表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/114

75.内なる悪魔

この話の後半、このままでいこうかどうか悩みました。

悩みました、が……結局そのまま投稿することに。

なんとなく最近の展開的に、こっちの方が良いかなぁと。




「ねえ、なんか勇者君の魘されっぷり酷くなってない?」

「明らかに悪化していますね」

「脂汗すっげえ」


「う、うぅぅ……、うぅ~……た、タナ、た……た、た、……か」


「つったかたったったー?」

「たららりったらー?」

「……いえ、譫言(うわごと)ですよ。そんな愉快そうな擬音を呟いている訳じゃないと思います」


 地面に横たわったまま、意識のない青年の体がのたうつ。

 呻きながら顰められる顔は、どこからどう見ても悪夢に苦しむ姿そのものだ。

 その顔を覗き込んでいた男三人は、困惑を隠さず互いの顔を見合わせた。

「先程、呪いは解けた……はず、でしたよね?」

「うん、確かにね」

 そこは愛の神の折り紙付きだ。

 ほんの数分前の事、精神世界を彷徨う勇者様の苦しみようを見守る彼らの前で、神々しい光が弾けた。

 明らかな異変、一つの変化。

 それは勇者様の額から溢れた光。

 彼の内側から、突如桃色の光が発生したかと思うと、金色に走る閃光を残滓に弾けて消えた。

 居合わせた愛の神は、その現象こそ『黄金の矢』の効力が撥ね除けられた証だという。

 ――まさか人の子が、人の身で神の力を打ち破るなんて。

 愛の神の呆然とした顔は、外見年齢も相まってとても頑是無く見えた。


 だが、現在。


 勇者様の乱心の元凶は取り除かれた筈だというのに。

 何故か未だリアンカちゃん達に目覚める気配はなく、勇者様の苦悶の魘されようも悪化していくばかりであった。

 しかも刻々と時間が過ぎていくごとに、気のせいでなければ救出に向かったリアンカちゃんや竜達の顔も難しいというか不満げなものになっていっているような。

「何が起きてるっていうんだ」

 釈然としない顔で、納得がいかないと愛の神が呟いた。

 神の力を払って尚、彼らの目覚めを妨げる何があるというのだろうか――



 

 青年達が不安と心配を募らせている、その頃。

 勇者様の精神世界では、絶好調で怪獣さん達が暴れ回っていた。




 ――しゃぎゃぁぁああああああっ


『ぬ!? なんと小癪な。だが代わりに……食らえ!』


「ふっとぼぉぉおおおおおおおおおおおおおおる!!」


 状況はまさに三つ巴。

 ……怪獣さんは、いつの間にか頭数が一つ増えていた。

 まるで山のように大きな、この面子の中では抜群の図体のでかさを誇る怪獣さん三号。

 少女の呼びかけに応じてお城の外から突入してきてくれた、非常識なそいつの名前は……

「それいけGO! GO! やっちゃえタナカさぁーん!」


 タナカさんだった。


 絶対にいると思ったんですよね。

 そんな呟きとともに、少女が「たぁーなぁーかーーーさーーーーーーん!!」と叫んで呼んだら現れたのだ。

 地面の下から。

 それからは絶好調。食材の原型を残しつつも別物の何かに変貌しつつあるカレーと怪奇植物を相手におとぼけドラゴンは押せ押せ調子で善戦していた。

 混沌深まる環境の中、身動き取れずにカレーに埋没した良識さん達は遠い目をしている。

「い、一体、なにがなんなんだ……なんなんだ、この状況……っ」

 あまりにカオス過ぎて、とある良識さんなど悟りを開いた眼差しをしていた。

 とてもとても、某従者(アディオン)さんを彷彿とさせます。流石は主従、眼差しがよく似ていた。

 彼らの眺める光景は、果たしてどんなものなのか。悟りを開いた眼差しで、一体何を見ているのだろうか。

 カレーの海から眺める混沌は、さながら黙示録に記された世界の終わりに近い何かを内包している。

 ……ような気がしたが、それもただの錯覚かもしれません?

「もうこれが残党討伐だっていう意識は欠片も残っていなさそうだな……」

 地上でそう溢す真心様の声は、聞いていて何だか切ない。

 だけどしんみりと切なさに浸っていられるような、悠長な時間の過ごし方は彼に許されていなかった。

 

必殺(ひっさぁぁつ)……目からビール!!』


「な、目から……ビール瓶がーー!?」

「ビームじゃねえのかよ」


 勇者様の精神世界は、絶賛混沌(カオス)祭りの真っ最中だった。

 どうしてそんな展開に繋がるのか、精神世界の住人たる真心様自身が理解できていない。

「勇者のタナカに対するイメージってどうなってんだろうな」

「どうなってるんでしょうねえ」

 多分、『なんでもあり』なんじゃなかろうか。

 そう思いながらも、特に何かをするというでもなく。

 二人のリアンカとせっちゃんとまぁちゃんは、のんびりと敷物の上に座って怪獣大決戦を見守っていた。

 ……いや、何かをするというでもなく、という言葉は否定しよう。

「お、かかった」

「五人目? まぁちゃん」

 この場の中で、まぁちゃんだけは怪獣戦争を観戦しながら『釣り』に(いそ)しんでいたのだから。

 彼の手が、素早く動く。

 素早すぎて、ぶれて見えた。

 手元の僅かな動きは釣り竿を伝って増幅され、竿が大きくしなりを生む。

 竿から伸びる強靱な釣り糸が、更に振動を増幅して空間を躍る。

 たわんで、伸びて、力を伝えて。

 巧みな竿さばきは、狙い過たず『標的』に付着。そのまま勢いよく釣り上げた。

「う、うっわぁぁぁああああああ!?」

 カレー(?)の海に沈んでいた獲物(さかな)……勇者様の、良識を。

「大漁、大漁!」

 そう言ってにんまりと笑うまぁちゃんの顔は、ご機嫌だ。

 いきなり釣り上げられた良識(五人目)は、急激な移動に目を回していた。

「これで、あと三人」

 その三人が釣り上げられるのも、そう遠いことではない。




 最後の良識……八人目がまぁちゃんに釣られたのは、それから十分後の事だった。


「よし、最後の一人!」

「これでもう取りこぼしはいませんね!?」

 最後の確認とカレーをガン見するが、そこに金髪碧眼超絶美青年の姿はない。

 代わりに、人数確認をしてみると自分達の陣営には目を回して酔っている者達を含めて九人の勇者様が揃っていた。

 真心と、八人の良識達である。

 見事な釣果(おおもの)に、まぁちゃんが会心の笑みを浮かべる。

 釣られた側の面々は、釣られたばかりの者は目を回していたものの、最初に釣られた者など既に目を覚ましていて。

 そして「もうどうでも好きなようにしてくれ……」と投げやりに呟いている。

 既にカレーの中に、救出すべき者はいない。

 まぁちゃんの口端が、にぃぃいっと吊り上がった。

 とても素敵で、凶悪な笑顔だ。

「よぉっし、もう気兼ねすることぁねえ! やっちまいなぁ、タナカぁぁ!!」

「たーなーかぁさーん、もう良いですよー!」

 元気な声で囃し立てる、まぁちゃんやらリアンカちゃんやら。

 今日も元気に勇者様へと混沌をプレゼントしてくれた面々は、とても活き活きこう叫んだ。


「食べちゃえーー!!」


「ちょ……っ」

 思い切りの良い許可の声に、真心様が顔を引きつらせた。心なしか良識様達も顔が青い。

「ちょ、待て待てまてぇぇえ! た、食べるな!! 食べさせるな、許可を出すなー!」

 あんなもの取り込んで、どんな害があるかわからないんだぞー!

 真心様がそう叫ぶも、時既に遅し。

 食べちゃえ許可が出るや否や即座に、おとぼけドラゴンさんはやらかしていた。


 ぱくり


 一呑みだった。


「待――っ」

 竜は急には止まれない。だから待つことも出来ないのである。

 後先を顧みない思い切りの良さに、真心様が両膝を地について打ち(ひし)がれていた。



 こうして、勇者様の心の平安を変な方向に乱しまくったアスパラ(と、金の矢)は滅んだ。たぶん、滅んだ。

 強力な胃酸を持つ、ドラゴンの攻撃によって。

 最後は呆気ないというか一口だった。

 竜の消化液を前に、どれほどの抵抗が出来るだろう?

 消化液を完璧に防ぎきり、規格外ドラゴンの腹を突き破って脱出が出来ない限り滅びは免れない。

 

 もしかしたら、まだ残党はいるかもしれない。

 だがもう、心配はないだろうと勇者様のお心救出部隊の面々は思っていた。

 もし何か残っていたとしても、『金の矢』が失われ、勇者様の化身である真心や良識といった面々が正気を取り戻している限り。

 そして彼らが誰に戒められることもなく、自由である限り。

 例え何か悪い影響や残党が残っていたとしても、再起を図ることは不可能だろうとリアンカちゃん達は思っていた。

 というか多分、もうアスパラ狂いになりたくない真心様達が必死で掃討するはずだ。

 もう、この場でリアンカちゃん達のやるべき仕事は残っていなかった。

 

 まともに勇者様のお心救出活動に専念していたかと問われると、若干首を傾げたくなるような気がしなくはないが。

 救出活動に尽力したというよりも、全力で引っかき回しまくったら結果的にプラスになっただけの様な気がしなくもないが。

 だが最終的に良い結果となったのならば、それが全てだ。結果良ければ全てよし、課程でどれだけの惨劇が繰り広げられようと、終わりが良ければそれで良いのさ。

「もう私達がここで出来ることもないようですね」

「ここには私がいるから充分ですよ。現実世界の『私』がいつまでも居座る必要はありません!」

 二人のリアンカが向き合い、頷きを交わす。

 それはわかり合った者同士の交わす、暗黙の了解のような。

 言葉を必要としない、だけど通じるナニかを感じさせた。

「お前らがいつまでも帰んねえと、勇者も目を覚ませねえだろ。お前らを精神世界に閉じ込める訳にもいかねーし?」

「あ、この世界ってそういう仕組みなんですか」

「リャン姉様、リャン姉様!」

「なぁに、せっちゃん」

「現実のせっちゃんによろしくですの! 仲良しさんでいてほしいですの」

「もちろん! せっちゃんは私の可愛い従妹ですから」

 まるで現実のその人を前にしているような感覚。

 勇者様の精神世界で出会った人々は、本物のその人と遜色なく振る舞う。

 それは勇者様が、色眼鏡や偏見、思い込みなど無く現実のその人と接し、どんな人かを見てきた証明のように思えた。

 その混沌の招来ぶりを含めて。

 どうやら勇者様は過不足なく、真実その人の姿を正しく認識しておられたようです。

「勇者様のそういう、ちゃんと人を見てるところは素敵な資質だと思います」

 まるで本物みたいな人々への、勇者様の理解度の高さ。

 どれだけ真摯に人と接していたのか。

 勇者様の精神世界に来たことでそれを知り、リアンカちゃんは勇者様らしいと深々頷いた。

 ……精神世界の『リアンカ』ちゃんの可憐さを除いて。

 そこだけは、実は未だに納得がいっていない。


 カレー退治に協力してくれた面々と挨拶を交わし、混沌に満ちた狂いぶりを自覚して頭を抱えた良識達を心ない言葉で励まして。

 順番に人々の間を巡って最後には、この精神世界で最も近しく一緒にいた人のところへ足が向かう。

「真心様」

 現実の勇者様とそっくり瓜二つの、彼の『真心』。

 瓜二つとは瓜を縦真っ二つにした際の、分かたれた断面を見比べて生まれた言葉だそうだけど。

 同じ姿をしていても左右対称。

 一緒に行動する内に、なんとなくリアンカちゃんは些細ながらも確かな差違を……鏡に映して反転させたような、現実との違いをぼんやりと感じていた。

 この『勇者様』は、嘘が吐けない。

 勇者様の本心そのものだから。

 いま、最後の挨拶を前にして。

 実は迷惑だったとか言われたらどうしよう?

 否定されるような言葉を向けられたらどうしよう?

 漠然とした不安が訪れて、向かい合って話をするには少し開いた距離でリアンカちゃんの足は止まってしまった。

 その様子に何を感じたのか。

 最後の距離を、真心様の方から縮める。

 確かな足取りで、一歩前に進み出て。

「色々、有難う」

「……それは私の台詞ですよ? 色々有難うございました」

 もし、勇者様の城に突入して。

 この青年を見つけ出していなかったら、どうなっていただろうか。

 精神世界の化身だからこそ、多くをわかっている人だった。

 わからないことを解説してくれて、どうしたら勇者様を正気に戻せるのかと導いてくれた。

 

 もうこれで、お別れ。


 勇者様の精神世界を脱したら、もう二度と会うことはない。


 現実には現実の、本物の勇者様がいる。

 この精神世界に存在する、ありとあらゆるものを内包して。

 全てを繋ぎ合わせて昇華した、正真正銘の勇者様が。

 だけど勇者様の『本心』と、こうして直接顔を付き合わせるなんて。

 ましてや『真心』単体と会話をすることなんて、もう二度とないことだから。

 お世話になった分、最後にしっかり挨拶をしなくちゃ。

 そう思うと、心のどこかで少し焦った。

「真心様に会えなかったら、きっとこんなに上手くはいきませんでした」

 言葉にしなかったが、リアンカちゃんは思った。

 多分、真心に会えていなかったら。

 その時は良識達を問答無用で張り飛ばすことは出来たとしても、金の矢を始末するところまでたどり着けなかっただろうなぁと。

 その場合、病根の根絶は不可能である。

 本当に会えて良かった。改めて、そう思った。

「それを言うなら、俺なんて封印されて眠ってたんだぞ? それこそどうすることm……待て、最後に教えてくれ。俺に目覚めの口づけしたのは誰なんだ!?」

「今ここで、それを蒸し返しますか」

「いや、大事なことだろう!? それどころじゃないから追求はせずにいたけど……!」

「はいはい、大事な事ですねー。でももっと大事な事があるので、お別れの挨拶を優先しません?」

「あ……そう、だな」

 なんとなく気まずい。

 ぎこちない別れの挨拶に、リアンカちゃんは苦笑した。


 今更、目覚めのキッスのお相手はハブ酒のハブだったなんて言えない。


 どこか後ろめたい気持ちを押し隠して、リアンカちゃんは笑った。

 さりげなく、ハブ酒の瓶を入れている鞄を手で押さえながら。

「たくさんお世話になりました。でも、もう大丈夫ですよね。勇者様のお心は、大丈夫ですよね」

「ああ。後はもう『俺達』だけで十分だ。外部の助けはなくても、俺達だけでライオットの心は浄化できる……」

「じゃあ、やっぱり、さよならですね」

「……そうだな」

 現実に帰ればちゃんとそこに勇者様はいるのに。

 なんだか少し、寂しかった。

 多分『二度と会えない、最後のお別れ』という状況に酔っているんだ。

 そう思いながら、しゅんと萎れてしまうことを止められなかった。

 困ったような微笑みは、お互い様。

 だからこの寂しさも、たぶんお互い様だ。

「……長々と話していても、きっと名残惜しくなるだけですね」

「既に充分、名残惜しいけれど。だけど、そうだな……現実の、本物のライオットによろしく」

「ええ。勿論です。だから……さようなら、真心様。一緒にいて楽しかった」

「俺も楽しかったよ。さようなら」

 二人とも困ったように笑っていた筈なのに。

 最後の瞬間、真心様の笑顔は穏やかで。

 本当に嬉しそうな、温かいものに変わって。

 綺麗な笑顔を浮かべたまま、更にもう一歩。

 『真心』は。

 ――『勇者の本音』は、距離を詰めた。

「本当に、楽しかった。困りもしたけど……有難う。元気で」

 囁く吐息は、リアンカの白い頬に掠めた。


  ふに

   ちゅっ


「 え 」


 ばいばい、と綺麗な笑顔の美青年が手を振る。

 あいつ殺す、と形相を凶悪なものに変えた竜の姿が薄れる。

 遠くでまぁちゃんが爆笑していた。

 ……爆笑しているあたり、やはり他人の精神世界に存在するそれは本物とは違うらしい。多分、精神世界の主にとって都合の良い方に。

 本物だったら、きっと今頃、迫力のある怖い笑顔で詰め寄っていた。暴力込みで。

 

 世界はあっという間に白い靄に包まれる。

 精神世界、実態のない世界。

 実態があるように錯覚していた、感覚が薄れる。

 今までいた場所の存在感が希薄になって、急速に遠ざかっているのだとぼんやり思考のどこかで感じていた。

 最後に挨拶を交わした人の姿は、もうどこにも見出せない。

 だけど。

 だけど、いま。

 彼女の頭の大部分は、別の大きな衝撃で侵食されている。

「いま……いま、いま、いま」

 震える指が、ふにっと柔らかい物の触れた部分を恐る恐るなぞる。

 あの感触は本当にあったことなのか、気のせいか何かだったんじゃないか。

 心当たりのある柔らかさが、本物だったのか……指でなぞっても確認で気はしないのに。

 リアンカちゃんは、自分の頬を手で押さえる。

 そんな反応しか出来ないくらい、呆然としていた。


 だってすごく、柔らかかったから。

 わざとらしくリップ音とか立てられたし。


「いま、いま……ほっぺに、ちゅって」


 リアンカちゃんの頭は完全に思考を放棄していた。

 こんな状態で現実に帰らなくっちゃいけないなんて。

 あれ、本当に勇者様の一面……?

 心の中で吹き荒れる疑問符の嵐が、混乱を加速させる。

 珍しい事だが、リアンカちゃんは頭が真っ白になっていた。











 まるで異物に気付いた『世界』に、弾き出されるようにして。

 この『精神(せかい)』を救う為にやってきた、三人の『異邦人』は一瞬で姿を消した。

 文字通りの意味で、かき消えた。

 名残を惜しむ気持ちの方は簡単には消えてくれない。

 見送った姿勢のまま、『青年』はひらひらと手を振って佇んでいる。

 口元には未だ、最後の時と同じ笑顔。

「最後のあれは何のつもりだよ、てめえ?」

「……そろそろ『ライオット』も気付いた方が良いと思ってね。物事には時勢がある。そろそろ気付かないと、手遅れになりそうだから」

「発破かけたつもりかよ?」

「誰かに後れを取るようなことになったら、凄く後悔して――『この世界』が荒れるだろう? その為に、現時点で俺から働きかけられるようなことはこれしかないと思ったんだ。動き出すきっかけくらいになれば良いんだが」

「でもなぁ……やった相手が『リアンカ』だろ? どうなるか読めやしねぇ」

「意識してくれたら御の字なんだけど……確かに読めないな。まあ、こればかりは仕方が無い。後は『ライオット』本人がどうにかするしかないだろう。俺から出来ることはやったし」

 隣で、先程まで縛されていた『魔王のうつし』が呆れたように息を吐いた。

 力の抜けた肩から、たらりと腕を垂らした姿勢で。

 やっぱり呆れたように、『青年』を見ている。

「――あいつら、最後まで気付かなかったな」

 それが何のことか、無言のままだが『青年』は理解している。

 他ならぬ、自分のことだからだ。

 この『ライオットの精神世界』で、他の誰にも代わりの務まらない唯一無二の役目を負う――自分のこと。

 言葉無く、だけど返事の代わりに。

 『青年』の微笑みが質を変える。

 ……現実の、『本体』が浮かべたことのないような性質の笑みに。

 その笑みは、それはそれは美しかった。

 同時に危うい妖しさを宿している。

 『魔王のうつし』は「やれやれ」と呟いた。


「お前は『嘘は吐けない』けど、『黙秘』は出来るんだよな」


 改めて、確認するように。

 誰に聞かせるでもない何気ない口調で、『魔王のうつし』は『青年』が何であるかを繰り返す。


「ライオットの真心、本音、偽らざる本心。本人ですら気付いていない、本当の気持ち。その時その時の素直な感情」

 隠して表層に出さなかったとしても、確かに存在する本音の部分。心の底からの思い。……いや、心の底に沈められている思い。

 普段は心の声としてだけ響き、表には出さないもの。

「それってつまりは素直で正直な……やりたいこと、したいこと。理性や常識、自制心といったもので抑えている部分」

 『青年』は『本音』であり、同時に……――『欲望』や、『欲求』だ。

 言い方を変えたとしても、言葉には出せない望みや感情を司ることに変わりはない。


「誰でも胸の中に飼っている――『心の中の悪魔』。


お前がそうも呼ばれる存在だって事、絶対気付いてねぇんだろうなあ」

 飼われているなんて心外だ。

 俺こそが、『ライオット』の『本音』なんだから。

 そう言って、『真心』と名乗っていた『青年』はより一層華やかに笑った。











「ところで、真心。言おうか言うまいか迷ったんだけどよ。

――顔まっかだぞ、お前」

「どうでも良いだろう、そこは!? 放っておくという温情はないのか!」

 ……追記。

 勇者様が純情すぎるせいだろうか。

 どうやら内なる悪魔(まごころ)も、『ほっぺにちゅー』が限界のようです。



リアンカ

「別れ際の挨拶でほっぺにちゅー、とか……勇者様(の、一面)がそんなナンパ男のようなことをするなんて!? あれ、マジで勇者様の一面だったの!? 偽物じゃない!?」

 色々と予想外で衝撃だったようです。


 勇者様の精神世界。

 彼の心の中にも悪魔は存在していたらしい(衝撃の事実)。

 

 ただし悪魔一人に対して良識(天使)八人。

 

 内なる悪魔の囁きで葛藤が生まれたとしても、即座に天使にフルぼっこにされる光景が目に浮かぶ……。

 しかも天使達がアスパラに侵食されてバグったら悪魔の方が助けに向かうという不思議。

 この悪魔の中にも天使(理性)が住んでいる気がするのは気のせいだろうか。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ