

 ……今はサルファに構っている暇なんかありませんしね。

「それで、勇者様は? 様子はどうです、まともに戻ったんですか」

「まだ寝てんよ。なんかめっちゃ魘されてんだけど、勇者のにーさん」

「やはり魘されていましたか」

「やっぱりってどういうこと!? リアンカちゃん達、何やってたの」

「カレーと闘っていました。廃棄処分するために」

「マジで何やってたの!?」

「それより、魘されているって勇者様のお加減は悪いんですか?」

「一足先に目を覚ましたロロっちが起こしてくるっつってたけど……」

「起こして良いんですかね?」

「リアンカちゃん達も脱出してきたし、そろそろ起こしていいだろって奥さん言ってたぜ☆」

「奥さん……あ、奥さんって愛の神様の奥さんですか?」

「そそ」

 簡単に状況の説明を受けている、最中。

 サルファの肩の向こうから、慌ただしい声が響きました。


「ロロイ、そのポテトマッシャーで何をするつもりですか!」

「勇者を起こす」

「ポテトマッシャーで!? 起こすって言ってましたよね。ポテトマッシャーは目覚まし用の器具じゃありません。ポテトを潰す(マッシュ)為の物です!」

「知ってる。大丈夫だ、これは食材用じゃない。勇者用に用意した分だ」

「勇者さんの何を潰す気なの……!?」

「待って! 顔は、顔はやめたげて! 勇者君の最大のチャームポイントだよ!?」

「ヨシュアン! 貴方も全力を出しなさい! ここで引き留めておかなくては勇者さんがマッシュされる事態に……!」

「もう全力だよ! 俺が腰にしがみついている姿が見えないって!? リーヴィル、眼鏡買い換えたら!?」


 聞き覚えのありすぎる声が聞こえます。

 一緒に、誰かの暴れる音も。

「どうやら二人も問題なく起きられたみたいですね。調子が良さそうで何よりです」

 他人の精神世界なんて未知の領域、得体の知れない場所に潜った後ですからね。

 私にも言えることですが、他人の精神に干渉したことで変な影響が残ってなさそうなのは幸いです。

 声を遠くに聞きながら、私は目を閉じて自分の体調に不具合はないかをゆっくり確認しました。

「あ、あはは……リアンカちゃんってば☆ あれ聞いて、感想それなんだ……」

「え? サルファ、何か言いましたか?」

「ううん、なんにも~」

 しかしポテトマッシャーですかー……我が家では魔族さんとの物々交換で手に入れた魔銀製のヤツを愛用しています。

 全体に細かく呪文が刻んであって、どんなジャガイモも、それこそ生だろうと易々マッシュ出来る優れ物なんですよね☆

 ロロイったらどこにポテトマッシャーなんて持っていたんでしょう。

 それで勇者様を起こs………………ん? ポテトマッシャーで、起こす?

 疑問が過ぎって、私は思わず目を向けました。

 少し放置してしまいましたが……見えてきたのは、ポテトマッシャーを両手で握る弟分の姿。

 あれ、体重かけて全力で潰すつもりだ。


「ろ、ロロイ――!? それで勇者様の一体何を潰す気ですかー!」

「全体的に、まんべんなく」

「勇者様は食材じゃ……あ、あり?(混乱) えっと…………うん、食材じゃありませーん!!」


 思わず大慌てで、ゆっくり休むことも出来ずに私は走りました。

 走って、体当たりです。

 ロロイの腰に両腕を回して、全体重をかけた勢いでロロイを引きずり倒しました。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 目が覚めたら、そこにはクリアな世界。

 なんだかとても、全てが鮮明に見えた。

 まるで今まで磨りガラスの部屋に閉じ込められていたかのように。

 随分と久しぶりに、世界をくっきりと捉えることが出来たような気がした。


 今まで長い悪夢を見ていたような気がする……。


「起きろ」

 いきなり、蹴り起こされた。

 割と容赦の無い踏みつけに思わず目を開けて外敵を探す。

 ……見つかったのは、不機嫌極まる顔の(ロロイ)が一人。

「………………いきなり踏んで起こされるようなことを何かしただろうか、俺」

「チッ」

「舌打ち!?」

 何か不機嫌になるようなことをしたのは確からしい。

 だが、心当たりがなかった。

「リャン姉ー、勇者起きたぞ」

「え? もう起きたんですか?」


  どくん


 聞き慣れた筈の名前と声に、何故か心臓の調子が狂った。

 ど、どうしたんだ……? 臓器に異常が出たら自力じゃ治しようがないのに!

 俺が動揺している側に、赤い髪をひょこひょこと揺らして近づいてきたのは……

「ロロイ、起こすの上手ですねー。それとも勇者様の寝起きが良いんでしょうか」

殺気(やるき)を込めて踏みつけたら一発だった。防衛本能が働いて飛び起きた」

「もう、ロロイったら効率重視し過ぎです! 危険なことは駄目だって言ったじゃないですか」

 腰の両脇に手を当てて、少し頬を膨らませて見せる。

 日の光にキラキラと緑の瞳が輝いていた。

「り、リアンカ……」

「あ。勇者様」

 ひたり。

 名を呼ぶと、リアンカの瞳が俺にまっすぐ注がれた。

 ……なんだか、強い視線を感じる。

 リアンカの目にも、探るような色が見えた。

 それを悟らせないようにか、殊更にゆっくりと声をかけてくる。

「勇者様、気分は如何ですか?」

「気分…………なんだか、物凄くすっきりしているんだ」

「ご気分清涼なようで何より。ところで……どのくらい、覚えています?」

「え? おぼえ、て……?」

 どういう意味だろうか。

 リアンカの俺を見る表情は、不安そうに見える。

 どことなく困り果てたような、そんな表情だ。

 何か、俺がやったんだろうか……?

 覚えているかという問いかけに、無意識に何かを思い出そうとして。

 連想したナニかが、脳裏にふっと浮かびかけて……像を結ぶ前に、弾けた。

「うっ……! 頭がっ」

 そして襲いかかってくる、獰猛なまでの頭痛。

 俺の意識を飲み込もうとする勢いで、痛みに頭が真っ白になる。

「勇者様!? 勇者様、痛いんですか!?」

 しっかりして! 声をかけながら、リアンカが俺の顔を覗き込んでくる。

 至近距離で目が合う。

 ……年頃の女性を相手に褒められたことじゃないが、リアンカとだったらこの距離で接したことも何度もある。

 だから、今更ではあるんだが。

 今まで、どんなに俺が恥じらいを持つように言っても、平然としていたのに。

 平然と、こんな至近まで何も気にせず近寄ることもしばしばだったのに。


 何故か、今更。


 リアンカの頬が、うっすら上気した。

 気まずそうに、目を逸らされる。


 え。

 なにその反応。


 俺は、自分の顔が熱くなるのを感じた。


 ……感じた、次の瞬間。

「ぐはぁっ!?」

 背後から重い衝撃が後頭部に! 痛い!! 蹴られた!?

 痛みを訴える部位を抑えながら振り向けば、そこにはギリギリと歯軋りしながら睨み付けてくるロロイの姿が……。

 え、なんだその顔。

 まるで親の敵を見るような目で睨まれてるんだが。

 ロロイの強い眼差しに、なんというか身の危険を感じた。

「勇者……今日はずっと飯食べてないんだろ? 俺、用意したんだ。食え」

「わあ! 勇者様の為にわざわざご飯作ったんですか! ロロイが? ロロイったら気配りやさんですね」

 リアンカが驚きに目を見張った後、顔を綻ばせてロロイを良い子だと惜しみなく褒める。

 だが、待ってくれ。

 待ってくれ、リアンカ……ロロイの持つ皿を、よく見るんだ!


 ロロイが手に持っている、スープ皿。

 中身は当然、スープの筈……だけど。

 そこに満たされていたのは、紫色と土留め色が入り交じった未知の食物だった。

 何故、鍋で煮られている最中でもないのに、ぼごぼごと気泡が盛大に発生しているんだ?

 つんと鼻に突き刺さる、生臭いニオイ……具体的に何の臭いか判別できないくらいに、様々な悪臭が混じった臭いがする。臭いというか目に染みて痛い。

 どうしてウサギの後ろ足とコウモリの羽が付きだしているんだろうか。ばさばさと羽ばたいているんだが……生きて、いるのか?

 あと、それ何の骨だ。出汁用か、具なのか、どっちだ。三本指のかぎ爪はどんな生物の物なんだ。

 刻々とみている間にも増えていく緑色の灰汁が、俺に身の危険を訴える。

 これを食ったら、大変なことになると……流石に死にはしない、よな? 大丈夫ではいられそうにないけど。


「ロロイ、これなんですか?」

 リアンカが首を傾げる。

 そうだ、追求してくれ。

 そしてこれは食べ物じゃないと断言して欲しい。

「リャン姉……俺、がんばったんだ。初めての手料理なんだけど、どうかな」

「ロロイ……! 今までお料理したことないのに、勇者様を気遣って頑張ったんですね!」

 あ、駄目だ。

 しゅんと肩を落としながらしおらしくロロイの放った一言に、リアンカが感激しているのがわかった。

 騙されない……俺は、騙されないからな! 

「初めて作ったのは本当かも知れないが、「がんばった」方向性は絶対に悪意の方にまっしぐらだろ!? それどう見ても人間が食べたら駄目なヤツじゃないか!」

「そんな、勇者様!? ロロイの初めての手料理ですよ!? ただでさえ手慣れないのに、頑張ってくれたんじゃないですか。一口でも食べてあげてください」

「ああ、もう……本当に目下の相手には甘過ぎだろ、魔境出身者ぁ!」

 食べてほしいというが……あれは絶対に食べたら駄目なヤツだ!

 リアンカ? 胃薬を用意しても食べないからな? 胃を壊すどころか、一口で命の方が危ういかなら?

「ほら、勇者……あーんってしてやるから」

「お前は確実に俺を殺しにかかってるだろう! 俺が一体何をしたって言うんだ」

「なにを、だと………………貴様、覚えてないとでも言うつもりか!!」

「覚えていたら言わないだろう! というか、本当に俺が何かやらかしたっていうのか!?」

 信じられない、と。

 ロロイが軽蔑の眼差しで見てくる。

 止めてくれ、その目は地味に刺さる!

 だけどこの様子を見ると……本当に、俺が何かしたのか……?

 どうやら何かの冤罪ではなく、本当に何かやったらしい。

 何をやったっていうんだ。

 というか………………


 ……目覚めの衝撃で、頭からすっかり抜けていた、が。



 俺はいつの間に、リアンカ達と合流できたんだ……?



 思い出そうとすると、頭が痛む。

 だけどうっすらと覚えている最後の記憶は、途中で途切れてはいるんだが……俺は、セツ姫と歩いていたような?

「……ハッ」 

 なにを普通に話していたんだ、俺は!

 記憶を辿り、とんでもないことを思い出す。

 思わず顔を手で辿るが、どこにも目隠しの感触はしない。

 リアンカ達の顔がしっかり見えている時点でわかってはいたことだけど!

「な、な、な……目隠しは!?」

「撤去しましたが」

「なんてことを! 俺は……っ俺は、愛の神の矢で射られたんだぞ!?」

 今更手で目元を覆っても手遅れだ。 

 金の矢で射られた者は、最初に目にした異性に恋情を抱く。

 ……俺は、誰かに一目惚れしてしまったのか?


 目が覚めて、最初に目にした異性は……リアンカ?


 思い至った、瞬間。

 顔が燃えるかと思うくらいに、熱くなった。

 居たたまれなくて、なんだかじっとしていられなくて。

 両手で顔を覆って俯………………あれ? なんで見えるんだ?

 両目は、手で覆っている筈なんだが。

 おかしいと感じて、指で顔の上を辿る。

 ……額になんかある。


 目?


「お、俺の額にわおtwなおえあいわおあ!?」

「勇者様!? 勇者様、落ち着いて下さい! しっかりして!」

「額に、額に、額に何故か眼球が生えとるーーーー!!」

 

 ひとしきり、狼狽して。

 慌てまくって騒ぎまくった。

 息を切らして叫ぶのが辛くなり、落ち着いた頃にポツリとリアンカの呟きが聞こえた。

「勇者様……本当に、何も覚えていないんですね」

 その呟きには、今更動揺するのか、という響きがあって。

 既に額の目の存在は受け入れていて当然というような空気があって。

 ……本当に、俺の身に一体何が?

 額に第三の目が生えるような何があったって言うんだ……。

 





 ちなみにリアンカちゃんのお目覚めに立ち会ったのがサルファだけなのは、他の面子はロロイの制止にかかりきりだったからの模様です。

 サルファは実力的にロロイを止められないから、リアンカちゃんの側に待機していたっていう。


 次回、勇者様。

 アスパラとのご対面(予定)。

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