70.縛されし破滅と混沌の化身
なんかアスパラが洒落にならない生命力を見せるので、アスパラ討伐はさておいて先にカレーにどっぷり浸かって取り込まれ状態の勇者様の良識さん達を正気に戻すことにした私達。
あのアスパラを倒せというのならともかく、立ちはだかろうとしてくるのを抜けるだけで良いのなら遣りようはあります。
アスパラのディフェンスを突破するのは、大変でした。
でもみんなの協力で何とかなりましたよ!
具体的には竜の二人に飛んでもらいました。
ロロイが空気中の水分から濃霧を発生させ、リリフが光の反射率を弄って目への攻撃力が半端ない霧に変貌させました。
それが広間いっぱいに充満している状況。
相手を出し抜きたい時、目眩ましは基本ですよね。本当に目が眩みますよ!
アスパラといえども簡単に身動きが出来なかったらしく、その戸惑いの隙を突いて行動に出ました。
竜の二人が、アスパラを攪乱する為に何か色々やってくれたみたいです。
でも霧に紛れて全然何やってたのかはわかりませんでしたけど。
そして霧に包まれて身動きの取れないアスパラを悠々と見下ろす体で、天井近くを飛んで移動しました。
いや、見下ろすと言っても目に痛い霧に包まれているので直視できませんでしたけどね!
とにかく、竜の二人が頑張ったことは確かです。
だからめいっぱい褒めてあげました。
「二人が優秀だと私も鼻高々です! 本当に有難う、帰ったら二人の好きなお菓子を作ってあげますね」
「リャン姉、俺はナッツケーキが良い」
「私はパンプティングが良いです!」
そうして片隅では、真心様がしょぼくれていました。
「……二人が協力的なら、こんなにあっさり裏をかけるんだな」
どうやら脳裏には先程までのご自身の苦戦が蘇っている様子。
アスパラカレーとまともにやり合っていた時に、二人の協力があったならと黄昏れているようです。
やる気のあるなしは結構重要な要素ですよ、真心様!
そうして玉座に辿り着き、アスパラが気付く前に即座に隠し階段に突入しました。
「ちょ、待っ……隠し通路を開ける手順が!」
「面倒臭い」
どこに隠し階段があるのか、位置さえわかっていれば話は早いと。
慌てて止めようとする真心様を意にも介さず、ロロイが隠し階段があると思わしき場所を、思いっきり。
「ていっ」
踏み抜きました。
……姿は人間に化けているとはいえ、ロロイの本性は竜です。もうほとんど成体の、大きな竜。
人間に化けて重量は減っているとしても、大きな竜が思いっきり力を込めて足を踏み下ろしたらどうなるかわかりますよね?
見事な大穴が空きました。
そこに飛び込む、私達。
ちなみに玉座は衝撃で吹っ飛び、お星様になりました。立派な椅子だったのに……。
「穴開けっ放しでカレー流れこんできませんかね!?」
「この下は中枢だって言っただろう! 変な干渉をしてこの精神世界全体に甚大な被害が出れば、アスパラも諸共だ。あの大きな体じゃ自由に身動きも取れないからな。十中八九追ってはこない!」
「十の内、一か二は追ってくるかもしれないんですね」
「……」
「そこで黙り込む真心様ったら正直さんですね!」
本当にアスパラが入ってきたら堪った物じゃないので、私達はダッシュで駆け下りました。
いや、駆け下りるというか急な下り階段を飛び降りて行きました。
そして、最下層にて。
私達が見たものは――
「な、あ、あれは!」
私は驚きました。
ええ、驚かずにいられませんでしたとも。
「……真心様?」
「……」
問いかけたい気持ちを眼差しに込めて、真心様に目を向けます。
真心様は、ふいっと顔を逸らしました。
「あの、なんで……なんで、まぁちゃんを筆頭に魔境の諸々が鎖で繋がれているんでしょうか」
「やっぱり聞くのか……」
「いや、聞くでしょう。そこは」
私達が下り立ったのは、薄暗い穴蔵みたいな闇に包まれた空間で。
だけど不思議と、人の輪郭は浮き上がって見えます。
浮くというか、微かに燐光を放っているように見えるんです。
そんな中、一際大きな存在感を放っている物。
それが、何がどうしてそうなったのか、大きな大きな鉄格子の牢獄と、その中に十重二十重と鎖で雁字搦めにされて繋がれたまぁちゃん達の姿。
まぁちゃんだけじゃなく、色々いますけど。
骨ペンギンとか、邪小人さんとか、オタマとか。磯巾着とか巨大な豚とか山羊とか。あと画伯やりっちゃんとか。あ、うちのお父さん発見! むぅちゃんやめぇちゃんもいました!
たくさんの、分類とかする気配も見えない雑多な動植物達。人も魔物も魔獣もお構いなしです。
ですがそれら全部に、ある同じ共通点があります。
それは、繋がれているのが全部、魔境由来の生物だということ。
たったそれだけの、大雑把にして重要な、一つだけの共通点。
でもなんでこんなところで、彼らが戒められているんでしょうか。
私の疑問に、真心様は遠くを見つめながらポツリと呟きました。
「彼らの印象が、強すぎてね……」
「はい」
「特に『何をするかわからない』という印象が、強くて。この世界でも何をするかわからないんだ、彼らは」
「はい」
「………………不確定要素、不安要素、とにかくそんな感じで精神汚染の障害と見なされ、ここに隔離封印されている。実際にライオットの精神安定剤……では、絶対に無いが、魔境由来の生物以外でライオットの精神に悪影響を及ぼしそうな被害や、それをもたらす原因が外部から侵入した際にはカウンター装置めいた役割を担っていたんだ。ライオットの心の中では。特に『まぁ殿』は「後から入った新参者が俺らを差し置いてでかい顔しようなんざ良い度胸じゃねーか」と自分から因縁を付けて殴りに行く感じで、そのまま精神に対する悪影響を殲滅したりと大活躍で……」
「わあ、勇者様の心の中でもまぁちゃん達ってば我が強い☆ でもそうやって勇者様の心を守……まも、る?……縄張りを主張して外敵を蹴散らしてたから、邪魔と見なされ投獄されちゃったんですね」
「概ね、そんな感じだ」
「じゃあもしかして……私達がここに来たのは、彼らを解放する為?」
「……いや、あっちを見てくれ」
何故か即答しない、真心様。
何か悩ましげな顔で指さした先は、そこも檻の中ではあるんですけど……鉄格子からは随分と遠い、牢獄の最奥で。そこにはどうして今まで気付かなかったのか不思議になるくらいに立派な台座が鎮座しておりました。
あ、台座の上に何か刺さってるー…………
というか、台座の上にどうも私っぽい感じの真っ赤な髪を垂らしたナニかが寝てるように見えるんですけど。私の目の錯覚ですかね?
そして、その私っぽい女の子の胸に、ズドーンと思いっきり極太の槍が突き刺さっているような……。
「リャン姉!?」
「リャン姉さん!!」
現実逃避に忙しい私の隣で、竜の二人が悲鳴を上げました。
あ、やっぱりあれ私ですか。私に見えますか。
でもおかしいですね? あれ多分、勇者様の精神世界在住の私なんでしょうけれど……なんか、美化が。凄まじく、美化が。なんか実際の私との乖離が著しいような。
あっれー? なんかキラキラしてますよ?
私っぽい私よりも美人な女の子、という印象で。自分だとは思えなくて。
竜の二人は私で間違いない!みたいな態度なんですけどね。
私には自分と同一視は難しい美人さん、あれが私と言われても実感が全く湧いてきそうにありません。
しかも胸に槍が刺さってる衝撃的な光景のせいで、現実感がごりごり削られてなおのこと自分だとは思えません。
っていうかなんで私、胸に槍なんて突き立ててるんですか?
思いっきり、『封印されてます』感かもしだされてるんですけど。
何やって槍なんて刺されちゃったんですか、私?
私本人ではありませんが、なんかあの光景をぼんやり見ていると私が悪いことをやって封じられているように見えなくも無くなってきました。
でも本当に、どうしてあんな目に遭ってるんだか。
気になったので、隣の人に聞いてみました。
「真心様、なんか私、凄い美化されてません?」
「美化?」
あ。
ここの私の胸に大きな槍がぶっ刺さってる理由を聞こうと思ってたのに……ついつい、口からはその実、槍が刺さっている理由よりもずっとずっと気になっていた疑問が出てしまっていました。
いや、だって、ほんとに。
気になって仕方ないんですよ、私の美化ぶりが。
どうしてあんなに私が美人さんなのかと気になって、困って、真心様を見上げます。
真心様は困った私と、槍のぶっ刺さった私を見比べて。
ちょっ、首を傾げましたよ、この人!
「美化……? 特に変わらないと思うんだが」
「ちょっ、よく見て下さいよ真心様! 髪の毛色こそ同じですけど、よくよく細かく見ずとも明らかになんか色々違いますよね!? 私の髪の毛、あんなにさらさら艶々してないですし。それに色も実際の私より白くてキラキラしてますよ??? 顔も、パーツがいちいち丁寧ですし……絶対に私より顔整ってますよね!? あんなにキラキラしてないです、私!」
「え……っと、え……? そうか……?」
「なんで真心様の方が戸惑った顔をなさるんですか!!」
私が、あれは実際の私と異なりますといくら主張しても、真心様は戸惑った顔をなさるばかり。
見比べれば見比べる程、私とは違う意味で首を傾げておいでです。
そんなに何度も見なくっても違いは明らかですよねぇ!?
ここは勇者様の精神世界だから、実際に勇者様にはああ見えているってことなんでしょうか。
勇者様って、目悪かったっけ。
そんな印象はなかったんですけど……私が気付いてなかっただけでしょうか。
勇者様を正気に戻し、現実世界に戻れたら。
絶対に眼精疲労に劇的によく効く目薬を勇者様に処方しよう。
そう心に決めた私なのでした。
果たして勇者様が本当に美化しているだけなのか。
それとも自分を始めて客観的視点から見て、『自分自身』として見るのと印象が違ってしまっているだけなのか。
さあ、どちらなのでしょうね?




