64.微笑の薔薇が咲く
リアンカちゃんは気付いていないようですが。
現在、彼女達は精神体でいる場所も精神世界。
生身の状態で保持していた物質をそのまま持ち込んでいる訳ではなく。
ただ本人が「持っていた筈」と思いながら探すことで、思い込みの力により持っていることになるという……
だけど想像力の範囲外の事態を引き起こすのは難しいようです。
未知の『亜種』について行動予測、とかね。
私は、思いっきり振りかぶって種を投げようとしました。
したんですけど。
「待った、リャン姉!」
「ロロイ、止めるんですか?」
私の手を掴んで引き留めたのは、ロロイ。
あれ? この子も割と容赦のない性格してますし、止められるなんて意外ですね?
何か問題でもあっただろうかと首を傾げる私に、ロロイは神妙な顔で言いました。
「種だけじゃ軽すぎる。それじゃ飛距離がでないだろ」
そう言って、私の可愛い弟分がすっと差し出したもの。
それは、とっても固そうな鉄鉱石でした。
うん、どっから持ってきたんですか。これ。
鋭く尖って、遺跡から出土した黒曜石の鏃みたいになってるんですけど。
しかも明らかに誰かの手によって砥がれた鋭さです。
きょとんとする私の手から、種を取り上げ――ロロイは、鋭角的な鉄鉱石に種を半ば埋め込みました。
わあ、今、竜の爪で軽く抉って穴あけてましたよ。
まあ真竜の爪なら鋼より硬くて当然なんですけど、まるで粘土に穴をあけるような気軽さでした。
そして種が差し込まれた鉄鉱石を、私の手に握らせてきます。
「さ、これで良い。このくらい重かったら投げやすいだろ」
「ありがとう、ロロ!」
言われてみれば確かに植物の種単体で投げても飛距離は出ませんよね。納得の理由です。
納得した私は、再度大きく振りかぶりました。
そして……種を、投げます!
届け、私のおもい!
ざしゅっ
なんか痛そうな音がしました。
鋭利な形状は伊達じゃありません。
種の仕込まれた鉄鉱石が、深々と……それはもう、深々ぁとジャガイモの実に食い込んでいました。
ジャガイモ部分に刺さっただけなので、乱心勇者様にとっては痛くも痒くもないと思います。
驚いてはいるみたいですけど。
「なんだこれっ? 石のナイフ!?」
だけど。
だけどこうなったら、息をつく間はもらえませんよ。
あの寄生植物は……でんぷん、大好きですから。
成長に足る栄養素を得たら、あとは速攻で急展開が待っています。何しろ魔境産ですので☆
ほら、こうしている間にも……
あんぎゃぁぁああああああっ
『栄養源』に反応した寄生植物の、活動開始を告げる産声が高々と響き渡りました。
耳障りな擦れた音で、ちょっと耳が痛いですね。
私と竜の二人は、誰に促されるでもなく自然と距離を取っていました。
巻き添えは嫌ですから!
「な、な、なんぞこれぇぇぇえええ!?」
乱心勇者様の口から上がる、狼狽えた悲鳴。
でも産声の発生源は、彼の纏ったジャガイモそのもの。
あんな野菜をしっかり着込んでいる限り、彼に逃げ場はありません。
ほら、見る間にシュルシュルと……いや、ジュルジュルと?
種の刺さったところから、根と芽が爆発的な勢いで発生、止め処なく太さと本数を増しながら容赦なく伸び始めました。
獲物を逃がすまいという本能がそうさせるのか、急激に成長していく根と蔦を、乱心勇者様の全身に絡みつかせながら。
いや、絡みつくというか締め付けてますね。全力で。あれもう羽交い絞めですよね。雁字搦めですよ。
いっそ執念すら感じさせる、見事な拘束具合!
そうこうする間にもみるみる成長を遂げている寄生植物。すくすく元気。
そうして無軌道に、縦横無尽に暴れまわっていた蔓が……いつしか何本も寄り集まり、より大きな一本へと至り、最終的に四本の大きくて太い蔓を束ねた天然の縄と化して……勇者様の四肢を、一本ずつ封じ込めようと巻き付いていく。ちなみにこの植物、蔓や茎には刺があるんですけど乱心勇者様の玉のお肌は無事でしょうか。
……あ、無事っぽいですね。
あくまでジャガイモ部分を侵略されているので、動くことはままならないようですが。
素肌自体は流石の防御力! 強靭なお肌は刺なんてものともしません。
まあ凄まじい力でぐるぐる巻きにされているので、傷がつかないにしても自由はありませんが。
「く……っこれは一体何なんだ!」
混乱しながらも懸命に自由を取り戻そうともがく、乱心勇者様。
植物の発生源……核ともいえる、種の着床部分は丁度乱心勇者様の背中。肩甲骨の間辺りです。
お陰で乱心勇者様も手を出しかねているようですが……
ジャガイモからでんぷん吸って、栄養を得たがためでしょうか。
寄生植物は、新たな段階に至りつつありました。
四本に分かたれた蔦の、集合地点。
種の植わった根本近く。
栄養を吸って成長したからでしょう。
大きな蕾が生え、みるみる膨らんでいきます。
その姿がまた、太くて大きな四本の蔓が手足っぽく見えなくもないので、膨らんでいく蕾がまるで勇者様に抱き着く緑の人(全身タイツ系)の頭部っぽく見えます。
実際、ただの植物ですけど。
でもやっぱり、なんだか勇者様に誰かが抱き着いているように見えます。
そうして、あかい花が咲いた。
大輪の、真っ赤な真っ赤な……人の頭よりも大きな、薔薇が。
げしゃしゃしゃしゃっ
げっひゃーげひゃっひゃっひゃっひゃ
げっぎゃげっぎゃげっぎゃげっぎゃ
咲いた序に寄生植物の笑い声が残響纏って高らかに響き渡りました。
鮮やかに広がる赤い花弁を震わせながら、ぎざぎざのお口が大きく開いて下卑た笑声を上げる。
赤い薔薇の中央には、蜥蜴みたいな爬虫類っぽい頭が生えていました。
背後から乱心勇者様の耳元で、蜥蜴の口がげひゃひゃひゃひゃと大音声。
あれ? おかしいですね???
てっきり『亜種』が芽生えると思っていたんですが……何の変哲もない、私の良く知る寄生植物通称『微笑の薔薇』そのものです。亜種らしいところがどこにもありませんよ?
「うっうわぁぁぁぁあああ!? な、なんなんだ!? なんだなんだなんなんだ!」
背後から纏わりつかれている乱心勇者様には、花の全容など見える筈もなく。
それどころかお花の真ん中から生えた頭部の片鱗すら見えない様子で。
いきなり耳元で響き始めた人のモノとは思えない笑い声に、ジャガイモ様の狼狽え最高潮です。
狼狽し過ぎて、姿勢が不安定になっています。
あ、今にも転びそうですね。
あらあらと思いながら見ていると、ふと視界に脱力した様子で四つん這いになる真心様のお姿が見えました。
「リアンカ………………なあ、あれ、どこか見覚えがある気がするんだが、俺の気のせいか? なあ、気のせいなのか!?」
「うふふふふ。ほら、勇者様……お花が笑ったよー文字通りの意味で☆」
「それはもう良い! 答えてくれ、花の色こそ違うが、アレ……いつぞやの化け物薔薇と何か関係あるんじゃないか!? いや、あるだろう絶対に!」
「原種です」
「……は?」
「ですから、原種です。以前、勇者様とピクニックついでに採取したのは青薔薇でしたが、アレは古の魔王様が品種改良した植物だって言いましたよね? 改良する前、新たな植物を生み出す為に合成した素材……つまり、あの薔薇を作り出した原種の一つが、あの寄生植物で」
「寄生!!?」
「いや、見るからに寄生してるじゃないですか。今更驚かなくても……」
「自分の同類が寄生されていたら流石に驚かないのは無理だろう!? というか、原種。原種……! なんであんなヤバ気で珍妙な植物を改良素材の一つに数えたんだ、古の魔王!」
「珍妙なんて言ったら可哀想ですよー。お花さんだって必死に生きているんです。あの寄生植物は、ほら、ああやって宿主の耳元で延々と笑い続けるだけの、忍耐力さえ保つなら比較的無害な植物なんですよ」
「無害!? 無害!!? 無害の概念、俺と違わないか!?」
「無害ですよぅ。宿主に延々狂気に満ちた笑い声を聞かせ続けて精神的に疲弊させ、神経が摩耗して動きが鈍ったり、弱ったところを取り殺して養分にするっていう植物なので。笑い声さえ気にしなければまだまだ無害に分類して良いレベル」
「それで無害と言い切るなら、君の分類で有害判定が下される生物は一体どれだけ化け物なんだ!!」
寄生した宿主以外に被害が広がらないんですから、充分害が低いと思うんですけどねえ。
真心様が信じられない、と目に驚愕を宿して私を見て来るんですけど。
その視線、一体どういう意味なんですか……?
「……襲われているあのジャガイモを助ける、という訳じゃないが」
「はい?」
「どちらにしても、最終的にはあのジャガイモを引っぺがして内部に隠してある『鍵』を得なくてはいけない。それにはあの寄生植物が邪魔なんだが……アレを除去する方法は?」
「改まって何を言うかと思えば……いやですね、真心様」
「ん?」
「植物の弱点なんて……今も昔も、同じじゃないですか。『勇者様』はそれを御存知の筈ですよ」
その五分後。
私達のいる塔の屋上で、黄金の火柱が天高く空まで噴き上がりました。
ビオラ●テ(違)再臨。




