60.人参だけじゃ終われない
見た目からして今までのどの勇者様よりも野菜の汚染深刻な人参勇者様。
まさか自ら野菜になろうとは……だけど、その背中に小ぶり(?)なアスパラを見つけた時。
おんぶ紐で括られた、人間だったら十歳児くらいの大きさの、小ぶり(?)なアスパラを見つけてしまった時。
(十歳児サイズで小ぶりなアスパラってなんだろう……?)
ふと、私達の中にとある疑惑が浮上しました。
あまりに馬鹿げている。
そう思うのに、否定材料が何だか見つからないような気がして。
まさかという思いで、私とリリは息を詰めました。
人参勇者様の背中にいるアスパラに気付いた真心勇者様も、また。
目を見開き、真心様の顔が陰のあるものに……
だけど、そんな風に立ち竦む私の横で。
物怖じせずに声を上げる人が約一名。
彼は手を口元に添え、人参勇者様に向けて淡々とした声を上げました。
「おい人参、そのアスパラお前の子か?」
はっきり、しっかり。
何者にも怯まぬ青年の声が、緊迫に時を止めていた屋上に響き渡りました。
あ、残響してる。
ロロイ、貴方はなんて度胸のある子に育ったの。
誰もが、青年の声に動きを止めた。
人参様の返事を聞く為に、皆が息を潜めて耳を澄ませた。
返答を聞く為、人参勇者様を見つめようと思ったのに。
何故か真心勇者様の恐怖に引きつった顔ばかりが私の視線を引き寄せます。
真心様、抑えて! せめて人参様が答えるまでは。
さあ、人参勇者様の返答は……
「――違う!」
まず簡潔に響いたのは、否定の言葉。
それが聞こえた瞬間、真心様がほっと胸を撫で下ろす様が見えました。
だけど違うんですね。
私ったら、てっきり……勇者様が人体の神秘を超越して産んじゃったのかと。
ほら、ここって精神世界って話ですし。
現実ではないし、願えば叶っちゃうんじゃないかと……思いません?
でも違うんなら、なんであのアスパラは他のアスパラ姫より小柄なんですかね?
私の疑問は、すぐさま人参勇者様の声が解消してくれました。
「俺の身を守る為……武装を作る為に我が身を削ってくれたハニーになんてことを言うんだ!」
「ハニー言いおった此奴。……って、その人参原材料:アスパラか!? なんでアスパラが人参になるんだ! 色々おかしいだろう色々!!」
「そ、それにっ」
……おや?
人参勇者様の頬が、身に纏った人参に負けないくらいに赤く……?
「こっ子供とか! まだ俺達には早ぃ……」
「黙れこの人参が! 本当に正気に戻れよ人参止めて人間に返れ!」
あ、台詞の途中なのに。
遮る形で、真心様の跳び蹴りが人参様の顔面に命中しました!
「お前は人間だぞ! 人参じゃない、お前は人間だ!」
そうですよね。勇者様は人参じゃなくって人間ですよね……一文字違うだけで大惨事です。
「早いも何もっ! 未来永劫人間とアスパラの子供がこの世に爆誕する事なんて有り得ない! 有り得ないんだからな!? 有り得ても遠い世界のことでお願いします頼むから!!」
顔面に跳び蹴りを食らいつつも、背中のアスパラを庇ってか吹っ飛ばず堪える人参勇者様。
なんて強靱な体でしょう! だけど真心勇者様の方がもっと必死です。
形振り構わない態で、仰向けに倒れ込むなんて以ての外な人参勇者様の胸部に連打を叩き込む。
その右手の剣は飾りですか?
そう聞きたくなるぐらいの猛攻(拳)で……だけど、人参の装甲は分厚かったのでしょうか。
そうですよね、人参って肉厚ですよね。だって根菜ですもの。
「勇者! 攻撃通ってない、通ってないぞ!」
「くそっ 俺の本気はこんなものじゃない!」
外部から野次を入れるロロイ。叫び返す勇者様。
目に物を見よ、とばかりに。
アスパラへの憎悪がそうさせるのか、人参へのやるせなさがそうさせたのか。
勇者様がカッと目を開き。
燃えました。
その全身から吹き上がるのは、黄金の炎。
眩しく、熱く、暑苦しい太陽の光。
それは、いつかの現実世界で、勇者様(本体)が見せたことのある光景でした。
そう、確かあれは……武闘大会(団体戦)で、アディオンさん率いる緑色の皆さんとぶち当たった時?
あれ? あの時も相手はアスパラですか?
勇者様とアスパラの織りなす奇妙な縁に驚きです。
「……アスパラは残らず、俺が殲滅する!」
「くぅっ ライオットの心を乱す反逆者め!」
「ライオットの心を乱しているのは、お前ら……いや、お前らの心の隙につけ込むアスパラだ!」
アスパラって言うか、元凶は愛の神様の矢ですよね。
でも言わぬが花というやつでしょうか。
気合い充分、黄金の炎を纏って輝き光まくりの勇者様は、存在を忘れていたとしか思えない右手の剣を握り治し……剣もまた、勇者様の炎に呼応して黄金に光り輝きました。
「ふんだばー」
「くっ……ハニーだけは、俺がこの命に代えて守ってみせる!」
「命でアスパラを買うな! 価格が不適正過ぎるだろう!!」
実際、魔境じゃアスパラって十本ぐらい纏め買いしてもお財布には全く響かないんですよねー。
雑貨屋さんで売ってる愛玩用スライムの方が高いくらいで。
子供のお小遣いでも賄える野菜、それがアスパラ。
そんなものに命を賭けようとする人参勇者様……早く正気に戻って下さい。そして自分の言動を振り返ってみよう!
「俺がこの世界を! ライオットの精神を……必ず、元の美しい姿に戻してみせる!!」
「そんなことは誰も望んでいない!」
「いいや、誰がとかは関係ないんだ。俺が、ライオットの真心がそう望んでいるんだから!」
ついでに私達も望んでいます。
真心勇者様、そこのところをお忘れなきように。
真心勇者様の発するのは、黄金の炎。
対するは人参(可燃物)とアスパラ(可燃物)。
きゃっ、燃えちゃう☆
何度も場数を踏んで慣れたのか、やはり植物系の敵には炎が効果的だと真心勇者様も理解しておいでの模様。
人参様はさっき胸部に連打を食らっていた時とは打って変わった焦燥感に顔を歪め、とことんまで背後を庇う姿勢です。
容赦は無用。
真心様はそう呟きおき……全身を纏う炎の火力を、一気に上げました。
見ている私達も、思わず息を呑みます。
「たーまやー……」
「かぎやー!」
そうして、人参様を追い詰めようと。
真心様の、先程に増す猛攻が始まってしまいました。
私達は取りあえず逃げられないように退路を断っておこうと、屋上の入り口に陣取ります。
簡単には逃げられませんよ?
だからといって真っ正面から向き合うには、真心様の炎は脅威に過ぎたようです。
背中のアスパラを燃やされまいと、たじたじで。
人参様はご自身を燃やされることはあまり気にされないみたいでしたが……愛しのハニー(爆)を背負っていたことが、裏目に出ましたね。
次第にじりじりと、じりじりと……橙色の彼は、屋上の縁へと追い詰められていきました。
「リャン姉、ちょっと離れても良いか?」
「え? こんなに良いところなのに。ロロ、どこに行くんですか」
「ちょっと下まで行って……
人参の真下に、煮えたぎった油鍋設置しておこうかと 」
「人参様を素揚げしちゃう気ですか!?」
あれ? なんかそんな童話なかったっけ?
私の叫びは結構響いたんでしょうかね。
言葉に反応するように、視界の端で人参勇者様の肩がびくっと跳ね上がるのが見えました。
「どうする……ここらで潔く終わりを迎えておいた方が楽だぞ」
「楽か、楽でないかは問題じゃない。ただ、ただハニーを……っ」
「諦めろ。もう逃げ場はない。選べ。ここで燃えるか、素揚げされるか。……お前も知っているだろう、ロロイはやると言ったら本当にやるぞ!」
わあ、ロロイったら信頼されてますね☆
うん……有言実行って言葉はきっちり守ってますものね、ロロイって。
アスパラを庇う為だったんでしょうけど、やっぱり人参様の敗因はおんぶ紐で固定してまでアスパラと一心同体☆になったことでした。
弱点は側近くにおいて守りたいものなんだろうけれど……それで身動きがとれなくなったら元も子もないですよ。
最後に、腹をくくったのでしょう。
焼かれる、揚げられる……それ以外の、第三の道を模索して。
斬って血路を開くのみと、人参勇者様は真っ向から真心勇者様に斬りかかりました。
牛 蒡 で 。
次の瞬間。
真心様の纏っている金炎にまともに接触した牛蒡は、一瞬で消し炭になりました。
うん、この展開読めてました。
牛蒡やアスパラはともかく、勇者様(乱心)自体は炎によって傷つくことはありませんでした。
そもそも同一人物の技ですしね。そりゃ自分自身の力は効かないでしょう。
だけど野菜は話が別です。高火力でこんがりですよ!
「は、ハニー……!」
人参勇者様の悲痛な声が聞こえます。
燃えて、真っ黒……とまではいきませんが、こんがり焼かれてしまったアスパラを、胸に抱いて。
周囲には、なんともいえず美味しそうなニオイが……塩胡椒が欲しいですね。バターでもあれば尚良し。
人参が燃え尽き、下着姿を曝す人参勇者様。
その胸には悲劇の別れを迎えた姫君みたいになってるアスパラ(こんがり)。
ぴくりとも動かなくなったアスパラを大事そうに抱えたまま、潤んだ瞳で人参様は私達を睨みます。上目遣いで。
「くっ……殺せ」
人参様の声は、毅然としながらもどこか震えていて。
口元も、嗚咽を堪える為か震えて、歪んでいて。
何も悪いことしていないんですが、なんかこっちが悪人みたいになってました。
……いや、きっと私の気のせいですよね!
私達は勇者様を元の勇者様に戻すべく、こうして頑張っているんです。
間違っても悪い事なんてしていません。していませんよー?
だからそんな仇を見るような目で睨むの止めて下さいません? ね、人参勇者様?
「ハニーがいないんじゃ、生きていても仕方がない……生き恥など晒せるものか。殺せ」
「多分そう思ったことをこそ、後々盛大に悔いることになると思うが。だけどその意気や良し」
殺せって言っても、貴方たち勇者様の精神世界の住人だから、原型残してる限り再生するんですが……いや、そういうことを言うのは野暮ですね。
ここは話をややこしくしない為にも、要望にお応えした方が良いんでしょうか。
穏便に事を運ぶ為にも、時には苛烈な手段も必要です。
覚悟を決めた人参様の言葉に、真心様は剣を振りかぶり……
「じゃ、遠慮なく」
横合いからロロイの放った蹴りを受け、人参様は屋上から真っ逆様に落下していかれました。
「………………ろ、ロロイ?」
信じられない。そんな気持ちの籠もった目で、真心様がロロイをガン見しています。
その振り上げた右手と剣が、完全に行き場を失っていました。彷徨い気味です。
驚愕の目で見られたロロイの方は、何でもないようなしれっとした顔で。
「だって殺ってくれって言うから」
とろとろしていたお前が悪いと、ロロイは悪びれません。
そんな態度を取られてしまったからか、真心様はがっくりと肩を落としたのでした。彷徨っていた右腕さん、お帰りなさい!
その後、塔から下りて人参様を発見。
無事に扉の鍵を回収することが出来ました。
人参勇者様ご自身は目を回して……気を失っておいででしたが、目立った外傷も特になく。
こんなところで、改めて勇者様って頑丈だなぁとしみじみします。
取りあえず目を覚ます前に、他の乱心勇者様達と同じ処置をしておくことにしました。
変に恨みを募らせて敵討ちとか狙われても困りますしね。
ロロイの不思議なこだわりによって、新たな蓑虫がお城の壁に吊されました。
これで、六人目。
残りはあと二人。
人参様の衝撃が大きすぎて、なんだかちょっと集中力が乱れてしまいましたが。
次の乱心勇者様は……今回ほど、血迷っていないと良いなぁ。
………………なんて、思っていたのに。
次の塔に登り、最上階まで足を運んで。
先程の塔と同じ作りだからこそ、当然のようにやっぱり存在する屋上に出て。
そこで私達が目にしたのは、西の空に沈みゆく赤い夕日(※二度目)。
そして逆行の中、太陽を背負って私達の前で仁王立ちになる誰かの影。
「あ、あのお姿は――!!」
ころんと丸い、愛嬌のあるその姿!
先っぽの方はちょっとだけ尖っていて、そこから更に生えた誰かの頭部。
ふっくらした巨体の両脇からは、にょっきり手足が生えていて……
そこに、玉葱がいました。
もう一度言います。
タ マ ネ ギ が、いました。
そして真心様が、耐えかねた様に壁を殴って絶叫しました。
「人参の次は玉葱かよこん畜生ぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」
ファイト、真心勇者様!
次は玉葱です。




