72.破壊工作物理式
更なる混沌の使者、推参☆
まぁちゃんが自由になりました。やったね!
それに連動するようにして、魔境の面々も自由になりました。何故に。
答えは簡単、まぁちゃんが鎖を引きちぎったので……同じ鎖だったんでしょうね。鎖がなくなったら、そりゃ自由になりますよ。
「お・れ・は……自由だぁぁああああああああああっ!!」
ついでに言うと、なんか聞き覚えのある誰かの雄叫びが聞こえました。
どうやら久々の自由を超☆満喫しているようですね。良いことです。
微笑ましい爆走……いえ、暴走ぶりで、自由という名の輝きを取り戻した誰かさん。
そして自由になったモノの多くは、真の解放を求めて階上へ……地上へ、向かっていきました。
「ちょ、待ちなさい!?」
加えて、駆け抜けていった彼らに慌てた様子で、理性が幾らか残ってそうな方々も走り抜けていきました。
……あれ、階段の上でカレーと遭遇すると思うんですけど。
どうなるんでしょうね?
ちょっとどんな混迷がもたらされるのか、気になって仕方ありません。
でもそっちに駆けつける前に、しなきゃいけない案件が一つ。
胸をずどんと貫かれっぱなしの、『私』を復活させるっていう。
というか、『私』に突き刺さってる矢をどうにかするっていう案件が。
「一つ確認なんですけど、あの『矢』が愛の神の矢で……勇者様の頭がおかしくなってる元凶なんですよね?」
「その通りだけど言い方! 言い方ー!」
「つまりはあの矢をどうにかしたら、勇者様を正気に戻すっていう作戦完了?」
「……大本は、多分。だけどあの矢によってもたらされた混乱をどうにかしないと影響が残ると思うけど」
「あ、じゃあ結局アスパラカレーはどうにか廃棄しないといけないんですね。真心様、ファイト!」
「思いっきり他人事口調! いや、君達にとっては確かに他人事なんだけど」
「まぁちゃんも復活したし、後は私達がいなくってもどうにかなると思うの」
「リアンカ……俺の言葉、聞いていたか? 魔境出身者に対する『ライオット』の印象がアレ過ぎて……彼らが何をするか、わからないんだ」
「不確定要素って言ってましたしね。でも自分の住環境を居心地良く保つ為なら、カレーの廃棄大作戦くらいは手伝ってくれるんじゃないでしょうか」
「『大』作戦と言っている時点で、気軽に参加出来るか危ういな」
何はともあれ、まずはあの矢をどうにかしないことには話が進みません。
でもあの矢さえどうにかすれば、私達が勇者様の精神世界に潜った目的は達成されます。
ようやく、ここまで来たんですね……今まで苦労していたのは主に真心様でしたけど!
私達はまぁちゃんが折り砕いた鉄格子の穴から入り込み、牢獄の奥に向かいました。
『私』の安置された、台座まで。
「……ん? 台座だと思ってましたけど、これ、箱ですね?」
近寄ってみると、それは確かに箱でした。
大きな南京錠で口を封じられています。
……こんなところにも封印が。
意味ありげで、気になりますね?
「ところで皆さん、なんでもたもたしているんですか?」
『私』の胸から矢を引き抜く。それだけの簡単なお仕事の筈ですが。
何故か、その場に居合わせた私以外の面々……真心様だとか、まぁちゃんだとか、あるいは竜の二人とかが緊張感を滲ませた顔をしています。
中々『私』に手を出そうとせず、じりじりした様子なんですけど。
一体、何を逡巡しているんですかね?
「どうしたの、矢を抜かないんですか?」
そんな疑問に答えてくれたのは、まぁちゃんでした。
「抜くっつってもなぁ……こんな思いっきり突き刺さってんだぞ? それも『リアンカ』の体に!」
「そうはいっても勇者様の精神世界の『私』ですけどね」
「けど、か弱いリアンカの体だ。慎重にしねぇと……無理に引き抜いて、怪我したり悪い影響が出たら悔やんでも悔やみきれねえよ」
「この『私』も原型さえ残ってれば復活するんじゃないですか?」
「それはそうだけどな! でもなるべく痛い思いはさせたくない」
なんと、私が大事だからこそ手荒には扱えないそうです。
私、大事にされていますねー……私にとっては自分自身とも思えない『私』なので、あまりそこまで遠慮はないのですけど。
「そうですか……扱いに慎重を期すのは悪いことじゃないと思います。でも私、その下にある『箱』が気になるんで、ちょっとどかさせてもらいますね」
「「「「え」」」」
他ならぬ、私が! 私自身が!
『私』を手荒に扱う分には問題ないと思います。だって自分だし。
私は他の四人がぎょっとして手を上げ下げする中、取りあえず箱が観察しやすくなるように。
『私』を箱の上から押しのけ、突き落としました。
「ちょ、リアンカさぁぁぁあああああん!?」
「思い切り良すぎだろ、お前!」
「う、うわぁああ姉さんが!」
「っリ、リャン姉! これは流石に酷い」
ごろり、床に転がる『私』。
胸に矢が刺さってる点も相まって、なんだか殺害現場のようです。
ついでに他の皆さんが手を出しかねるって言うんなら、やれる範囲で手を貸しておこうかな。
「てい☆」
「「「「う、うわぁああああああっ!!」」」」
ついでです、ついで。
私は『ついで』で『私』の胸に突き刺さっていた矢を蹴飛ばしました。
カランカランカラーン
空虚な音を立てて、転がる『矢』。
私の体重と脚力じゃ圧し折れる気がしないので、そこは他の人に任せておこうと思います。
私の関心は、完全に『私』が台座にしていた『箱』に移っていました。
「『自分』相手でも、あの容赦のなさ……いや、自分だから、か?」
「何にしても、乱暴すぎますよ……」
ひそひそ、困ったような誰かの声が聞こえたような気がしましたが、きっと気のせいです。
私は箱を封じる南京錠をぺたぺたと触りました。
鍵は、鎖の鍵だと大きさからして合いません。
ここにサルファがいたら鍵開けをお願いするんですけど。
いないものは仕方がないので、私はロロイを手招きました。
「なんだ、リャン姉」
ちらちらと横目で床に転がった『私』を気にしながらも、素直な弟分は呼びかけに応じて近寄ってきます。
私はロロイに、こうお願いします。
「ロロイ、鍵の複製って出来る?」
「それってどういう?」
首を傾げるロロイ。
さっきからちょっと思ってたんですよね。
ロロイは水の竜。氷だって操れます。
だから、鍵穴に合わせて鍵を氷で作ることは出来ないかな、と。
私達が南京錠にかかり切りの間。
おろおろしながら、男二人と竜娘一人が『私』を囲んでおりました。
「胸から矢を抜いたのに目覚めませんよ!?」
「リアンカを眠らせてるのは、『矢』の力だ」
「……つまり、この矢を壊せば目覚めると?」
「原理上は」
「んじゃ、壊すとするか」
そう言って、まぁちゃんが矢の両端を握って腕力勝負に出ようとしますが。
「…………………………チッ」
「折れないのか、まぁ殿」
「やっぱ神の力だな。現実の、本物の俺ならともかく、精神世界で勇者の印象に寄って存在する俺如きじゃ」
「折れないのか……」
「ちっと時間かけねえと折れそうにねーな」
「折れるんじゃないか! 折れるんじゃないかー!」
「最初から誰も折れねえとは言ってねーよ!」
まぁちゃんは真心様と怒鳴り合いながら、矢を折る為に準備を始めました。
用意する物
・斧
・モーニングスター
・戦鎚
・その他
「……これだけ用意すりゃ折れるだろ」
「割と問答無用というか、力勝負だな」
「お前も手伝えよ」
男二人と竜一人が、何やら物理的に工作を始めたようです。
作業の物音、凄まじいんですけど……
そっちはそっちで作業中。
そして私達は私達で作業中です。
「リャン姉、開いたぞ」
「もうですか? さっすがはロロ、私の自慢の弟分です!」
やり方を考えたのは私ですが、こんなに直ぐに対応しちゃうなんてロロイには才能があるのかも知れません。鍵開けの。
私はお陰で大助かりです。
ロロイのことも、手放しで褒め称えました。
「ロロイったら良い子良い子ー!」
「リャン姉、ちょっと恥ずかしい……」
頭を思いっきり撫で回して良い子良い子と褒めました。
でもロロイもお年頃なんでしょうか?
せっちゃんだったら大喜びなんですけど……ロロイはなんだか複雑そうな顔をしています。
ちょっと満更でもなさそうに見えましたけどね!
「鍵が開きましたよー」
まぁちゃん達は破壊活動に忙しそうでしたけど、箱の中に何があるかわかりませんしね。
取りあえず、作業は中断して一緒に箱を開けようと三人に呼びかけます。
素直に作業中断して、三人は寄ってきました。
「何が出てくるかわかんねーからな。リアンカ、お前は俺の後ろな」
「了解☆」
車座になって、いよいよご開帳です。
そうして、開いた箱の中には……
「せっちゃんですのー!!」
人の世のモノとは思えない、物凄い美少女が飛び出てきました。
「せっちゃん……! そういえばいないと思ったら! まさかこんなところに閉じ込められていたなんて!?」
「リアンカ、リアンカ!? 姫しか目に入っていないのか! 他、他に凄いのがたくさん詰まってるのが目に入っていないのかー!?」
恐れおののく、真心様の声がしました。
なんか、箱の中には色々入っていたようですね。せっちゃんばかりに目が行って、見えていませんでした。
勇者様の精神世界に更なる混沌をもたらしそうなモノがあれこれ。
筆頭は、私の可愛い可愛い従妹姫です!
うじゅるうじゅる……
「マウスが……っマウスが……!!」
「せっちゃんのペット達ですねぇ。どうやってこの巨体が箱の中に……」
「気にするのはそこじゃないっ」
「あ、見てください? ほらこんなところに………………アスパラが」
「こんなところにもアスパラがー!?」
箱の中には、アスパラも入っていました。
だけど勇者様の精神世界を彷徨っている時に遭遇した、変なアスパラ達とは何か違います。
なんというか……私の知っているアスパラに近いような?
これは、もしや勇者様の心に元から生息していたアスパラ達なのでしょうか。
矢の影響で出没しているアスパラとは、確かに別だと感じました。
封じられていた箱は、どうやら勇者様にとって理解が殊更に難しいモノ、不可解なモノ、が詰まっている箱だったようです。
勇者様の中では、これとせっちゃんが同じカテゴリに入るのかな……後で、現実世界に戻ったら勇者様を問い詰めようと思います。必要とあらばサソリやムカデも使う用意がありますよ?
別名、パンドラの箱。
きっと勇者様のトラウマがたくさん入っているよ☆




